第12話 誕生日デート大作戦1
「レインぅーー!!どういうこと!?」
「レインさん?これは一体……?」
目の前にはリア、後ろにはミネルヴァ。二人とも怒りに燃えた視線を俺に向け、炎のオーラを放っている。まさに、前門の虎後門の狼。どちらを選んでも命がない状況だ。いや、もはや選べる余地などない。ああ、こんな状況になる前にどうにかしていれば……神よ、龍神様よ、どうかこの愚かな男をお助けください。
なぜこんなことになったのか。少し時間をさかのぼる――。
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古代遺跡の依頼完了の翌日、俺はフェンたちと冒険者ギルドへ向かっていた。前日の飲み会で初めて飲んだ酒の影響か、記憶がすっぽり抜け落ち、目覚めたときには日もすっかり登り切っていた。頭も起きてからずっとガンガンして痛いし、すでに気分が乗らない。しかも、おそらくギルド長に会って調査報告をすることになるだろうと思うと、早くも帰りたくなる。みんな、昨日の疲れと飲みのせいかどんよりとした雰囲気が漂っている。しかし、ミーニャだけはなぜか機嫌がいい。元気だなぁ。
ギルドにつき、まずは受付へ向かう。そこには桃色のウェーブがかった髪の受付嬢――ミネルヴァが待っていた。
「こんにちは!『銀狼』のみなさん!あと、れ……レインさん」
笑顔で挨拶するミネルヴァだが、俺に対しては少し目を伏せて恥ずかしそうな様子だった。その仕草に疑問を抱くが、それを聞く間もなくフェンの声が割り込む。
「昨日の古代遺跡の報告書を提出したいんだけど、今ギルド長いる?」
さらりと言うフェンに、思わず目を見張る。飲み会の翌日だぞ?いつの間に報告書なんて書いたんだ。たまにこいつが見せる有能さには驚かされる。
「……あ!ギルド長ですね!執務室にいますよ!案内しますね。」
どこか上の空だったミネルヴァは一瞬反応が遅れた。やはり何かあったのだろうか。その理由を聞いてみたいと思いつつ、今は彼女の案内に従うことにする。
ギルド職員専用エリアを通り、ギルド長の執務室へ向かうのはこれで二度目だ。途中、古びた書類や雑然とした棚が目に入り、少しだけ気が重くなる。
「失礼します。『銀狼』の方々から、古代遺跡の調査について報告があります。」
ミネルヴァが扉を三度ノックし、執務室に案内する。中に入ると、たっぷりとしたお腹に特徴的な髭を生やした中年の男――ギルド長が、偉そうに執務室の椅子にふんぞり返っていた。その態度に、思わず眉を顰める。
「ああ、ミネルヴァじゃないか!今日もかわいいなぁ。」
俺たちを無視して近寄るギルド長。そのねっとりとしたいやらしい目に、ミネルヴァはわずかに目をしかめる。それでも彼は気にするどころか、むしろ喜んだような笑みを浮かべながら、彼女に触れようとした。
「ギルド長。話があって来たのだが。」
低い声で呼びかけると、ようやくこちらに視線を向ける。
「あーそうだったなぁ。調査報告に来たんだったなぁ。」
明らかに不満げな表情を一瞬見せたギルド長だが、すぐに態度を改め、悪びれた様子もなくミネルヴァから離れる。彼女が微かに安堵したのを俺は見逃さなかった。
フェンが報告書を差し出すと、ギルド長はそれを奪い取るように受け取り、無造作に目を通し始めた。内容にわずかに眉をひそめたり、小さく舌打ちをしたりしながらも、やがて全てを読み終えたようで、報告書を机に投げ出す。
「遺跡調査ご苦労だった。この報告書、実に興味深い内容だ。私が上にきちんと報告させていただく。」
「そちらの方が賢明でしょうね。この情報は間違いなく世に広めるべきではありませんが、それでも重要なものであることに変わりありません。然るべき機関に任せるべきです。」
フェンが真剣な口調で応じる。普段の彼からは想像もつかない落ち着いた物言いに、俺は内心驚きを隠せない。
「ふん、言われるまでもない。」
ギルド長は鼻を鳴らし、足を組み直す。
「……こんな面倒なことを俺に押し付けやがって。」
最後の方はぼそぼそと呟いていて、はっきりとは聞き取れなかったが、不満そうな様子だけは十分に伝わってきた。
「それでは、報酬についてお伺いしたいのですが……」
フェンが話を切り出した瞬間、ギルド長の表情が一変する。
