石階段を上って逢いに行く

ゆめうめいろ

石階段を上ってあなたに逢いに行く

「ねえ、かなめ。『無』ってなんだろう」

 そんな質問をある日の授業終わりにしたことをふと思い出した。

 授業中に出てきた『ビックバンの起こる前、この宇宙には何も無かった』という話。

 これが私には全く想像できなかった。

 光も音も時間も空間すらもない。

 なんだそれと。

 要はその時なんて答えてくれたっけな……思い出せない。

 何年か経てば記憶なんてそんなものなのかもしれない。

 そんなことを考えながら私は紅葉の葉が落ちすっかり寂しくなってしまった両側に植えられている木々を横目に、冷たい風が吹き抜ける長い石の階段をゆっくり上っていく。

 要は私の数少ない親友と呼べる友人だった。

 休み時間も、休みの日も何度も私たちは一緒に遊んだ。

 ……もう過去形にしなくては行けないという事実に歯噛みする。

 一年前には一緒の教室で軽口叩きあってたはずなのにな。

 次々と溢れ出して暖かい記憶に未だに浸りたくなる。

 誘惑を振り切って階段を上りきり、そこから見えたのは沢山の墓石だった。

 私は迷いなく周りと比べると明らかに小綺麗な墓石へと足を運ぶ。

 今日は要が交通事故で亡くなってからちょうど1年。

 去年のこの日は悲しくて悔しくてまともな精神状態で居られなかったからしっかりと墓石と対面するのはこれが初めてかもしれない。

 こんな灰白色の石の中なんかに死人がいるわけない。

 そんなことは100も承知だったはずなのに今は何故かそこに要がいるような気がする。

 大昔から人間かまピラミッドや古墳を作ってきた訳がわかる気がした。


 一通り墓参りの流れを済ませ、あとは帰るだけになった時『無ってなんだろう』。

 数年前の疑問が再び私へ降ってきた。


 要は今、その『無』なんだろうか。


 今残っているものは骨だけで、体も息もあの笑顔も優しさも要の何もかもはすでに失われている。

 それでもどこか『無』とは違う気がする。

 ようやく重い腰を上げて墓参りに来たというのにどこかモヤモヤとした気持ちを抱えながらその日私は帰路に着いた。



 春

 私は高校を卒業し、その報告にとまた墓場へやってきた。

 出来れば一緒に卒業したかった。

 そんな何度も考えてその都度捨ててきた考えが今になってぶり返してくる。

 前回とは違い石階段の両横にある木々は生い茂っており、前来た時のようなどこか寂しかった様相なんて無くなっていた。

 石階段を上っている途中そんな木々の様子がトリガーとなり、要がなんて返してくれたのかを唐突に思い出した。



「『無』?そもそも私そんなの存在しないと思ってるから答えらんないや」

 当たり前のように要は言い放った。

 そしてイマイチ納得の言ってない私の様子を見かねたのか要は言葉を続けた。

「何も無い…そんなのないんだよ。どんなものでも最後には何かに繋がる。例えばビックバン以前の宇宙も今の360°上下左右どこを見渡しても色とりどりの星々の見える綺麗なこの宇宙に繋がってるでしょ?」

 要の言葉に熱がこもり始めた。

「 『無』ってさそれ以上なんの変化も起こらず何も出来ず何も在らずって状態だって私は思う。その後なにか起きてるんだったらそれは『無』じゃないよ。ただの準備期間。結果論だけどね。そして私は全ては何かに繋がってるって信じてる。だから私は『無』なんて存在しないと思ってる。ok?」


 最後の結論は彼女らしく強引だったが理解は出来た。

 つまるところ、要の理論で行けば要の死は『無』じゃないことになる。

 …………私は要の死を何かに繋げられていただろうか。

 考えれば考えるほど今までただ未練がましく悲しんでいただけで私は要の死を何にも繋げていなかったように思う。

 これでは要の存在を私は『無』にしてしまっているのでは無いか?

 春だと言うのにまだ冷たい風が髪を揺らす。

 ふと現実に意識を戻すともう石階段を上りきっていた。

 今回も周りと比べて真新しい墓石の方へ足を進める。

 彼女の何を私の人生に繋げていけばいいのか、それとも知らないうちに私はもう繋げられているのか、その両方とも私にはまだ分からない。

 でも、少なくとも今後『無』について考えるのは一切やめにしよう。

 それだけを今は考えて親友の元へ前回とは違う気持ちで向かっていった。


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