2.イーダちゃんのお花


あらすじ(671字)

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「昨日はあんなにきれいだったお花たちが、みんなしおれてしまったの。どうしてかしら?」

 イーダちゃんのその言葉に、いつも楽しい話を聞かせてくれる学生さんがこう教えてくれた。「このお花さんたちは、いつも夜になると舞踏会を開いているんだ。だからみんな踊り疲れているんだよ」

 学生さんが語るお花の舞踏会は夢みたいなお話で、イーダちゃんはワクワクする。家に帰ると、イーダちゃんはしおれた花のために、お人形用のベッドにお花を寝かせて休ませてあげることにした。

 その夜、中々寝付けずに居たイーダちゃんの耳に、どこからともなくピアノの音が聞こえてきた。こっそり玩具部屋を覗き込んだイーダちゃんは、そこでお花たちが舞踏会を開いているのを目撃する。

 ベッドをお花たちに奪われていた人形のソフィーちゃんも舞踏会に参加していて、お花たちとすっかり仲良くなっていた。ソフィーちゃんはお花たちに「もっと私のベッドで寝ていいわ」と言う。しかしお花たちは「私達はもう長く生きていられないの。明日になったら、庭に埋めてちょうだい。そうすれば、夏になればまた咲けるから」と言うのだった。イーダちゃんは思わず「死なないで!」と声を上げるが、それを覆い尽くすようにお花たちがなだれ込んできて、その夜の舞踏会を最後に盛り上げた。

 翌朝、イーダちゃんが目を覚ますと、お花たちは前日よりも更にしおれていた。イーダちゃんは言われたとおりにお花たちを庭に埋めると、いとこの男の子たちに協力してもらって、お花のためにお葬式を行った。

「夏になったら、もっときれいな花になって咲いてね」

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※ ※ ※


「あたしのお花がね、かわいそうに、すっかりしおれてしまったの」と、イーダちゃんが言いました。「昨日はとってもきれいだったのに、今はどの花びらもみんなしおれているの。どうしてかしら?」(イーダちゃんのお花より)



 さあ、お話を始めるよ!


 そんな調子でアンデルセンは子どもたちに物語を話して聞かせる。アンデルセンは人からお話を聞いたり舞台を観劇したりするのが大好きだったが、それ以上に、自分の作品を声に出して聞かせるのが好きだったそうだ。

 どれくらい好きだったかと言うと、原稿を書き上げるとその足で友人を訪ねて、自作を朗読して聞かせるくらいだったそうな。


 アンデルセン自身、幼少期は父親から千夜一夜物語を聞かされて育ち、近所の大人からはデンマークの民話を聞いていたという。そうして覚えたお話を、今度は別の大人たちの前で声に出して披露するのが少年時代のアンデルセンだった。

 三つ子の魂百までと言うべきか、大人になったアンデルセンは、お世話になっている上流階級の家の子どもたちに物語を語り聞かせるようになり、やがて童話集を出版して童話作家として大成することとなる。


 そんな話し好きな少年の様子が目に浮かぶ作品が『イーダちゃんのお花』だ。


 アンデルセンが初めて童話集を出したのが1835年、彼が30歳の頃のことである。『子どものために語られた童話集』というタイトルのその本には、『火打ち箱』『小クラウスと大クラウス』『エンドウ豆の上に寝たお姫さま』、そして『イーダちゃんのお花』が収録されている。

 この中で、イーダちゃんのお花以外の作品は、アンデルセンが子どもの頃に聞いた民話の翻案であるため、実質的な初めての創作童話はこの『イーダちゃんのお花』になる。


 話の内容はメルヘンそのもので、お花たちが夜な夜な舞踏会を開いていると聞いた少女が、夜になって本当にお花たちが踊っているのを見るというお話だ。

 他の代表作に比べると知名度は若干落ちるものの、子どもに向けた愉快な創作童話という意味では、情感あふれる良い一作である。


 このお話の中で、主人公のイーダちゃんに「お花は毎晩舞踏会に遊びに行っている」と話す学生が出てくる。

 この『学生さん』は、いつもイーダちゃんに面白いお話を聞かせてくれるし、切り紙でいろんな面白いものを作ってくれる、大好きなお兄さんなのである。この学生さんのモデルはどう考えてもアンデルセン自身である。

 アンデルセン童話はどれもアンデルセン自身の経験が投影されているという話はまえがきにも書いたが、最初の創作童話から遠慮なく自分を出しているあたりが本当に彼らしい。


 作中に出てくる学生さんは、面白い話をたくさんしてくれるから女の子からは慕われているけれども、小うるさい大人からは下らない話をしやがってと目の敵にされている、そんな話上手のお兄さん。きっと、そんな自分の姿を想像しながら書いたお話なのだろう。


