第5話

 モブおじは、くずれゆく神殿の中から、全力で逃げ出そうとしていた。しかし、今は、小さな悪魔の体。その短い足が、あせる気持ちとは裏腹うらはらに行く手をはばむ。


 それでも何とか神殿を抜け、建物の外に出られた時、少し離れた小高い丘の上にセシリー達の姿を見る事が出来た。

 どうやら、とらえられていた他の少女達を含め、全員、無事だったようだ。


「モブおじ~。何やってるのよ。さっさとこっちに来なさいよ、危ないでしょう?」

「これでも精一杯せいいっぱい、走ってるんだ」

「飛べば良いでしょう?」

「あっ!」


 それは、盲点もうてんだった。今の体には、可愛らしいコウモリ風の翼が生えている。モブおじは、セシリー達に向かって羽ばたいた。


「助かったか〜」

 モブおじが、彼女達と合流し、安堵あんどのため息をらした次の瞬間だった。

 ゴゴゴゴゴーッという腹底に響き渡る轟音ごうおんが聞こえてきた。


 モブおじが振り向くと、後方で大規模な地滑じすべりが起きていた。その土の津波は、神殿の残骸ざんがいを飲み込み、更に山のふもとの村をも飲み込んだ。


「気にむ事はないわ。悪魔と契約していなければ、とうにほろんでいた村よ」

「そうは、言われても……」

「これは、元金がんきんの減らない借金の様な物。いつかは清算せいさんしないと……。罪のない少女達を救った。それで納得なっとくするしかないわ」

「そうは言われてもな……」

 モブおじの表情は、晴れる事はなかった


「モブおじさん、大丈夫ですか?」

 ソフィアが衰弱すいじゃくした体を引きずるように、二人の元へとやって来た。

「そっちこそ大丈夫なのか?」

「ええ。いつもの事です。少し休んでいればそのうち――。あっ、その顔の傷っ! 蛇神様へびがみさまにやられたんですか!」

「ああ、これか……」

 モブおじの顔には、四本のき傷が残っていた。

「ち、違うんです、それは私が……」

 ソフィアの言葉に反応し、モブおじに救われた少女の一人が声を掛けて来た。

「あの時は、助けていただいたのにおどろいていてしまって――」

「?」

 状況を理解出来ず、小首をかしげるソフィア。

「でも、それは、仕方しかたがないわよ。目をましたら目の前にケダモノの顔があったんだから」

「どういう事です?」

「だからね。モブおじが、この子を助ける為に霊気れいきを口から吹き込んだの」

「く、口から?」

「そう。要は、あの蛇神様へびがみさまのやっていた事の逆の行為ね」

「ちょっと、モブおじさん。こっちに来てもらえます?」

「あん?」


 ソフィアの後に付いて歩き、皆から離れた場所に呼び出されるモブおじ。

「キス……。したんですか?」

「は? いや、キスというか……。その……、じ、人工呼吸みたいなもんだよ。人工呼吸。ほら、救助活動ってやつ」

 少し目が泳いでいるモブおじに対し、ソフィアが更なる圧を掛ける。

「私が弱っている時にはしてくれなかったのに? 貴方は、私のものなのに?」


 カチッ。

 モブおじの首に再び隷属れいぞくの首輪がはめられる。


「あれ、首輪……。あれ、目から光が消えてますよ、ソフィアさん? あれ? あれ? ちょっと、怖い、怖過ぎ! 落ち着いて、ソフィアさ――、痛ダダダダダダーーーッ!」

「ちょっと、何やってるの! ソフィアさん? やり過ぎ、やり過ぎだって! それ以上、モブおじの首輪をめたら、首取れちゃうって」

「手に入らないのなら、それでも……」

「あーーーっ!」


 スポーーーン!

 軽やかな音と共にモブおじの首がちゅうを舞う。


「ああーーーっ! 俺、死んだーーーっ!」

「ごめんなさい! 私、何て事をっ! 私っ、私っ!」

みんな、落ち着いて! コアが無事なら治せるから、死なないから~」

「じゃぁ、早く首を――」


 三人のたわむれの声が、朝をむかえた小高い丘の上に響き渡る。

 彼らの冒険は、始まったばかりである。

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小悪魔の護り手 ~小悪魔に転生した冴えないモブおじさん、異世界で少女を救う~ 善江隆仁 @luckybay

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