5

「はあ……」


 熱いシャワーを頭から受け止めて壁に手をつく。

 海を見た後なんだかクラクラしたような気がして、駅に引き返した。途中の水族館に寄る体力はなく、帰りの電車でもほとんど寝てしまっていたし、よくわからないままエアコンが使えないこの部屋に再び戻ってきた。

 熱中症でダウンした昨日の今日だからだろうか。茉莉の目にも俺の疲労感は明らかなようで、代わりに乾電池と食料を買いに行ってくれて、今日はそのまま別れた。

 結局あいつが俺に何をさせたかったのか聞けなかった。水で顔をもう一度すすいで浴室を出る。

 コンビニの袋から麦茶を手に取って飲む。閉めっぱなしにしていたカーテンの隙間から、夏の西日がしぶとく光線を描く。

 変な一日だったと思う。それを言うなら昨日もそうなのだが。あいつと喋ってからずっと調子が狂う。


 俺の計画も失敗してしまったし。

 俺の存在を、最後に承認してもらう方法。


 死のうとしていたときと何も変わらないぐちゃぐちゃに汚い部屋を見渡しながら思案する。

 明日も今日のことを覚えていられるだろうか。

 言葉がふわふわと輪郭を結ぼうとするのを押さえつけて、世界への殺意を再び研ごうとする。ペットボトルを凹むくらい握ってみる。

 それでも、覚えていたいと思ってしまった。


 それから俺は、夢を見た。

 夢には茉莉が出てきた。現実じゃないと気づいたのは、こんな顔をする茉莉を見たことがないからだ。

 俺がいなくなったら、茉莉の心に痛みを残すだろうか。

 夢の中ではそのようだった。

 きっと悪い夢のはずなのに、誘惑みたいな、ありえない夏だった。


 起きて、洗面所で顔を洗って眼鏡をかける。

 いつもと同じ順番でルーチンをこなすように生を消費している。ふくらはぎが火照って筋肉痛に襲われていた。


 多分、俺はずっと、茉莉と友達になりたかった。


「おはよう」


 当たり前のように呼び鈴が鳴って、茉莉が部屋の前で待っていた。


「……はよ」


 呆けた表情を隠せない。


「いきなり来るのやめろよ」

「早く来ないと、きみがいないと思ったから」

「……」


 遠くで蝉の声と、歩行者信号が変わったメロディが響いている。


「……どうして」

「何?」


 なんでもない、と言った。

 ドアから入る忌々しい熱気が室温と融和していく。


「やっぱり海は違う気がする」

「そう?」

「うん」


 海は眩しすぎるのだ。


「じゃあ、今日はどこ行く」


 まっすぐな視線が、今日はあまり怖いと思わなかった。


「……ブックオフとか」

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He Killed My Summer けむり @tropical_haka

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