会話するだけで最大三万円もらえる実験

結城 刹那

会話するだけで最大三万円もらえる実験

 僕はとある有名企業が実施する実験に参加することとなった。


 きっかけは駅に貼られた広告だった。『三十分の会話で最大三万円もらえる』という謳い文句が目にとまり、開催時間が大学の講義終わりだったので応募することに決めた。


 結果は見事当選。自宅に一番近い支社で実験を受ける事となった。

 

 支社を訪れ、受付にいた女性に要件を話す。


「秋定さんは十番の個室で実験を行います。実験会場は八階になっております。エレベーターで上がるとすぐに個室がありますので、割り振られた番号の個室に入ってください。始まる前にこちらの説明に目を通してください」


 女性はそう言って一枚のプリントを差し出す。


 プリントを受け取って八階まで上がる。十番の個室はすぐに発見できた。


 部屋に入って荷物を置き、ハンカチで汗を拭う。テーブルの上にあるPCのキーボードの上にプリントを置いて目を通す。『実験参加のお礼』を読み飛ばし、『実験手順』に目を向けた。


【実験手順】

一.PCのチャットを通じて二人同士での会話を計四人に行ってもらう(二分四セット)。


二.運営するスタッフと会話をしてもらう(三分)。


三.一.で会話をした人たちともう二度会話を行ってもらう(二分八セット)。


四.運営するスタッフと会話をしてもらう(三分)。


※チャットでは記号(!、?など)は使えません。


 実験手順を見る限りは本当に三十分の会話をするだけだ。


 これで三万ももらえるなんて怪しい話ではある。だが、主催が有名企業であるため詐欺ではないだろう。参加人数は百人。ネームバリューを汚す恐れを考慮して詐欺を働くには対象数が少なすぎる。 


 変なことを考えている間に目の前にあるPC画面が遷移する。『まもなく実験が始まります』という文言の下に数字が映し出される。10から始まった数字はすぐに0になった。


 チャット画面が映し出される。右上には制限時間である『2分』の文字が記載されていた。


「はじめまして。森下柑奈です」


 画面を見ていると相手から話かけてくる。


「はじめまして。秋定稲成です」


「えっと、この実験、知らない人と話すだけで三万円もらえるって聞いたけど、本当にそれだけでいいのかな。なんか変な感じしない。でもお金は欲しいし。ところで、あなたはどうしてこの実験に参加したの」


 考えることはみんな同じみたいだ。それでも参加を希望する人が多いのは、お金に絶大な力があるからだろう。 


「会話するだけで三万円って確かに怖い文句ですよね。でも、かなり大きく宣伝されてたし、有名な企業が行っている実験だから大丈夫だと思います。僕はたまたま広告を目にして、大学の講義が終わった後に開催することが分かったので参加を希望しました。森下さんは」


「たしかに、有名な企業がやってるなら安心かもね。私もお金欲しかったし、友達と遊びに行きたいから『これなら簡単じゃん』って思って参加しちゃった。大学生なんだ。すごいなぁ。大学の講義ってどんな感じなの。私、まだ高校生だから、大学のこと全然わかんないんだよね」


「高校生なんだ。であれば、三万円はかなりの大金になりそうだから警戒するのも無理はないね。大学の講義は高校とは違ってかなり広い場所で行われるかな。後ろの方だと黒板が見にくい。でも、サボりやすくはあるね。こんなこと教えるのはあんまり良くないか」


「へぇー、大学の講義って広いんだ。なんか映画とかで見る感じかな。ちょっと憧れるかも。サボりやすいって、それ、ダメでしょ。でもまぁ、自由が多そうで楽しそうだね。私も高校では席が後ろの方なんだけど、黒板が見づらい時があるよ。特に数学とかはほんとに辛い。集中しなきゃって思っても、ついついぼーっとしちゃってさ。大学もそんな感じなのかな」


