BLUECHIP-GENESIS-

なか

Mint.1「ジェネシス」

「……本日正午のニュースです。帝国特殊部隊が逃亡中のを追跡中――」


 古びたラジオの音が漏れ聞こえてくる。ノイズ混じりの声が、耳の奥にざわざわと不安を残す。


 目を開けると、ひび割れた天井が視界に入った。潮風の湿った香りが鼻をつき、肌には汗ばむような熱気がまとわりついている。覚醒したばかりの体は、まるで石膏で固められたように重く、腕を持ち上げるだけでも苦労した。


「……っ!」


 意識がはっきりするよりも早く、胸元に手を伸ばした。指先が首元に触れ、硬く冷たい感触を見つけると、ホッとしたように息を吐く。細いケーブルのような金属製の紐にぶら下がるペンダント。表面は滑らかで冷たいが、微かに光を放つ線がその内部を走っている。それを指先で確かめながら、心の中で「……よかった……」と安堵する。


 視界の端で揺れる自分の髪に気づく。それは黒髪の中に青が不規則に混じった色合いで、肩に触れるほどの長さがあった。汗で額に張り付き、いくつかの束が顔を隠すように垂れている。


「ここは……どこ……?」

 かすれた声が漏れる。その声には微かに高い音が混じり、幼さと少女らしさが入り混じっていた。


 その時、扉が軋む音がした。視線を向けると、鋭い緑の瞳を持つ男が立っていた。彼の髪は短く刈り込まれ、赤いラインが入っている。鋼のように硬そうな義手が、筋肉質の腕に繋がれており、配線の青い光がぼんやりと点滅している。


「おっ、目が覚めたか。」


 低い声が部屋に響く。その声はざらついているが、どこか包み込むような温かさがあった。


「……誰?」


「オークだ。お前を拾ったやつだよ。」

 男は笑みを浮かべ、部屋の片隅に置かれた椅子を引き寄せて腰を下ろす。慣れた手つきで水差しを取り出し、差し出された水は少し濁っているが、乾いた喉にはまさに救いだった。


「あ、ありがと……。」

 彼女は震える手でそれを受け取り、口に運びゆっくりと飲み干す。


「拾った……? どういうこと?」

「海で漂流してたんだよ。もう少し遅れてたら、鮫のエサになってたかもな。ガハハ!」

「――ここは……どこなの?」

「人工島エリシオン。帝国が放り出した廃工場を俺たちが使ってる。なかなか味のある場所だろ?……まあ、住むにはアレだけどな。」


 窓の隙間から潮風が吹き込む。その風は湿っぽく、肌にまとわりつくような不快感がある。どこか遠くで波がぶつかる音がして、金属が軋むような響きが耳に届く。


「……何でこんなところに?」

「昔は海洋資源を掘るための基地だったらしいが、今じゃ役立たずさ。けど、みたいなのにはちょうどいい――捨てられたもん同士、な。」

 オークは椅子に深く座り直し、ラジオのボリュームを少し絞った。


「……俺たち?」

 アオイが戸惑いながら問い返すと、オークは微笑みを浮かべながら頷いた。


「ああ、帝国のやり方に反発して、この島に集まった奴らのことさ。リベリアって組織で、自由を取り戻すために帝国に抵抗してる。まあ、反乱軍ってやつだな。」

 彼は豪快に笑いながら続けた。


「帝国にゃ『テロリスト』なんて呼ばれてるが、こっちとしてはただ自分たちが生きる場所を守りたいだけだ。」


 アオイはその言葉にしばし黙ったまま考え込んだ。


「……僕も、その一員になれるのかな。」

 かすれた声でそう呟くと、オークは目を細めて笑った。


「なれるさ。まぁ、俺たちのやり方が合わないなら、無理に居座る必要はねぇ。」


 アオイは手の中のペンダントをそっと握りしめる。

「僕は……」

 言葉に詰まる。


「言葉が出ない時はそれでいい。見つけたら教えてくれりゃーな。」


「……うん。」


 オークは立ち上がり、部屋の出口に向かいながら振り返る。

「よし、決まり! お前も『』だ。少なくとも、ここじゃな。」


 豪快な笑い声を残して去っていくオーク。残された彼女は「家族」という言葉の意味を反芻していた。彼女には、その言葉がどうしても理解できなかった。




 人工島の地下は、朝日が差し込む地上とは無縁の空間だった。薄暗い廃工場の一角には、鉄骨がむき出しになったトレーニングエリアが広がっている。コンクリートの床には無数の亀裂が走り、かすかに湿気を帯びた空気が漂う。


