サンタクロース最前線🎅🛷🦌
ほしのしずく
第1話 サンタクロースの裏側
フィンランドのサンタクロース村から北へ数キロ。
光学迷彩などが施されレーダーにも衛星にも探知されない国家があった。
上空には雪を解かす機能を搭載されたドローンや戦闘機が飛び交い、その下に広さ二十八平方キロメートルを誇る最先端技術が詰まったドーム状の建物が。
そこに一万人ほどの老若男女が住まう。
だが、ただの人間ではない。
赤と白のユニフォームが特徴で。
世界中の子供達、かつて子供だった者達の笑顔にする存在。
そう、サンタクロースだ。
このお話は、サンタの知られざる裏側を切り取った物語。
☆☆☆
ドームの中にあるプレゼントボックスの形をした地上六十階、地下三階からなる巨大な施設。
ここはサンタ育成学校【サンタモニカ訓練学校】通称【サンモニ】と呼ばれ。
十五才を迎えた男女が、サンタを目指し血と汗を流すほどの訓練を受けながら、サンタ見習いとして研鑽する場所。
その地下二階の八千四百平方メートルの広さを誇るトレーニングルームにて。
「ブルックリンサンタ見習い!
入隊三ヶ月、まだ本サンタではないサンタ見習いのブルックリンに声を掛けるのは、サンタセンター試験を取り纏めている酒呑童子センター長。
髪はなく立派な白い髭を口元に蓄えており、腕は丸太のように太い。
一日で配達したプレゼントの量は一千万世帯。
背丈は二メートルとゆうに越える超人。
齢六十を超えても、現役サンタとして活躍する人物でもある。
ちなみに、このサンタ業界では階級が存在しており、どれだけプレゼントを素早く、そして正確に届けることが出来たのかで決まる。
「はっ! 筆記試験については問題ありません! 教科書の全てがここに入っているであります!」
ブルックリンサンタ見習いは姿勢を正しながらも、自身の頭を指して笑みを浮かべる。
対して、酒呑童子センター長の顔も綻ぶ。
「ほほう、やるではないか! では、実技はどうだ?」
二人が話している試験とは、サンタセンター試験。
訓練学校で三年間の教育を終えたサンタ見習いと呼ばれ、この試験を受講することができるもので。
本サンタになる為には、この試験を通らなければ本サンタにはなれない、サンタ見習いにとっては最大の試練なのである。
筆記試験の内容は主に三つ。
さまざまな建物に応じた侵入方法。
周囲の物を破損した時に行う処置について。
そして姿を見られた時の対処だ。
各項目毎に三百の問題が用意され、そのどれもで満点を取ることが出来れば、実技を受けることができる。
内容を知らない者からすると、難易度が高そうに見えるが、幼少期からサンタとしての英才教育を受けているので、受講者の全員が通過しており特に問題はない。
このブルックリンサンタ見習いもそうであった。
しかし、問題は実技である。
見習いサンタはサンタ役となり、試験官はプレゼントを受け取る子供に扮する。
このシュチュエーションの中で、以下の項目をクリアしなければならないのだ。
音速を超える速さで、指定の場所までプレゼントを運ぶこと。
プレゼント箱、中身に傷、破損がなきこと。
周囲の物を壊さないこと。
プレゼントを受け取る人間に気付かれないこと。
お礼のおやつはちゃんと食べること。
この厳しい内容のせいで、毎年、百人ほど受けるというのに合格率は二パーセント未満となっている。
だが、それほどまでにサンタの役割は大きい。
子供達の夢、かつて子供達であった大人の夢を背負っているのだから。
それはブルックリンサンタ見習いも理解していた。
「厳しいですが、教えて頂いたように筋肉の弛緩を利用した動きで、静と動のコツを掴めました!」
「ハハッ! 動く時はどれだけ緩めた状態で動けるかが鍵になるからな! 同時に止まる時は筋肉を固める。これに限る」