「うーん。僕は前の席であることが多いから分からないや」


 適当に話している間に二分が経過した。画面が暗転し、再びチャット欄が映し出される。先ほどの会話はどこかに消え、更地となっていた。


「須藤久信です。よろしくお願いします」


 今度も相手から最初にメッセージが飛んでくる。


「秋定稲成です。よろしくお願いします」


「まずは自己紹介からですね。自分は現在大学四年生です。この実験に参加したのは就活を終えて、卒論もまだ手をつける段階でなく、時間を持て余していたからです。秋定さんはどうして参加したんですか」


 先ほどと同じ文句。初対面の相手にはこれくらいの話が無難なのだろう。


「僕も同じく時間を持て余していたからです。駅でたまたま実験の広告を見て、開催時間が大学の講義終わりだったので、参加することにしました。現在大学二年生です。就活って大変でしたか」


「こんなことを言ったら自慢になってしまうかもしれませんが、僕はすぐに内定がもらえたので、あまり大変ではなかったですね。一つ言えることがあるとすれば、就活の大変さは自分の行きたい分野が決まっているか否かで変わってきますね。二年後には避けて通れない道ですからやっぱり気になりますよね。アドバイスができるとすればインターンには行っておいた方がいいと思います。秋定さんはどんな企業に行きたいか決めてますか」


「情報系ってことくらいですかね」


「情報ってことはプログラマーとかエンジニアですかね。日本のプログラマーは不足しているらしいですから就活はそんなに厳しくない気がします。ただ、下手な企業に入ると搾取される可能性があるので注意しないといけないかもしれません」


 それからも就活の話が続いて終わった。再び暗転し、三人目の相手に映る。


「秋定です。よろしくお願いします」


 今度は僕が最初に話しかける形となった。


「相川。よろしく」


 文章からして無愛想な人である気がする。


「では、まずは自己紹介からしましょうか。僕は大学二年生です。駅でたまたま広告を見て、開催時間に予定がなかったので、小遣い稼ぎのために実験に参加しました。相川さんは普段どんなことをされているんですか」


「コンビニ店員とか警備員とかのバイトしてる。お前と同じで小遣い稼ぎのために来た。三十分会話するだけで三万もらえるんだろ。めっちゃ得だよな。現生でもらえるのもありがてえ。三万もらったら何に使うつもりだ」


「特に決めてないですね。本を買う可能性が高いかと思います。あとは、これを機に電子書籍リーダーを買うかもしれません。テクノロジー系の専門書って重くて嵩張るんですよね。相川さんは何に使うつもりなんですか」


「専門書って優等生だな。俺とは釣り合わなさそうだ。俺はパチンコに当てる予定。三万あれば当たるだろう。そしたら、この実験に参加して得た額が五万どころか十万に膨れ上がるかもしれないしな。増えた額は風俗とかキャバとか、次のパチンコ費用に当てる予定」


「確かに価値観は全く違うかもしれませんね」


 やりにくい相手だったが、なんとか二分間話すことができた。


 三万円ももらえるのだ。これくらい気を遣う相手と話すのは仕方がない。


 三度暗転。チャット欄が更地と化す。


「よろしくお願いします。手嶋絵美です」


 最後は女性の方だった。丁寧に挨拶をしてくれたので悪い人ではなさそうだ。


「よろしくお願いします。秋定稲成です」


「秋定さんは不安にならないですか。言われたとおりただ会話してるだけで本当に三万円ももらっていいのかどうか。部屋から出たら変な勧誘をされて、それ以上にお金を支払うこととかあったりしませんよね。私は不安で仕方ないです」


「気持ちはわかります。ですが、有名な企業が行っている実験ですので、詐欺みたいなことはないと思いますよ。参加人数は多くないので、得られる利益は少ないと思いますし。自社の評価を大幅に下げるリスクを背負ってまで行うことではないと思いますから」


「そう言ってくれると助かります。実験を行っているところは有名な企業なんですね。主催する会社について調べていなかったので知りませんでした。お金に余裕がない状態で実験についての広告を見て、後先考えず応募してしまったものですから」


