プライム全部上場市場

まとめなな

第1話

## プライム全部上場市場


ビルの谷間に立ち並ぶ証券会社の看板が、朝日に照らされて煌めいていた。多くのサラリーマンや学生が通りを急ぐなか、その看板のひとつには鮮やかな赤字で「プライム全部上場市場への挑戦」と書かれた広告が貼り出されている。株式投資を知らない人でも耳にするほど、有名になった新市場の名前だ。

それが「全部上がる」「全部上々」と揶揄される“夢のような市場”だと耳にしたのは、つい最近のことだった。


### 1.大原の朝


「おはようございます!大原です!」

大手証券会社に勤める新入社員・大原亮太は、いつものように電話の受話器を手にして朝イチからテンションを上げる。指導役の先輩からは「元気だけが取り柄」とからかわれているが、営業の世界ではその元気こそが重要だと本人は信じている。

「はい、お客様!そうです、プライム全部上場市場へのご参加、今なら絶好のチャンスでして──」

電話の向こうで客が何を言っているかはわからないが、特有の勢いと笑顔で押し通すのが大原流だ。


この「プライム全部上場市場」は、近年話題になった東京証券取引所の区分再編をさらに超えた“仮想”の新市場、という触れ込みで誕生した。正確には政府主導なのか民間の思いつきなのか曖昧なまま、いつの間にか世間で「何でも上がるすごい市場」として宣伝され始めたのである。ニュースでもSNSでも、まるで“下落”など存在しないかのように語られ、連日の盛り上がりを見せている。


大原は今日も「全部が上々」と謳われる輝かしい市場の話題を全面に押し出し、次々と電話をかけまくる。正直、彼自身もこの市場の正体をよくわかっていないが、周囲の熱気に巻き込まれるうちに、「買えば儲かる」と思い込むようになった。客に提案する時も、その信じきった笑顔は嘘偽りのないものだ。


### 2.春香、口座を開く


そんな大原の電話を受けたばかりに、人生が変わりそうな女性がいた。名は木嶋春香。大学時代は経営学を専攻しながらも、就職は一般企業の事務職へ。特に投資を勉強してきたわけではない。

「もしもし…投資なんてわたし、何もわからないんですけど…」

曖昧な相槌を打つ春香に、大原はむしろ勢いづいて説得を重ねる。

「今はわからなくても大丈夫ですよ!全部が上がる可能性がある市場に、とりあえず口座開設だけでも!」

「全部…ですか?」

「そうなんです、プライム全部上場市場!銘柄も幅広くて、どれ買っても基本的には好調。下がりづらいっていう噂があるんですよ!」


半信半疑のまま、翌日には資料が送られてきた。ついでに大原の丁寧な口座開設マニュアル動画まで付いていて、まるでオンラインショッピングの申し込みをしているかのような気分だ。

少し前にSNSで目にした「プライム全部上場市場の平均株価、また最高値更新!」というニュースを思い出し、春香は流されるように書類を記入する。

「全部上がるなら、やってみてもいいかな…」

気軽な気持ちが背中を押し、春香は自分でも知らないうちに“熱狂”の入口に足を突っ込んでいた。


### 3.全部上々アナリスト・赤坂


テレビの経済番組で“全部上々アナリスト”として人気を博している男がいる。名前は赤坂コウジ。そこそこ有名な外資系証券会社のチーフアナリストらしいが、そのキャラ立ちした言動はまるでエンタメ芸人だ。

夕方のニュース番組に出るときは、まず両手を広げてカメラ目線。

「今日もキテますよ!プライム全部上場市場はすべてが上!下落なんて見たことありませんからねぇ!」

スタジオのキャスターが、「でも一時的な調整はあるんじゃ?」と疑問を向けても、赤坂はウインクして言う。

「上がるんです、全部。噂によればね、プライム全部上場市場は政府公認の大盤振る舞いだとか…知らんけど!」

茶化したような言い回しでありながら、その裏にある妙な自信は多くの視聴者を虜にしている。


この赤坂アナリストの影響力は相当で、ネット上では「赤坂が推奨した銘柄は確実に上がる」「赤坂が苦言を呈したセクターすら上昇する」というジョークめいた書き込みが絶えない。

