第2話 後編

もうすぐ23時か。めっちゃくちゃ寒い・・・くじけそう・・・


「はい、これ。」

固い笑顔の彼女が缶コーヒーを差し出してきた。


彼女はショートカットが良く似合っていて、少し釣り目の勝気そうな、

可愛い女の子だった。大学生かな?


「温かいね。ありがとう。」

お礼を言って受け取ると、彼女が話しかけてきた。

「うん、こちらこそ。君も待ち人来たらず、なの?」

「そだね~、来なかったね~。」


もう諦めきっていたので、にっこりと朗らかな笑顔を作れた。


「・・・いつまで待つの?」

「うん、最終電車で帰るよ。それできっぱりとこの恋はサヨウナラだ。」

「そう・・・」


彼女は肯くと、1メートルほど離れていった。


俺は缶コーヒーを飲み干すとスマホを取り出し、いつものとおり、

フロンティアハンターというゲームにログインした。

荒野で恐竜や魔物、ドラゴンなどを一人、あるいは仲間と狩るゲームだ。


4月、友達のいないこの街に引っ越してきてからこのゲームを始めた。

課金は最初、少しだけしたものの、すぐにアルバイト代全部つぎ込んでも、

トップになれないことがわかった。

それに、1日、1時間ほどしかプレイしないので、全く強くなれそうになかった。

夏ぐらいから遊ぶことよりも、気の合う奴らとチャットするのが楽しくなった。


仲間は3人いて、弥次さんとテンプさんは恐らく昭和のオジサン、

一番弾けているレッドフォックスさんが最近、女子学生と判明していた。


ちなみに俺の名前はポルナレフ、住所は神戸としている。

住所なんて出鱈目でもいいと思うけど・・・


会ったことのない奴らだからこそ、よく亜咲美さんのことを相談していて、

イブはログインしないから!って宣言すると、みんなから頑張ってって応援されたなぁ。


『待ち人来たらず!寒い!』


いつもの仲間にグループチャットを送ると、隣から声が聞こえた。

「えっ!」


さっきの女の子が声を掛けてきた。

「あの、ゴメンなさい。そのゲーム・・・」

「えっと、もしかして君もしているの?」


彼女のスマホは俺と同じ画面だった!


「あの、よかったらちょっと名前を教えて・・・

いや、最初の文字だけでもいいので。」


なぜか彼女はアセアセしていた。


「えっと、ポだけど・・・」

「ええっ!」


その驚きの声にようやく思い出した。

レッドフォックスさんの住所も神戸ってなっていたことを。


「・・・もしかして、君はレッドフォックスさん?」

「・・・はい。」

「なんで?恋人が出来たって自慢、じゃなかった喜んでいたじゃない!」


そう、毎日23時にこのゲームに4人で集まって、近くに狩りに行ったり、

チャットをしていたけど、レッドフォックスさんは12月になって、

カレシが出来たと自慢し、二日に1回のログインとなっていて、

ラブラブ発言を冷やかされていたのだ。


「・・・二股されていてね、あっちを選んだみたい。」

「マジか!」


うん?12月に二股ってまさか・・・


「えええっと、もしかしてそのカレシの名前、駿介、じゃないよね?」

「何で知ってんの!」


レッドフォックスさんの大きな声が寒空に響きわたった!


「マジか!俺の待ち人が12月から浮気されていてさ、そのカレシが目黒駿介ってわけ。」

「ええっ!なにそれ、世間が狭すぎよね!」

「・・・その、なんだ、話なら聞こうか?チャットとリアル、どっちがいい?」

「ナンパはゴメンだよ。」


優しく持ち掛けたのだが、冷たく突き放されてしまった。


その後、彼女はニヤっと笑った。

「だけど、一度、オフ会ってしてみたかったんだよね!」


・・・


カラオケに行って、まずは失恋ソングを交互に歌いまくった。


そのあと彼女は、気になっていたアイツといい雰囲気になって、

つい告白しちゃったらいいよって言われて・・・から始まって、

泣きながら駿介の悪口を言いまくったから、俺はうんうんと頷き、

ひどい目にあったねとか可哀そうだねとか慰めの言葉を吐き続けた。


ネタが無くなった彼女は泣き止むと、亜咲美さんのことを話してくれとお願いしてきた。


亜咲美さんの悪口を言って欲しかったんだと思うけど、

俺は亜咲美さんがどれだけ美しいか、中身も素晴らしいかを話続け、

何度も肩をぶん殴られた。


それからはゲームの話や、大学、アルバイトの笑い話を交互にしていった。

彼女はゲームの中と同じように、思ったことをすぐ口にし、言い過ぎたらすぐに謝っていた。


初対面なのに、何故か人見知りすることなく、ペラペラ楽しく話せた。


ゲームで友達だったから?彼女がフレンドリーでいいカンジだから?

