向日葵大迷宮

秋犬

花言葉を知っていますか

 それは、よくある家族の光景だった。


『お父さんどこ?』

『きゃはは!』

『こっちこっち!』

『見つけた!』


 動画には、とある家族のひと夏の思い出が収められていた。姉妹と思われる幼い少女がふたり、向日葵ひまわりで作られた巨大迷宮を走り回っている。少女たちは白いTシャツに青のデニムスカート、お揃いのピンク色のポシェットを身に着けて、夏の家族旅行の一幕という感じの微笑ましい動画だった。


「めっちゃいい動画じゃないですか」

「動画だけなら、いいんだけどね」


 輝かしい向日葵が咲き乱れる動画の隣には、海外の無料素材サイトから切り抜いてきた白くて不気味な少女の姿が大きく画面に映し出されている。


「それで、これはどこに挿入するんですか?」

「そうだね……この辺、ここで一瞬女の子を追いかけるのにカメラがブレるだろう? その直前にチラリ、とさりげなく入れる」


 カチカチ、という音の後に不自然な白い少女が向日葵の中に埋め込まれた。


「それで……こんな感じで、こう」


 動画を最初から再生する。


『お父さんどこ?』

『きゃはは!』

『こっちこっち!』


 ここでカメラが大きく動き、先ほどの白い少女がこちらを見ているのが一瞬映る。


『見つけた!』


 映像には二人の少女が向日葵のようにキラキラした笑顔が収められ、おそらくカメラマンと思われる父親の声で動画は終わっている。


「それでは、もう一度」


 動画は再度スローで再生され、わざとらしく白い少女がクローズアップされて映し出される。少女の笑顔の後、動画がもう一度最初から再生される。


「お分かりいただけただろうか。幸せそうな少女たちを睨みつける、白い少女の影を……」


 そして画面には少女の顔が大きく映し出される。


「ここでこう、バーンと怖い効果音をだな」

「しっかし、悪趣味ですね」


 急に僕の家にやってきて「映像編集ソフトを貸せ」と言ってきた先輩が何をするかと思ったら、ただのフェイク動画作成だった。


「いいんだよ。これをテレビ局に送り付けるといい金になるかもしれないし」

「それはいいんですけど……このファミリー動画、どこで手に入れたんですか?」

「フリマアプリで中古のSDカードをまとめて買ったら、消し忘れてたらしい動画が入ってた」

「それ、ダメな奴なんじゃないですか?」

「消し忘れたほうが悪い。買った奴が持ち主だ」


 先輩はケラケラ笑っている。まったく不謹慎な人だ。


「他にもいくつかこの家族の動画が入っていたけど、そっちはもう少し手を入れて有料の素材か何かにできないかなって」

「ひどいこと考えますね、この子たちどこで何やってるんですか?」

「さあ。動画の撮影日は三年くらい前だし、普通に小学生やってるんじゃないか」


 他人事のように言う先輩に構わず、僕は例の映像が入っていたSDカードの中身を一応確認していく。


「あれ、これテキストファイルがくっついていますよ」

「何かのクレジット的な奴じゃないのか?」

「違いますね、えーと」


 テキストファイルを開くと、真っ白なメモ帳の画面に以下の文面が映し出された。


 ――このSDカードに映っている家族は、この旅行の帰りに事故で全員亡くなりました。SDカードを持っているのも遺族は辛いので手放そうと思います。しかし、私たちで動画を削除する勇気がありません。どうか中のファイルは見ないでそのままフォーマットして頂きたく存じます。勝手なお願いですみません。


「勝手にもほどがあるだろ……」


 絶句する先輩の脇で、僕は裏を取ろうと撮影日近辺のニュースを検索してみる。


「あった……夏休みの悲劇、高速道路で自動車8台玉突き事故。一家4人が死亡、14人が重軽傷を負う」

「やめろよ! ふざけんな、マジで鳥肌立ってるんだけど」

「やめろと言っても、ニュースは事実ですからね」


 さっそく先ほどのフェイク動画を出して、僕は丁寧に白い少女の痕跡を消した。


「だからこういう動画で悪ふざけしちゃダメですよ」


 不気味なフェイク動画は、ただのホームビデオに戻った。


「このSDカードは責任もってフォーマットしておきますからね」

「はいはい、わかったよ」

「だから訳の分からないフリマアプリのSDカードなんて買わないほうがいいんですよ」

「安ければいいんだよ、安ければ」


 まったく、嫌なものを見てしまった。僕はSDカードを即座にフォーマット処理して、PCの電源を落とす。「使いたかったらどうぞ」とSDカードを先輩に渡して、その日は終わったはずだった。


***


「そんなことがあったんだ、ふーん」

「本当に、嫌なものを見ちゃったって感じだよ」


 後日、僕は事の顛末を付き合っている彼女に愚痴った。彼女はストローでジュースをかき混ぜながらそっけなく返事をする。


「そっか、だから今日は何だか賑やかなんだ」

「何が?」


 思わせぶりな彼女の言葉に、僕はドキリとする。


「ねえ、向日葵の花言葉って知ってる?」

「いいや」

「あなたをずっと見ています、だよ」


 彼女がクスクス笑う。嫌な気分がして、僕は後ろを振り返る。もちろん、誰もいない。いてたまるか。


「後ろになんかいないよ」

「じゃあどこで見てるんだよ」

「知らないほうが、身のためだよ」


 彼女は呑気にストローでジュースを啜る。どこだ、どこにいるんだ!?


 ――だって、背中にくっついているんだもの。


<了>

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向日葵大迷宮 秋犬 @Anoni

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