恋の形は声の味。

瑠璃人

4月3日

1. 4月3日

少し散りすぎた桜の木の下で新たな生活が始まろうとしている。私は期待に胸を膨らせてカメラのレンズに微笑みかけた。私の名前は水野雫。ついに中学生になった。このクラスで最初の一年を過ごすんだな。そう思って写真撮影が終わり、散り始めたクラスを見回す。

「雫!またよろしくね!」

幼馴染の山田陽菜が話しかけてくる。

「よろしく!」

よかった。1人でも友達がいると安心するよね。教室に戻り、自己紹介が始まった。人前で話すのは得意じゃないんだよね。憂鬱に自分の番を待った。そして

「こんにちは!水野雫と言います。趣味は、あー運動です!よろしくお願いします!」

担任の久保先生が優しく頷いてくれた。私の後ろの席が立ち上がった。

「諸星秋夜さんです。趣味は剣道と写真を撮ることらしいです。みんな仲良くしてあげてね。」

久保先生がこれまた優しく言った。え?なんで喋らないの?一瞬にしてざわめきが消えたのが皆の頭にハテナが浮かんでいる証拠だ。

「諸星さんは事情があって声が出ません。タブレットや紙に自分の言いたいことを書くらしいのでお願いします。」

あ、そういうこと。でも、なんでだろう。でも聞いちゃ悪いよね。そんなことを考えてるうちにいつのまにか全員の自己紹介が終わった。最後の数人の名前を聞き損ねたのを悔やみながら、陽菜に話しかける。

「委員会何入る?係とか一緒にやろうよ!」

「いいよ!私は、体育委員に入りたいかも。係はなんでもいいかな。」

「じゃ黒板係とかやんない?」

「えっでも、めんどくさそうじゃない?」

そんなことで盛り上がってると、私たちのそばをすぅっと秋夜くんが通り過ぎた。横顔をチラッと見る。えっイケメン。瞬間的にそう思った。切れ長な目、シュッとした鼻筋。男子にしては白い肌。イケメンの典型を具現化したような人が歩いている。私だけでなく、複数の女子の目が追い回すその人は寂しげに見えた。扉を音もなく潜り、彼は廊下に出ていった。

数秒後、だれからともなく声にならないざわめきが漏れる。

「何、惚れた?」

陽菜がニヤつきながら聞いてきた。

「いや、ね?あのー好きとかじゃなくてだよ?イケメンだなぁって」

「うんうん。かっこいい人に惹かれる気持ち分かるよ。」

「いや、だから!って陽菜もかっこいいと思うでしょ?秋夜君。」

「思うけど。やっぱり私はね。」

視線の先に友達と笑い合っている1人の男子。

「好きな人の眩しさには敵わないよ。」

しみじみと陽菜がこぼす。

香坂優星。サカユーと呼ばれるその男子は密かに陽菜が想っている人だ。

「幼馴染なんだっけ?」

「そうだけどぉ。最近喋ってないからなぁ。まぁでも今年一緒のクラスになったから。嬉しい。」

「優しいよね。」

「そう、優しいの!でも、なんというかバスケに対する情熱が?好きなの!」

香坂君はバスケクラブに所属している。その中でもかなり上手い方らしい。事実私も何度か公園でシュートしている姿を見ている。

「何かに熱中している人好きなんだよね、私。」

陽菜が照れ笑いを浮かべながら呟いた。

「ちょっ、もうチャイムなるよ!」

ふと時計を見た私が慌てて言う。陽菜と私は急いでそれぞれの席に駆けた。話し込んでいたからか、もう秋夜君は席に着いているのに気づかなかった。こんなこと思ったら悪いけど幽霊みたい。喋らないし、音がしないし、少し暗いし。数秒後、

小学校で聴き慣れた音が中学校でも響くことを実感した。

「はい。2・3時間目は係と委員会決めです。さっき配られた資料を見てください。」

全部で7つある委員会の説明が10分間えんえんと私の耳で反響した。

「はい、最後に生徒会本部への立候補を考えてる人はくれぐれも学芸行事委員会には入らないように。」

そう言って久保先生が締めた。集中して聞いていなかったから全然わかんない。

「はいそれでは、学級委員に立候補したい人。挙手してください。」

男女1人ずつ手が上がった。それぞれが簡単なスピーチを終え、拍手を浴びせられた。そこから、2人が司会を務めて着々と委員が決まっていく。残る2つ。

「次、体育委員やりたい人!」

学級委員の男子が声を張り上げた。

「はい!」「はい!!」

手を挙げたのは、陽菜と香坂君だ。

「おっ陽菜!お久っ!」

香坂君が陽菜に声をかけ、陽菜も返した。

「よろしく!」

熱のこもった香坂君のスピーチが終わり、やりすぎて意味がこもっていない単調な拍手が鳴り響いた。残る1つの学芸行事委員も確定し、委員会決めは無事に終わった。

「もう残り時間も少ないので、休み時間!」

久保先生が叫んだ。

強い風にしなる桜を見ながら、陽菜と香坂君トークで盛り上がっていた。恋バナで盛り上がるのは中学生では当然のことだ。その間も秋夜君は席に付き、じっとしている。ある一点を見つめてここにいたくないと言うふうに。声をかけたらいいのか、声かけたらいけないのか。そんなことを考えていたらチャイムが鳴った。

「はい、学級委員さんお願いします!」

17個ある係が決められていく。そして。

「黒板係やりたい人!」

上がった手は3本だった。陽菜と私と知らない人、いや名前を忘れた人。

「では、じゃんけんしてください。」

グー、パー、パー。ひとり負けした。でもよ考えたら石を紙で包んだら紙破れるよね。

「雫ぅ!」

「しょうがないでしょ!ルールなんだから。別に他クラス飛ばされる〜とかじゃないしさ!」

「そうだけどぉ」

「ほら!早く座って!」

「うん。」

私だって寂しいよ。でもしょうがない!じゃんけんで負けた人は二周目でやりたい係が決められる。私は音楽係になった。誰とだろう。・・・。え…。

「諸星秋夜」

瞬間的に後ろを振り返る。驚いたような視線と目が合った。できるだけ朗らかに、

「よろしく!」

それに応えるように秋夜君は弱々しくも朗らかにも見える表情を浮かべた。微笑んだと気づくまでに数秒かかった。その微笑はとても眩しく、美しく見えて。

私は堕ちていた。

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恋の形は声の味。 瑠璃人 @ruribito

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