「――『鋳造ミント』!」


 鋭い掛け声が響くと同時に、腕に装着したデバイスが青白い光を放つ。光の中から剣や槍、盾といった武器が次々と形を成し、訓練に参加している兵士たちの手元に収まっていく。


「いいか、エネルギーの流れを感じて、形をしっかり固定するんだ!」


「盾の鋳造ミントが遅い!エネルギーの制御を見直せ!防御のタイミングは一瞬の差で生死を分ける。もう一度!」


 指導役の兵士が指示を飛ばす。額には汗が滲み、細かい動きを見逃すまいと鋭く目が光る。だが、緊張感に包まれたその場に、一人だけ場違いな存在がいた。


 アオイだけが、少し離れた場所からトレーニングの様子をじっと見つめていた。彼女の手は、腕に装着されたデバイスを掴むように握りしめている。


「おい、アオイ。いつまで見てるだけなんだ?」

「……いや、僕はいいよ。普通の武器で十分だから。」


 周囲の兵士たちがデバイスから生成された槍や剣を振り回す音が、耳に痛いほど響く。


「十分? 本気で言ってんのか? 通常武器でに勝てるはずないだろ!」

 指導役が顔をしかめると、周囲の視線も自然とアオイに集まった。


 ――創世ジェネシス帝国。人類の復興を掲げて成立した超国家連合だったが、いつしかその理念は形骸化し、絶対的な支配を誇る暴政の象徴へと変わり果てていた。


「別に勝とうっていうか……それでいいんだ。」


「はぁーーーっ……『守れれば』だと? そんな甘いこと言ってっとすぐに殺されるぞ? いいか、「鋳造武器ミントギアってのは、ただの武器じゃない。こいつはお前のあらゆる情報と完全に同期して具現化する。つまり、他のどんな武器にも真似できない『お前専用』の性能を発揮するんだよ。」


「……でも、僕には必要ないよ。普通の武器のほうが安心するんだ。」

 アオイの声はか細く、波音にかき消されそうだった。


「……せめて、理由くらい言えよ。俺達リベリアは、だろ?」

 その問いに、アオイは視線を逸らし、唇を噛みしめた。


「……家族にも、話せない事くらい――」


 兵士は大きく息を吐くと、言葉を飲み込むように一歩下がった。しかし、その代わりに同年代の兵士たちが口を挟んだ。


「おーい、またかよ。アオイってさ、鋳造やらないんじゃなくて、んだろ?」


「怖いんだろ? 自分の無能さがバレるのが。」

 軽口混じりの言葉がアオイの胸を刺した。カイだ。


 短い金髪に鋭い青い瞳を持ち、いつも自信満々な表情を浮かべている。鋳造技術を誰よりも器用に使いこなし、その腕前に裏打ちされた態度が目立つ存在。その自信は時にとげのある言葉となり、アオイに向けられることも多かった。


