僕はいつでもサードウィール

Rin

僕はいつでもサードウィール

あばばばばば。これは現実か否か。いやきっと、夢なんだと僕は思うのです。だって僕はいつだってサードウィールなのだから。僕が大混乱していることの発端は、たくさんの人がいる飲みの席で異常なまでに、僕にばかり話しかけてくる美しい人のせい。だから僕は今、きっと、サードウィールではなく、物語の主人公かもしれない。


僕のアイデンティティとも呼べるサードウィール。本日、惜しまれつつも、卒業となりそうです。思えばここまでの道のりは長かった。僕が仲良くする人達は、僕の隣で何食わぬ顔でカップルになる事が多かったのだ。


例えば中学3年の春。幼稚園からの幼馴染、ユキとヒュウガ。彼らと僕はいつも一緒だった。中学の3年間、クラスも一緒で、ワイワイ楽しくしてたはずなのに。ある日ヒュウガがやたらとユキを見ている事に気が付いた。3人でいる時も、ヒュウガはユキの事をとても気に掛けている素振りが多く、僕との扱いに差が生まれ、僕はおいおい、と白目を剥くようになっていた。3人でヒュウガの家に遊びに行った時、ユキが少し早めに帰る事になった時だってそう。



『もう、帰るのかよ。じゃぁ、近くのバス停まで送っていくよ。…あ、ショウはまだ遊べるよな? だったらゲームして待ってて。俺、ユキ送ってくる』



友達想いのいい奴ぅ〜と思われがちだけど、僕からすると全然違くて、僕は置き去りに、ヒュウガは家から徒歩10分ほどのバス停に行ってから、1時間ほど帰って来なかった。百歩譲って、それは良いとしよう。ユキは方向音痴だし、何度も行った事のあるヒュウガの家も分からなくなってしまう嘘みたいな可能性があるので、それも千歩譲って良いとしよう。問題は僕が先に帰らなければならない時。ヒュウガとユキは、『またな!』と手を振って、ゲームのコントローラーから手を離さず、玄関へ見送りすら来てくれなかった。ヒュウガよ。お前、ユキの時はバス停まで送ってたろ。


いや、良いんだけど。何度も行ってるし、もう見送りとかそもそもしてなかったし、僕の家に来た時も僕は見送りとかしないし、良いんだけど!


僕のモヤモヤはそこじゃなくて、ユキとのえげつないくらいの対応差ができた事に対して、それは如何なものかと僕は訴えたいわけで。


でもそんな訴えたいと心底思っていた僕は、結局は何も言わず、何も変わらず、今でも僕達は仲がかなり良い。どこかのラブコメみたいに、実は僕はユキのことが、とか、ヒュウガのことが、みたいな三角関係には絶対ならない事が僕には救いだった。ちなみに2人は高校1年の時にそれが恋だと気付いて、ユキとヒュウガ、別々から相談を受け、僕はとっくに気付いていたと、その時も白目を剥いた。それから程なくして、ヒュウガからユキに告白し、2人はめだく付き合った。メデタシメデタシ。


嫌なことにそういう日に限って、やけに晴天で、晴々しくて、なんだかどこもかしこも、誰もが皆、僕の事を『よ! サードウィール!』と馬鹿にしてきている気がした。


くそ! いつかは、いつかは、僕だって!


しかし僕のサードウィール体質はまだまだ続く。高校2年の夏、僕は図書委員をしていたのだけど、その時、仲良くしていた同じ図書委員のアオイとサッカー部部長、無類のミステリー好きなリョウ先輩は特に一緒にいる事が多かった。よく3人で一緒に騒いでたのに。突然起こる既視感。


リョウ先輩、いつもアオイを見てるよなぁと。アオイにばかり話しかけてるよなぁと。


3人で一緒になるまでは僕はアオイとリョウ先輩それぞれと別々に仲が良くて、休日なんかも一緒に過ごしていたのに、ひょんな事からリョウ先輩をアオイに紹介して3人でつるむようになった。


アオイは良い友達。幼馴染とは違う、心地の良さがあって何でも話せた。リョウ先輩は、…友達、ではなく恋人になりたかった。僕の片想いの相手。あの甘いマスクなうえに、高身長で体格が良くて、いつも日焼けした肌に白い歯で笑っていた。僕はリョウ先輩を王子様と心の中で呼んでいた。


そんなリョウ王子は、アオイと話す度にアオイの事が好きになっていったようで。このサードウィールは最強にしんどかった。付き合ったと、リョウ先輩から満面の笑みで報告された時、その笑顔があまりにも美しくて、可愛くて、どうしようもない気持ちになった。悔しいとか苦しいとか思う前に、思春期真っ只中の僕は、あー抱いてほし、と思ったのは墓場まで持って行く予定の秘密事項である。そんな2人は今でも上手くいっているらしい。


そんな風に僕が仲良くする人達はよくくっつく。そんな僕に大学で同期の国際経済学科のジョージが言った。



『お前って、面白いくらいにいつもサードウィール (Third Wheel) だよな』



3つ目の車輪、つまりカップルのところにいる邪魔な人間、みたいなことらしい。カップルのところに僕が入ったわけではなく、仲良かった人達が僕の隣で勝手にカップルになってしまったのだと、僕はジョージに熱弁をしたが、ジョージは『変わらないよ。好き者同士の間にいる邪魔者だろ?』そう冷たく言い放ったのを、きっと僕は彼の孫の代まで恨むだろう。


そのジョージともなんだかんだで僕は良くつるんでいて、そしてもちろんのように、僕とよくつるんでいたナギというダンス部の子と付き合った。付き合うまでの行程はいつも通りで、あー既視感、と思いながら僕は過ごしていた。


はいはい、僕はひとりで帰れますよ。

はいはい、僕はひとりで食べれますよ。

はいはい、僕はひとりで行けますよ。 


僕もチヤホヤされたいなと思うけれど、僕をチヤホヤしようと思う物好きは早々いない。僕はどっからどう見てもパッとしない男だという事は分かっている。陰キャと呼べるほど陰な要素はないけれど、かといって陽な要素は全くない。僕は本当に笑えるほど真ん中より若干下な人間で、中肉中背、何もかもが普通で、何もかもが中の下レベルの若干ハタチである。