彼女のめまぐるしく変わる表情が面白く、可愛らしく感じた。


話が一段落して沈黙の時間があった後、彼女が飛んでもないことを提案してきた。


「その紙袋、プレゼントでしょ?よかったら交換してみない?」

何か企んでいる風の笑顔を浮かべた彼女が小さな紙袋をぷらぷらさせた。


「他人あてでも大丈夫なの?」

「大丈夫よ。でも、ソレ、気に入らなければ返すから!」

「酷くない?」


苦笑いした俺を見ながら、彼女はウキウキした声とともに紙袋を掲げた。

「メリー・クリスマス!」


紙袋を掲げなかった俺を彼女はジト目で睨んだ。

「え~、ノリが悪いな~。さあ、一緒に!」

茶目っ気たっぷりだな。よし、ちゃんと合わせよう!


「「メリー・クリスマス!」」


2人は紙袋を高く掲げ、軽くぶつけたあとに交換した。


俺のプレゼントはベージュのマフラーで、彼女は早速マフラーを巻くと

「温かいね」って顔をほころばせた。


彼女のプレゼントはネックレスで、そのペンダントトップは金属のプレートだった。

「うん、なんて書いて・・・I LOVE SYUNSUKE , FOREVER!

っておい、全然大丈夫じゃ無いぞ!こんなの他人にプレゼントするな!」


初対面の女子に本気で怒ってしまった。


「大丈夫、少しゴシゴシしたら消えるわよ!私はコレ気に入ったし返さないから!」


彼女はあっけらかんと無責任なことを言って、マフラーを大事そうになでた。


「おい、そのマフラーは俺が恥ずかしながら店員のお姉さんに選んでもらった逸品だ!返せ!」

「イヤよ、べー!」


マフラー、返してくれなかった。ネックレス、返せなかった。マジか!

・・・I LOVE SYUNSUKE , FOREVER!

どうしてくれよう!


そのままバカ話したり、また歌ったりしていたら、朝になった。


「なあ、名前を教えてよ。」

「知っているでしょ。レッドフォックスだって。」

根負けして問いかけたら、彼女はニヤニヤしていた。


「ホントの名前だよ!」

「そうねえ・・・もし次に逢ったら教えて・ア・ゲ・ル。」

わざとらしく考え込んで、ニヤニヤしながらもったいつけやがった。

「ふん!別に教えてもらえなくってもへっちゃらなんだからね!」

悔しかったからツンデレしておいた。


始発電車で帰ろうと駅に向かっていると、微かに東の空が明るくなっていた。

彼女の表情も、おそらく俺の表情も明るくなっていた。


クリスマスの23時にはフロンティアハンターにログインして、また4人で集まった。

『昨日はお楽しみでしたね!』『何してたんだ?』と追及されたレッドフォックスさんはフラれたとゲロって、慰められていた。


29日にログインしたら、レッドフォックスさんから個チャが来ていた!

初めてだよ!なんの用だ?


『大みそか、22時西宮北口駅集合。初詣は伏見稲荷大社に行こう。』


マジか!そっちがツンデレじゃね~か!うん、行こうか!


『でも遠い!なんで、そんな遠くまで?』

『生田神社や湊川神社なら、アイツらに会うかも知れないでしょ!』

『なるほど・・・了解!』


・・・


大晦日の寒い、寒い22時、またもやレッドフォックスさんはオシャレな恰好でやって来た。俺がプレゼントしたベージュのマフラーを付けているけど、

この寒い夜にミニスカートって・・・


俺はモチロン防寒対策バッチリな格好だ。

ただし、俺の首元には彼女からもらったネックレスを付けていた。


マフラーで全く隠れているし、内緒だけど。

あの恥ずかしい文字はそのままだ。

ゴシゴシしてみたけど、やっぱり消えなかったよ。当然だよな。


「今晩もメチャクチャ寒いのに、なんでミニスカートなんだ?」

「オシャレは我慢よ!決まってるじゃない。・・・あんたはダサいわね!」

「ああ防寒優先だから。君は今日もオシャレでカッコいいよ。」

「最初からそう言いなさいよ!」


口調は厳しいが彼女の口元はほころんでいた。


電車に乗るとすぐ、彼女に背を向けられてしまった。

来るんじゃなかったと少し後悔した。


突然、彼女がバッと振り返った。怒ったような顔だ。

ビックリしていたら、小さな紙袋が差し出された!