「やめてよ……」

 アオイは小声で言ったが、カイたちは笑いながらさらに詰め寄る。


「じゃあやってみせろよ。ほら、今ここで鋳造してみろ!」


「……」

 アオイの沈黙が続くと、笑い声は嘲笑へと変わった。


「結局できねぇんだろ。お前、本当に戦う気あンのかよ?」


 その時、鋭い声が空気を切り裂いた。


「やめろ。それ以上言うな。」

 オークの低い声が響き、場の空気が一変した。彼はゆっくりと歩み寄り、その鋭い緑の目でカイたちを一瞥する。


「お前ら、ここが戦闘訓練をする場所だって忘れてんのか?」

 兵士たちは息を飲み、目を逸らす。


「仲間を嘲る余裕があるなら、自分の訓練に集中しろ。お前らに足りないのは、力じゃなくて連携だ。」

「すいません……隊長。」


「……アオイ、気にすんな。行くぞ。」

 オークはアオイに向き直り、その場に立ち尽くす彼をしばらく見つめた。


「ごめん……」

 アオイは顔を伏せたまま小さく呟いた。


 オークは腕を組み、軽く鼻で笑った。

「おいおい、謝る必要なんてねぇだろ。」


 しかし次の瞬間、彼の目が鋭く光る。

「だけどよ、さっき『守れればいい』なんて言ったよな?」


 アオイは驚いて顔を上げた。


「その考えが間違ってるとは言わねぇ。でもな……戦場じゃ『守る』だけじゃ足りねぇんだよ。」

 オークは一歩近づき、声を低くした。

「敵を倒さなきゃ守れねぇ時もある。お前がためらった一瞬が、誰かを死なせることになる。それが現実だ。」


「……でも、それって……」

「甘い考えを捨てろとは言わねぇ。けど、その甘さが命取りになる場所があるってことは、忘れんな。」

 オークの声にはいつもの豪快さはなく、真剣な響きが込められていた。


「俺たち反乱軍リベリアは、ただ戦うためにいるわけじゃねぇ。この世界を変えるために戦ってんだ。守りたいって気持ちだけじゃ足りねぇんだよ。」


 オークはそのままアオイの肩に手を置いた。

「『守れればいい』じゃなく、どうすりゃ『守りきれる』かを考えるんだ。」


 アオイはぎこちなく頷きながら、小さな声で言った。

「僕……少しだけ時間、ほしいかも」


 オークはその言葉を聞き、わずかに表情を緩めた。

「もちろんだ。気持ちの整理がついたら、アイツらと直接話せよ?」


 そう言うと、オークはアオイの肩を軽く叩き、背を向けた。廃工場には彼の重いブーツの音だけが響き、遠くからは波の音がかすかに聞こえていた。




 夜の地下拠点は静寂に包まれ、冷たく湿った空気が肌にまとわりつく。裸電球が放つわずかな明かりが、トレーニングルームの錆びた壁や床に揺れる影を落としている。


 アオイは片隅に立ち、剣を握りしめていた。破れた血豆が散らばる手は赤黒く腫れ、柄を握るたびに鈍い痛みが走る。額から滴る汗が目に入り、視界を滲ませる中、振り下ろす剣が風を切る音だけが響いた。