取り柄と呼べるようなものもないので、サードウィールだとしても最近は世の中そんなもんよなと割り切っているから基本的にはノーダメージ。


サードウィールになるダメージより、今の僕にとってダメージになる事は日課であるゲーム実況者の配信が見れない事だった。そんな僕の楽しい趣味といえば、大好きなゲーム実況者の動画を見る事と、圧倒的ミステリーな小説を読み漁る事。あ、それと最近はジョージの影響で80年代のイギリスロックにドハマりしてるので、当時のミュージックビデオを見て、適当な英語で歌うのも今の僕のストレス発散である。


で、話を戻そう。僕が何故、今、感動に打ちひしがれているのか。そう、それは読書サークルの飲み会でのこと。僕はいつものようにサードウィール、いや、この状況ではたぶんただ孤立するやつ、と言うべきか。隣のやつが自分に背中を向けて、どーせその隣のやつと話すような状況になるんだろうなと覚悟していた。


なのに、なのに…僕の隣に座った美しい人が、僕に体を向けて熱心に話し掛けてくれるのだ。この人は驚くくらいに完璧な肉体を持っていた。その完璧さは自慢しているのかなと思うほど。


でも多分、本人に自覚はない。シャツは腕を曲げる度に少しきつそうだし、胸板がとんでもない成長を遂げている模様だが手足が長いので、少し離れてその立ち姿を見ていてもあまり豊満バディーな感じがしなかった。


そして僕が彼を美しい人と呼んでいる最大の理由として美しすぎる顔立ちがある。睫毛が長くて、薄い茶色の瞳がちょっとアンニュイで、鼻筋が通っていて、唇の形が綺麗で、八重歯が愛らしくて、笑うとエクボができる。ついでに言うと、身長188センチあるらしい。元柔道部で現在モデル業をちらほらやっているらしい。趣味は筋トレ。容姿端麗なえらく男前な彼は名前を、北咲 レイと言うらしい。名前も美しい完璧肉体美な男前である。補足情報として、彼はとても良い香りがする。多分、ハイブランドのえげつなく高いメンズ香水だろうと思う。いい香りネ。彼の話を聞きながら、僕はその香りを全身鼻の穴にして浴びるように嗅いでいる。



「…それでさ、ショウはドゥスール、オムのNo.9って香水が合うと思うんだ。俺のつけてる香水を良い匂いって思うなら、多分、No.9は好みじゃないかな。けど、ショウは甘いのが嫌いなんだろ? だったら、ドゥスールオムの方が香りは爽やかだし、シダーウッドが入っていて、雰囲気がショウに合っていて…」



いつの間にか僕は彼に良い匂いだと伝えてしまったらしい。お酒の力ってすごいのなー。しかも甘い香りは嫌いとか口を滑らせて言ってしまったんだな。それを律儀に分析して、この男前は僕にオススメの香水を教えてくれている。優しくて、よく微笑んでくれて、溜息が漏れるほど良いやつ感が溢れている。僕なんかにたくさん話しを掛けてきてくれるだけで、僕はまず良いやつ認定してしまうのだけど。とんでもなくハイブランドで高級な香水を勧めてきたわけなんだけど、買ってしまおうかなぁ。だってサードウィール脱却できそうな気がするから。


あ、僕がうはうはと調子に乗っているのは自意識過剰とかではありません。断じて違うと言わせてほしい。だって、男前の隣にはミスコンで昨年優勝したらしい、読者モデルでお嬢様でトンでもなく美人なサキ先輩がいるのだけど、この男はサキ先輩に失礼じゃないかと思うほど終始僕の方に体を向け、ついには酔った勢いだろうけど、掘り炬燵の席で座布団の上に手を置いていると、その手に手を重ねて話し始める始末なのだから。


これをアプローチと言わず、何と言う? と、言うわけで、彼は僕が好きでアプローチしていると捉えて良いですよね。サードウィールの神様、そうですよね。だって、この距離変ですもんね。永遠と僕の隣取ってるし、僕が別の所に移動しても、彼、ついてくるし。というか、こんな風に僕に露骨にアプローチしてくれる人、この世にいたんだなぁ。顔面超絶良いし、体はえげつないくらい出来上がっててカッコいいし、それでいて気さくで優しくてよく笑う。さぞ男にも女にもおモテになるだろうに、どうして、僕にロックオンしてンだろ。


……なんか、不安になってくるな。神様、サードウィールの神様、これって勘違いじゃないですよね?



「…でさ、もし、良かったら、この後、俺ン家来ない?」



んんん? あれ、さっきまで香水の話しをしてなかった? 僕に合う香水がどうのこうの、って。僕が大混乱に白目を剥いている間に、なぜ、家に誘われる展開になっているのだろう。覚えてない。でも、僕にとってご褒美のような展開なもんで、ちょっとばかりフリーズさせて頂こうかな。僕はキャパオーバーで少し固まっていると、



「……あ、ごめん、もう遅い、よな。明日とか何か予定あったら困るよな。急に誘ってごめんな…」



そう、彼は困ったように眉を下げた。レイ君、僕の手に手を重ねている事は分かっているのかな。確信犯という事で良いのかな。その上で家に誘っているという事は、もう、好きだと告白してきているという事で良い? それはダメ? まだ早いか。うん、僕には分からない。不慣れだ。僕はサードウィールには慣れているどけど、こういった状況は初めてなので、大大大混乱してますけど、君は僕にアプローチしているという事で合ってます?


