第十五話 脱出の先に待つ現実(最終章)

 決議の日から続いていた曇空が、ようやく晴れ渡った。太陽光発電が可能となり、荷物用エレベーターに里が乗って地上に脱出するといった計画が実行された。


 里を乗せたエレベーターは、ゆっくりと上昇を始めた。彼女は胸の高鳴りを抑えながら、暗い地下空間から光溢れる地上へと到達した。その足で警察に駆け込み、救助を求めたことで、自衛隊が迅速に動き出し、廃墟での大規模な救助作戦が展開された。結局、ワームホールシステムではなく、昔からあるアナログのエレベーターで脱出した。先端技術よりも昔からある枯れた技術の方が役に立ったというわけだ。


 救助が始まる直前、目黒は地下五階の研究開発室に向かい、長い時間をかけて作り上げたワームホールシステムを静かに破壊した。そして、自らの命も絶った。
彼は涼に最後に一言、言い残した。「ここは閉じた世界だった。でも、そんなに悪い人生ではなかった。息子の意思を継いで人殺しの兵器を世に出さない事が私の最後の仕事じゃ。老体に鞭を打って最後に一仕事してくるよ」


 救助作戦は迅速に進行し、自衛隊員たちが長く閉ざされていた地下空間へと足を踏み入れた。住民たちは次々と安全に地上へと引き上げられた。
だが、時空の歪みにより、地上は地下の五倍の速度で時間が進行していた。住民達が過ごした地下での四年間は、地上では二十年に、涼達が閉じ込められた十日間は、地上では五十日になっていた。地上に出た瞬間、住民たちはその歳月の差を取り戻すかのように、一気に二十歳老化した。五十代だったアツ、マッスル、涼子さんは一瞬にして七十代となり、まるで魔法が解けたかのようだ。


 地上では、法律の裁きが待っていた。クィーン、博士、助手は武器貿易条約違反で逮捕された。涼、里、郁恵たちには涙の再会が待っていた。親たちは、彼らを抱きしめ、再び巡り会えた喜びに声を上げて泣いた。


 しかし、全員がそうした幸せに包まれたわけではなかった。アツ、マッスル、涼子、小田切の四人にとって、二十年という歳月は長過ぎた。彼らを迎えに来る家族や知人は誰一人現れず、地上には居場所がなかった。結果として、救出されることは「解放」ではなく、むしろ「侵略」や「略奪」に近いものとなった。

 郁恵や里の予想通り、彼らにとって地下は、「平穏な生活の場」であり、「幸福」の形そのものだった。彼らにとっては、人工知能やロボットが社会の中心となっている二〇三〇年の地上は決して居心地の良い場所ではなかったのだ。

彼らはそのことを薄々気づいており、涼、郁恵、里を地上に出すために、自らを犠牲にしたのだ。


 一方、穂乃果にも残酷な運命が待っていた。救助された後も、彼女は義父の支配から逃れることはできず、再びその手に引き戻された。地下での生活は、穂乃果にとって初めて「安らぎ」を感じられた時間だった。
 

 四十五歳の小田切と二十一歳の穂乃果は実の親子だったのだが、地下での小田切は三十一歳だったため、年齢差がわずか八歳しかなく、お互いにそのことを知ることはなかった。ただ、小田切と共に過ごした時間だけが、穂乃果にとって人生で唯一の穏やかなひとときとなった。


 * * *


 技術の進化や文明の発展が、幸福をもたらすわけではない。
 

電気もガスもない環境で幸せを感じる人もいれば、最先端の技術に囲まれながらも孤独に苦しむ人もいる。

 幸福とは、千差万別だ。
 

他人の幸せは、勝手に定義してはいけない。


 完












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青木ヶ原樹海の地下に眠るもの @shizuku0302

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