第5話
そんな彼の沈んだ心情など露知らず。
ウリエルは、ふと彼の姿に目を向けた瞬間、目を輝かせていた。
その表情は、まるで音の鳴るおもちゃを見つけた子供のようだ。
「……師匠?」
訝しげな視線をウリエルに向けるライン。
すると、彼女の瞳がキラキラと輝いているのが目に入った。
「えっと……師匠?」
ラインの問いかけに、ウリエルは微笑みを浮かべながら彼に近づくと、その周囲をぐるりと歩き始めた。
まるで観察するような視線が、ラインの髪や肌、瞳の全てを細かく追っている。
「いやぁ……本当に素晴らしい。」
感嘆の声を漏らすウリエル。
「な、何がですか。」
戸惑いを隠せないラインの問いにも耳を貸さず、ウリエルはさらに一歩近づき、彼をじっと見つめた。
「子供の頃から美形だとは思っていたが……こんなに可憐な少女になるとはな。」
唐突に声のトーンを変え、まるで感心したように言葉を紡ぐウリエル。
彼女のその表情は、どこか誇らしげだ。
「なんでそんなに嬉しそうなんですか。」
ラインが呆れ混じりにそう尋ねると、ウリエルは迷いなく答えた。
「弟子がこんな可愛い姿になって帰ってきたんだぞ? 嬉しくないわけがないだろう。」
その無邪気すぎる返答に、ラインは内心大きくため息をついた。
泣いたり怒ったり感心したり……本当に忙しい人だな、この人は。
「いやいや、俺、男ですからね?」
「心では、だろう? だが身体の方は違う。」
「……むぅ。」
反論の余地がなく、ラインは不満げに唸る。
「こんな綺麗な白髪、見たことがない。」
ウリエルは興味津々な様子でそう言うと、ラインにさらに近づき、彼の髪をそっと撫でた。
「ちょ、師匠! 勝手に触らないでください!」
ラインは慌てて抗議するが、ウリエルはお構いなしだ。
指先が彼の髪を滑るたびに、その手は嬉しそうに動き続ける。
「本当に柔らかいな……。まるで絹のようだ。」
「いやいや、だから勝手に触らないでって!」
ラインの声はどこか必死だったが、ウリエルはどこ吹く風。
彼女の表情は終始楽しそうで、その無邪気さにラインはついに観念した。
「それに……この肌触り。」
髪を撫で終わったウリエルは、今度はラインの両頬にそっと手を添える。
柔らかく滑らかな肌を確かめるように、彼女の手は微かに動いていた。
「ちょっ……師匠、いきなり触らないでください!」
ラインは抗議の声を上げるが、その声にはどこか力がない。
彼の紅く輝くルビーのような瞳がウリエルを睨むものの、どこかその抗議は迫力を欠いている。
「その瞳も美しいな。吸い込まれそうだ。」
「いや、褒めてないでやめてください!」
頬を弄られ続けるラインは、ついに観念したようにため息をついた。
「……はぁ。」
大きなため息をつき、肩を落とすライン。
そんな彼を見ながら、ウリエルは悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「何をそんなに恥ずかしがるんだ。可愛い姿になったんだから、素直に褒められろ。」
「褒められて嬉しいかって言ったら……全然ですよ。」
投げやりにそう返すラインだったが、その顔にはほんのりと赤みが差しているのを、ウリエルは見逃さなかった。
「ふふっ、やっぱりお前は変わらないな。」
そう言いながら、ウリエルは満足げに再び彼の髪を撫でたのだった。
「とりあえず、必要なものを買い揃えないとな。」
ウリエルの手が離れると、ラインはようやく自由を取り戻しながら、微かに肩をすくめて答える。
「そうですね……でも、何を準備すればいいのか分からないんですけど。」
そう、元々は男なのだ。
女性として必要なものなど、これまで興味を持ったこともないし、知る機会もなかった。
旅の中で共に過ごした聖女や召喚士たちのプライベートな領域には、気を使って一切踏み込まないようにしていたから尚更だ。
ウリエルはそんな彼の困惑を余裕たっぷりの笑みで受け止めると、胸を張って宣言した。
「そのことは私に任せなさい。先輩として教えてあげよう。」
「先輩って……あんた、自分が何歳か分か───痛いっ!」
ラインの言葉が終わる前に、ウリエルの手が彼の頭をピシャリと叩いた。
「今のは聞かなかったことにしてあげる。感謝しなさい。」
ウリエルの纏う空気が微かに変わり、有無を言わせない迫力が部屋を満たす。
それは単なる怒りではなく、彼女が持つ魔力の一端を彷彿とさせるものだった。
「……はい。」
完全に折れたラインは、思わず震えながら答えるしかなかった。
一連のやり取りを終えると、ウリエルはふと表情を引き締め、一つの封筒を手にして戻ってきた。
その封筒を右手の中指と示指で挟み、ラインに向けて差し出す。
「ラインの準備は追々進めるとして……まずはこれを渡しておくわ。」
「……これは?」
ラインが訝しげに封筒を受け取ると、ウリエルは柔らかい笑みを浮かべて言葉を続けた。
「どんな形であれ、あなたが戻ってきてくれて本当に良かった。これで、私も心置きなくここに行ける。」
ラインが封筒を開けると、中から現れたのは一枚の案内状だった。
ウリエルが手にした封筒が、ふわりと空中に浮かび上がる。
それは彼女の魔法によるものだろう。
封筒は一瞬だけ光を帯びると、勝手に封を切り、一枚の書類を静かに空中へと浮かび上がった。
「……これは?」
ラインが疑問の声を漏らす中、紙はゆっくりと彼の目の前へと降りてくる。
目に入った文字列に、ラインの視線が自然と吸い寄せられる。
「王都リベリア、帝都アルフォンス。
二つの大国が中心となり、全ての国の協力を得て創設された、世界唯一の魔法学園──
そこに記されていたのは、一つの案内状だった。
滑らかな書体で綴られたその文字は、どこか荘厳な印象を与える。
「……魔法学園?」
ラインが眉をひそめると、ウリエルは口角をわずかに上げて微笑んだ。
「そう。この世界で唯一、全ての魔法理論と実技を包括的に学べる場所。
魔術師としての全てを磨き上げるための、最高峰の学び舎だ。」
「そんな場所があったんですね。」
半信半疑の様子で答えるラインに、ウリエルは頷きながら言葉を続ける。
「エンタリティ魔法魔術学校──それは、国の垣根を超えた協力の賜物だ。
優れた魔法使いを育成し、災厄や魔王に立ち向かえる者を生み出すための学園だよ。」
「……それで、俺がそこに行くと?」
ラインの問いに、ウリエルの表情が少しだけ引き締まる。
「お前がこれから歩むべき道を見つける場所として、ここ以上の場所はない。」
その言葉には、ウリエルの強い信念が感じられた。
ただの提案ではなく、弟子としてのラインに託された“次なる試練”のようだった。
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まず初めに、私の拙い文章を読んでくださり、ありがとうございます。
ゆっくりと書いていく予定です。
時々修正加えていくと思います。
誤字脱字があれば教えてください。
是非、評価の方も宜しくお願い致します。
次の更新予定
聖杯の奴隷、唯一無二の魔法学校 @ggaa
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