 実際に、アンデルセンは若い頃から知人の子どもたちにお話を聞かせて楽しませていたのだという。親代わりだったヨナス・コリンの娘のルイーセなどは良い聴衆だったようで、お兄様のお話を聞かせて、と無邪気にお話をせがんでいたのだとか。


 ちなみに、作中で「学生さん」は切り紙が得意であると書かれているのだが、実際にアンデルセンは切り紙ペーパークラフトの名人だったと言われている。


 彼はなんでもない普通の紙とハサミで、風景やモノを見事に切り抜いてみせたという。どれくらい上手だったかと言うと、旅先で子どものために切り絵を切ってあげたところ、あまりの出来栄えにその子のおばあさんが奪うように手にとってしまったという話があるくらいだ。


 愉快にお話を聞かせながら、手元でチョキチョキと紙を切って物語に合った切り紙をしてみせるのだから、そりゃあ子どもたちからは大人気だっただろう。

 アンデルセンの切り紙は、現存するものは250枚ほどと言われている。その一部がオーデンセ博物館のデジタルアーカイブにあったので、参考までにURLを記載しておく。

H.C. Andersen – viden og samlinger(MUSEUM ODENSE)

https://museumodense.dk/h-c-andersen/



※ ※ ※


 さて、そんな愉快なお兄さんに楽しいお話を聞かされていた女の子の話に戻ろう。


 このお話の魅力は、イーダちゃんにお花にも命があることを強く意識させて、たとえ今は枯れてしまったとしても、季節が巡れば再び咲き誇ることができる、ということを希望として描いている点である。


 朝、お花がしおれてしまうのは踊り疲れているからである、というのは夢のある話だが、実際には一日ごとに花は枯れているだけだ。

 幼いイーダちゃんにはそれがわからないので、休ませてあげるために人形用のベッドにお花を寝かせるという微笑ましい一幕があったりする。とはいえ、どんなに休ませたとしてもお花がまた元気になることはない。


 その夜、イーダちゃんは実際にお花の舞踏会を目撃する(結果としてそれは夢として処理される)。

 そこでは、隠れて見ているイーダちゃんの代わりに、彼女のお人形のソフィーちゃんがお花たちと踊ることになるのだが、そこでお花たちはソフィーちゃんにこう言う。


「ありがとう。でも、あたしたちはそう長くは生きられないの! あしたは死んでしまうの。イーダちゃんに、あたしたちをお庭にうめてちょうだい、って言ってね。カナリアの埋められている所よ。そしたら、あたしたち、来年の夏には、また芽を出して、ずっと美しくさくわ」

(『完訳アンデルセン童話集1』小学館 P70)


 それを盗み聞いたイーダちゃんは、思わず「死んじゃ駄目!」と顔を出してお花にキスをするのだが、それと同時に外からたくさんの花たちがやってきて、まるで寂しくないよとでも言うように盛大に踊り始める。お花たちは挨拶をして踊り、キスをし、最後におやすみを言って帰っていく。イーダちゃんもこっそりベッドに戻り、その光景を残らず夢に見るのだった。


 そしてその翌朝、お花はすっかり枯れてしまっていた。


 イーダちゃんは夢で言われた通り、丁寧にお花を庭に埋葬し、従兄弟に手伝ってもらってお花のお葬式を執り行うのだった。

 このとき、イーダちゃんは従兄弟に『死んだかわいそうな花の話を聞かせました』と書かれていて、ここで明確に花が死んだことを明言している。


 鳥の絵が書かれたきれいな箱を棺桶代わりにし、従兄弟たちに大砲代わりに石弓を引いてもらって手向けをする。

 そのお葬式を執り行う時にイーダちゃんがどんな感情を抱いているかは直接描かれず、淡々と行動を描写するのが印象的なシーンだ。


 お花の舞踏会という夢から覚めて、現実として花が死んでしまったことを受け入れている様子と、そんなお花を地面に埋めて翌年にまた芽が出ることを祈る様子は、少女が一つ現実を知って成長した姿が見て取れる。


 動植物を擬人化して描くのは童話の常套手段だが、世界観として擬人化するのではなく、あくまでイーダちゃんの心の中でお花の命を意識させた結末は、叙情感を残す終わり方で、決して教訓話としてだけの物語ではない魅力がある。


 小さなイーダのお花に命を吹き込んだように、アンデルセンの語りは子どもたちに生き生きとした命を吹き込んでくれる。

 童話という形式を選んだ作家の最初の創作は、そんないつも行っている子どもたちへの読み聞かせを物語の形にしたものだった。



※『イーダちゃんのお花』の青空文庫のURLはこちら

https://www.aozora.gr.jp/cards/000019/files/59998_71440.html

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アンデルセン童話を読もう! 西織 @nisiori3

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