「報酬?報酬なら、依頼達成料の20金貨だけだ。当然だろう。古代の遺物を何1つ持ち帰ってこなかったのだからな。」
その言葉に、一同は絶句する。20金貨――。それは少し強い魔獣を討伐すれば稼げる程度の額であり、命を危険にさらして行った調査の報酬としては明らかに安すぎる。
「すでに受付に報酬を預けてある。これで話は終わりだ。さっさと部屋を出て行け。」
ギルド長は不機嫌そうに吐き捨てるように言い、追い出すような仕草をする。
「待ってください、ギルド長。」
フェンが冷静な声で言葉を続ける。
「いくらなんでもそれは不当ではありませんか?確かに遺物は持ち帰れませんでしたが、その代わり重要な情報を得ました。この情報は国から報奨金が支払われる可能性が高いはずです。それを考慮すれば、もう少し妥当な額にしていただけるのでは?」
普段軽口ばかりのフェンが、これほど冷静かつ理路整然と交渉していることに俺は驚きを隠せなかった。しかし、その言葉には一理ある。ギルド長もフェンの指摘に言い返せず、苦々しい顔をしながら歯ぎしりする。
「ぐぅ……確かに、そうだ。この内容なら国から報奨金が降りる可能性はある……」
観念したようにギルド長は呟く。その姿に、俺は心の中で小さくガッツポーズをした。だが、次の瞬間、ギルド長はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「だが、あくまで可能性の話だ。可能性では金は払えん。」
その発言に、俺の中で何かが切れた。
「それは横暴だ!」
思わず声を荒げてしまう。
「聞いた話では、そもそも『銀狼』に頼み込んだのはギルド長だろう?街のために命を張って危険な調査をした人間に対して、その仕打ちは失礼すぎるだろう!」
ギルド長は俺の言葉に眉をひそめるどころか、逆に呆れたように鼻で笑う。
「失礼だと?とんでもない!」
彼は椅子にもたれかかり、開き直るように言葉を続けた。
「調査に行った結果、何1つ持ち帰らなかったお前たちに、報酬を支払うだけでもありがたいと思え!」
その態度に、一同が絶句する。これがギルド長、フィリップ・ベルメールという男の本性なのだ。
「もう話は済んだだろう?さっさと帰りたまえ。」
彼の言葉と同時に、部屋の空気が一層重くなる。この男の自己中心的な態度に、怒りと呆れが交錯しながらも、俺たちはただ立ち尽くしていた――まるで行き場を失った感情を抱えたまま。
「行こう。……すまなかったな」
フェンがそう呟くと、一同はそれ以上何も言わずギルド長の執務室を後にした。俺も続いて出ようとしたとき、ギルド長が声を上げて俺を呼び止めた。
「おい!ちょっと待て、そこの生意気な部外者!」
その声に反応し、足を止める。
「さっきはよくも俺に生意気にも反論してくれたな。お前がこの街で冒険者をやれているのは、誰のおかげだと思っている?身の振り方をよく考えるんだな。」
その言葉に、俺は反論もできず、ただ拳を強く握ることしかできなかった。
執務室を出た俺たちは、再びミネルヴァに案内されながら受付に向かった。だが、終始誰も口を開かない。ギルド長への怒り、そして何もできなかった自分への自責の念が、重苦しい空気となって漂っていた。
受付に戻ると、ミネルヴァから報酬を受け取ることになった。
「すみません……こんな少ない額で。もう少し渡したいんですけど、私みたいな下っ端じゃそんなことできないので……。」
彼女が申し訳なさそうに俯きながらそう言う。その姿に胸が痛む。あんなギルド長の下で働き、ストレスをためながらも笑顔で対応しなければならない彼女の苦労を思うと、こちらの方が申し訳なくなってくる。表情には疲労がにじみ出ていた。
「全然!こんだけあれば十分よ!ありがとな。」
そう言って笑いかけるフェンに、ミネルヴァはほっとしたような笑みを浮かべた。
「あ!ミネルヴァさん、今ちょっといい?」
「あ、はい!?な、なんでしゅか?」
俺が声をかけると、ミネルヴァは目を見開き、驚きと動揺を露わにした。その反応に、やはり何かあったのではないかという確信が強まる。
「やっぱり、ミネルヴァさん、今日様子が少し変ですよ。何かあったんですか?」
そう問いかけると、彼女は目をそらし、口ごもった。
「そ……それは……」