しかし脳内で自問自答し、フリーズしていても何も進まない。飛び込むしかないのである。この男前は先程から僕を無遠慮に悩殺して仕方ないので、僕は喜んでそのお誘いに乗ろうと思った。



「あ、いや、明日予定ないし、レイ君の家、行ってみたい」



本音は、さっさとこの男前の家に行きたいぃぃい! なんだったら、もっともっとチヤホヤしてくれても良いぃいい! と足をバタつかせて喜んでいるけれど、僕は大人しくただ首を縦に振る。すると男前は分かりやすいくらいに顔を輝かやかせた。へぇ。可愛い。



「え! 嘘! 本当? あ、じゃ、じゃぁ、と、泊まる?遅いしさ、話したい事いっぱいあるし。ミ、ミステリー小説だったらいっぱいあるし、あ、着替えとかは俺の服、全然着て良いし…」



はわわ。彼ピの服ピ。現役女子高生の妹をマネて使ったけど、このピの使い方合ってたかな。よく分からないけれど、今の僕は生まれて初めての有頂天なので許してほしいピ。あー。SNSにこの男前の服を上げて彼氏できました、みたいなやつ投稿してぇ。匂わせてぇ。僕の友達、いや、全人類に自慢してやりてぇ。今までの長い道のりを考えれば、何もかもが許されると思うのだ。


大声で自慢したい気分だなと、僕は目の前の男前の顔を拝みながらそんな事を考えていた。



「あ、うん! ありがとう。じゃぁ、コンビニ寄って歯ブラシと、あとパンツ、売ってたら買って、それからお邪魔しようかな」



「わかった! もう、帰る? 抜け出す?」



すげぇグイグイ来るんですけど! チヤホヤされるって楽しいんですけど! てか、まだ飲み会来て1時間経ってないんですけど!



「も、もう少しいたら抜け出す?」



さすがにもう少しいなければ失礼かなーと、思いつつ、僕は男前にそう微笑んだ。



「うん、分かった。帰る時に言ってな」



「うん」



じゃぁ、また後で、と言ってレイ君は別のところに移動するかと思った。けど、彼はどこへ移動するわけでもなく、僕の隣で、僕の手に手を重ねたまま引き続き酒を飲んでは僕に話し掛けている。


他との親睦が一切深まらないんですけどぉ! 全然それで良いんですけどぉ! だってこんな経験、僕には今までなかったのだから。許せ許せ、全人類。僕が幸せそう? サードウィールのくせに? まぁまぁ、そう僻むなって。だって、僕、もうサードウィールじゃないんで。


うひゃひゃひゃと全身全霊で調子に乗っている僕は、それから1時間ほどしてこの男前と共に参加費を置いてその場を抜け出した。僕達はなかなかに酔っていた。歌を歌いながら陽気に彼の家へと向かう。


彼の家は大学の最寄り駅から2駅離れた場所にあり、閑静な住宅街の中にある高層マンションの一室だった。学生が住むようなマンションではなく、いかにも高そうな高級感あるマンションに驚いて、上がったままの片眉が下がらない。嫌味かよってちょっと思うほど、彼は何もかもを持っているらしい。僕は、金もあるんだなーと顎を撫でてしまう。



「お、お邪魔します…」



「どうぞ」



スリッパをポンと玄関に出してくれた。入った瞬間から爽やかな良い香りがして、つい、家も男前だなと言いそうになって飲み込んだ。



「な、何もないんだけど、寛いでね」



「う、うん。ありがとう」



僕はもうずっとドキドキしていた。彼が僕にぎこちなく微笑む度に、心臓がはち切れるんじゃないかと思うくらい。


でも、何があるってわけじゃない。会ったばかりの僕達はただ話をたくさんして、一緒にテレビゲームなんかもしちゃったりして、次の日も本を一緒に読んで、昼寝して、夕方頃、一緒に料理して、それを一緒に食べて、僕は帰宅した。


幸せ。


その一言につきる。僕って驚くくらい面食いだったんだなぁと、彼を思い出してしは口角がいやらしく上がってしまう。



「おはよーっす!」



僕が鼻の下を伸ばしてうはうはしていると、同期で同じ学科専攻のマリンが僕の肩をポンと叩く。彼女は僕が好きなゲーム実況者の古参ファンのひとりで、それを知って以来、僕は彼女を崇拝していた。



「良い事でもあった?」



彼女はそう首を傾げる。



「う、うん。ちょっとね」



「もしや、ナッシーの握手会チケット当たった…?」



「え? あ、そちらは落選しましたが…」



「そうかー。私も。で、何があったの?」



「ふふ、うん。なんか人生楽しいなって思っただけ」



幸せとはいえ、誰かに彼の事を言うのはまだ早い。彼とはきちんとお付き合いしてから他の人には自慢してやろうと、僕は心の中で地獄の大悪魔サタン様のような笑い声を上げていた。


そうして僕の幸せウキウキ青春ライフはとても順調で、週末は必ずレイ君の家に行き、ずーっと飽きもせず延々と何かについて話していた。好きな本、作家、音楽、ゲーム、趣味、大学がどうの、サークルがどうの。ずーっと、延々と。彼との時間は本当に心地良くて楽しくて、笑いが尽きなくて、平日もバイトがない日は一緒に遊び尽くした。


でも、僕達はまだ互いに好きだとは言わない。彼もあの日以来、僕に手を重ねたり、触れたりはしていない。触ってくれて良いのになと、僕は少しモヤモヤしてしまう。そんな風に過ごして数ヶ月。僕はいつものように彼の家に泊まっていた。事件が起きたのは翌日の日曜日、昼前。ピンポーンとチャイムが鳴り、彼がドアを開けるとそこにいたのは、



「……おはよ。いんじゃん」



マリンだった。彼女はヒールを履いて、きっちりメイクもして髪も巻いていてとっても綺麗だった。そんな綺麗な彼女は、直接彼の家に来てしまうような間柄らしい。


ふーん。知り合いだったんだ。



「あれ、来客?」



「そう。友達来てる」



「あ、そうだったんだ。それは失礼した。ってか、メッセージ見たら返信ほしいんですけど。既読無視は辛いよー」



「ごめん。朝、見たんだけど飯作っててさ」



「あらそうですか。…で、友達は今日何時までいるの?」



「うーん……」



んーーー。考えたくないけど、思いたくもないけど、まさかの既視感。僕が邪魔なやつ、じゃないよね? えー。もう、嘘だよね。



「多分、夕方くらいかな」



「分かった。じゃぁ、その後にまた来る…」



「あ、待って! 紹介、したい人がいる」



「え?」



玄関で話し込んでいた彼は、パタパタとリビングルームに戻って来て、僕にマリンを紹介した。



「こちら、マリン。マリン、こちらショウ」



僕を見たマリンの顔ったら、目が飛び出るんじゃないかと思うほど、大きく見開かれていた。僕が、この男前の友達で意外…? いや、そりゃぁ意外か。釣り合う見た目じゃぁないものね。