「テクノロジー系の会社なので、僕の通っている大学の学部に関連するところがあって知っていただけです。多分、別の学部に通っていたら僕も知らなかったと思います。お金に余裕がないとのことですが、何をされているのでしょうか。センシティブな話なので、答えなくても大丈夫です」


「私、シングルマザーなんです。出産する前に夫が家を出て行ってしまって。それから一人で子育てをしているんです。パートタイマーとして仕事を掛け持ちしているのですが、養育費が年々上がっているので結構厳しい状態なんです。暗い話ばかりしてすみません。秋定さんはどうして実験に参加されたんですか」


 パートだけで子供一人食わすのは厳しいだろう。この実験に飛びついた理由も分かる。


「手嶋さんに話すのはお恥ずかしいですが、今日は大学が終わってから暇だったものですから。三十分会話をして三万ももらえるなら参加しない手はないかと思いまして」


 それから一分程度やりとりを続けた。特に何事もなく一周目が終わる。


「運営スタッフです。お疲れ様でした」


 手順の二.に入り、運営スタッフとのやりとりが始まる。


「四人と会話をしてもらいましたが、何か感想はありましたでしょうか」


 聞かれたのは会話をしての感想。正直、二分という短い時間でのやりとりなので、気づいたことは全くない。当たり障りのない感想を述べておこう。


「会話だけで三万円をもらえることに恐怖する人が多くて安心しました。それでも、参加しようと思ったのはやはりお金の力が偉大だからですかね」


 しばらくしてスタッフから返信が来た。


「お答えいただきありがとうございます。では、二分後に今度は二周会話をしていただきます。始まるまでしばらくお待ちください」


 僕の感想に対しての反応はなかった。あまり良い感想ではなかったのだろうか。


 不安に感じていると再びメッセージが送られてくる。


 内容を見て、僕は目を大きくした。驚きのあまり、数秒呼吸するのを忘れていた。


「一つ注意点があります。秋定さんが話していた相手の中に一人、AIがいます。次に私と話す際には誰がAIだったのか理由とともにお聞きいたします。見事AIである人物を当てることができ、かつ理由に妥当性がある場合には三万円の報酬をお渡しします。逆にAIである人物を当てることができなかった、もしくは理由に妥当性がない場合は報酬は一万円になりますのでご了承ください」


 まさか、先ほど話していた人たちの中にAIがいたとは。運営スタッフに言われなければ絶対に気づくことなく実験を終えていただろう。


 なるほど。だから会話はチャットを通して行われていたのか。AIを含んで話をするならば実際に会って話すわけにはいかないもんな。


 頭の中では『チューリングテスト』という一昔前にあった実験が思い起こされていた。


 チューリングテストでは質問の答えに対して『人が答えたもの』と『機械が答えたもの』を判定者が区別できるかを測る。今回の実験ではすでに完遂できているはずだ。僕が話していた人たちに違和感がないと思った時点で、区別できていないことが証明されている。


 なのにまだ実験は続けられる。それも僕たちにとってはここからの実験がとても重要になってくる。AIが誰であるのか見抜けるか否かで報酬が三倍も変わってくるのだ。『最大三万円』という文言はこのためだったのだろう。


 話している相手がAIであるか見抜く方法。そんな方法があるのだろうか。


 迷っている間に二周目の時間がやってきた。チャットが暗転し、更地となる。


 最初は森下さん。確か高校生の女の子だったよな。


「今運営から『この中に一人、AIがいる』って言われたんだけど、すごくない。なんか一気に怪しい感じになってきたね。もしかして、あなたがAIだったりするのかな。でも、AIって普通に会話できるのかな。ちょっと気になるし、試しに変な質問してみようかな。えっと、AIって何食べるの」


 なんか勝手にAI認定されてしまった。


 森下さんは僕を疑っているのだろうか。AIっぽい回答をした覚えはないのだが。

 そもそも、AIっぽい回答とは何だ。なんて言ったら、AIっぽくなるのだろうか。


「僕はAIじゃないよ。森下さんが食べる物を普通に食べている。それにしても、びっくりしたね。今まで話してきた相手の中に一人、AIがいたなんて。AIである人物を見つけないと報酬が三分の一になっちゃうみたいだけど、何か見つけるための画期的な方法はないかな」