大原はこの番組を録画して、営業の参考にすることがある。豪快なテンションで不安を取り払ってしまう技術は、“お客様商売”にこそ必要だと信じているからだ。


### 4.初めての投資、笑いが止まらない


口座を作ったばかりの春香は、大原の指示でいくつかの銘柄を買ってみた。レジャー関連、IT企業、大手商社、どれもプライム全部上場市場の看板銘柄だ。

「どれでも大丈夫ですよ!むしろ全部いきましょう!」

そんな調子で熱量をぶつけられ、「いきなり全部は危ないのでは…」と一瞬思ったものの、数日後には驚くほど株価が上がり、早くも含み益が出始めた。

「すごい…本当に上がるんだ…」

会社の昼休みにスマホ画面を見て、春香は小声で呟く。図書室でたまたま見た経済書には「株式投資には必ずリスクがある」と書かれていたが、今のところリスクらしきものは皆無。日を追うごとに上昇していく数字に、気持ちが高揚してしまう。


大原からはしょっちゅう電話がかかってくる。

「木嶋さん、今日はあのIT株がさらに伸びましたよ!昨日よりプラス5%です!さすが全部上場!」

あまりに明るい声なので、聞いているこちらもつい笑ってしまう。そして自分の口座残高を見れば、いよいよ笑いが止まらない。


### 5.古参投資家・冬木の警鐘


そんな中で、この「プライム全部上場市場」の喧騒を別の視点で眺めている男がいた。冬木彰人、個人投資家歴30年。バブル経済崩壊もITバブルもリーマン・ショックも経験してきたベテランだ。

「全部が上がる市場なんて、まともじゃない。それでも儲かるなら乗るだけ乗って、さっさと抜けるのが鉄則…だけどな」

そう呟きながら、冬木は株価ボードをチェックする。確かに、不自然なほど大半の銘柄が上に伸びている。ニュースでは「今日も最高値更新!」と騒いでいる。赤坂アナリストも「上がらないわけがない!」と太鼓判。

「正直、こんな楽勝相場は初めてだ」

冬木はただ、いつ落とし穴があるかを警戒している。大原や春香のような新参投資家が熱狂する姿を見ると、かつて自分がバブル期に浮かれた記憶が鮮明に蘇るからだ。


ある日、冬木は証券会社主催のセミナーで偶然、春香と顔を合わせた。まだ投資歴一ヶ月程度だという彼女を見て、どこか自分の昔を重ねたのかもしれない。

「大原くんの担当か?彼は元気がいいから、乗せられてないかね」

「少しは。でも今のところ、かなり儲かっちゃって…自分でも怖いくらいです」

「まあ、いいじゃないか。儲かってるうちは楽しいもんだ」

冬木はそう言いながら、スマホ画面をチラリと見せる。そこには「プライム全部上場市場における不審な取引動向に注意」という海外ニュースサイトの記事タイトルがあった。英語だが要旨は“この市場、規制も曖昧で実態不明な買い注文が多すぎる”といった警鐘を鳴らす内容のようだ。

「これ、ちょっと気になるがね。火のないところに煙は立たないから」

「…心配、要るんですかね」

「さあな。でも、こういうのはほんの小さな亀裂があるだけで、ドッと崩れる可能性もゼロじゃない。何より、“全部上がる”なんて、一見すると理想郷だが、そこに甘い罠が潜んでることだってある」

冬木はそう言いつつ、困ったように笑った。なぜかその笑顔には、不思議な説得力があった。春香は「大原さんに一度聞いてみよう」と思いながら、結局何も言い出せないままセミナー会場をあとにする。


### 6.初めての揺らぎ


そんなある日、プライム全部上場市場で“わずかな下落”が起きた。銘柄によっては、前日比マイナス0.3%とか、ほんの数円の値幅だ。通常の株式市場であれば「よくある調整」といったところだろう。