「ちょ、待って! ショウじゃん! あ、…そーう! いや、レイと趣味合いそうだなーって私、ずっと思ってたの! そっかぁ、友達だったんだ!」



「え、なになに、ふたりとも知り合いなの?」



レイ君はびっくりしたように僕を見るから、僕は「うん」と頷いて微笑んだ。



「僕と同じ専攻だから。いつも助けてもらってる」



「あ、そっか!」



「てかさ、レイ、ショウもナッシーファンで、すっごいたくさん知ってるよ! だからレイと話し合いそうって私ずっと思ってたんだよね。もう知ってる事だった?」



待て待てーい。この男前、ゲーム実況とか見るの? そしてあのナッシー様のファンなの?



「え、知らなかった。ショウもナッシー好きなの?」



「うん、好きだよ! ナンシーモモエちゃん! 彼女のゲーム実況がツボすぎて」



「俺も俺も! 元アイドルとは思えないヤサグレ具合、たまらないよな!」



「本当! 大好きなんだ!」



「俺も大好き」



俺も大好き、だってさ。可愛いなぁ。死ぬほど趣味合うなーと思って心底運命を感じた矢先、事件は起こる。それはマリンが帰った直後だった。



「まさかマリンと知り合いだったなんて」



「俺の方がビックリだよ」



「けっこう仲良いの?」



そう聞いた僕に、レイ君は「うん」と頷いて、ちょっと困ったように笑って答えた。



「………もう付き合って4年だし」



あ、うん? 付き合って? どゆことー? 聞き間違い? 今、はっきり付き合って、って言ったよな? うっそー? え、流石にジョークでしょ?



「えー、そう、なんだぁー。付き合ってたんだ?」



僕は文字通り白目を剥いていたと思う。



「うん」



そしてその肯定に泡を吹いたと思う。くそ。くそが! 結局はサードウィールかよ! もう、なんか、しんど……。ま、そりゃそうだよね。これだけ性格の良い、明るくて楽しい男前。僕なんかを好きになるわっきゃねぇのよな。あー恥。はっずかしー。


そうして僕は、この世の全ての美を司る男前と崇拝していた友人、いや僕の想い人を失った。僕はあまりのショックに3日ほど寝込んだ。僕は思った以上にショックだったみたいで、マリンからの心配メールも、彼からの心配メールも、全てスルーしてしまった。学校に行けば2人を見てしまう、そう思うと、僕はどうしたって学校には行けなかった。マリンを見たら羨ましいなと、強すぎる羨望に、何もかもが嫌になりそうだから。


今はひとりになりたかった。好きだったのにな。いや、好きなのにな。ここまで誰かに強く惹かれて、感情を揺さぶられた事、あったろうか。誰かと付き合うって、夢物語なのかな。僕の性体験は割と早かったが、愛情だの恋愛だの、健全なお付き合いってのは割と無縁で、性処理の為だけに誰かとヤる事が多かった。


だから純粋に彼の存在は大きかった。大きすぎた。この数ヶ月、何もかもが楽しくて、輝いていて、僕は心底幸せだった。誰かを好きになるなんて、こんなにもワクワクして楽しいものなんだと初めて思ったのに、すべては幻想だったみたい。彼は僕を、ただ趣味の合う楽しい男友達として見ていたのだろう。


僕は3日間、まともな食事も摂らず、ただずっとベッドの中でうずくまっては時間が過ぎるのを感じていた。そういやぁ、あれだけ好きだったゲーム実況動画だって見ていない。見る気力もない。なんかもう、何もかも、楽しくないな。


けれど、失恋で単位を落とすほど、僕はドラマチックな人間ではなく、4日目、僕は彼を忘れて大学へ戻った。学科も専攻も違う彼には、サークルにさえ顔を出さなければ会う可能性はほぼない。マリンにはどうしたって会ってしまうけど、それはもう、仕方のない事。


僕が勝手に勘違いして、勝手に舞い上がってただけなんだから。そう切り替えて、大学に戻ったその日に、また事件が勃発する。



「あ! やっと来たー! ねね、どうしちゃったの? 大丈夫? 風邪かいな?」



マリンは僕を見るといつものように顔を輝かせてすっ飛んで来てくれる。心配してくれたらしい。けれどその全てが今の僕にとっては、苦痛。



「あ、うん、…心配かけてごめんね。ちょっと風邪引いちゃってさ」



「そうだったのか。言ってくれれば、何か買って行ったのに!」



「……ありがとう、でも無事に治ったので、大丈夫。心配かけてごめんね」



「いやいや、なんの! そういえば、レイも心配してたよ! 既読すらつかないって。家に行きたいんだけど知ってる? って聞かれたけどさ、私も知らないしさー」



そこまで…。忘れようたって、そう簡単に忘れられるわけないよなぁ。家に来られてたら僕はどうしたろう。キリキリ痛む心臓で無理して笑って、彼にお見舞いありがとう、と笑ってたろうか。そんなの地獄でしかない。僕は全然、立ち直れてなんかなくて、ひとりになる時間がほしいのだから。



「…ごめんね。レイ君にも返信できてなくて…。後でしておくよ」



「うん、是非そうしてやってくれ。あれ、相当心配してたから」



「う、うん………」



「ふふ。レイ、良いやつだから、さ。宜しくね!」



何を宜しくすンだ。舐めてンのか。てめぇ、彼女だろうが。あ? 自慢かよ。結局、僕はサードウィールなんだよ。わかってんだよ。なんて、心の中で鬱憤を晴らすように悪態をつきまくる。みっともない。…哀れってのは、こういう事を言うのかなと、なんだか泣きそうになった。まだまだ辛いんだよ、と、離れてくれよ、ひとりにしてくれよ、と何も悪くないマリンに当たりそうになっては拳を握った。