 理系大学生の僕が高校生相手に聞くのはどうかと思うが、あらぬ方向からの意見で何か気がつくかもしれない。


「えー、ほんとにAIじゃない。でも、たしかに食べるものとか普通だし、違うのかな。うーん、でも報酬が三分の一になるのは嫌だな。やっぱりAIを見つけないと。画期的な方法か。どうしよう。例えば、AIって感情表現がちょっと不自然かもだから、すっごく感情的な話題を振ってみるとか。あと、すごく細かいこと聞いたら、AIは変に答えちゃうかも。それか、難しい言葉とか古い言葉を使って、どこまで理解してるか試してみるとか。試してみたいことはたくさんあるけど、実際どうやったら見つけられるかな」


 思っていた以上にたくさんの回答が返ってきた。


 森下さんって案外優秀なのか。あるいはAIだから複数のアイデアを提示してくれたのか。どちらもありうるため判断ができない。


 AIであるための妥当な理由。そんなものが本当に存在するのだろうか。


「色々提示してくれてありがとう。感情表現は人間にも不自然なところがあるから何とも言い難い。それと同じくすごく細かいことは人間でも変に答えてしまうと思う。難しい言葉とか古い言葉はAIの方が知っているだろうけど、相手が文学や考古学をかじっていて詳しい可能性もありうる。一番はやっぱり感情的な話題かな」


 森下さんが提示してくれたアイデアの全てが人間にも当てはまってしまう可能性がある。ただ、この中で一番AIである可能性を高められるとすれば感情表現になってくるだろう。


『人間』と『機械』を分かつ唯一のものがおそらく『感情の有無』なのだから。


「確かに、感情表現が一番手がかりになりそうだよね。人間でも不自然なところがあるかもしれないけど、AIだともっと違和感があるかもしれないし。感情的な話題をふって、反応がぎこちなかったら怪しいかも。それなら、例えばすごく悲しい出来事とか、逆にすごく嬉しい出来事を話してもらって、その反応を見てみるとか。どれだけ共感してくれるかとか、反応の速さもポイントになるかもね。よし、試してみる。どんな感情的な話題がいいかな」


 相手の過去話を聞くか。試す価値はあるかもしれないな。


「森下さんの言ってくれたとおり、過去の悲しい出来事や嬉しい出来事に焦点を当ててみよう。僕の悲しい出来事はやっぱり受験かな。数学の大問を間違えて解答を記述してて、終わりを告げるチャイムがなった時に気づいたんだ。あの時は本当に絶望したよ。森下さんは過去にあった悲しい出来事とかある」


「それは本当に辛かったね。受験の時にそんなことが起きたら、焦るし絶望する気持ち、すごくわかるよ。自分で気づいた瞬間って、どうしようもなくて悔しいよね。私の悲しい出来事か。そうだな、あんまり重い話じゃないんだけど、昔飼ってたハムスターが急に病気で亡くなっちゃった時がすごく悲しかったな。小さい頃から一緒に過ごしてたから、その日は本当に涙が止まらなくて。動物って、小さいけど家族みたいな存在だから、別れがすごく辛くて。でも、こんな話してると、相手の反応が気になるね。こういう感情的な話に対して、どういう風に反応するかでAIかどうか見抜けるかもね」


 ペットの死は森下さんが思っている以上に重い話だと思うけど。


 動物を家族のように思う。AIにそんなことが考えられるだろうか。

森下さんが言う自分の話をした時の相手の反応というのも見抜ける方法の一つかもしれない。ならば、受験の話に共感した森下さんはAIではないのかもしれない。


 その後も色々と話をしてみたが、森下さんがAIである決定的な証拠は得られなかった。むしろ、『ペットを家族と捉える点』や『僕の過去話に共感する点』は非常に人間らしかった。