「あ、あの、この前はゴメンね。

ヘンなものプレゼントしちゃって。

ヘンな出会いで、初めて会った人と二人っきりでオールしてるって気付いたら、

もうおかしくなっちゃったんだ。

あのプレゼント、コレと交換してくれる?」


ビックリしながら受け取ると、中身はペンダントトップで金属のキューブだった。

「カッコいいね。ありがとう。」


マフラーを外して、I LOVE SYUNSUKE , FOREVER!を外して、キューブに付け替えた。


「なんで、そんなの付けてんの?」

それを見て、彼女は小さいけど、素っ頓狂な声を出した。


「なんとなく?面白くなったから?」

「バカじゃないの!」

言葉は強いけど、その表情はほわっと嬉しそうにしていた。


・・・


23時になってお互いスマホを取り出し、フロンティアハンターにログインした。


今日は大みそかなので、チャットだけだ。

俺たちがフラれたことが今年のトップニュースに上げられた。


フラれたのがクリスマスだったから、しょうがないよな。


弥次さん:『いっそのことお前たち、付き合っちまえ』

レッドフォックス:『なんでポルナレフみたいなイジワルと付き合わなきゃいけないんだ?』

すぐさまレッドフォックスさんがチャットで反応した。俺のすぐ隣で。


ポルナレフ:『ひでえ!』

弥次:『ポルナレフはイジワルじゃないだろ?』

テンプ:『ここじゃかなり優しいけど・・・』

レッドフォックス:『ゴメンなさい。』

彼女は泡を食ってすぐにチャットで謝ると、こっちを不安そうな目で見た。


ふふん、可愛いところあるじゃない?

「その表情がイジワルなのよ!」

彼女は頬を膨らませて、またバシッと叩かれた。

なんかすごく楽しくなってきた!


「なあ、名前を教えてくれよ。」

「レッドフォックスよ、知っているじゃない!」

拗ねた彼女は、ツーンとそっぽを向いた。

表情が多彩で見ていて面白いわ!


「ホントの名前だよ!次逢ったら教えるって言っただろ!」

「う~ん、どうしようかな?」

彼女はまたもやわざとらしく考え込んだ。


「俺のこと、外で呼べるか?」

「ポルさんって呼ぶけど。」

何言ってんの?っていうカンジで応えられた。


「・・・あれっ、割と呼べるな。でもレッドさん?フォックスさん?

こっちは不自然なんだよ。だから、教えてくれよ。」

「そうね、初詣が楽しかったら教えてあ・げ・る!」

ニヤニヤしやがって!ちっくしょー!


・・・


最寄り駅に着いたので、『良いお年を!』と流してログアウトした。


電車を降りたら、駅の中も外も、人、人、人だった。


人の波に乗って歩き始めたんだけど、メチャクチャ寒い!


手袋をはめたら隣から視線を感じた。

彼女が手をこすりながら俺を不満そうに見つめていた。


おお、忘れていたよ。

「はい、コレ。」

「バカ!」

カイロを渡そうとすると、蹴られてしまった。なぜ?


大勢の参拝客の波に乗ってゆっくりと歩き出すが、

人が前にいるとなぜか俺と彼女は反対方向によけてしまう。

慌てて彼女の方へ近づくと、彼女がニヤリといかにも悪そうな顔をした。


悪そうなくせになんだか凄く魅力的だ。


うぉ!

彼女が前を向いたまま、俺の右ポケットに、左手を突っ込んできた!


頬を赤く染めているものの素知らぬ顔をしているので、

悔しくなって俺も素知らぬ顔で歩き続けた。


まあ、歩くのに邪魔だったよ。


・・・


つつがなく初詣を済ませた。


寒いので暖かい甘酒を飲んでいると、袖を引っ張られた。


「何を神様にお祈りしたの?」

「うん?君の本名と連絡先を教えてくださいって。」

ホントは君ともっともっと仲良くなりたい、だけど・・・


「そんなの今日、楽しかったら教えてあげるって言ったじゃない。」

「うん、どうしても知りたいんだ。」

目に力を入れ、彼女の目をのぞき込んだ。


「バ、バカね。」


彼女は頬を赤く染め、目を反らしてしまった。ふふん!


「ねえ、おみくじで勝負しようよ!」

「いいけど、勝負じゃないだろ?」

誘われておみくじを引いてみた。


「やった!私、大吉!アンタは?」

熟読する間もなく奪われてしまった。


「ふふん!」

俺が末吉だったから得意げな顔をされた。

こういった顔も魅力的だ。

ははっ、ますます楽しくなってきたよ!


彼女はふたつのおみくじを見比べると照れ臭そうに笑った。


「ねえ、ココだけ同じだよ。」

指し示されたのは恋愛運で、こう書かれていた。


「新しい恋が吉。」



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片思いの女の子から恋人の浮気を相談されたから、 クリスマスイブに彼女をデートに誘ったんだけど、 なんやらかんやらあってその浮気相手と付き合うことになった件 南北足利 @nanbokuashi

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