第11話 幕間 月明かりの会合
月がひと月の中で最も美しく輝く夜。暗闇が支配する森を、二つの月と無数の星々が淡く照らしていた。その中で、一つの影がゆらゆらと動いている。その影は、何かを思い悩むような足取りで、今にも消え入りそうなほど弱々しい。しかし、それが人間の姿かたちをしているのならば、の話だ。
その影の背中には黒い翼が広がり、頭には鋭く凶悪な角が生えている。まるで御伽噺に登場する悪魔そのものだ。その歩みは弱々しいにもかかわらず、恐ろしい威圧感を放っていた。
「俺は一体……何者なんだ……」
悪魔は低く消え入るような声で呟いた。自分が何者なのか、自分がここにいる意味、自分が何を成すべきなのか——それらすべてが霧の中だ。答えのない問いを自らに投げかけ、歩み続ける。
「あの男は誰だ……なぜ見覚えがある……?」
脳裏に浮かぶのは、目覚めた直後に初めて出会った黒髪黒眼の男の姿だった。どこかで見たことがある。その記憶が何か重要なものと結びついている気がしてならない。もう一度あの男に出会えば、自分の正体がわかるのだろうか。そんな思いを抱えながら、悪魔は暗い森をさまよい続けた。
月明かりが差し込む森の中で、ふと人影が視界に入る。悪魔は目を細め、魔力を角に集中させた。
「……お前は誰だ?」
問いかけることもなく、悪魔は破壊の魔力を奔流のように放つ。生い茂る木々は跡形もなく消え、地形すら変えてしまうその圧倒的な破壊の力が人影を覆い尽くす。爆風が周囲に響き渡り、静寂が戻るまでしばらくの間があった。
土埃が収まると、そこには二人の人間がまるで何事もなかったかのように立っていた。
「何……?」
悪魔は驚愕する。先程の魔力の奔流を浴びて無傷なばかりか、立ち尽くすその姿には余裕すら感じられる。
「おお、怖いなあ。野蛮すぎへんか?」
月明かりに照らされ、わずかに青く光る長髪を後ろで束ねた男が一人。独特の訛りを含む言葉とは裏腹に、その声色には全く怯えた様子がなかった。その手には、長く細い剣が握られている。
おそらくあの男に止められたのだろう。だが、2度も同じようには止められまいと再び接近する。その男は長剣を構え、反撃の体勢に入る。
「これならどうだ?」
右手に魔力を込め、驚いたように目を見開く長髪の男へ向けて放つ。先程ほどではないが、それでも直撃すれば即死するほどの威力だ。爆発の煙が晴れた先には、やはり無傷の男がうっすら笑いながら立っていた。
「いやぁ、こわいこわい。ほんとに、そんな不意打ちずるいわぁ。」
その言葉の後、今度はこちらの番だと言わんばかりに、長剣を悪魔へ向ける。
「次は僕の番と行きましょか。白刃流――刃閃」
小さくそう呟くと、音すらも置き去りにした剣の一閃が、悪魔を切り裂く。しかし、悪魔はわずかにそれを躱し後ろへ後退する。
「あれぇ?躱されてもうた。真っ二つにするはずやってんけど、ちょっと
その言葉の意味に気づくよりも前に、悪魔の腹から血が噴き出す。
「なっ……に……?いつの……まに?」
悪魔は驚き、すぐさま傷を手で押さえる。
「気づかへんかったん?なんや鈍感やなぁ?人間を捨てたら痛みにも鈍感になってまうんか?」
そう、不気味に笑う長髪の男。しかし、悪魔もそうやすやすと主導権を握らせるつもりはない。腹部の傷が見る見るうちに治っていき、その跡すら残らずきれいな状態になった。
「あぁ、そうやった。すぐ治ってまうんやったな。便利な体やなぁ。ま、もう1回切ればええ話か。次は、躱させへんで。」
男が間合いを詰めようとしたその時——低く響く声が二人の間に割り込んだ。
「そこまでだ、ゼフィル・アストラディール。」
声の主は、ずっと沈黙を守っていたもう一人の男だった。黒髪をなびかせながら、冷静な目で二人の間に立ち塞がる。
「はーい、殿下。これからがええとこやったんやけどなあ。」
ゼフィルと呼ばれた男は、残念そうな顔を浮かべながら剣を下ろす。
「お前はいつもやりすぎる。それに、私は殿下ではないと言ったはずだ。」
「そりゃそうですけど、僕にとっては殿下なんですもん。堪忍してくださいよ、陛下。」
ゼフィルの軽口に、黒髪の男は冷たい視線を送る。だが、鼻を鳴らしてわずかに笑みを浮かべると、悪魔に向き直った。
「……お前たちは何者だ?」
悪魔が問いかける。その問いに対し、黒髪の男は不敵な笑みを浮かべたまま応じる。
「私は貴様が何者かを知っている。」
その言葉に悪魔は目を見開く。
「月神の導きのもと、私はお前を迎えに来たのだ。」
「月……神……?」
困惑する悪魔の瞳に、一瞬の戸惑いが浮かぶ。記憶の奥底に引っかかるその言葉に、意味を見出せず混乱していた。
「これからは、私が貴様の主人だ。」
黒髪の男はさらに続ける。
「我が名はラグナス・レオナル・フォン・アトランタ。アトランタ帝国の皇帝だ。」
ラグナスの名乗りが静寂を破り、月明かりの下で響き渡った。
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