 チャット欄が切り替わる。次は須藤さんだ。


「さっきぶりですね。会いたかったです。まさか自分が話した人の中にAIがいるとは思いもしませんでした。人類が作り出した技術はすごいところまで来ましたね。秋定さんは確か一周目の時に情報系の企業に行きたいって言ってましたよね。ということは学部も情報系に関すると見ていいですか」


 先ほどの会話を覚えていてくれたみたいだ。須藤さんは人間っぽいかな。いや、判断するのは早いか。AIが『秋定』という単語と先ほどの話で出てきた内容を結びつけているだけかもしれない。


「はい。一応、大学では情報系を専攻しています。ただ、誰がAIかと聞かれても、今の僕は判断できる材料を持ち合わせてはいません。お力になれず申し訳ありません」


「そうでしたか。いえ、私も同じ状況ですので、秋定さんが謝る必要はございません。人間とAIを区別するのは情報系を専攻している者にとっても難しいのですね。秋定さんの意見としてお聞きしたいのですが、『人間』と『AI』の違いとは何ですか」


「先ほど森下さんとお話ししていたのですが、やはり『感情の有無』だと思います。AIには感情がありません。なので、感情を引き出せるかどうかが鍵だと思います。そのため、森下さんとは過去にあった悲しい出来事や嬉しい出来事を話していました」


「なるほど。確かに、過去のエピソードを話させるのは良さそうですね。ただ淡々とエピソードを話すのではなく、そこに『嬉しかった』や『辛かった』といった感情があれば人間である可能性は高くなる。ところで、秋定さんに一つ聞きたいことがあるのですが、AIはどうやって僕たちに送る文面を作っているのですか」


 いきなりの話題転換に意表を突かれる。従順ではない会話には人間らしさがある。須藤さんはAIではなさそうな気がする。


「端的にいえば、あらかじめ大量の自然言語テキストを学習し、その次にくる確率の高い言葉を羅列して作っている感じです。例えば『昨日はオムライスを』という文章があったとすると次に続く言葉は高確率で『食べた』あるいは『作った』になりますよね。このように次に来る確率の高い言葉を膨大なテキストの中から参照して当てはめているんですよ。補足として自然言語は日本語や英語など僕たちが日常会話で使っている言語を指します」


「あくまで言葉を並べただけで自分の発言の意味を分かっていない。だから感情がないように見えるわけですね。でも、並べるための材料は人間が作り出した感情のある文章ってことになりますよね。ならば、AIは感情のある文章を膨大に使って自分の文章を作っているわけだから、見せられた文章には感情があるように見えませんか」


 須藤さんの発言はもっともだと思った。

AIが文章を作る動作には感情的なものはない。しかし、彼らが文章を作るための材料には感情が宿っている。なら彼らが作った文章には感情が宿っているのではないだろうか。


 愛情をこめて料理を作るのではなく、愛情のこもった食材を使って無心で料理を作る。その料理に愛情が籠っていないのかと言われれば嘘になる。調理者の愛情はなくても、生産者の愛情があるからだ。


 であれば、どうやって話している相手をAIと見抜けば良いのだろうか。


 結局、須藤さんとの話の中でAIを見つけるための方法を編み出すことはできなかった。


 チャットが暗転し、相川さんとのチャットに切り替わる。


「やっとか。お前にずっと聞きたかったんだ。AIの見つけ方を教えてくれ」


 須藤さんとのやりとりで勘づいていたが、情報系の僕はとても頼りにされているみたいだ。嬉しいことだが、いくらその道の人間であっても高度になったAIの振る舞いを見分けるのには無理がある。


「すみません。僕も見つけ方については分からないんです。いろいろ考えてみましたが、AIを見つける方法はないに等しいと思ってます」


「まじかよ。使えねえな。三万円あげるとか嘘つきやがって。とんだ詐欺実験じゃねえか」


 相川さんの言葉が胸に突き刺さる。


「使えない」と言われると人格否定されたみたいで辛かった。


 三十分話しただけで一万円もらえるのも大概だとは思う。ただ、広告で三万円もらえると思い込んだことで金銭感覚が変になっているのだろう。これも必死になってAIを見つけさせるための運営側の戦略かもしれない。


