灰の国、蒼の芽

水野-OHV

第1話 浅草良いとこ

12月の灰色の空は、未だ復興しない東京によく似合う。

浅草、大量の海外からの観光客が途絶えて久しい。

隅田川はその流れを大きく変え、両国方面を削り取るように蛇行している。その岸辺には巨大な鉄の塊が横たわっていた。アメリカ製の原子力空母―本来なら太平洋の波間に浮かぶべきその船体は、災害の混乱の中で制御不能となり隅田川へと打ち上げられ、今では完全に陸地と化した河川敷に埋まるようにして佇んでいる。


空母を中心に形成された「街」は、闇市と呼ぶのがふさわしいものだった。瓦礫の間に無造作に建てられた掘っ建て小屋やテントが並び、その隙間で人々がうごめいている。浅草寺の跡地から仲見世通りを挟んだ一帯の路地裏には、合成酒や粗悪な薬物を売る店がひしめき合い、朽ちた看板には読み取れない文字が踊っている。ジャンキー、アル中、刹那的快楽は冬の寒さしのぎには調度良い。


「大災害」で噴火した箱根山は未だ活動をやめることなく火山灰をまきちらしている。大気は灰の匂いと湿り気を帯びていた。

気管支をやられ、灰を壊される者も未だ多数。

防塵マスクにコードにブーツと言う出で立ちで街を行き交う。

かつて箱根の山が噴火した時に降り積もった火山灰は、あらゆる電子機器の精度を奪い去った。微細な灰が回路を侵食し、電波は遮断され、通信インフラはほぼ機能していない。結果として、関東一帯特に東京は孤立した。

もう数十年は経っているだろうが忘れた。


環境に優しい電気自動車はもはや役に立たない。バッテリーや電子制御された機器類を排除され、廃棄された内燃機関を掘り起こし、それを修理して再利用している。隅田川沿いにはエンジンパーツを積載した艀が多数行き交う。古びたエンジンを載せた三輪や四輪の改造車が、闇市の狭い通路をぎりぎりの音を立てながら通り抜ける。エンジンの不格好な咆哮と、煙突から立ち上る煤煙が街の空気をさらに汚していた。


電子機器の消えた世界で、ガキどもは遊べなくなったテレビゲームや携帯端末の代わりに、瓦礫の中に新たな遊び場を見つけ、錆びた鉄骨や使い古されたタイヤを使って即席の遊具を作り出していた。ある意味奴らは天才である。


「大災害」から数カ月後、近隣諸国の軍隊が「治安維持」の名目で侵攻してきた。

最初は支援物資とともに到着した彼らも、やがてその態度を変え、武装兵士と装甲車を伴う姿が目立つようになった。

浅草あたりは各国の縄張りが網の目のように張り巡らされ租界地を作り出す、それが日々変化する。

まるで大昔に絶滅寸前になったヤクザの縄張りのように。


打ち上げられた空母はアメリカの租界地の中心となり、「街の顔役」は空母の元艦長と言う話だ。この地域を仕切る支配者として君臨している。業務内容はアメリカ払い下げの武器と薬物、その他いろいろ。

その支配は安定したものではない。日々外部の侵攻勢力や、内部で蠢く利害関係者たちの争いによって、街の利害は常に脅かされている。


もうすぐ夕暮れ、落語の寄席の客を呼ぶ音が聞こえる。

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