それでも願いは叶う

 簡単なお使いに出した子の帰りが遅いのに気をもんで、迎えに出たところで、手練のプロに囲まれた。

 横づけにされた黒い馬車から降りてきたのは身なりの良い男だった。喋り方も上流階級のそれで、明らかに貴族に仕える者だった。

 彼らは、さる貴族の屋敷から不当に誘拐された赤子をこれまでずっと探していたのだという。


 事情説明の最後に、男は私にしか聞こえないように声を落として告げた。


「抵抗すれば、誘拐犯の一味として斬り殺す。笑顔で別れを言え」


 馬車の中には、あの子がいた。


「これまでご苦労であった」と言って、男は私に金袋を渡した。

 あの子は金を受け取る私を、大きな目を見開いてじっと見ていた。

 綺麗に澄んだエメラルドグリーンの目が失望に陰るのを見たくなくて、私は顔を伏せた。


 私はその場の全員を倒すのにかかる時間を考えた。

 一番近くにいる奴から剣を奪って、1,2,3……。ダメだ。馬車の中であの子の隣りにいる奴に辿り着く前に、御者が馬車を出してしまうだろう。

 私は、相手が貧民の子を攫って不善をなす悪徳貴族である可能性を検討してみた。……ないとは言い切れないが、可能性は低いだろう。そういう輩なら、問答無用で攫っているだろうから、こんな茶番をする必要がない。私に笑顔で別れを言えとわざわざ言いに来たあたり、少なくとも彼らはあの子の感情に多少は配慮をする気があるようだ。

 私は、無理やり笑顔を作った。


「良かったな。本物の家族がみつかって。元気で暮らせよ」


 あの子がどんな顔でそれを聞いたのか私は確認できなかった。

 扉は閉められ、そのままあの子を乗せた馬車は去った。


 馬車が去ったあと、案の定、襲ってきた奴らを躱して、なんとか逃げ延びた私は、そのまま聖堂にも戻らず国を出た。

 しばらくは各地を転々としていたが、ほとぼりが冷めたところで、結局、私はホープダンジョンに戻った。


 その頃には養い子の消息はわかっていたが、会いに行くことはしなかった。



 §§§



「ここにいりゃ、そのうちお前が来ることはわかっていたからな」

「忘れないでいてくれたんだね」

「命の恩人を忘れるわけがあるか」

「嬉しい」


 ギルドマスターの執務室にある来客用のソファーで私の隣に座って、ベッタリと抱きつきながら、うちの元養い子は、その金髪の頭をグリグリと擦り付けてきた。仕草は昔通りだが、成長しきった状態で、そういう甘え方をされるとかなり恥ずかしいから、よして欲しい。


 それにしても、私にとっては随分昔だがコイツにとってはあのダンジョン内での出会いがほんの昨夜のことだと思うとさらに恥ずかしい。

 もぞもぞする私を抱きしめたまま、養い子の面影を残した美貌の主は、エメラルドグリーンの目を細めた。


「いつから気づいてた?」

「お前が10歳ぐらいの頃かな」


 顔立ちから子供っぽさが抜け始めたあたりで、可能性は考えたが、あまり当たって欲しくない想像だったので棚上げにしていた。確信したのは、貴族に連れて行かれたときだ。

 そうであれば、だいたいの年齢を考えると、いつ頃、コイツがホープダンジョンの魔神に願い事をしたのかの見当はつく。再会したければ、あとは願いを叶えたコイツがダンジョンから出てくるのを待つだけでいい。

 世の中、想定が想定どおりになることは少ないが、今回に限っては思ったとおり再会できた。


 聞き出して見たところ、どんな願いでも叶うダンジョンがあると聞いてコイツが思いついた願いは、死にそうな私を助けに行くこと、だったらしい。どうやら私があの日、馬車で別れた後に、すぐ殺されたのだと思っていたようで、その場に行きたいと願ったようだ。