言い淀むミネルヴァに、俺はさらに追及しようとしたそのとき。
「ミネルヴァ、ごめーん。受付忙しくなってきたから、こっち手伝ってくれるー?」
同僚の受付嬢が彼女を呼び止めた。
「……あ!はーい!ご、ごめんなさいレインさん……。また後で。」
ミネルヴァはそそくさと離れていき、受付業務に戻ってしまった。結局、何も聞き出せないまま終わってしまった。
俺と銀狼の一行は、冒険者ギルドを後にし、帰路についた。どこか気まずさを感じる空気が漂っていたが、それでも誰も特に言葉を発することなく歩いていた。
「とりあえず、今回のレインの分の報酬を渡さないとな。」
フェンがそう言いながら、小さな麻袋を俺に差し出してきた。中を確認すると、金貨が10枚入っているのが見えた。
「え?こんなにもらえない。俺は今回そこまで役に立てたわけじゃないし、普通に人数で割った金額で十分だよ。」
報酬の多さに戸惑い、麻袋をフェンに返そうとする。だが、彼は苦笑しながらそれを手で押し戻した。
「いいんだって。むしろ、こんだけしか渡せなくて悪いくらいだよ。俺が無理言ってついてきてもらったんだからさ。」
フェンの気遣いに、少し申し訳なさを感じながらも、俺はしぶしぶ受け取った。
「困ったときはお互い様ってことで。」
シャーリーが軽く微笑みながらそう言う。その何気ない優しさが、少しだけ心を軽くしてくれる気がした。
「こんなに……本当にいいのか?俺はお前たちに何も返せてないんだぞ。」
自分の無力さを感じ、少し言葉を詰まらせながら問いかけると、シャーリーはあっさりと首を横に振った。
「いいのよ。私たちは見返りを期待してるわけじゃないから。でも、そう思うなら、代わりにお願いがあるわ。」
「お願い?」
俺は少し首を傾げて問い返す。
「私たちのパーティに入らなくてもいいけど、また昨日みたいに一緒に依頼を受けてほしいの。」
シャーリーの柔らかな声に、俺は少し驚きながらも安心するような気持ちになった。
「それでいいのか?」
「もちろんよ。」
シャーリーがはっきりと頷く。
その言葉に、心が少しだけ軽くなる気がして、俺は小さく微笑みながら答えた。
「わかった。なら、いつでも言ってくれ。どんな依頼でも同行するよ。」
「ふふっ、頼もしいわね。」
シャーリーの笑顔に少しだけ照れくさくなりつつ、フェンが勢いよく声を上げた。
「よっしゃ!じゃあ親睦を深める意味でも、飲み会しようぜ!」
「またぁ!?流石に勘弁してくれよ……。行くとしても酒は飲まないからな?」
俺が渋い顔をすると、フェンは大げさにため息をついて見せる。
「おいおいぃー!昨日はあんなに飲んだじゃねぇか!なんでだよー、つれねぇなー。」
「だからこそだ!昨日酒飲んでからの記憶がないってのに、もう怖くて飲めないよ!」
「え……レイン、記憶ないの?」
ミーニャが驚いた顔でこちらを見つめてきた。
「まじか……お前、昨日のこと覚えてないのか。そりゃあんだけ酔っ払ったら仕方ないかもな。」
フェンが苦笑しながら言う。その何気ない言葉に、俺は内心ヒヤリとした。まさか何かやらかしたのか?
「レイン、昨日の飲み会でした約束、覚えてないの?」
ミーニャが少し拗ねたような表情で問いかけてくる。その視線に申し訳なさを感じながら、正直に答えた。
「ごめん、全然覚えてない……。どんな約束をしたんだ?」
俺がそう言うと、ミーニャはガックリとうなだれてしまった。
「ほら、遺跡調査で休憩してた時、『魔晶万屋』の話してたでしょ?それで昨日の飲み会の時に、2日後一緒にグロムさんのところに行こうって約束したのよ。」
シャーリーが代わりに説明してくれる。その話を聞いて、確かに遺跡内でそんな話していたなと思い出す。
「ああ……ミーニャ、本当にごめん。明日一緒に行こう。」
俺が改めて伝えると、ミーニャは驚いたように顔を上げる。
「……いいの?」
「あぁ、もちろんだ。」
そう言うと、ミーニャの顔がみるみる明るくなり、嬉しそうに笑った。
「やったー!ありがとー!」
無邪気に喜ぶミーニャの姿を見て、俺もつられて笑みを浮かべた。やれやれ、かわいいやつだ。
月下、終末に魔女との茶会を @kurokimidori
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