しかし“全部が上がる”と信じていた人々にとっては、それが大事件に見えた。SNS上では「嘘でしょ?何かの間違いじゃ?」「全部上がるんじゃなかったの?」という書き込みが乱舞し、ニュース速報も妙に騒がしい口調で「何が起きた!?」と焦っている。


その日、大原は朝から電話対応に追われていた。何人もの顧客が「一体どうなってるの?」と問い合わせてきたからだ。

「いや、たぶん一時的な調整だと思います!ええ、そりゃあ全部とはいえ多少の上下は…」

大原自身も戸惑っている。つい今朝までは「下落なんてない!」という勢いで売り込んでいたのに、こうもあっさり下がるとどう説明したらいいのか。


すると、夕方のニュース番組にあの赤坂アナリストが緊急出演。スタジオ中が重苦しい空気に包まれるなか、彼はいつも通りのウインクで応えた。

「はいはい、一時的な調整ですよ。むしろ“お買い得”ですからね、皆さん!プライム全部上場市場はこれぐらいで終わりませんって!」

派手なジェスチャーを交え、あまりに気楽そうな口調で言い放つ赤坂に、キャスターの表情は呆れ気味だったが、番組終了後にはネット上で「やっぱり赤坂さんが言うなら間違いない」「この下落は買い増しのチャンス」といった書き込みが一気に増える。


結果、翌日には多くの銘柄が再度上昇に転じ、まるで何事もなかったかのように最高値を更新していった。大原が自宅でチャートを確認すると、ほぼすべての銘柄が真っ赤な上昇ラインを描いている。

「よかった…やっぱり全部上場は最強か…」

胸を撫でおろすと同時に、ある種の怖さを大原は感じ取る。「ほんの少し下がっただけで、あんな大騒ぎになるなんて…もしも本当に大きな下落が来たら、どうなるんだろう?」


### 7.それでも、笑いは止まらない


下落の記憶は、わずか二日ほどでかき消された。SNSで「やっぱり全部上がる!」「プライム全部上々!」という祝祭的なムードが戻り、経済ニュースも「多少の揺らぎはあったが、市場は健全な上昇トレンドを継続」と報じる。

春香は毎晩、スマホで自分の保有銘柄をチェックしては、「こんなに増えていいの?」と嬉しさと戸惑いの混ざった感情を抱く。会社の同僚も、彼女の投資話を知ると「教えて教えて!」と興味津々だ。


そんな折、飲み会帰りの夜道で、春香はふと冬木の言葉を思い出した。「いつかは崩れるかもしれない」。しかし、それがまるで遠い未来の不確実な話のように感じられるほど、目の前の相場は強すぎる。

赤坂アナリストは今日もテレビで「完全無欠の市場」と大きく書いたパネルを掲げていた。大原は営業資料に「多少の調整はあれど、全体としては上昇局面」と自信満々に書き込んでいる。


――何を信じたらいいのだろう?そう思うよりも先に、口座の残高が増え続ける事実が先行して、春香の疑念はかき消されてしまう。


### 8.冬木の微かな予感


冬木はいつものようにパソコンのモニターを眺めながら、ネット上の海外ニュースをチェックしていた。そこには以前より具体的な疑惑が書かれている。

「プライム全部上場市場の裏で、莫大な資金を使った自社株買いが横行している」「政府系ファンドが巧妙に売買をコントロールしている可能性」

どれも決定的な証拠は提示されていないが、複数の記事が似たようなことを報じているとなると、やはり無視はできない。冬木は唸りながら、少しだけ保有銘柄を売却し、現金を確保する作業を進めた。

「全部が全部、本当に上昇するなんて、世の中そんなに甘くない。儲かるうちに抜けるのは鉄則だが…この市場は何か普通じゃない」


しかし冬木は、疑念を抱きながらも全売却には踏み切れなかった。なぜなら、この相場に乗っているときの利益は、投資家としての彼にとっても十二分に魅力的だったからだ。積み上がる含み益を、ただじっと見ているだけでも心が浮き立つ。

