モッサ mossa

@kondeika

第1話

俺は助手席に女を乗せて夜の国道を走っていた。

国道といっても田舎だから他の車は走っておらず、自分のライト以外は暗闇だった。

外を車で走っていても、実際のところこの女と二人っきりでいるようなものだ。


女はいわゆるいきずりの女だった。

平日の田舎の飲み屋でたまたま居合わせた男女が、話し相手がいないから仲良くなって…というお決まりの流れ。

それでもチャンスは狙っている奴だけゲットできるのだ。

まあ、正確なところ、まだゲットはしていないのだが…


俺好みのいい女だった。

スタイルは痩せすぎず太すぎず。

シートに座ったせいでスカートがずりあがったぶん、露出したフトモモはなかなかのものだった。


(あぁ)


俺はそのフトモモを見ながら、あの時に感じるであろう恍惚感を想像した。


2人で軽く飲んだ後。

「俺の家に来るか?」

と尋ねたら、この女、あっさりとOKした。

まあ…そういうことだ。


俺がモテるのか?それとも彼女が軽いのか?

その答えは残念ながら、分からない。

俺はアクセルを踏んだ。

車の加速音と共に、俺の期待はいやがうえにも盛り上がった。


実は言ってなかったが、このときすでに、俺のあそこは、はちきれんばかりに膨らんでいた。

それがどこなのかは、あんた達の想像におまかせする。


俺は車に乗ってすぐ彼女の手を握った。

彼女も握り返してきた。

俺は彼女の手の温かみを感じながら


(確定だな)


と思った。


さっきも言ったが、チャンスはどこに転がってるかわからない。

だからこそ常に意識しておいて、チャンスが来たら躊躇なくそいつを摑まえる。

たとえ女に


「一人で飲みたいんでごめんなさい」


と言われても、声をかけずに帰りの車の中で


(あぁ、やっぱあの時、声かけとけばよかったなぁ)


と後悔するよりも1000倍いい。


この先、生き続けたとしてもせいぜい40年くらいだ。

それなら残りの人生やらないで後悔するよりも、やって失敗した方がいい。

幸せは生きているうちしか感じることができない。

死んだら幸せも不幸もないのだ。


(恥ずかしいとか言ってる暇ねぇよ)


俺はいい女がいて声をかけられる状況なら絶対に声をかけるようにしていた。


『世の中は金と女じゃない』


ってよく言われるが、

俺からしてみりゃ


『世の中金と女だけではないのかもしれないが、金と女が一番欲しい』


というのが持論だ。

特に性欲が溜まってる時は女を激しく求めちまう。

あたりまえだ。

社会はそういう性欲とか欲望を野放しにしたらとんでもないからできたわけで、


『一人じゃ生きていけないから社会生活を送る』


ってのは体裁を整えるための後付け理論だ。

俺みたいな、イケメンでもなく、普通の男でも動けばなんとかなる。

今日だって動いた結果がこれだ。

つないだ手を強くにぎりしめて見つめると、女は笑顔でこっちを見つめてきた。


(おっと)


少し運転がおろそかになった。

車線に目を向けると遠くに赤くテールランプが光っているのが見えた。

田舎道だから道のまわりは真っ暗で、テールランプだけしか見えない。

まるで異空間のようだ。


俺は再び女の身体を見た。

スカートから伸びた脚が艶めかしかった。

加速する車と自分が一体化したような不思議な気がした。


赤いテールランプにはアッと言う間に追いついた。

まさに目前に迫る、といった感覚だった。

前を走っているのは軽トラだった。


田舎とくれば軽トラだ。

中古でも普通の軽自動車より高く取引され値も落ちない。

農道のポルシェと呼ばれる車種もある。

とにかく田舎では便利な車なのだが唯一の欠点は…

ノロい、ことだ。

とにかくスピードが出ない。

前を走っている軽トラもそうだった。

どうせ爺ちゃんちゃんか婆ちゃんが運転していて、律儀に制限速度を守ってるんだろうよ。

俺のスピードも一気に50キロまで落ちた。


「チッ‼」


自然と舌打ちが出た。

軽トラの荷台には幌が被せてある。

荷物を積んでるから余計に遅いのだ。

普段ならすぐに追い抜くのだが、この細い一本道ではちとキツイ。


(さっさと家に戻って、この女とヤッてスッキリしたいのに…)


