第2話

「さて、じゃあお待ちかねの魔法の時間だ。」


俺は積み上げられた本の前に車椅子ごと移動して、本を上から順に取ってページをめくっている。ちなみにこの本を取り出すのにもユイに手伝ってもらった。本当に良い子だと思う。父親にねだってユイの給料を爆増させてあげたいくらいだ。


それはさておき、ここにあるのは基本的な魔法が載っている書物である。俺も魔法というものは具体的にどういうものなのかを詳しく知っていないのでこれがあって助かった。


魔法書に書かれてあったのは様々な種類の魔法陣。こういうのを見ると厨二心がついつい爆発しそうになるが、そこはグッと抑えてパラパラとめくっていく。風に水に火に雷に光に闇に無に。魔法の種類は属性などで分かれていてそれぞれに数十個もの魔法が有るみたいだ。


こんなの全部覚えたらめちゃくちゃチートなんじゃねえか!?

そう思っていた時期が俺にもありました。


でも、実際はそんな事は不可能。なんでって?この世界で魔法を発動する方法は、

この一つ一つ違う魔法陣を一ミリも間違いなく正確に覚えて魔法陣を魔力で実体化するしかないからさ!


人の記憶力というものを考えて欲しい。端的に言うと魔法陣を覚えて持っている魔力で空中に転写すると言う事なのだが、誰ができるんだこんなの。だが、そんな難易度激ムズな魔法でも、初心者が魔法を扱う方法は有る。それは、魔法陣の載っている本を見ながら魔力で魔法陣を描く事である。


だから、今俺は実際に本を見ながら弱い風を起こす初歩的な魔法を使おうと思って魔法陣と睨めっこしながらやっているのだが、いかんせん魔力の扱いがむず過ぎる。


「どうやってやれば良いんだ!」


俺は天を仰ぎながら叫び、それから試行錯誤を続け二時間後、やっと魔力を放出することができた。





「は、はは。これだけの時間をかけて……まだ一歩……」


俺はぜえぜえと息を切らしながらもまだ初歩の初歩だったことを思い出した。ファンタジー世界の魔法ってこんなに難しいものなのか?


「でもこうやって見ると、魔力って綺麗だな……」


俺は手のひらから出した青白い輝きを様々な形にして遊ぶ。猫、鳥、猿。手のひらサイズの小さな動物が生まれては変化している。魔力というものは自分のイメージ通りの形にすることができるらしい。


「それじゃあ、おまちかねの魔法の時間だぁ!」


俺は早速開いてあった風の魔法の魔法陣を見てその魔法陣を描いていく。さっきやった通りに魔力の形を変えて魔法陣の正確な形を狂いなくイメージしながら魔法陣を放出すれば良いらしい。


本を見ながら魔力を変えていたので魔法陣を作り出すのは余裕であった。本を見ないままこの複雑な形をした魔法陣を作り出せる気がしない。


やがて、風の魔法陣は完成した。魔法陣は完成した途端、青白い輝きを更に強めて風は放出された。


「まあ分かっちゃいたけど………弱いなぁ……」


俺は右手で魔法陣を出しながら左手で魔法を受けたが、魔法陣から出たのは本当に微風ぐらいの弱い風であった。


「これで車椅子を動かすって無理なんじゃないか?」


この世の真理に気づいてしまいそうになったが俺はまだ諦めなかった。なぜならまだ可能性はあるからだ。他の知らない魔法を使えばなんとかなるかもしれない。俺は他の属性の魔法を見てある魔法に可能性を見出した。


それは無属性だ。無属性には物を浮かす魔法だったり、小さな物を自分の近いところに転移させたり役に立ちそうな魔法は有る。正直あまり実用性があるか分からない魔法が多いが、足が動かない俺には欲しい魔法も有る。


特に物を浮かす魔法は浮かしたまま多少は動かせるらしく、ちょっと上にある物とか取るのに便利そうだ。だが、そんなに簡単にいくわけもなく、無属性の魔法陣は完成した後に俺の机の上にあったペンをギリギリ分かるぐらい浮かせてすぐに落ちた。


「やっぱ反復することが大事なのか?」


魔法はどうやって成長するのか俺も分からないし完全に手探りで扱ってはいるがやはり誰かに教えてもらうほうが良いのだろうか。でも車椅子を一人で動かしたいので魔法を極めたいです!なんて言うのもアレだしな……


俺は気まぐれに他の魔法も使うことにしてみた。もしかしたら何か役に立つかもしれないし、魔法を扱うのは意外と楽しい物だったからだ。


まずは火。魔法陣から小さい火が出てきて火種はすぐに消えた。よく見るファイアーボールみたいに飛ばせないか実験したかったが家が火事になりそうで怖かったのでやめた。


次に水と雷。水は思った以上に水が魔法陣から出てきたので部屋の床を少し濡らしてしまった。でも俺は車椅子なので床を拭くことができない。詰んだ………

あとでユイに頭を下げ続けるしかない。


雷はバチバチと音が鳴る水色の光が魔法陣からかろうじて出てきただけだった。見た目が派手なんじゃないかと期待はしていたが、全然地味だった。


「それじゃあ光と闇だけど……闇かぁ。」


俺は闇属性の説明を見てため息を吐いた。そこに書いてあったのは闇属性とは魔族が好んで使う属性で当然レイン君を呪った邪龍も闇属性の魔法を使える。だから、人も使える属性とはいえ、あまり好んで使う人はいないらしい。


まあでも、ものは試しだ。俺は早速闇の魔法を使ってみることにした。使うのは闇属性の小さな氷柱のような物を飛ばす魔法である。そんなヤバそうな魔法でもこれまで通りどうせ出してみたらショボいものだろう。


俺はどうせそこまで飛ばないと思ってその場で魔法陣を展開した。


すると、魔法陣からは黒と紫が混ざった禍々しい色をした氷柱のようなものが勢いよく射出された。それは壁をも貫通し外に向かってあり得ないスピードで飛ばされた。


「え?」


あまりのことにその場で絶句。壁に空いた穴からはいつもと同じ綺麗な庭が広がっていた。


「いや違う。俺が期待してたのはこういう魔法じゃない。」


俺の呟きは誰にも聞かれることなく、この壁はどうしようと悩んでいたらユイが壁をぶち抜いた音に驚いて俺の部屋に入ってきてしこたま怒られた。


理不尽だ………



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魔王は常に座して勝つ     @aka186

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