マリンは小さく溜息を漏らすと、ふふっと困ったように笑う。



「あいつ、さ、ほら……ショウには言ってると思うけど、同性が好きなわけじゃん? だから、それ関係で昔色々あって、あんまり人と馴染めないらしくて…」



だ、……え? は? 僕の頭は彼女の言葉に大混乱した。そりゃそうだ、だって、そんなはずないんだから。



「中学ン時も、それが原因でなんか友達とは疎遠になったらしくて、私は高校からの友達だから、なんかカミングアウトされた時泣いちゃったんだよね」



いやいや、待ってくれ。やばい、訳がわからない。追いつかない。



「私さ、ほら、中学までは沖縄だったから。親が離婚して、父について来て、東京のデカい高校入ってさ。ひとりだったから、地方から来てたレイとは凄く話合ったんだよね。カミングアウトしてくれた時、あーなんか、こいつ守ってやらないとなーって、思ったりしてさ! ほら、私、元レディースだし! ほっとけないんだよね、あーいうひとりで抱えこむようなやつ!」



いや、え? 待て待て、レディースって言った? まだ生存してたの? しかも中学ン時だよね? ちょっと、レイ君がゲイだって事、霞む霞む。情報が多すぎる。



「大学も一緒になったし、なーんかもうあいつには本当に幸せになってほしくて、それを最後まで見届けたいなと!」



そこでようやく僕は口を開いた。大混乱する脳みそを整理しながら、ゆっくりとマリンに確認をする。



「あ、えっと、えーっと……ごめん、まず、どこから聞こう。えっと……あのさ、でも、マリン、この前、レイ君のマンション入れてたよね? 合鍵とか持ってる関係とか、では、なく?」



「合鍵? あ、ふふふ、違う違う。あそこ、父の所有物件なの。だから、レイには友達価格で貸してて、あそこの最上階に親戚の兄ちゃんが住んでてさ、よく、兄ちゃんとその兄ちゃんの友達と飲んでるから、あの日もちょっと顔出したの。そしたらショウいるんだもん、驚いた!」



あ、へぇー。………て事は、本当に…。



「なるほど。…で、ごめん、レイ君はゲイ、なの?」



「え? …え、うっそ、あいつカミングアウトしてるって、私には言って、た、けど。うっそ、知らなかった? 人のプライベートを暴露するとか、私めっちゃ重罪じゃねぇか」



「えっと、さ、マリン、レイ君と付き合ってるわけじゃない、の?」



僕の質問は彼女にとって突拍子もない事だったのだろう。マリンは眉間に皺を寄せると、「え?」と頭にハテナをいくつも浮かべた。



「いやいや、付き合わないよ。だってあいつ、女は恋愛対象じゃないからさ! 私にカミングアウトしたのは高一の夏だし、そっからヘテロになりましたーとか、聞いてないし、私達が付き合うわけないよ」



ほほほーう。そうなると、どうして嘘をつかれたの?

意味がマッジで分からん。どゆことですかー。

レイさまー。訳が分からないのですが。


これが、傷心4日目の大事件だった。


********


俺はいつだってサードウィール。

不毛な恋だと分かっているのに、恋に落ちるやつはとことんヘテロ。中学の時、俺はサオリという学校で1番美人だと有名な女の子と、ハヤトというちょっと暗めな美男子と本当に仲が良かった。いつでもどこでも一緒だった。


そして俺の初恋はハヤトだった。いつも優しくて、俺の事を気遣ってくれて、温かくて、彼の隣は心地良かった。本当に恋焦がれてた。四六時中、あいつの事しか考えていなかった。このままずっとこいつの側にいたいな、そう思ってたのに。



「…レイ、悪いけど、夏祭りはサオリとふたりっきりにしてくれないかな。僕、サオリに好きだって言いたいんだ」



なるほど。俺は邪魔だったんだろうな、とその時気付かされ、初恋は呆気なく終わった。サオリとハヤトは結局付き合い、俺はしばらくその初恋を引きずっていた。似たような人を目で追っては、好きになった。


中学3年になって、バレー部の練習試合で来ていた隣の中学の子があまりにもハヤトに似ていて、俺はどうにか仲良くなりたくて、近付いて、友達になって、その冬、彼が卒業後は遠くへ行くと聞いて焦って告白して振られた。むこうはドン引きしていた。顔にマジかよ、と書いてあった。その事は俺の中学にも広まり、仲が良かったハヤトとは距離ができた。もう恋なんて…と思ったのに高校に入って、懲りずにまた人を好きになった。隣の席の映画部のナオヤ。映画オタクで、博学で、ちょっと皮肉屋だけど優しいやつだった。彼と柔道部の女子マネージャーのリサと、入学当初から仲が良かった。けど、2年の冬、ナオヤに言われた。



「レイ氏、ちったぁ空気を読んでくれ。僕、リサちゃんとふたりになりたいの。けどレイ氏、いっつもいるじゃん。さっきマキちゃんに帰ろうって誘われてたのに、なーんで断ったの? モテ男は分からないかもしれないけど、僕、今、リサちゃんを落とすのに必死なの。非モテで映画オタクな僕がよ、必死に頑張ってんだから、リサちゃんとの時間くれよー。頼みます、この通りです!」



結局、俺は邪魔、だったらしい。ショックだった。俺はお前が好きなのに。お前との時間を大切にしたかっただけなのに。もう、恋なんてしない。


そう決めて大学へ来た。そんな俺に同期のジョージが、『お前って死ぬほど顔良いのに、サードウィール体質なんだ。人を見る目、鍛えねぇーとずっとサードウィールだぜ』そう言った。どうやらカップルと一緒にいる邪魔者らしい。誰が好き好んで3つ目の車輪なんかになるかよ。好きになったやつがいつもいつも…。腹は立ったが、一生サードウィールでいるのも嫌だった。


