大獄丸と鬼童丸
すきま讚魚
旅の坊主の、道祖神の前にて語ること。壱
浮き立つ雲の流れをや 風の心地を尋ねんと
浮き立つ雲の行方をや 風の心に任すらん
——その昔、伊勢の
今は昔のそのむかし、ここ鈴鹿の峠には
大嶽丸の首は都へと運ばれ、あの宇治の院の宝物殿に、深く深く封印されたのだとか——。
さて然し、この御噺には実のところ続きがございやす。
表の歴史に隠された、裏のその又奥底のモノガタリ——。
大嶽丸の身体が討ち滅ぼされたその時のこと。こうなる事を予想してか、彼は天竺に己の魂の一部と、大切な大切な
その刀の力を以てして、死をも克服した大嶽丸。然しながら、首を討たれたとあらば、その力は黄泉戻りで半人前に。巨大な山のやうな身体は齢二十ほどの背丈に。何千もの分身も、創れやしませぬ。そして何よりも、彼は力を持とうとも天下取りの欲なぞ元より無かったのでございやす。
復讐心も、虚しきかな風に流されるかのやうにちりぢりに——。
ええ、そうでさァ。現世に戻ってきたところで、大嶽丸は大暴れをしようなんざ、露ほども思わなくなっておったンでェ。
山の恵みと、獣の肉で、生きるには充分。金銀財宝も、眩いおなごも、大嶽丸にはもう何の魅力もございやせんでした。その無欲さと云いやしたらもう。顕明連ですら、訪ねてきた鬼退治の子供に貸し与えてしまう始末でござんしてねェ。
あるときのこと。
山に妙な空気を感じた大嶽丸は、騒ぐ山鳥たちの声を頼りに、
それは、牛の皮を被った男児にございやす。幾ら半人前の黄泉戻りとは云え、元は国の武将が総がかりになっても敵わぬとさえ云わしめた大嶽丸です。驚きはしやしたが、あれよあれよとのうちに男児の首根っこを掴んで地に伏せてしまいやした。
「何者だお前? 牛の皮を被るとは、果たして人じゃあないのか?」
然しその問いかけにも、男児はぐうう、がううと唸るのみ。
はて、とその牛皮を取ってみれば、なんとその者は鋭い牙を持った
「嗚呼、こいつはなんということだ。きっと、大江で討たれた酒呑童子の肉塊より生まれてしまった哀れな鬼だ」
ええ、そうでさァ。鬼と来れば知らぬ方はおりますまい。
大江の山の鬼の総大将、酒呑童子もこの頃
その時復活も叶わぬやうにと、首級以外は四天王の刃の元に千ほどの肉塊に分けられたとされる酒呑童子。厄介なことに、その肉塊どもは獣の啄むを逃れ、月の光を永きに渡って浴びると小さな鬼や化生のモノとして、動き出してしまったと云いまさァ。
「あはれなものだ。お前もこんな身の上に生まれなければ、どうにかしてお天道様の下で生きられたろうに」
大嶽丸はひと思いにその首を捩じ切ろうと腕に力を込めやした。
「う……あ……」
「? なんだおまえ……」
鬼児は泣きながらひたすらに大嶽丸の腕に噛みつこうとしておりやした。まるで無我夢中に、駄々をこね暴れるやうなその様子に大嶽丸ははたと気がついたンでございやす。
「なんだ、お前、腹が減っているんだな。馬鹿ばか、同族なんか喰うな。見たところてんで力の弱い鬼だ、お前が鬼なんか喰ったら胎が焼け爛れるぞ」
そう、言葉も知らぬこの鬼児。見たところ人や物の怪の類ひは一切喰うておりやせん。大嶽丸も、もはや今さら強い鬼や物の怪を喰ってその力を得ようなぞてんで考えてやおりやせんでした。鬼切の刀、顕明連も今は鬼退治の子供に貸し与えた後で手元にはござんせん。
「命拾いしたな、小僧」
そう云ふとさっとその目の前に、懐から木の種を出し、ぐっと握りやした。
瞬く間に種は山の果実へと。それを鬼児に差し出したンでさァ。
果実さえも知らぬ鬼児の目の前で、大嶽丸はうまそうにそれを齧りやした。嗅いだことの無い甘い匂い、とうとう我慢できなくなった鬼児は、奪うやうにしてその実を貪り始めました。
「どうせ、長くは生きられんだろう」
そう思った大嶽丸は、その鬼児を鈴鹿峠に連れ帰ることにしたンでさァ。
鬼児は、名を鬼童丸と云ったそうにございやす——。
大獄丸と鬼童丸 すきま讚魚 @Schwalbe343
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