俺の頭の中は実際のところ、この女とセックスすることしかなかった。

その強い衝動が、みるみるうちに怒りへと変わっていくのが自分でもわかった。


「チッ‼」


再び舌打ちが出た。

助手席の女はそれに我慢できなかったようで…


「そんなにイライラしないでよ」


と女が少し強めの口調で言った。


「軽トラなんだからしょうがないじゃない」


(イライラしてるのは確かだが、軽トラにイライラしてるんじゃねぇ‼お前と早くヤリたいからイライラしてんだよ‼)


この気持ちを女にそのまま伝えたかった。

男の性欲だってかなりセンシティブなものだ。

この欲望を、早く満たしたくてイライラしてんだよ

早くおまえを抱いて、ガンガン突きたいからイライラしてんだよ!


(そんなこともわかんねぇのか‼)


俺はこの女が男の強い衝動を理解できずに気軽に軽トラの味方してることに怒りを感じた。

男の性欲や性衝動がどれほど強いものなのか女にわかるわけがない。

だいたい、戦争が始まればそこら中で女がレイプされてる。

平和な世の中じゃ女は大口叩いてられるが、いったんその平和が崩され、社会という防護柵がなくなりゃ、男はオスに変わり女はメスになっちまう。

実際、今、俺の半分は男ではなくオスになっちまってる。


(女は我慢できても、男は我慢できないんだよ)


そのくせ実際にセックスが始まっちまえば喘ぐのはもっぱら女の方、って相場は決まってる。

こいつだって例外じゃねぇ。

間違いなく喘ぎやがる。

俺の頭の中では今や怒りなのか思念なのか判別しがたいものがぐるぐると渦巻いていた。

運転だってほとんど感覚だけで運転しているようなありさまだ。

洒落じゃないが、何事も楽にイカないようにできてるわけだ。


俺はさらにアクセルを踏み込んだ。

一気に車体が加速し軽トラのテールランプが目の前に迫った。


「キャッ‼」


女が小さな悲鳴をあげた。


(さすがにこの短い車間距離で急加速をされりゃ叫ぶわな)


俺は頭の片隅でそんなことを考えながらも、考えの全てが車自身に現れていた。


(だいたい、こんだけトロい車は路肩に止まって先に行かすのが常識だろうが‼)


エンジンがさらに唸った。

俺は軽トラに猛然と襲いかかり、フロントが軽トラにピッタリとくっついた。

それでも、軽トラは同じスピードでのんびりと走っていた。


「クソ野郎‼」


再び怒声が出た。

今や俺の怒りは性欲を凌駕していた。

頭のかたすみで、


(ああ、これでこの女とのいいこと、もオジャンになっちまったかな)


と思った。


俺は自分が、ゾーンに入ってしまったことを自覚した。

それも、とても危険なゾーンに。


俺は蛇行をさらに強めると同時にパッシングを浴びせた。


奴が止まればいいだけの話しなんだ‼


こんな夜中の田舎道にきっちり制限速度なんかで走ってんじゃねぇよ‼


怒りは理不尽なものかもしれないが、俺が100%悪いのか?

違う、そんなことはない。


「ちょっ、ちょっと、や、め、て」


俺は、横目で女をチラっと見た。

女の顔は完全に恐怖で歪んでいた。

この車に乗ったことを後悔しているのがありありと出ていた。

女は手を伸ばしてドアの上にあるバーをつかみ、シートに身体を固定して耐えていた。

車は蛇行でさらに横揺れが激しくなりはじめた。

女の首がグラングランと揺れはじめた。

俺は、それを見てもなんとも思わなかった。

相手にすべきは女ではないからだ。


(それより、こいつ‼)


俺は再び前を見た。

軽トラはあいかわらずチンタラ走っていた。


気づいてないわけがねぇ‼

まったく譲る気がねぇんだ‼


「いったい何者なんだ、こいつ⁉」


俺はクラクションを鳴らしながらパッシングした。


「ドけッ‼この野郎‼」


もう車は接触寸前だった。


女の恐怖の叫びが聞こえた…ような気がした


俺の怒りは頂点を越えようとしていた。


その瞬間…


「ウワッ‼」


俺は思わず声を出した。

軽トラのブレーキランプが光った。

俺はありったけの力でブレーキを踏んだ。

ABSの、グ、グ、グ、という音とともに車が止まり、自動的にハザードがたかれた。

気づくと俺は、ハンドルの上に頭をのっけていた。


ぶつけたのか?

