忍べ! サンタクロース

三ツ谷おん

サンタは誰だ?

 12月24日、今日は誰もが待ちに待ったクリスマス・イブ。街は鮮やかに彩られ、あちこちから歓喜の声が湧き上がる。クリスマスは明日だというのに、世間はもうお祭りムードだ。


 そしてこの日、特に夜を一番楽しみにしていたのは子供たちだろう。今日の夜にはサンタクロースがプレゼントを届けに来てくれて、明日の朝にはプレゼントを手にして大はしゃぎ。


 そして子供たちにそんな夢を届けるのが、僕含め全国の親のお仕事という訳だ。

 勿論、子供たちにはこれは内緒だ。サンタさんが実はパパママだったなんて、子供の内に知ってしまったら悲しくなるだろう。実際僕も、たまたま9歳の時に知ってしまって、その後のクリスマスは毎年気まずくなってしまった。


 だから絶対に、自分の子供にはそんな思いをさせない。バレないようにしないと。

 そう思っていたのに……。


「ねぇパパ、サンタさんってパパなの?」


 僕は今、8歳の息子から疑いをかけられています。ねぇ神様、僕何か間違えましたか……?


「そ、そんな訳ないだろう? サンタさんはクリスマスの夜に和夢なごむの所に来て、プレゼントを置いて行ってくれるんだよ。去年までだってそうだっただろ?」


「でもぼく、思ったんだ。夜寝る前はお父さんちゃんと鍵の確認してるのに、どうしてサンタさんは家に入ってこれるんだろうって。お父さん、お家に勝手に入ろうとする人がいたら防犯システムが起動するってこの前言ってたよね?」


 この思考回路、とても8歳とは思えない。流石うちの和夢は天才だ!

 ……ってそうじゃなくて、早く言い訳を考えないと。


「あー……サンタさんは超能力者だから、誰にも気付かれずに家にプレゼントを届けられるんだよ。サンタさんって凄いんだよ⁉」


「ほんとかなぁ……? まぁいいや。サンタさん、ぼくの欲しい物届けてくれるかな?」


「サンタさんは良い子の所にしか来ないから、ちゃんとクリスマスの夜も寝るんだぞ。サンタさんに会いたいからって夜更かししちゃダメだからな?」


「うん。プレゼント欲しいから、ぼくちゃんと寝るよ。だから寝ながらサンタさんの正体を突き止める方法を今考えてるんだ! 凄いでしょ! サンタさんも褒めてくれるかな?」


 和夢、凄い事言ってるな。プレゼントも貰いつつサンタクロースの正体に迫ろうなんて、なんて大胆なんだ! 流石うちの和夢は天才だ!

