第7話

「ヴェロニカさん、最後に聞きたいんですけど」

「ん?」

 彼女は二杯目のウィスキーを口に付けながら、振り返った。

「僕たち、同じ生き物だと思いませんか」

「なにそれ、どういう意味? 口説き返してる?」

の、生き物ですよ」


 彼女は一瞬、ほんの少し、目を見開いた。


「どうかな」彼女は今日一番の笑みで、にっこりと笑った。「たしかに私たち、結構似た者同士かもね」


 数秒立ち尽くしてから、僕も笑った。嬉しそうに笑った。


「イチャつくなら店の外でやってくれるか」


 マスターが呆れた様子で言った。

 僕は頭を下げて、出口に向かう。今更、すべて僕の勘違いだったのではないかと思った。彼女もきっと酔っていたのだ。多少意味不明な発言をしてもおかしくはない。僕だって、実は酔いが回っていたのかもしれない。すべてが僕の、早とちりなのかもしれない。

 そうであってほしい。

 けれど、もし本当に、彼女が元人間なのだとしたら。その才能のせいで、自分の小説が人類に有害になったなら。そのとき彼女は、人間をやめる決意をするのではないか。

 こんなものは憶測だ。わからない。しかし、


「あ、君」


 店から出てすぐ、後ろから声がした。振り返る前に、背後から手が差し伸べられる。その手にはマッチの箱が乗っていた。


「忘れ物だよ」


 僕の左肩のすぐ後ろに、彼女の顔があった。やはり笑っている。


「それ、あげますよ」

「え、ほんとに?」

「はい。僕はもう、使わないので。それに、まだ吸いますよね。気にせず使ってください」

「そう?」


 彼女は静かに、その手でマッチの箱を包んだ。


「ありがと。大切に使わせてもらう」


 彼女はそういって、無邪気にまた笑う。そして「じゃあね」と軽く手を振って、安定した足取りで店へと戻っていく。

 僕はその背中を最後まで見届けず、魔族の街の宵闇へ、まっすぐに歩き始めた。



 過去最悪の種族戦争となったこの戦いは、魔族側の敗北によって終結した。そこから数十年、魔族は人間に支配されることとなる。



 最悪の魔女エルジーラは、長らくただの噂として歴史に埋もれていた。しかし、半世紀後、旧連合軍の保管庫で、とある文書が発見された。それは、魔都メルガニスの空襲の際、広場にて発見された女性の焼死体を、魔女エルジーラのものと断定したという記録である。



 空襲の半年前、同都へ潜入していた諜報員がいた。ヨアン、本名をアギルというその諜報員は、仲間の死とともに音信不通となり、その後、彼が持ち帰った情報はおろか、彼に関する記録も、一切が残されていないという。

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最悪の魔女は小説家? 紳士やつはし @110503

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