 しかし、ダンジョンの主は起こったことは変えられないし、起こっていないことを取り消すこともできないと言って、それを断ったそうだ。

 そもそも私がマジで死にそうになったのは、後にも先にもこのダンジョンでの1回きりであるから、仕方ないだろう。


 魔神が自由裁量で好き勝手に判断した結果、コイツはあの日、ここのダンジョンで死にかけだった私のところに送られて、私の命を救った。

 そういや聖堂で爺ぃどもから習ってたもんな、魔法薬と治癒魔法の使い方。神童とか呼ばれてたっけ。

 身につけておくと将来、絶対に役に立つ技術だからとか言って、親バカ丸出しで練習用に魔法薬の原料を山程取ってきた覚えがある。

 なにがどこでどう自分に返ってくるかわからんとはこのことだ。


「はぁ~。それにしても本当にお前があのときの奴だとはな」


 あらためて見ると面影はあるが……。


「なんというか、色々育っちゃって、まぁ」

「あなたはぜんぜん変わらない。昨夜見たままだ」

「バカこけ。お前がダンジョンで見たのは20年は昔の私だぞ」

「ふふ、とても信じられない。私と同い年だといっても通るのでは?」

「んなわけあるか」


 一つ思い当たるフシはあるが、その可能性はあまり考えたくない。


「20年前というと、あなたが先代のクリア者だったのか」

「んー。クリアというかなんというか……奥で魔神には会ったんだがなぁ」

「願いはなにを?」

「それがなぁ。嫌がらせ半分で、生国の聖職者風の挨拶を出会い頭にしてやったら、嫌そうな顔で"わかった"と一言返されて、そのまま落とし穴に落とされた」


 あの野郎、苦労してたどり着いたんだから、せめて願い事ぐらい言わせろ。不意をつかれて死にかけたわ!


「あなたの願いは私が叶えるから、なんでも言って欲しい。富と権力で解決できることは大抵なんとかできる」

「頼もしいを通り越して不穏なことを言うな」


 なんと、引き取られた先の貴族家を掌握して、この若さで当主の座をぶん取ったらしい。やりかねないとは思っていたが、本当にやっちまうとは、うちの子がやり手過ぎて頭が痛い。


「嫌?」


 覗き込んでくる目が揺れている。

 ああクソ。キラキラしたこのエメラルドグリーンに弱いんだよ。


 嫌じゃないと言おうとして半分開けかけた口を塞がれた。





「ギルマス〜、ホープダンジョンをクリアすると、クリア報酬がギルマスだって噂が出回ってますよ〜。本気ですか〜? みんな目の色変えてますよ〜……わ!」


 バカ野郎! なんてデマだ。

 聞いたその場で否定しろ。

 わざわざ確認しにくんな。

 そしてノックしたなら返事を確認してから戸を開けろ。

 赤面するな。

 わざとらしく手で顔を覆って、指の間からガン見すんな!

 ええい、こっちは取り込み中なんだ。さっさと帰れ!


 というか、お前も人が来たんだから中断しろ、バカぁ! てめぇに羞恥心はねぇのか!!


 私はのしかかってくる金髪頭をペシペシ叩いて、足をバタつかせて抗議した。


「大変だ〜。ギルマスが〜」


 人を呼びに行くな、ボケぇーっ!




 なんだかんだあったが、結局、私はギルドマスターを退職して、我がろくでなしの天使とともに暮らすことにした。

 貴族の家なんかでやっていけるかどうか自信はないが、もし、ホープダンジョンの魔神が私の「長寿と繁栄を」という挨拶を願いだと勘違いしたのなら、なんとかなるだろう。



 ホープダンジョンには、ダンジョンクリアするとギルマスがお持ち帰りできるという都市伝説が残って、後任者が困惑しているそうだが、そこまで面倒はみられない。


 願いがあるなら願えばいいのだ。

 人生、なにがどこでどう自分に返ってくるかわからんものなので、ダンジョンの魔神に願わなくても、願いが叶う可能性はある。


 そう。

 私は愛する人と幸せに暮らせた。






**********

[あとがき]

メイン登場人物の性別はお好みで選択してください。ジェンダーニュートラル仕様なので、男女どっちがどうでもお好みでお好きに読めます。(今しがたあなたが初見でそうだと思って読んだ性別が正解です)


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ギルマスはダンジョンクリア報酬ではありません 雲丹屋 @Uniyauriya

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