音は…してないよな?

衝撃もない。

だったら…


俺は顔をあげた。

フロントグラスの先の暗闇を見た。

軽トラは、ハザードをつけて停まっていた。

俺の10メートルくらい先だった。

エンジンは、かけられたまま。

いつもなら見慣れた軽トラも…

俺の生活にまったく関係なかった軽トラも…

その間抜けな車体が憎しみの塊に見えた

俺は怒りと共にドアを押し開けアスファルトに飛び降りた。


「てめぇー‼」


俺は怒声とともに軽トラに向けてアスファルトを蹴りだした。

軽トラの運転席はライトの反射で見えなかった。

俺は、一瞬でサイドウィンドゥに辿りつき、両手でたたいた。というか殴った。


「てめぇ‼」


田舎道に自分の怒声が響くのが分かった


「出てきやがれよ!!」


後ろで、女が車から降りる音がした。

もう、女なんてどうでも良かった。

だいたい、夜中に何でこんな思いをしなきゃなんねぇんだ⁉

そう思うと怒りが爆発した。


「てめぇ、遅ぇんだよ‼出て来いよ、おら‼」

俺は脚でドアを蹴りあげようとした。

その瞬間

突然、軽トラのロックの外れる音がしてドアが開いた。

俺はそのドアに押されてぶっ倒れた。


「てめぇ‼何しやがんだよ‼」


俺はアスファルトに手をついた反動で飛び起きた。

ここまでやられたんならもう何してもいいだろう。

俺はそいつを見た。

軽トラから降りようとしているのは、自分と同じくらい、いや、もう少し若い男だった。


「おい‼」」


俺は男に詰め寄り、その襟元をつかみ軽トラに押し付けた。

殴ったらヤバいのはわかってるが、俺のリミッターはもう切れる寸前。

クモの細い糸で辛うじてつながれているようなものだった。

男の顔には何の表情もなかった。

それが余計に俺の心を逆なでた。


「トロトロ走ってんじゃねぇよ、この…」


その瞬間、男の顔に何か殺気のようなものが走った。

気づくと俺は突き飛ばされ、宙に浮いていた。


(やべぇ、油断してた)


思い切りアスファルトにケツから倒れこんだ。


「て…めぇーッ‼」


そう言いながら男を見上げた瞬間

俺は、それ以上声が出せなかった


「きャッ‼」


後ろで女が叫ぶ声が聞こえた。

今日一番の悲鳴だった。


それもそのはずだ。


ヤベぇ


ヤベぇよ


マジでやべぇ


俺は今日はじめて…後悔をした。


何でって?


答えは簡単だった。


俺の顔の前には…


銃があった。


そう…


男は銃を構えて立っていた。


長い銃だった


俺は思った…


何ていうんだっけ…ああいうの?


ライフル…だっけ?


ここって…


日本だよな…?


俺は、自分の置かれている状況がまったく理解できなかった。


だが男が銃を持ち、その銃口が俺にむけられているのは厳然たる事実だった。


俺と男との間隔はどのくらい?


3メートルくらいか?


わからない。


ただ銃のことなんてまったく知らない俺でも、わかることがひとつだけあった。

この距離で、あんなばかでかい銃で撃たれれば、確実に死ぬ、ということだ。


銃で撃たれるって…痛いのか?


俺が最初に思ったのはそのことだった。


こんなでかい銃で撃たれたら


そもそも、痛みを感じる時間があるのか?


俺は、入ってはいけない世界に、入ってしまった気がした。


裏の世界?


黒い世界?


そこに存在するのは一つだけ。


死、


のみ。


自分の股間が、熱い液体でしめっていくのが感じられた。


俺は産まれてはじめて、本当の恐怖を味わっていた。


死。


銃のイメージはそれだけだった。


「まっ…」


出たのはその言葉だけだった。


銃口を見ていると、急速に喉が渇いていくのがわかった。


あ、あ、


死ぬのか、俺?


本当の恐怖の前では言葉など意味をなさないことを初めて知った。


男は無表情に銃を構えていた。


その目には、なんの感情も込められてなかった。


一瞬の静寂の後…


パンッ‼


乾いた銃声がした。


俺の意識はプッツリとそこで消えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

モッサ mossa @kondeika

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画