けど恋そのものが怖く、恋さえしなければ解決だろうと思っていた。そう思っていたのに俺は愚かだ。目と目が合った瞬間、あ………ってなった。今、恋に落ちたな、って瞬間に分かった。


優しそうな垂れ目、柔らかそうな唇、整った綺麗な顔立ち、黒髪はセンターパートで後ろは涼しく刈り上げていて、少し暗めな雰囲気だけど、誰とも他愛なく話していて優しそうな人だなと思った。


不毛だと思っているのに、恋なんかしないって決めたのに、体は勝手に動いていて俺は彼に話しかけていた。彼は少し戸惑った様子で、でも俺の話によく頷いてくれて、よく笑ってくれた。その笑顔がまた可愛くて。話に夢中になり過ぎて、酒も入っていたからか気付いたら、俺は飲みの席で彼の手に自分の手を誤って重ねていた。それでも彼は嫌がりもせず、俺の話を聞いては笑ってくれる。


手、そのままでも嫌がらないって、脈あり、かな…? そう思ったけど、彼と時間を共にする度に思う。



「…でさ、ユキがさ、あ、ユキは幼馴染なんだけど、あいつがアイシングクッキー作ってくれて、僕、あんな素敵なクッキー貰ったことなくて…」



あ、またユキって子の話。



「…わ! このゲーム面白いね! ユキってさ、ゲーム超好きで…」



また。



「…でね、ユキが……」



ふーん。そのユキって子のこと、好きなのかな。俺がこんなにアプローチしても一向に気付いてくれないもんな。いつもいつも、ユキ、ユキって。そっか、脈、ないんだろうな。やっぱりヘテロに一目惚れなんかするもんじゃねぇよな。


バカみたい。


こいつはどんな女の子がタイプなんだろ。ユキってどんな子? 可愛い子? 美人な子? カッコいい子? 明るい子? 俺が女だったら、こいつはもっと笑顔を見せてくれたかな。ユキなんて名前も出さずに、俺だけを見ていたのかな。俺のことを見てくれる可能性ってあんのかな? 俺のこと、好きになる可能性って……。


ねぇよな。俺、デケェし、男だし、女の子が持ってる要素は何ひとつ持ってねぇし。アイシングクッキーだっけ? なんか、そのユキって子は料理とかもできんだろうな。俺は料理もあんまり得意じゃないし、スイーツなんか作った事ねぇしなぁ。1ミリも、可能性ないんだろうな。


不毛だな。不毛な恋なんてするもんじゃないよな。だけど、何故?



「…もう付き合って4年だし」



そう言ったら彼は顔色を変えた。そっからメッセージも見てくれなくて、返事もなくて、あの後だって用事があるって、すぐ帰って。あの時の顔、何? 俺に彼女いるって知ったからそんな顔をしたのか?


期待させてないで欲しい。でもどうなんだろ。なぁ、どうなんだよ、ショウ。お前、俺の事をどう思ってる……?


********


マリンの姐さんはやっぱり僕が崇拝すべき人でした。メッセージを死ぬほど無視してごめんなさい。彼女がレイ君をゲイだと言ってくれなかったら僕はきっと、彼の事を勘違いしていたと思う。


でも、引っかかる事はまだまだいっぱいある。なんであんな完璧な人間が僕を? 僕なんか地味で地味で地味で仕方ないのに、あんなキラキラした人が、なんで?


けれど今はそんな事なんてどうでもいい。確かめたい。僕は彼が何故、すぐバレるような嘘をついたのか知りたい。気付けば僕はレイ君に電話をしていた。彼は出なくて、『会いたい』とメッセージを打つが、既読はつかない。あぁ、僕は嫌われたんだと思った。そりゃそうか。3日間、むこうからの心配メッセージを全て無視していたのだから嫌われて当然。そう思っていた。


しかしメッセージを送ってから1時間後、僕は図書館に篭っていて、その時に僕の携帯のバイブがポケットの中で振動する。僕は慌てて図書館を飛び出た。相手がレイ君だったから。



「もしもし!」



僕はつい食い気味に声を掛けてしまい、むこうは「ひ、久しぶり」と弱々しく声を出す。



「ごめん。さっき、電話してくれたろ? 授業で立て込んでて出られなかった…。用事あったんだよな?」



授業だよ、そりゃそうだろと僕は頭を掻く。



「あー…こっちこそ、ご、ごめん。あの、さ、少し話しできないかなって…。今、空いてる?」



「もちろん。どこに行けば良い?」



「じゃぁ、5号館の芝生エリアのとこ。ベンチがあるところで、どう、かな」



「わかった。すぐに行く」



「うん、じゃ、また後で」



僕は駆け足でそこへ向かった。そこは普段、人がいないし、いても全てのベンチが離れている為、話し声は聞こえない造りになっていた。僕がそこに着くと彼は端にあるベンチに腰を下ろしていた。たかが3日間見てなかっただけなのに、ひどく懐かしい気持ちになった。彼は相変わらずカッコいいし、可愛い。


あぁ、どうしよう。やっぱり、どうしようもなく、好きだな。



「急に呼び出してごめんね」



「あ、いや、大丈夫。マリンに聞いたけど風邪だったんだって? もう平気なのか…?」



姐さん…。俺は彼女の優しさにじーんと心を打たれて唇を噛み締めた。数秒、その優しさを噛み締めた後に口を開く。



「うん、大丈夫。ありがとう。返信できなくてごめんね」



僕は彼の隣に戸惑いながら腰を下ろす。気まずい、どう切り出そうかと僕は頭を掻き、何かを言わなきゃと口を開こうとした時、「ごめん」そう彼は謝り、頭を下げた。僕はギョッとした。何事かと眉間に皺が寄る。



「ごめん……、嘘、ついて」



その言葉を聞いて、あーそっか、僕は謝られるべきだよねと彼の泣きそうな顔を見ながら思った。



「マリンから俺がゲイだってこと、聞いたんだよな?」



「う、うん。それで確認したくて…。レイ君は、マリンと付き合ってない、の?」



「………」



彼はこくりと一回頷くと、はぁと大きな溜息を漏らした。



「……本当に悪い」



「ど、どうして、そんな嘘、ついたの?」



彼はすっかり口を閉ざしてしまった。眉を顰め、何か言いたそうに唇を微かに震わすがそこから言葉は溢れなかった。僕の勘違いじゃなきゃ良いんだけどな。サードウィールは脱却という事なら万歳なんだけど、違ったらとても辛くて苦痛だ。


