第2話

一つ屋根の下に歴代恋人が全員集合というカオスな状況。それを整理するために結羽が「要するに」と言って鞄から手帳とペンを取り出した。


「榎本さんとは中学のいつ頃からいつまで?」


結羽が仕事人の目つきで尋ねてくる。


「ちゅ……中1の秋から中3の夏くらいまでだったかな……」


沙耶も「そうですね」と頷いて俺の発言が嘘でないことを肯定してくれる。


結羽は『中学生』とタイトル付けした矢羽を書いてそこに『▲沙耶と交際開始』『▲沙耶と交際終了』と書き加えた。


「プロジェクトのスケジュールじゃないんだから……」


「や、マイルストーンは大事だから」


俺のコメントに結羽はニヤリと笑って答えた。


「アオノリさんは?」


結羽が次に蒼乃莉に尋ねる。


「ソノリ! 私は……高校1年の秋から……いつだったかしら?」


「高3の3月」


蒼乃莉の回答を俺が補完する。


「うん。そうね。そのくらいよ」


蒼乃莉が苦笑いしながら頷いた。若い頃の話とはいえ、別れた時のことなんて思い出したくもないことではある。


結羽は高校生の矢羽を追加してまた蒼乃莉との交際の開始と終了時点を書き加えた。


「ふぅん……はいはい。で、私が……せんぱ――祥太朗が大学二年の冬から四年の秋くらいまで、だね」


完成した俺の女性遍歴図を三人が覗き込む。


「被ってる期間は無し。別れたあともしっかり期間が開いている。完璧じゃない?」


蒼乃莉が微笑みながら2人に尋ねる。


「そうですね。安心しました」


「ふぅん……案外しっかりしてるんだね」


沙耶と結羽も笑いながら俺を見てくる。なんで別れた後に3人からの評価が上がっているんだ。


それに、ちょっと3人で仲良くなってきてないか!? もうちょっと修羅場っぽくなると思ってたんだが、皆いい歳なのでそこまで幼稚なことはしないらしい。


「へ、変なことはしてないからな……で、何しに来たんだよ? そもそもなんで俺の家を知ってたんだって話もあるけど……」


「目的はお祝い。住所は大学の知り合いの伝手」


結羽が真っ先にそう言った。


「私も目的は同じよ。住所は……まぁプロの人に」


蒼乃莉が誤魔化すと結羽が目を細める。


「プロ? 探偵を雇ったってこと?」


「まっ……まぁ何でもいいでしょ!? それよりも榎本さんはどうやって調べたのよ? 別れてから結構経ってるじゃない」


形勢の悪くなってきた蒼乃莉が無理矢理沙耶に話を振った。


「わっ、私は……祥太朗の両親に教えてもらいました……」


「「……ん? 両親?」」


蒼乃莉と結羽がシンクロする。


「わっ、私と祥太朗、幼馴染なので……」


結羽は即座に俺の女性遍歴図に『生誕〜小学生』という矢羽を足して「いつから?」と尋ねた。


「よっ、幼稚園が同じだったんです」


「へぇ……幼馴染と中学生で付き合って、別れちゃったんだ?」


結羽が何やらドラマの匂いを嗅ぎつける。そんなに良いものじゃないぞ、と言うと沙耶にも悪い気がしたので苦笑いでごまかす。


「あ、そういえば二人は何の仕事をしてるの?」


結羽は矢継ぎ早に質問を投げかける。学生時代から頭脳明晰、成績優秀で知らないことはすぐに調べる人だったことを思い出す。


「私? ニートよ」


蒼乃莉はあっけらかんとして答える。


「ニートって……Not in Education, Employment, or Trainingの略称のあのニート? や、本物は初めて見た」


結羽が流暢な英語を織り交ぜながら尋ねる。


「人を珍獣みたいに言わないでくれる!?」


「蒼乃莉は実家がでかい会社を経営してるから……まぁ……そういうこと」


俺は早々に蒼乃莉がいい年して不安を持たずにニートを続けていられる理由を打ち明ける。


「ふぅん……なるほどね」


結羽はメモ帳に『アオノリ→ニート』と書き加えた。


「榎本さんは?」


「わっ、私は……うーん……詳細は言えないんですけどぉ……まぁ……一応WEB系のベンチャー……的な?」


沙耶が透き通った声でそう言った。実際、俺も沙耶が今何をしているのかはまったく知らない。


「ふぅん……」


結羽はメモ帳に『モトサヤ→ニート?』と書き加えた。この人、容赦ないな。


「人のことばかり聞くけど自分は何をしてるのよ?」


蒼乃莉が尋ねる。


「コンサル」


「どこの?」


「ボスコ・コンサルティング」


その名前を聞いた瞬間、蒼乃莉が目を丸くする。


「すごいエリートじゃない……」


「ま、ニートのアオノリに比べればね」


「はぁ!?」


結羽は蒼乃莉の扱い方を心得てきたようでニヤリと笑ってイジり、それに蒼乃莉が反応する。


「こ、コンサルって何をするんですかぁ……?」


「ん。ただの高給な人材派遣だよ。会社の偉い人の手足になって色々やってるだけだから」


「けど……結羽の働いているところは別格よ。うちの会社も何回か使ったらしいけど、皆切れ者で粒ぞろいって話だったし」


「ニートのくせに」


結羽は相手がクライアントのご令嬢と分かっても一切媚びる様子を見せない。


「私は良いでしょ!?」


蒼乃莉との過去の話にも繋がりかねないので、結羽にはそろそろ自重を促したいところ。


「ま……まぁそれぞれの自己紹介もそこそこにして……え? こ、ここからどうするんだ? ピザでも頼むか? 1枚のピザを皆で分け合って仲良くなって今日は解散かな!?」


「や、せっかくだしご飯作ってあげるよ」


「私も。ニートだけど自炊はしてるし」


「わっ、私も頑張ります……!」


三人が目に炎を燃やしながら立ち上がる。


こいつら、いつまでうちにいるつもりなんだよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

元カノと元々カノと元々々カノが誕生日に俺の家に来て延々と修羅場ってる 剃り残し@コミカライズ連載開始 @nuttai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画