「まあ、崩れてから逃げても遅くはない…かもしれんが、甘い考えだろうな…」

タバコの煙をくゆらせながら、冬木は“もう少しこの宴を楽しんでもいいのかもしれない”と自問自答する。その迷いこそが、長年の投資経験で養われた“感覚”なのかもしれない。


### 9.伏線の香り


そんなある夜、春香のスマホに大原から突然メッセージが届いた。

──「明日、大きな発表があるらしいです。プライム全部上場市場に関わる重要なニュースだとか。詳しくは赤坂アナリストが絡んでるようですが、詳細不明。でも、たぶん好材料ですよ!」──

それを読んだ春香は一瞬、冬木の示唆した“裏の話”が頭をよぎったが、大原のポジティブな言葉に触れると、すぐに「まあ大丈夫か」と思い直す。


次の日、赤坂アナリストは昼の生放送に登場した。いつになくキラキラしたスーツを着込み、満面の笑みでこう言い放つ。

「皆さん!私が得た極秘情報によると、プライム全部上場市場は今後、政府の全面バックアップを得る方向なんですって!これでますます強固な市場になりますねぇ!」

これにはスタジオが拍手喝采。一方、ネット上では「これ以上上がりっぱなしになるなんて笑いが止まらない」「さらに熱狂が加速する」と大騒ぎになる。


しかし冬木は、その“政府全面バックアップ”という言葉に不思議な違和感を覚えた。これまで公式に政府が関わっていると明言されたことはない。赤坂はまた「知らんけど!」と茶化し気味に言っているが、その含み笑いの裏に本当の意図が隠されている気がしてならない。


### 10.真夜中の噂


夜が更けても、プライム全部上場市場に関連するSNSやニュースは熱気を失わない。「さらに伸びる」「まったく心配いらない」という論調が多数派を占める。

そんな中、とあるネット掲示板に匿名の書き込みがあった。

──「今回の政府全面バックアップ発表は、実は“本当の下落”を隠すためのカモフラージュ。大型ファンドが既に利益確定売りを始めてる」──

根拠のない噂かもしれない。しかし、こうした話が出るだけで、本来なら市場には少し警戒感が漂うはずだ。ところが、プライム全部上場市場においては、そんな噂すらかき消されるほどの“買い意欲”が絶え間なく流れ込んでいた。


翌朝。春香がスマホを見れば、例の銘柄たちがまたも最高値を更新している。大原からは連絡がないが、どうせ忙しくて電話口がパンクしているのだろう。

「ああ、もう笑いが止まらない…」

思わず独り言が漏れる。冬木の言う「崩壊」なんて本当に来るのだろうか?実感がまったく湧かない。


### 11.祭りは続く


世間では、こぞって“プライム全部上場市場”に関する話題ばかり。書店には関連書籍が平積みされ、「どれを買っても勝てる!」という初心者向けの投資本が売れている。証券会社の新規口座開設数は毎日更新され、街頭の巨大スクリーンでも市場ニュースが流れる。

赤坂アナリストは他局にも引っ張りだこで、パワーポイントの画面に「ALL GO↑」と大きく記し、「だから言ったでしょう?全部が上がる、全部が上々です!」と声を張り上げる。

熱狂はまさにピークを迎えているように見えた。


大原は会社での評価が急上昇。彼が担当した顧客の多くは利益を得ており、社内でも「プライム全部上場市場のスペシャリスト」ともてはやされる。

「いやあ、僕は単に市場に乗っかっただけで…」と謙遜しつつ、胸の奥では高揚感がとめどなく広がる。何かが怪しいと頭の隅で思うことがあっても、その気持ちは巨大な歓喜によって打ち消されていく。