でも、僕が動かないと。黙ったままでは何も解決しない。僕は短く深呼吸をした。



「レイ君、……僕はね、レイ君に話しかけてもらって一緒に話せて、ゲームして、本を読んで、たくさんの時間を共に過ごせて本当に嬉しかったんだ」



僕がそう思いの丈を伝えると彼はようやく顔を上げて僕を見た。今にも泣きそうな顔だった。彼に嘘をつかれて泣きたいのは僕なのにな。そんな顔されると何も言えなくなっちゃうじゃない。



「僕はね、レイ君も僕と同じ気持ちだったら嬉しいのになって思ってたんだ。出会ってからさ、ほぼ毎週、休日は泊まって、夜まで騒いで、たくさん楽しい思い出を作ったから。僕と一緒の思いだったらって。だからレイ君がマリンと付き合ってるって聞いた時、本当にショックだった。本当に、本当に」



いや、本当にな。寝込んでるからな、こっちは。レイ君の眉はぐっと下がり、苦しそうに唇を震わせた後、ゆっつくりと「ごめん…」と謝った。



「本当にすまなかった。…何がどうあれ、あんな嘘、ついて良いわけねぇよな。ごめん。…俺、さ、一目惚れ、でさ」



ほう。僕は片眉を上げた。



「でも毎回俺ばっかりお前を誘って、家に連れ込んで、一緒に過ごして。けれどお前はもしかしたら俺をただの友達としか思ってないんじゃないのかって感じてて。お前は、その…他に好きな人いるんだろうなって思ったから。だから自分の感情殺さなきゃって」



そっか……。いつも僕は誘われてばかりだった。それが当たり前で僕から声を掛けた事はなかった。これは僕自身のせい、だ。僕は途端に彼の気持ちを痛いほど理解してしまい、胸が締め付けられるように痛み出した。


でも、他に好きな人なんて、僕は彼に何か言ったろうか。



「俺、怖くてさ。嫌でさ。また、邪魔者になるのかなって。お前、マリンとも仲良さそうだったし、お前は俺とは違うよなって。だったら、いっそう……。そう思ってつい、あんな嘘を吐いてしまったんだ」



また、俺は邪魔者になるのかな。また、だって。僕は気付いたらレイ君の頬に手を寄せて、その顔を覗き込んでいた。彼は少し驚いたように体を強張らせている。このイケメンは今まで、どれほど辛い思いをしてきたのだろう…。


僕は君を傷付けたりしない。僕は彼の言葉を聞いて感じていた。彼が僕に向ける優しい好意と温かさを。



「え、ショ、……」



彼の相変わらずな良い香りを近くで嗅いだ。彼の唇はとても柔らかくて、甘くて、ちょっと揶揄いたくなった衝動に駆られたが、僕はぐっと堪えてすぐに唇を離す。



「君は邪魔者になんかならない」



彼は見た事ないくらい驚いていて、この状況を飲み込むのに時間がかかったようで、少しして、彼の頬はみるみるうちに赤くなり、耳までも赤くしてしまう。


なんてこった。


僕は好きなタイプを見ると抱かれてぇなぁ、とネコ丸出しだったんだけど。なんだろう。すっげぇ、抱きたい。死ぬほど抱き潰したい。ちょっと意地悪して、こんな風に目を赤くさせて動揺させたい。


僕って、案外Sっ気あったんだ。



「僕はレイ君が好きだよ。また一緒にたくさんお話しして、たくさんゲームして、本読んで一緒に寝ようよ。…だからもし、レイ君が良ければ僕と付き合ってくれませんか?」



真正面から向けた告白に、彼は動揺しながらも頬を赤くして真摯に向き合って答えてくれる。



「ショ、ショウが良ければ、…俺なんかで良ければ、お前の側にいたい。恋人として側にいたい」



可愛いすぎやしないかな。サードウィールの神様。僕はついに物語の主人公です。本当に本当に、ここまでの道のりは長かった。何組のカップルが僕の隣でイチャイチャし、チヤホヤし合い、特別扱いにホヤホヤと頬を染めていた事か。


でも僕は今、この男前をグズグズに愛したいのです。

そしてこの男前は僕をたっぷりとチヤホヤしてくれるのです。



「うん、ずっといる。側にいる!」



だから僕はうんと微笑んで、彼の体をぎゅっと抱きしめた。けれど彼は、何か思うところがあるようで、困ったように眉を下げ、「け、けどさ…」そう僕から少しだけ体を離す。



「お前、他に好きな人がいるだろ…。そいつは、良いのかよ」



どういう事だろうか。さっきも言ってたけど、僕には皆目検討もつかない。この目の前の可愛い人以外で好きな人、か。



「僕の好きな人は君だけど。誰の事を言ってるの」



怪訝な顔をすると、彼は眉根を顰めた。



「いや、いつもユキって名前を出すから、俺はてっきり…」



あぁー。そうか。…なんでこうもこの人は可愛いのかな。



「ち、違うよ! 彼は僕の幼馴染。僕の親友のひとり。もうひとり親友のヒュウガってのがいるけど、そいつと付き合ってるの。だから僕が好きとかは全くないよ。…ごめんね、勘違いさせて」



僕は彼の手を取って謝ると、「そ、そうだったのか…」と彼はホッとしたように安堵を見せた。



「うん。だから僕の好きな人は君だけ。僕が欲しいのも君だけ。これから宜しくね、レイ君」



僕は赤くなったその頬にチュッとわざとらしく音を立ててキスを落とした。君も、サードウィール脱却だね。


これは僕達の物語だ。


やけに晴天で、晴々しくて、なんだかどこもかしこも、誰もが皆、僕達を祝福してくれているようだった。


*********


【おまけ】


晴れて僕達はカップルとなったわけです。これぞ健全なお付き合いなのです。しかし、お付き合いしたは良いが問題が起きました。



「…え、レイ君、経験ない、の?」



「ちょっと待て、…ショウは、あん、の…?」



「え、あるけど」



「え、嘘…」



「嘘じゃない。ごめんね、僕、わりと早くて…」



「え……」



この男前、童貞でした。そして何故か僕も童貞仲間だと思われていました。失礼ちゃうワね。ぷりぷり。なんて思う余裕は今の僕にはどこにもない。だって、だって…



「僕は今、世の中の不思議に触れている気がする! その顔と体で経験がないなんて、…僕にどうしろと!」



「そ、そんな怒鳴るなよ」



「あ、ごめん、つい心の声が」



僕は彼の初を奪うって事なんだもんね!?