 ふと、扉の外から仲間たちの話し声が漏れ聞こえてきた。


「なあ、聞いたか?またこの近くで帝国の偵察機ドローンを見たらしいぞ。」

「本当かよ?この辺りは何もない廃墟だろ。何を探しに来たんだよ。」

「知らねぇよ。けどな、リーダーたちも妙に警戒してるらしい。帝国が本格的に動いてるんじゃないかってさ。」

「おいおい、もし特殊部隊アイツらが来たら、俺たちじゃ歯が立たねぇぞ。」


 その言葉に、アオイは無意識に剣を握る手に力を込めた。耳を澄ますと、続く話がさらに気に障った。


「僕……どうすれば――」

 アオイは息を切らしながら呟いた。


 昼間に、仲間たちから浴びせられた嘲笑の声が頭の中で蘇る。

「通常武器で戦おうなんて、夢見てんじゃねぇよ。」

鋳造ミントできねぇくせに、何が守れればだよ!」


 剣を握る手が震える。顔を上げると、曇った視界に涙が滲んでいた。アオイはすぐにそれを袖で拭い、再び剣を構えた。


 その時、重い鉄の扉がきしむ音が静寂を破る。振り返ると、金属製のブーツがコンクリートを叩く足音が近づいてくる。


「おう、アオイ。 今日も特訓か?」

 豪快な声が部屋に響いた。アオイの汗だくの姿を見据え、笑みを浮かべている。厚手のコートがその堂々とした体格を際立たせていた。


「ほら、飲め。」

 オークは持っていた水のボトルを軽く放り投げた。


「……ありがとう。」

 アオイは剣を脇に置き、水を受け取ると一息に飲み干した。冷たい水が喉を潤し、熱を帯びた体に染み渡る。


「毎日、頑張ってんな。」

「僕……普通の武器でも、みんなをって証明したいんだ。」


 アオイは小さな声で答えた。言葉を口にするたびに、自分自身に言い聞かせるようだった。


「守れる、か。鋳造武器ミントギアを使えばもっと楽になるのに、なんで頑なに使わない。」

 オークは軽く笑いながら問いかけたが、その目は鋭かった。


「……まだ、言いたくないかも。普通じゃないから。」

 アオイは答えを探すように呟いた。


「そうか、ならいいんだ。家族でも秘密の一つや二つあるさ。俺も何隠してるか分からねぇぞ。」

 オークはニヤリと笑い、軽く肩をすくめた。


 アオイはその言葉に少し顔を上げたが、またすぐに目を伏せた。

「でも……僕が普通じゃないって知られたら……みんな、僕を遠ざけるよ。」


 オークは笑みを引っ込め、真剣な顔で言った。

「アオイ、俺にとって家族ってのは、互いの弱さを受け入れるもんだ。血の繋がりなんて関係ない。信じることが家族を作るんだよ。」


 アオイの手が震え、声がか細く途切れがちに続けた。

「……まだ、分からないかな。」


 オークは肩をすくめたが、その声は温かかった。

「それでもいいさ。だがな、一つ覚えておけ。家族ってのは、お前が立ち上がれねぇ時に、もんだ。そして――いつかお前も、と思う時が来る。それが家族ってもんだ。」


「……オーク、僕、実は――」

 アオイが何かを答えようと口を開きかけた瞬間、廊下全体を揺るがすような轟音が響いた。壁が震え、天井の電球が揺れる。


「……今の音、何……?」

 アオイが驚いた顔でオークを見た。


 オークは立ち上がり、扉の方を睨んだ。

「察しはつく……きっとだ。」


「奴らって……!」

 アオイが声を上げると、オークは振り返らずに言い放つ。

「お前は隠れてろ。なーにこれが初めてじゃねェ、すぐにカタがつくさ!」


 オークは迷いなく扉を開けて廊下へと消えた。廃工場に残るのは、アオイの震える手と遠ざかる足音だけだった。




 夜空に浮かぶ月が薄い雲に覆われ、廃墟と化した人工島の大地はほの暗い陰影を落としている。遠くからは爆撃の音と叫び声が混じり、空気を震わせていた。鉄と煙の匂いが鼻を突き、火薬が焦げる刺激的な香りが漂ってくる。


 アオイはオークの後を追って外へ出た。冷たい夜風が汗ばんだ肌をなぶり、剣を握る手のひらにこびりついた血と砂が不快な感触を残す。遠くでオークが敵兵を次々に薙ぎ倒している姿が見える。


「やっぱり、帝国ジェネシス兵だ……!」

 アオイは息を呑んだ。暗闇の中、白い装甲に身を包んだ兵士たちが整然と進軍しているのが見えた。


反乱軍リベリアを根絶やしにしろ!」

 隊列の中心で指揮を執る帝国の指揮官が叫ぶ。


 帝国軍は、各地で反乱を鎮圧していた。圧倒的な物量と統率力で、どんな抵抗も容赦なく踏みにじる。彼らの目標はただ一つ──反乱分子を完全に排除し、帝国の支配体制を絶対的なものとすることだった。


「……僕は、このまま逃げ続けていいのか……?」

 アオイは小声で呟きながら、剣を握る手に力を込めた。しかし、その手は震え、瓦礫の影に隠れる足はすくんだままだった。


 その時、近くでカイの叫びが響いた。

「……来いよ! 返り討ちしてやる!」

 彼の声は力強いが、振り上げた剣は血で滑り、瓦礫の上でかろうじて体を支えている。


 アオイは瓦礫の陰からカイの姿を見つめていた。汗ばんだ手が滑りそうになり、心臓の鼓動が耳元で大きく響いた。


 (僕には無理だ……怖い、怖いよ……。)


 その瞬間、頭の中でオークの声がよみがえる。

「一つ覚えておけ。家族ってのは、お前が立ち上がれねぇ時に代わりに立つ奴らだ。そして――いつかお前も、立ち上がりたいと思う時が来る。それが家族ってもんだ。」


 アオイは思わず息を呑んだ。瓦礫の向こうでは、カイがよろめきながらも剣を振るい、帝国兵たちに向かって必死に立ち向かっている。


「全員殺せ!」

 帝国兵の声が鋭く夜空に響く。その言葉がアオイの胸を刺し、耳元でカイの息遣いが苦しげに聞こえてくるような気がした。


「俺は……を見捨てて逃げやしねェ!何度でも、立ち上がってやる!」


 しかし、カイがついに瓦礫に崩れ落ちる。目の前で剣を構えた帝国兵が、冷たく笑いながら剣を振り上げた。

「くだらねぇ家族ごっこは終わりにしてやるよ!」


「やめろぉっ!」 

 その瞬間、アオイは迷わず駆け出していた。剣を捨て、近くの盾を掴むと全力で投げ出された体を叩き込むようにして敵兵の攻撃を受け止めた。


「アオイ……お前……!」

 カイの声が震える。


「僕は……僕も家族なんだ。ここで逃げたら……!」

 アオイの声は震えていたが、足を前に踏み出し、盾を構える手がカイを守るように覆った。


「ここで逃げたら……僕は二度と、自分を許せない!」

 震えた声の中に、かすかに滲む決意。その言葉が、敵兵たちの嘲笑をかき消した。


 ガンッ!

