侍屋敷家の姉妹

 色歌いろかはとにかく行動が早い。

 夕食を堪能した後、色歌いろか侍屋敷家さむらいやしき けの姉妹が居る部屋を訪ねた。


「どうも、色歌いろかちゃんです」

「何か用?」

 最初に反応してくれたのは、姉の風瑚ふうこだった。

 気の強そうな顔立ちの彼女は、二十一歳の最年長侍女だ。

 艶のある黒髪を一つ結びにしていて、目立たない程度に化粧もしている。大人の雰囲気を纏う姿には、珠景姫みかげひめとは違う美しさがある。


「今日はお話があって来ました」

「それ、絶対に聞かないといけないやつ? 私、暇じゃないんだけど」

 深く息を吐いた後、風瑚ふうこ色歌いろかに目を向ける。

 鋭い眼光に貫かれそうになったので、心だけ華麗に避けておいた。


「もー、色ちゃんが困ってるでしょ」

 空気を和ませるように、妹の舞風まいかぜが穏やかな声で告げる。

 風瑚ふうことは対照的に、舞風まいかぜはおっとりとした雰囲気の女性だ。

 くせっ毛の黒髪をふわりと束ねる姿は、大人っぽいのにどこか可愛らしい。

 この二人が侍屋敷家さむらいやしき けの姉妹であり、特例で働く姫より年上の侍女だ。

 どちらも既に結婚していて、日中のみ宮殿で働いている。


「それで、それで! お話って何?」

 舞風まいかぜは柔和な笑みを浮かべると、色歌いろかの方に身体を向けてくれた。

 聞く姿勢を取る舞風まいかぜを見て、風瑚ふうこはため息をつく。

 色歌いろかは二人の前に姿勢を正して座り、早速本題を切り出す。


「侍女の配置転換をしようと思います」


「配置転換? 何言ってんの?」

「こらこら、最後まで聞く。ごめんね、続けてちょうだい」

 怖い顔をする風瑚ふうこに注意した後、舞風まいかぜ色歌いろかに優しく声をかけた。

 色歌いろかは小さく頷き、説明を始める。


風瑚ふうこさんと舞風まいかぜさんが、姉さん…… 珠景姫みかげひめの身の回りの世話をする事になったのは、本来その役割を担う私や双子姉妹が幼かったからだと思います。面倒を見る役割が必要なのは、一人で何も出来ない頃だけですし、今はもう必要ありません」


「じゃあ、もう私達は用済みか?」

「風ちゃん」

 舞風まいかぜに名前を呼ばれ、風瑚ふうこは渋々口を閉ざした。


「姫の成長に合わせて、侍女も成長していかなければなりません。ですので、今後は彩美家あやみ けの双子姉妹に主たる侍女の役割を担ってもらいたいと考えています。教育係は私が努めますので、お二人の負担は増やしません」


 一拍置いて、色歌いろかは続ける。

「気になるのは、お二人の今後についてですよね?」

 風瑚ふうこは目で頷き、舞風まいかぜは表情を変えずに色歌いろかの言葉を待つ。


「お二人には、宮殿の仕事に専念して頂こうと思います」

 色歌いろかの声が畳に向かって落ちていく。

 重たい静寂に包まれるなか、舞風まいかぜが口を開いた。

「ねぇ、色ちゃん。配置転換をしようと思った理由って、聞いても良いかな?」

 舞風まいかぜの問いに、色歌いろかは黙って頷く。

 そして、理由を一つずつ声に出していった。


 本来の役目では無い侍女として、年下の姫に仕えるのは辛そうに見えたこと。

 双子姉妹を侍女として育てる必要があること。

 珠景姫みかげひめが二人に対して申し訳なさを感じていて、侍女制度の廃止を訴えていたこと。


「侍女制度廃止の代替案として考えたのが、配置転換です」

 説明を終えた色歌いろかは、舞風まいかぜに目を向ける。

 すると、舞風まいかぜは笑みを浮かべながら、風瑚ふうこの肩を叩いた。

「だってよ、風ちゃん。態度に出てたんだね」

 視線を逸らしたまま、風瑚ふうこは淡々と言葉を並べる。

「勝手にすれば。私はただ働くだけ」

「『好きなようにやって良いよ。私は与えられた仕事をするから』」

 風瑚ふうこの言葉をなぞるように、舞風まいかぜは優しい声で言い換えてくれた。

 困った表情でため息をついた風瑚ふうこは、静かに立ち上がる。

「……あとは二人で決めて。私は帰るから」

 その言葉を残して、風瑚ふうこは部屋を出て行った。


 再び静寂に包まれた部屋から顔を出し、舞風まいかぜは宮殿内を見渡す。

 風瑚ふうこの姿が見えなくなった事を確認すると、ふふっと笑いだした。

 楽しそうに揺れる声が、強ばった色歌いろかの表情を解していく。

「怖いお姉ちゃんだよねぇ」

「怖すぎです。今日は特に緊張しましたよ」

「よく頑張りました」

 舞風まいかぜは優しく色歌いろかの頭を撫でてくれた。

 誰かに褒めて貰えるのは久々で、少しだけ気恥ずかしい。


舞風まいかぜさんが居なかったら、そもそも話を聞いてもらえなかったと思います」

「私が居なかったらどうしてたの?」

「とりあえず泣き喚きますね。風瑚ふうこさんが相手じゃ、それくらいしか出来ないですよ」

「風ちゃんが姫だったら、侍女の私達はどうなっていた事でしょう」

「考えるだけでも恐ろしいですね。私だけ食事を禁じられた世界と同じくらい辛いです」

「大袈裟だなぁ」

「食べる事が趣味なので」

「その割には太らないよね。まだ若いから?」

「あまり気にしていませんでしたけど……確かに将来不安ですね」

 年々、一回に食べる量とおやつの頻度は増加傾向にある。

 太らないと油断していたら、膨よかな見た目を手に入れてしまうかもしれない。

「でも、食べますよ。美味しい物を見逃していたら、人生損しますから」

「うん。その方が色ちゃんらしい」

 笑顔で頷いた後、舞風まいかぜはどこか申し訳なさそうに手を合わせる。

「もっとお話したいけど、私もそろそろ帰らなきゃ。ごめんね」

「すみません。突然来たのに、話を聞いてもらって」

「良いの良いの。また時間ある時にゆっくり話そう」

「楽しみにしています」

「うん。またね」

 小さく手を振って、舞風まいかぜも部屋を出て行った。

 色歌いろかも同じように手を振りかえす。


「あ、配置転換の件、私も良いと思うよ!」

 すぐに戻って来た舞風まいかぜは、その言葉を残すと再び行ってしまった。

 色歌いろかも部屋を出て、次の場所へと向かう。

 今度は彩美家あやみ けの双子姉妹だ。

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