サードウィールの神様、何事ですか。特典がすごいのですが。確かに今まで、あなたは僕に散々な経験をさせて来ましたので、これはお詫びなのでしょうか。こんなに男前な上に童貞で処女で、彼は捧げ物ですか! あー、もう、どうしたものか。僕は今完璧な白目を剥いている。



「レ、レイ君はさ…どっちしたい?」



「どっち…」



レイ君は眉間に皺を寄せ、唇を曲げる。おっと。前途多難な予感か。何がどっちだ? とか破茶滅茶天然男前彼氏になってしまう可能性が出て来た…そう警戒した僕に、目の前の男前はゆっくりと口を開いた。



「女の子とは一回だけ、そういう雰囲気になった事があるんだけど…」



「あ、あるんじゃん」



「いや、けど、その…中学ン時でさ、俺も俺自身の事がよく分かってなくて。女の子を抱けば、どうにかなるって思ってて…」



「……うん、わかるよ」



そうか。その道は通るんだなぁ。



「けど結局出来なくて。勃たなくて、さ。女の子も泣いちゃうし、本当申し訳ない事したな、って…。結局、その後に俺は自分がゲイなんだなって自覚して、でも、それでも誰かとセックスする機会がなくて。今にいたる、って感じだから」



「そっか。そっか…」



僕はこくこくと頷いた。



「ショウ、はさ、その、どっちしたいとか、ある? 俺は経験ないし、お前がしたい方を…」



彼は少し動揺しながらそう訊ねるから、僕は食い気味に自分の意見を伝える。



「タチしたい」



「た、…え?」



「タチ。男側。攻め? レイ君に挿れたい」



「挿れ……そんなハッキリと」



彼は頬を赤らめて驚いた様子で僕を見る。何か変な事を言ったろうか。



「何その顔」



「いや、…別に。ただ、人は見た目によらないんだなぁと」



「ふふ。うん、まぁ、正直言うと僕ってネコだと思ってた。今までの経験もぜーんぶ、受け身だったから。そっちのが好きなんだと思ってた。けど不思議なもので、レイ君と話してて、レイ君にこうして触れてると、すっごく甘やかしたくなるのに、ちょっと意地悪したくもなって、ぐずぐずに愛したくなるの。やっぱレイ君を気持ち良くしたいなぁって、どんな顔しちゃうのかなぁって思ったんだ」



「……どんな顔って…」



僕の言葉にレイ君はまた顔を赤くする。ちょっと素直に言い過ぎたかな。ウブな彼にとっては刺激の強い言葉だったろうか。そんな顔をされると、僕はちょっと楽しくなってしまう。ついつい、調子に乗ってしまう。


僕は照れて何を言うべきか迷っているレイ君の顔を覗き込み、その顎に指を引っ掛ける。こっちを向いて、と強引に顔を上げさせ、瞳が合ったのを確認して、その柔らかな唇に甘く噛みついた。


そこからは何だかんだであっという間で、レイ君は綺麗な顔を快楽に何度も歪め、熱い息を吐き、肩で呼吸をしては何度か僕の名前を呼んだ。その度に僕の脳みそは彼の可愛さに溶けていくようだった。


グズグズに愛されてるのは僕の方みたい。事が終わるとレイ君は何だかとても満足気に、照れたように微笑みながら口を開いた。



「お前って、…今までは女側だったんだろ? だから、かな。なんか、俺の気持ち見透かされてるみたいだった。俺の快いとこも、なんか、見透かされてて、自分がおかしいのかなって、思うくらい気持ち、良かった…。初めてって、こんなに快いもんなの、かな」



そう頬を赤く染めて言うものだから、もちろん2回戦目に突入してしまった。君がそんなにエッロいから、と何度も言いそうになっては堪えて、僕はただただ彼を愛しまくった。僕は心底幸せな気分に浸った。



「やば、ちょっと太陽が出て来た」



「本当だな。カーテンしっかり閉めないとな」



「うん。今日はもうなーんにもないし、ぐっすり寝てようね」



「もちろん。起きたら俺が飯、作るから」



「え、良いの? じゃぁ、僕は紅茶を淹れるね」



「ふふ、うん、よろしく」



僕の特等席は彼の隣。散々まぐわった後は軽くシャワー浴びて、ふたりでピロートークしちゃったりもして、それから2人で眠りにつく。寝る時は彼の分厚い肉枕という名の胸板で眠るのが大好き。


でも気付けば僕は反対側を向いて寝ていて、彼は僕の背中を包むように抱きしめて寝ている。回された手は僕の腹に巻き付いていて、僕はなんだか、とても愛されてるのなぁと実感して、二度寝するのが大好き。


あぁ、起きたら何をしよう。ご飯を食べて、紅茶を飲んで、ゲームして、ゴロゴロして、それでそれで…。考えるだけで幸せなのだ。


彼は僕に幸せをくれる。

僕はきちんと幸せを返せているのかな?

与えること、できているのかな?

そうだと良いな。


僕はそんな事を考え、気持ち良さそうに眠る彼に抱き締められながらもう一度深い眠りに落ちた。明日もうんと幸せにしてあげたい。たくさん好きだと、大好きだと、伝えたい。


そう、胸を躍らせながら。




END

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僕はいつでもサードウィール Rin @Rin-Lily-Rin

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