 金属同士が激しくぶつかり合い、衝撃が全身を貫く。盾越しに感じる剣の圧力に、アオイの腕が痺れた。


「囲め!反乱軍は全員殺せ!」

 指揮官と思しき敵兵が声を上げる。増援が次々と押し寄せ、二人は完全に包囲されてしまった。アオイの額から汗が流れ、盾を握る手がじっとりと湿る。カイが呟く。


「くそっ……これじゃあ、どうしようもない……!」


「ここまでか……!」

 アオイは反射的に口にし、盾を高く構えた。手の震えが止まらず、心臓の鼓動が耳をつんざくように響いている。


 敵兵たちが一斉に武器を振り上げる。その刹那、夜空に低く冷たい声が響いた。


「待て。」


 静寂が訪れる。全ての敵兵が一瞬で動きを止め、その視線が声の主に向けられた。月明かりの下、黒い装甲に身を包んだ少年がゆっくりと現れる。明るい茶色の短髪が揺れ、その金色がかった瞳がアオイを捕らえる。


「へぇ……逃げるかと思ったが。いい度胸してんじゃねぇか、A01エーゼロイチ。」


 リュウガは淡々とした口調でそう言いながら、軽く肩をすくめる。だが、その目は笑っていなかった。カイが尋ねる。


「お前、何者だ……?」


「――そいつのさ。 大家族の兄妹だよ。」

だって……?」


「……リュウガ……それ以上は!」

 アオイの声が震えた。盾を構える手が微かに揺れるのを見て、リュウガは口元を歪めた。


「『パパ』はお前を回収しろってさ。優しすぎるよなぁ。ま、トラブったって嘘ついて殺すんだけど。 で、本題――」


「お前の――渡してもらうぜ。」

 アオイがネックレスに触れると、リュウガは鼻で笑う。


「『鋳造ミント』!」

 リュウガの鋭い声が夜の静寂を切り裂いた。胸のチップが青白い光を強く放ち、光の波が彼の両脚へと流れ込む。次の瞬間、筋肉が隆起し、脚部が異様な形状に変わり始めた。


「な、なんだ……?」

 背後のカイが、目の前の光景に呆然とした声を漏らす。


 リュウガの足先から鋭い爪が伸び、関節が異様な角度で湾曲していく。その動きは人間離れしており、金属の擦れる音とともに脚部が完成する。


「ありえない……!鋳造ミントは、武器を具現化する能力だろ? あいつ……自分の体を変えた? どういう仕組みだ……。」

 カイの声には驚愕と恐怖が滲んでいた。


「……彼は『実験体バイオ・ジェネシス』……!」

 アオイの震える声がかき消されるように、瓦礫を踏むリュウガの足音が響く。


「え……?」

 カイが呆然とアオイを振り返った瞬間、リュウガが動いた。


 軽く地面を蹴っただけで、砂埃が激しく舞い上がり、彼の姿が一瞬で消える。


 次の瞬間――。


 ドンッ!


 リュウガの脚が音を置き去りにしながら振り抜かれ、カイの体が宙を舞う。無慈悲な一撃は彼を瓦礫の向こうまで吹き飛ばし、鉄骨の柱に激突させた。


「お前らの狭い常識で俺を測るなよ。頭、硬すぎだぜ?」


「っ……!」


 彼の金色の瞳は冷たく輝き、再びアオイへと向けられた。その視線は、次はお前だと語っていた。


「どうだ、これが俺の『鋳造変身ミントフォーム』だ。」

 リュウガは冷たい笑みを浮かべながら、ゆっくりと足を踏み鳴らした。その音が瓦礫の間で不気味に反響する。


「この脚で蹴り殺してやるよ――逃げる間もなく、骨ごと粉々にな。」


 彼の金色の瞳が冷たく光り、アオイを見据える。

「安心しろよ、速すぎて痛みを感じる暇もねぇ。」


「やめてよ……!」

 アオイが言葉を探している間も、リュウガはさらに一歩近づいた。瓦礫を踏みしめるたびに、脚から生じる低い振動が地面を伝い、夜の静寂を破る。


「どうする?その震えた盾で俺を止めるか?それとも、這いつくばって命乞いでもするか?」

 彼はさらに一歩近づき、わざと爪先で瓦礫を掻くような音を立てた。


「さぁ、死ぬ準備はできたか? 最後くらい、少しは楽しませてくれよ、失敗作グリッチくん。」

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