「教わった頃は、全くわかりませんでしたが――」
「フッ、何でもそんなもんだ! とにかくだ! 当日、頑張れよ!」
酒呑童子センター長は、拳を突き出す。
「はい! 頑張ります!」
ブルックリンサンタ見習いも拳を突き出し合わせた。
☆☆☆
時は流れ、試験当日、午前中の筆記試験は例年通り全員が通過し、夜が更ける頃。
さまざま様式の住居が建ち並ぶ、実技試験会場。
ここで酒呑童子センター長の指揮の元、実技試験が行なわれていた。
試験官は、現役サンタクロース三人。
全サンタでダントツ素早さを誇る、疾風迅雷の男性サンタクロース、アキレウス。
どのサンタよりも力持ち、運べない物はない男性サンタクロース
優しさと気遣いの化身、心優しき女性サンタクロース、パールヴァティーだ。
彼らが行なってきた試験により、受講者百人に対して、九十九人まで試験を終えの合格者は二人となっていた。
「全員いい面をしているが……やっぱ、合格者は例年通り二人か……」
腕を組みながらアキレウスが言う。
その視線の先には、試験会場の前で息も絶え絶えとなっているサンタ見習い達がいた。
だが、表情は清々しい。
この試験が人生で一回きりであれば、落ち込むことが多いだろう。
しかし、サンタへの道のりはここで絶たれたわけでなく、一度受講した者は生涯筆記試験免除となる上、サンタクロースの補助業務をしながら、実技試験を受けることができるのだ。
「まぁ、仕方ないだろう。そう簡単に通過できん」
アキレウスの横で天手力男神が頷く。
「そうですね……いくら想いがあっても実力が伴わないと務まりませんからね」
その後ろから見ていたパールヴァティーはとても残念そうな表情をしている。
「ハハッ! 一度だめでも何度だって挑めばいいんだ! 俺なんて二百回くらい落ちたぞ?」
肩を落とす三人に声を掛けるのは、試験全体の流れを少し離れた管制塔室から見ていた酒呑童子センター長だ。
彼の言っているように、人によっては何百回と受講した末にサンタクロースとなった者も多くいるのである。
「それにだ――まだ、一人残っているだろうよ?」
酒呑童子センター長の視線の先には、入念に体をほぐすブルックリンサンタ見習いがいた。
彼はそんなに突出した部分は持ち合わせてはいない。
全て根性とたゆまぬ努力で自身の体とサンタ魂を磨き上げてきたのだ。
誰もが期待してはいない。
落ちて当然と思っていた。
実際に面倒を見てきた酒呑童子センター長以外は。
「ったく、わかりましたよ! ここにきた奴は皆、真剣っすからね!」
「そうだな。では、ワシも持ち場に戻るとするか」
「ですね……私も持ち場に戻ります」
酒呑童子センター長の言葉を受け、試験管三人がそれぞれが任されている住居に入っていった。
☆☆☆
「じゃあ、準備はいいか?」
プレゼントが入った袋を背負い姿勢を低くし、右足に力を込めるブルックリンサンタ見習いに、酒呑童子センター長が声を掛ける。
「いつでもいけます!」
「フフッ、そうか……では、はじめっ!」
酒呑童子センター長の掛け声と同時に地面を踏み切り駆けていく。
ぐんぐんスピードは上がり、あっという間に音速を超えた。
そして試験官が待ち構えている住居へと次々にプレゼントを運び終えていった。
「やはり、何事も心だな」
その姿を見てつぶやく酒呑童子センター長だった。
☆☆☆
この年、晴れて本サンタとなったブルックリンサンタ見習いは空を駆けるトナカイの引くソリに乗り、憧れの酒呑童子センター長と一緒にプレゼントを待つ人達の為、夜空を駆け回りましたとさ。
- ̗̀ 🤍🎄𝑀𝑒𝑟𝑟𝑦 𝐶ℎ𝑟𝑖𝑠𝑡𝑚𝑎𝑠🎄🤍 ̖́-🎅
サンタクロース最前線🎅🛷🦌 ほしのしずく @hosinosizuku0723
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