 ……ってそうじゃなくて。和夢には僕と同じような思いはしてほしくない。何とかバレないように慎重に行動しないとな。


 どうやら僕のクリスマス・イブは、和夢との壮絶な戦いになりそうだ。


 ~~~


 夜10時。和夢が完全に寝静まった事を確認して、僕は動き出す。


「ねぇあなた……本当にその恰好でやるの?」


「勿論だよ。和夢の夢を奪っちゃったら可哀想だからね。万が一起きちゃった時のために、この格好でプレゼント置いてくるよ」


 僕の妻、琴音が心配そうに聞いて来たけど、心配ご無用。

 百均で揃えたサンタクロースのコスチュームはしっかり着こなしている。万が一和夢が起きて顔を見られた時の為に、サングラスもかけている。大量のヒゲ(綿)で鼻から下も隠しているから、絶対にバレないはずだ。


「それじゃあ行ってくる!」


「全く、大げさな人なんだから……。でもそこが良いのよね」


 僕は和夢へのプレゼントを持って、慎重に部屋に近づく。

 今年のプレゼントは、子供向け図鑑の10巻セットだ。結構重いし大きさもある。これは起こさないように慎重に運ばないとな。


 僕はプレゼントを持ってゆっくり部屋に入る。音を立てないように動こうとするが、コスチュームのせいで中々動きづらい。

 まさかこんな所でコスチュームが悪手になるなんて……! もっと可動域の広いコスチュームを買うべきだったか!


 そんな事を思いながらも、何とか和夢のベッドの横にプレゼントを置くことに成功した。とりあえず一安心だ。


 さて、あとは起こさないように部屋から出るだけだな。そう思って部屋を出ようとした時、和夢の勉強机に何かが置いてあることに気付いた。


「ん……? これ、サンタさんへのお手紙だ」


 どうやら寝る前に準備していたらしい。やっぱりあんな事言ってたけど、まだサンタクロースを信じてるんだな。まだ8歳なんだし、当たり前か。


『サンタさんへ。プレゼントありがとう。サンタさんのプレゼントほしいから、ぼくいい子にしてたよ!』


「うんうん。ずっと見てたぞ……! 本当に良い子だった!」


『でもサンタさんも、ちょうのうりょくでここまで来たからつかれたよね。だからぼくもおかしをプレゼントするね!』


「和夢……お前は本当に良い子だなぁ! 人を思いやれる子に育ってくれてパパは嬉しいぞ!」


 実際にはサンタさんじゃなくて僕だけど……まぁお言葉に甘えてお菓子を貰っちゃおう。

 机を見ると、手紙のすぐ横にドデカいかぶき揚げが置いてあった。


「……え? これがお菓子?」


 一口で食べられるチョコみたいなのを想像してたんだけど……。というか、こんなの食べたら音で和夢が起きちゃうじゃないか!

 多分なけなしのお小遣いで買ったんだろうなぁ。後で和夢にバレないように、こっそり食べよう。


 それにしても、これが和夢が考えた作戦なのかな。少し身構えてたけど、子供らしくて可愛いな。

 そう思いながら、手紙の続きを読む。


『おへんじもほしいな。らいねんもまた来てね! なごむより』


 そこで手紙は終わっていて、下の方には返事が書けそうな余白が残っていた。


「……仕方ないなぁ。それじゃあ、お返事書いてあげるか」


 鉛筆を拝借して、余白に返事を書こうとしたその時。


「ん? 何だこれ」


 僕は床に紙切れが落ちている事に気付いた。それを広げて見てみたら、僕が少し前に和夢に向けて書いた書き置きだった。


「なんでこんなの取っておいてるんだ? まぁ、そんなことより返事を——」


 そう思って返事を書こうとしたが、僕は見つけてしまった。

 色々な物が散らかった机の上。その隅の方に、小さな袋があった。その中には、僕が和夢に書いた書き置きが大量に入っていた。


(え……? 和夢もしかして、ずっと取っておいてくれてたのか? いやというか、これってもしかして……)


 僕は点と点を線で繋いで、真実に辿り着いてしまった。


(和夢もしかして、手紙の返事と僕の書き置きを見比べて、サンタクロースの正体を暴こうとしているのか……⁉)


 和夢、なんていう息子! 子供ながらに凄いことを考えるんだ。流石うちの和夢は天才だ!

 ……ってそうじゃなくて。僕はどうするべきなんだ? ここで普通に書いてしまったら、僕がサンタだとバレてしまう。かといって、返事が無かったら和夢も悲しむだろう。


「……そうだ! 良い事思いついたぞ!」


 僕は一旦部屋を出て、家にあるありったけの新聞や雑誌を集めた。


「ねぇあなた、何するつもりなの……?」


「和夢にバレないように、新聞や雑誌の文字の一部を切り取って返事を書くんだよ。これなら和夢にバレずに済むし、サンタさんは凄い超能力者なんだって信じてくれる!」


「あなたってば本当に……。まぁでも、私も手伝うわ。なんだか子供に戻ったみたいで楽しそう」


 僕は琴音と協力して、文字をくりぬいて返事を完成させた。


『和夢くんへ。お手紙ありがとう。来年もまた来るから、イイ子にしてまっててね。サんたより』


 怪盗の予告状みたいになってしまったけど、これはこれで良いかもしれない。返事を和夢の部屋に置いて、今度こそ部屋を後にしようとする。


「ん……? これってセロハンテープだよね。……ハッ、まさか指紋を取ってサンタの正体を暴こうとしているのかッ⁉」


「流石に考えすぎでしょ。テープくらい小学生が持ってて当たり前でしょ。そうやって騒いでるのが一番危ないんじゃない?」


 とうとう琴音にもツッコまれてしまった。確かに少し、警戒しすぎたかもしれない。

 プレゼントと返事を置いたことを確認し、ドデカいかぶき揚げを持って、僕は今度こそ部屋を出た。


「……流石にバレずに済んだよね?」


「あそこまで徹底してたんだから、そうに決まってるでしょ? でももしこれで見破ったら、うちの和夢は天才ね!」


「そうだな! 本当に色んな策を練ってたし、やっぱり和夢は天才なんだ!」


 僕と琴音は和夢を称え合って、そして寝た。和夢にバレてない事を祈りながら。


 ~~~


「パパ~ママ~! プレゼント届いてた!」


 それが今朝の和夢の第一声だった。


「お、良かったな~。和夢いい子にしてたもんな」


「パパ、サンタさんお返事もくれたんだよ! ちょっと変だけど嬉しいな!」


 ……よかった。この調子なら、バレてなさそうだ。

 それにしても8歳であそこまでの罠を仕掛けてくるなんて、流石うちの和夢天才だ。来年くらいにはバレちゃいそうだな。


「それじゃあ和夢、顔洗ってお着換えしよう。ママがクリスマスの特別な朝ごはん作って待ってるぞ~!」


「うん! やったー!」


 正体がバレるのは怖かったけど、こうして和夢の成長を実感できたから、これはこれで良かったのかな。

 

 今日は12月25日。待ちに待ったクリスマスだ。僕達も楽しまないとね! 和夢と琴音と一緒に食卓を囲みながら、僕はそう思った。

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