「逆に聞きたいのですが、相川さんは何か見破るための方法を持ってたりしませんか」


 答えは明白だ。だが、聞かずにはいられなかった。多分「お前も使えねえじゃねえか」と証明してやりたかったのだろう。


 僕が質問してから三十秒経過したが、相川さんからの返答はなかった。


 僕に用が済んだからか、自分を騙した運営に非協力的になったのか黙秘を始めたようだ。


 まじかよ。僕は天井を眺めながら溜まった憤りを吐き出すようにため息をついた。


 ここはポジティブに考えるとしよう。


 相川さんはAIではない。こんな『人間っぽい行動』をAIがするはずない。


 その瞬間、僕はとてつもないほどの違和感に駆られた。


 勢いよくパソコンに向き直る。画面を見ながら自分の思考に閉じこもる。


 僕は相川さんの何を『人間っぽい行動』と思ったのだろう。


 怒ったことか。人を罵倒したことか。


 違う。『相手の回答に答えなかったこと』だ。


 相手があくまで文章生成AIであるなら、文章を使わないところで感情を引き出させればいい。感情のこもった文章を参照するのは感情を持たない機械。参照先のないものに対しては感情を持たない機械が振る舞いを見せることとなる。


 問題はどうすれば文章以外で感情を引き出すことができるかだ。


 相川さんのように相手を怒らせて話す気力を失くす。ただ、他の三人に同じようなことができるのだろうか。頭の中で必死に考えを巡らせる。


 そうして画期的なアイデアに辿り着いた。

同時にチャット欄が切り替わる。


「秋定さん。お久しぶりです。驚きました。まさか私が話している中にAIがいるなんて」


 手嶋さんから挨拶が送られてくる。


「お久しぶりです。僕も驚きました」


 僕はさっそく先ほど考えたアイデアを試すことにする。


「ところで手嶋さんは好きな食べ物って何ですか」


 突拍子のない質問内容にびっくりしたのだろう。手嶋さんからの回答は数十秒かかった。


「いきなりですね。好きな食べ物は『いちご』です。月一でいちご狩りに行くくらい好きです。練乳をかけても美味しいですけど、私は何もかけずにいちご本来の味を堪能するのが好きです」


「僕も好きです。小さい頃に食べ過ぎて吐いてしまったのは良い思い出です」


 手嶋さんからの返答にリアクションをする。それから次の言葉を連ねた。


「ところで手嶋さんの好きな食べ物って何ですか」


 同じ質問の繰り返し。手嶋さんは先ほどよりも大きく戸惑っていることだろう。もしかすると、僕をAIだと思っているかもしれない。


 だが、これこそが僕の考えたアイデアだ。


 昔、人にとって一番の拷問は『穴を掘って埋める作業』だと聞いたことがある。人は無意味なことを繰り返されるとやる気を失ってしまうと言う。


 これを利用することに決めた。


 同じ質問を何度も繰り返し、相手の反応を見る。人間であれば相川さんのように答えなくなるはずだ。しかし、AIであれば僕の質問に律儀に答えてくれるに違いない。


 まだ会話はあと一周残っている。


 僕は全員に漏れなく同じ質問を繰り返した。相手のリアクションを気にすることなく、ただひたすらコピーとペーストを繰り返す。


 当然、途中から僕の回答に答えることはなくなった。


 たった一人を除いては。


「お疲れ様でした。では、AIだと思った人物とその理由をお答えください」


 三周目を終え、運営が質問の答えを聞いてくる。


 僕は答えを記述し、エンターキーを押すことで運営に回答を送った。


『人物:森下柑奈

 理由:数十回繰り返された同じ質問に対して全てに回答をしていた(他三人は途中から答えなくなった)』


〈了〉


※AIの話者は実際にチャットGPTに回答させました。

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