魔王が解任されました〜四天王最弱が負けたのわれのせいじゃなくない?〜

アメリカ兎

第1話 え? われのせいじゃなくない?


 ──魔界。

 そこは、魔族達が暮らす魔境にして、魔物達の巣窟である異世界。

 人間界と魔界を繋ぐ「門」と呼ばれる存在が出現してから数百年。

 未だ人間界より魔界に訪れて魔王を討伐した者はいない。


 しかし。


 今この瞬間、人類は淡い希望を抱いていた。


 魔界へ通じる「門」を守護するオーガ族。

 四天魔がひとり、サイスト・ジャックロングを相手に三日三晩の攻防の末に見事「光」の勇者、デュラルは聖女ライリィと共に勝利を手にした。


 この勝利は、魔物達に生活を脅かされ続けてきた人間界にとってまさに救済の光となるだろう──誰もがそう信じてやまなかった。


 その報せが魔王の耳に届くまでは。




 ──空は赤く覆われ、雲もまた不吉に赤黒い。常に雷鳴がゴロゴロと唸り声をあげる深紅の大地は荒れ果てていた。

 乾き切った樹木は血を吸ったように赤く、しわがれている。生まれながらに老いた老木は魔界を吹き抜ける一陣の風で枝を根本から折っていた。


 黒曜石を積み上げられ、幾年の歳月を経たか。

 その魔王城は連なる山々と背比べするかのように聳え立ち、城門から城内に至るまで魔物たちがひしめき合っていた。

 鍛錬場からは身の丈を越える武器を振りかざして衝突する魔王軍が血を流して命懸けの訓練を積んでいる。


 それらを眼下にして、人間界より羽が折れる勢いで飛翔するのは一羽の怪鳥。


「ヒイッヒイッ……ま、魔王様! 大変です! 緊急事態です!」

 非礼を詫びることもなく、バードマンは開け放たれていた魔王城の窓から侵入すると、室内でつまらなさそうに頬杖をついている魔王に声を投げた。緊張に強張る声から察するに、何か動きがあったのだとすぐにわかる。


「どうした」

「魔界門を守護されていた四天魔、サイスト様が勇者によって討たれました!」

「え、マジで?」


 どよめく配下達をよそに、退屈そうにしていた魔王の顔色がパッと明るくなった。


 ──サイストが?

 ──だが奴は我ら四天魔最弱。

 ──あの程度のやつに手こずるなど、勇者など恐るるにたらん奴。


 四天魔達が口々にする言葉も魔王は聞く耳を持たなかった。


「そっかぁ、やるなぁ勇者!」

「……あの」

「ん? どうした?」

「いえ、それで……どうされますか?」

 魔王は首を傾げる。どうってなにが?


「いや別に。どうもせんが?」

 魔王のその言葉に、四天魔たちがまた困惑の顔色を見せていた。


「魔王様! 恐れながら進言致します! 至急対策を練られた方が良いかと!」

「なぜに?」

「サイストは四天魔最弱の男ではありますが、それを打ち破ったとあれば此度の勇者は侮れない存在かと!」

 そうだそうだと言わんばかりに他の配下達も頷いている。


「……え? 別にそれは良いことではないか?」

「…………はい? あの、その。そう申されるのは何故に?」

「われ勇者と戦いたいから魔王やってるんだが?」

「ん?」

「ん?」

 お互いに疑問符を浮かべる姿に、ひとりの魔族が立ち上がった。

 それは魔王の息子リヴェルだった。ここぞとばかりに捲し立てる。


「皆のもの、聞いたか! 我が父は王たる務めを果たすこともせず、いずれこの城に来たる勇者にみすみす明け渡すつもりだ!」

「だってわれ強いし」

「政も、外交も他人任せ! 内政も知らぬ顔で、これほど杜撰な王は私も見たことがない!」

「われの出る幕なくない?」

 話聞いてる? 誰に似たんだ──あ、われか。

 魔王の訝しげな視線を知ってか知らずか、リヴェルは配下達に熱弁を振るっている。


 正直な話。

 魔王はリヴェルの話を半分以上も聞いていなかった。聞く耳すらもたなかった。

 だがまぁなんとなく言いたいことはわかる。

 サイストのやつが四天魔最弱で、そいつが勇者に負けたのはわれのせいだと。──え? われのせいじゃなくない?

 要は「魔王辞めろ」という話だ。うんうん。


「──ご覧いただきたい! 我が父よ。貴方に不信を胸に抱いていた者たちがこれほどまでにいるのです! これを目の当たりにして貴方はまだ王座に居座るおつもりですか!」

「よいよい。わかった。リヴェル、この椅子が欲しければくれてやる」


 そっちがそのつもりならば、話が早い。いっそのことこちらからくれてやろうではないか。


「……え、マジですか我が父?」

「マジマジ。大マジ。城も部下も土地も全部くれてやる。あ、でもトーチだけは連れて行かせてもらうぞ!」

 玉座から立ち上がり、魔王は満面の笑みでウッキウキな足取りで呆然としている配下達を尻目に部屋を後にする。


「んじゃ! われ人間界に遊びに行ってくる! これからは新生魔王リヴェル軍として一層のこと励むがよい! わーはっはっはっ! 自由だぁーーー!!」

 まるで何一つ未練などないような足取りで魔王(元)は颯爽と廊下を歩きだしていた。

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