彩美家の双子姉妹

 今度は彩美家あやみ けの双子姉妹の元へ。

 きっと、夕食を済ませ、二人で仲良く遊んでいる頃だろう。

 双子姉妹の部屋の前に立ち、障子越しに声をかける。


小春こはる小鈴こすず。入っても良いですか?」

 畳を歩く小さな足音が近づいてくると、勢い良く障子が開いた。

 そして、お揃いの髪飾りをした二人の女の子が姿を現す。


色歌いろかさん」「色歌いろかさん!」


  落ち着いた声と、明るく元気な声が重なった。

「二人に話したいことがあるので、一旦座りましょうか」

 色歌いろかの言葉に頷いた二人は、すぐに姿勢を正して座った。

 向き合うようにして、色歌いろかも腰を下ろす。

 どこか緊張した表情で座る彩美家あやみ けの双子姉妹は、まだ十歳の侍女見習いだ。

 宮殿に住みながら、立派な侍女になる為の勉強を続けて来た。

 その努力の成果を発揮する日が、ようやく二人に訪れる。

小春こはる小鈴こすず

「「はい」」


「明日から二人には、姉さんの主たる侍女になってもらいます」


 ついに告げられた侍女への昇格。

 驚きと困惑が入り混じる表情で、二人は本音を吐露する。

「明日からですか……?」

「き、緊張します」

 不安の色が滲む瞳が、色歌いろかを見つめている。


「明日の朝、侍女昇格の挨拶に行くので、自己紹介の練習をしておきましょう。私が珠景姫みかげひめだと思って、改めて自己紹介してみてください」


 小春こはる小鈴こすずの順に色歌いろかは視線を動かす。

 それぞれが小さく頷いた事を確認した色歌いろかは、珠景姫みかげひめを意識して姿勢を正す。

「良いですか? では、始めます」

 色歌いろかは口を閉ざし、手で二人に合図を送る。

 すると、小春こはるが先に声を出した。


「姉の彩美小春あやみ こはると申します。よろしくお願いします」

 小春こはるは編み込んだ茶髪を一つ結びにしていて、肩の前に流している。

 茜色の着物に、丈の短い緑の袴風スカートを合わせ、黒のタイツを履いている。

 綺麗な顔立ちと、落ち着いた表情は大人っぽい印象を与えてくれるが、まだ十歳の子供だ。大人になる頃には、珠景姫みかげひめのように容姿端麗な美しい女性になるだろう。

 小春こはるが一礼したのを確認して、小鈴こすずも口を開いた。


彩美小鈴あやみ こすず、十歳です。よろしくお願いします!」

 頭を下げたことで、三つ編みにした茶髪のおさげが揺れた。

 小春こはると同様に丈の短い袴スカートを着ているが、タイツではなく黒のハイソックスを履いている。小春こはると真逆で、緑の着物に茜色の袴風スカートという着合わせだ。

 大人っぽい小春こはるとは対照的に、小鈴こすずは幼い顔立ちをしている。

 お揃いの椿の髪飾りを付ける姿も魅力的で可愛らしい。

 自己紹介を終えた二人を見て、色歌いろかは微笑む。


「良い感じですね。では、明日からよろしくお願いします」

 部屋を去ろうとする色歌いろかに、小春こはる小鈴こすずは慌てて駆け寄った。

 そして、今にも泣きそうな表情で訴えかける。

「あの、色歌いろかさん。本当に明日からですか?」

「無理ですよ! 絶対怒られます」

「まだ……私達には……」

「……二人じゃ、出来ないですよ……」

 不安な思いを吐露する二人は、言葉の途中で泣き出してしまった。

 静かに泣く小春こはると、声を出して泣く小鈴こすず

 小さな二人を抱きしめて、優しい声で告げる。


「大丈夫です。私も一緒ですから」

 腕の中から安堵の吐息が聞こえた。

 小春こはる小鈴こすずの背中をさすりながら、今度は元気に声をかける。

「三人で成長していこっ!」

 普段意識している丁寧な話し方ではなく、本来の素直な喋り方で伝えた想い。

 二人の心に少しでも届いて欲しくて、色歌いろかは強く抱きしめる。


 珠景姫みかげひめの為に押し進めた配置転換。

 侍女達にとって人生の岐路になる事を、私は見落としていたのかもしれない。

 大切な人を思い過ぎて、大切な事に気づけなかった。

 進んでしまった以上、後戻りは出来ない。

 改革を企てた者として、背負うべき責任を果たそう。

 それが今の色歌いろかに出来る唯一の償いだから。

 二人の心が落ち着くまで、色歌いろかは双子姉妹の背中をさすり続けた。

 ごめんね。と囁きながら。




 桜色に染まる世界を太陽が明るく照らし出す。

 侍女昇格の日を迎えた宮殿は、朝の静けさに包まれていた。

 双子姉妹を連れて、色歌いろか珠景姫みかげひめの部屋へと向かう。

「おはようございます。色歌いろかです。入ってもよろしいでしょうか?」

「どうぞ」

「失礼します」

 姫と侍女の立場で会話する姿を見て、小春こはる小鈴こすずの表情にも緊張が走る。

 部屋の中に入ると、身なりを整えた珠景姫みかげひめが凛々しい表情で座っていた。

 一歩前に出て色歌いろかが正座すると、後ろで双子姉妹も同じように座った。


「今日から正式に、この二人が侍女としてお仕えする事になりましたので、何なりとお申し付けください」


 珠景姫みかげひめに一礼した色歌いろかは、場所を入れ替えるように双子姉妹の後ろへと移動する。

 そして、少し前に出た二人の小さな背中を見つめる。

「姉の彩美小春あやみ こはると申します。よろしくお願いします」

彩美小鈴あやみ こすず、十歳です。よ、よろしくお願いします!」

 昨日の練習通り、二人は改めて自己紹介を済ませた。それぞれが一礼した後、今度は珠景姫みかげひめが口を開く。


神島 珠景姫かみしま みかげひめです。姫として生きる上で、二人の力を借りる瞬間が今後多々あると思います。まだまだ未熟な姫ですが、どうぞよろしくお願いします」


 珠景姫みかげひめが深々と頭を下げると、小春こはる小鈴こすずも慌てて頭を下げた。

「それと」

「「……?」」

 次の言葉を待つ二人に、珠景姫みかげひめは優しく微笑んで告げる。

「堅苦しい関係は嫌だからさ、一緒に遊んだり、ご飯を食べたりするような近しい関係を築いていこう」

 珠景姫みかげひめの提案に、二人は顔を見合わせてから、ホッとしたように笑みを浮かべた。

「「はい!」」

「私も仲間に入れて欲しいんですけど……」

 色歌いろかは寂しそうな声を作って、三人の方へ手を伸ばす。

 緊張感の無い色歌いろかの行動に、珠景姫みかげひめもふふっと笑った。

 和やかな空気が部屋に広がっていく。

 いつになく穏やかな表情の珠景姫みかげひめを見て、色歌いろかは安堵の笑みを浮かべた。 

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2025年1月8日 08:00
2025年1月12日 08:00

珠景色の春風鈴 美珠夏/misyuka @misyuka817

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