「もっとお客様を増やして、この市場を盛り上げようじゃないか…!」

彼は空回りしそうなほどの情熱を電話営業につぎ込んだ。


### 12.微かな亀裂


しかし――市場が最高潮の盛り上がりを見せた、ある金曜日の午後。突如として、一部の銘柄が意外な売り気配を示し始めた。しかも、さほど取引量の多くない小型株のように見えたが、その価格はズルズルと下がり続け、一時的に“ストップ安”に近い水準まで落ち込んだという。

「ストップ安…?プライム全部上場市場なのに…?」

大原の胸に嫌な汗が滲む。社内はにわかに騒然としているが、ニュース番組やネット媒体は相変わらず「全般的には上昇トレンド」「一部の特殊要因」と楽観的な言葉を並べている。

赤坂アナリストもメディアで「小さい銘柄が少し下がっただけ。そもそも全体としてはまったく問題なし!」と断言する。


しかし、冬木はこのニュースに釘付けになっていた。

「…小型株だろうがなんだろうが、“下がる”ってことは市場が言うほど完璧じゃないってことだ」

彼はネット上を丹念に調べ、「ある匿名投資家が大量売却した」「実は大口ファンドが手を引き始めている」といった書き込みを見つける。もちろんデマかもしれないが、明確に「下落」が生じた事実は隠しようがない。


### 13.選択の時


週明けの月曜日、市場オープン前から大原の電話はひっきりなしに鳴り続ける。

「テレビで小型株の下落が気になるって言ってたんですけど…ほんとに大丈夫ですか?」

「全部上場って言う割には、結局下がる銘柄があるってこと?」

さすがに客の質問も現実的になってきた。それでも大原は「大丈夫ですよ!」と繰り返すしかない。

「そもそもプライム全部上場市場は…」と言いかけて、大原は自分が一体何を根拠にしているのか、本当にわからなくなってくる。


一方、春香にも迷いが生じていた。含み益はまだ十分あるが、一度下がり始めたらどうなるか…と考えるだけで不安に駆られる。

そんなとき、冬木からメッセージが届いた。

──「ちょっと話せるか?“赤坂が何か隠してる”という噂を聞いた。彼の口先だけの強気に乗せられるのもほどほどにしておいたほうがいいかもしれない。危ない橋を渡り続けるかは自己判断だけどな」──

赤坂アナリストが何かを隠している?まさか、あれほどメディアで明るく語っている人に、どんな秘密があるというのか。


### 14.雪崩は来るのか、来ないのか


不安を感じつつも、週明けの市場が開くと、またしても多くの銘柄が上昇する。結果的に下がった小型株も少しずつ持ち直し、相変わらずの“上がりっぱなし”ムードが充満する。

赤坂アナリストは番組で満面の笑みを浮かべ、「誤差の範囲でしたね!はい、今日もプライム全部上々!」と声を張り上げる。その姿を見て「やっぱり心配いらないんだ」と思う人が大半だろう。

SNS上でも「下がるなんて言ってた連中、ちゃんと謝った?」などという書き込みが目立ち、ほんの数日前の下落など忘れ去られたように見える。


――だが、どこか微かな亀裂を感じ取った人たちは、そっと市場から距離を取り始めていた。冬木は保有株の半分以上を売却し、少なくとも大惨事には巻き込まれないよう資金を確保する。

「まるで宴の真っ最中に、一人抜け出すみたいで後ろ髪を引かれるが…何か起きるなら、早めに身を守るに越したことはない」


### 15.それでも続く“全部上々”


そして結局、プライム全部上場市場は再び盛り上がる。春香のスマホには好調なチャートが並び、大原からは「今が買い増しの大チャンスですよ!」というメッセージが頻繁に届く。

赤坂アナリストが「政府全面バックアップは既定路線!」と豪語するたびに、疑いを忘れてしまう投資家が増えていくのだ。冬木や一部の警戒派投資家は「おかしい」「いつかは崩れる」と言うが、そんな声は祝祭の喧騒にかき消される。


春香も半分は不安を抱えながら、「実際、利益が増えてるんだから…」と自分を納得させる。さらに最近は会社での立場にもプラスに働いている。同僚から「すごいね、投資うまいんだね!」と言われ、内心くすぐったい。

