第2話

揺れる。


そして何か…聞こえる…


意識がゆっくりと動いた。


そして…誰かが俺に触っている。


ぼんやりと色が見えた。


赤…色


揺れる。


いや、揺れてるんじゃない…


俺は身体が揺さぶられている?


「おい‼」


俺の意識が急速に現実世界に適応した。


「おい、大丈夫か⁉」


男の顔が見えた。


60代くらいの男。

オレンジ色のベストを着ていた。


(おれ…どうして…)


次に目に入ったのは赤色だった。

あたり一面がドギツイ赤色で染まっている。

赤色灯の灯りだった。

そして白と黒の車が見えた。


(警察?)

(なんで、警察がいるんだ?)


その瞬間、記憶が鮮明に甦った。


(そうだ…おれ…撃たれて…)


「お…れ」


かすれた声が出た。


「おっ、気づいたみたいだな」


俺を揺すっていたオッサンが言った。

視力が回復してくると4台のパトカーが道路に停まっているのが見えた。

その周りに何人かの警察官がいた。


(俺は…いったい何をしてたんだっけか?)


そして、何か息がつまるような違和感を感じた。


「死ななくて良かったな」


オッサンが言った。


(死ななくて…だと?)


その一言で全てがつながった。


鈍く光る黒い鉄



「あっ‼」


「どうした⁉」


オッサンが目を見開いて言った。


記憶が急速に復元しいくの自分でもわかった。


「俺は…殺されそうに…」


俺はかすれた声を絞り出した。


「うん?」


おっさんが俺の顔を覗き込んできた。


「男に…銃を…突きつけられた…」


俺は甦った最後の記憶を口にした。


「男?ああ、ジンのことか?」


オッサンがのんきな調子で返してきた。


「ジン?」


「ああ、あんたのこと助けた男だよ」


「助けた⁉」


(違う‼俺は奴に銃を突きつけられて…)


「俺は殺されかけたんだ‼」


俺は大声を出した。

それは叫びに近かった


「殺されかけた?」


オッサンは目を丸くして聞き返してきた。

そして突然笑い出した。


「アッハハハハ‼」


オッサンの笑い声が大きすぎて警官がこちらを見た。

オッサンは“大丈夫”という意味で警官に向かって手をあげた。


「あんたは殺されかけてもいないし、狙われてもいない」


「そんなわけない、確かに銃を向けられたんだ‼」


「そうか…」


そう言ってオッサンは後ろを振り返って声を上げた。


「ジン‼この人がおまえに殺されそうになったってよ‼」


俺はゆっくりと首をまわした。

一人の男が軽トラの荷台に乗ってウィンチをいじくっていた。

その男が俺を見た。

奴だった。

俺に銃を突きつけた奴。


「奴だ‼奴が俺を殺そうとしたんだ‼」


俺がそう叫んだ。

だが男は表情も変えずに自分の作業を続けていた。


「ジンはあんたのことなんか撃ってねぇよ」


オッサンが言った。


「それに、あんたを殺そうとした奴はとっくに死んじまってるって」


そう言ってオッサンは軽トラの奥の方を指さした。

暗くてよく見えないが、そこには大きな黒い塊があった。


(何だ、あれは…)


(ハッ、臭い⁉)


(これは…)


「熊だよ」


オッサンは俺の心を読んだかのように言った。


(熊?)


「あんた熊に殺されかけてたんだよ」


そう言ったオッサンの顔からは先ほどまであった笑顔が消えていた。


(熊が俺を襲うとして?)


「ジンは日本でも五本の指に入る猟師だ。あんたは運が良かったんだよ」


(運がいい?)


「人を襲おうとしている熊を肩越しに撃つなんて普通じゃできねぇ。何より人に当たるおそれがあるし、この暗さの中ピンポイントで熊の急所を撃たなきゃなんねぇ。俺の知ってる限りじゃそんな芸当ができるのはジンしかいねぇよ」


俺はただオッサンの話しを聞いていた。


「簡単に言っちまえば、あんたは熊に殺される寸前に最高のハンターに助けられたってことだ」


オッサンはそう言って再び笑った。


「あの女の娘も言ってたよ。あんたの彼女なんだろ?」


あの女は向こうで警察と話しをしていた。

その目が俺と合ったが、すぐに女は視線をそらした。


「クマがあんたの背後から手を振り下ろそうとしてたって。その瞬間に銃声がしたってさ」


俺は再びジンを見た。

ジンははウィンチを使って熊を軽トラに乗せようとしていた。


「最近クマの被害がひどくてな、猟友会で手分けして見回りをしてる」


ジンはその作業を終わらせると軽トラに乗り込もうとしていた。

こちらに視線を一度よこしたが無表情だった。

オッサンが手を振るととジンも手を振って軽トラに乗り込んだ。

撃たれた熊は無造作に軽トラの荷台に乗せられていた。


「あいつはここいらの担当でな。まあ、何事もなかったんで良かった良かった」


そう言って笑顔で立ち上がった。


「ほにゃ俺はあいつの解体手伝わなきゃいかんから、そろそろ行かせてもらうで」


ジンの軽トラが走り去っていくのが見えた。

あのテールランプが見えた。

ついさっきの出来事なのに、もうだいぶ昔のことに感じられた。

長い一日だった。

オッサンの軽トラも走り去っていった。


俺はそのあと警察に聴取され、念のため病院で検査を受けるために救急車にのせられた。


それ以後まだあの男には会っていない。


                                   《完》


                                                     


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モッサ mossa @kondeika

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