「すべてが順調…このままずっと続くなら、何も問題はないんだけど…」


### 16.エンディング


そんな日々が続くなか、プライム全部上場市場はまたしても最高値を更新。ニュースもSNSも、それを当然の結果かのように騒ぐばかり。赤坂アナリストも調子よく、今度は“政府要人”と一緒に写った写真をちらつかせながら、「あの方も絶賛してましたよ!」などと軽妙に語る。


大原は社内で「プライム全部上場市場の申し子」と呼ばれ、連日接待や会食に呼ばれるようになった。彼はもう、疑念を抱くこともない。儲けている客から感謝され、上司からも褒められ、むしろ天狗になりかけている。

一方、春香はスマホのチャートを見て、「これは本当に大丈夫なのかな…?」と時折考えるものの、数字が増え続ける幸福感がすべての不安をかき消していく。


冬木だけが、相変わらず不穏な空気を感じ取っていた。しかし彼も完全には市場から退いておらず、「儲かるうちはもう少し乗るか…」と思っている。どこかで崩壊を願っているのか、あるいは恐れているのか、自分でも分からない。


結局、プライム全部上場市場はこの日も落ちなかった。それどころか史上最高値をさらに更新し、人々の熱狂は収まるどころかますます増幅していく。

何か引っかかるものを抱えながらも、大多数の投資家たちは笑顔でこの状況を受け入れ続ける。まるでおとぎ話のように“全部上々”が続き、誰もが「自分だけは絶対に損しない」と信じて疑わない。


だが、冬木のスマホにはまた一つ、新たな海外ニュースの見出しが届いていた。

──「プライム全部上場市場の“真の仕掛け人”は誰か?巨大ファンドの影と政府交渉の闇」──

詳しく読もうとする彼に、大原からの着信が入る。

「冬木さん!まだまだ上がりそうですよ!どうします?追加で買いませんか?」

それは、狂騒と祝祭の渦中にいる者の無邪気な声だった。


冬木は画面を見つめ、あの日春香の目に浮かんだ迷いを思い出す。いずれ噴き出すかもしれない矛盾があるとすれば、そのときはどうなるのか…どれほど大きな衝撃が走るのか。

しかし、今は誰もそんなことを考えたくない。大原も、春香も、赤坂アナリストも、他の投資家たちも――なにせ“全部が上々”の幸福感に浸っているのだ。


電話口から聞こえる熱い言葉を聞きながら、冬木は軽く笑みを浮かべた。

「そっちがそういうなら、もう少しだけ乗ってみるかな。いつ崩れるかわからんが…まあ、この熱狂がどこまで続くのか、見届けるのも悪くない」


そう言いながら、冬木は心の奥で小さなカウントダウンが始まっているのを感じていた。それがいつゼロになるかはわからない。もしかしたら来週かもしれないし、来月かもしれない。あるいは、本当に崩れずに、このまま笑いが止まらない世界が続くのかもしれない。


プライム全部上場市場は、今日も鮮やかな上昇チャートを描いている。ニュースキャスターが「史上最高値更新!」と叫び、赤坂アナリストが「どこまでも行きますよ!」と無邪気に笑う。

画面越しにそれを見つめる春香も、大原も、多くの投資家たちも、ひたすらその“上々”の光景に目を奪われている。


――全員が盲目的に信じるときこそ、何かが起きるのが世の常だ。それを誰が、どのように迎えるのか。

だが少なくとも、今はまだ、下落の気配すらほとんど感じられない。笑いと歓声が市場を包み込み、その熱狂は天井知らずに膨らんでいく。


――プライム全部上場市場。すべてが上がり、すべてが上々――。

果たしてその先にあるのは、さらなる高みに昇り詰めた理想郷か、それとも――。


静かに、しかし確実に秒針は進んでいる。いずれ訪れるかもしれない“瞬間”を待ちながら、人々は今日も陽気に祭りを続けているのだ。


---


(了)

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