第2話 到着、そして
石畳の道を、銀髪の少女が歩く。靴底が道を叩く音に合わせて服の裾が小さく揺れている。誰かとすれ違うたびに、少女の服と顔のあたりに奇異の眼差しが向けられた。視線は最後に少女の隣を歩く小柄な少年を捉え、気まずそうに逸らされていく。
「……さっきから、なんなの」
少年――ジェナが低く唸るようにつぶやき、向けられた不躾な視線を睨み返す。その隣で少女――アイラは困ったように眉を下げた。
途中までは順調だったのだ。ザイロの案内で小さな森に入ったアイラたちは難なく一本の木を見つけ、そこに巻き付くツタを採取することができた。いらない葉を落としたりといった処理には少し手間取ったものの、全体として見れば大した負担もなくジェナの靴に応急処置を施すことができたのだ。
問題はその後、街に入ってからだった。
「そういえば、私のこの目って目立つんだよね……」
みんな普通にしてくれるから忘れてた、とつぶやいてアイラは小さく肩を落とす。
片方は金、もう片方は紫のいわゆるオッドアイ。付け加えるなら身に纏うのは旅装というより村娘の普段着のようなエプロンドレス。そんな外見が人々の目につかないはずもなく、早い話がアイラは「見慣れない姿の余所者」として遠巻きにされてしまっているのだ。
言動が怪しまれるといった次元の話ではない。最初から、明らかに浮いている。
「目隠し布とかつけたほうがよかったかな……?」
「逆に怪しいよ!? ジロジロ見る方が悪いんだしアイラが気にすることないよ」
「そう、かな」
「そうだよ。それよりさっさと済ませてこんな街出よう」
心做しか早口に言葉を交わしながら、二人は大通りをまっすぐに歩いていく。脇道から出てきた男が二人を見てぎょっとしたように目を見開き、すぐに視線を逸らして立ち去った。この反応もこの日だけで三度目だ。
『次の角を右に曲がって』
男の反応に怒る間もなく二人の頭の中にザイロの声が届く。仔狼の姿をしたザイロは念のため街には入らず、背中の翼で空を飛びながら道案内をしていた。相手の頭に直接言葉を送り込むザイロの能力ならば、こうして遥か上空からでも気付かれることなく指示を出せる。
『オッケー、そしたら三つ目の路地を左。ボクは逃げ道を探しておくから買い物は任せるよ』
言われたとおりに角を曲がりながら届けられた言葉にアイラとジェナは顔を見合わせて頷いた。もう既にかなりの通行人に怪しまれている、さすがに買い物はできるだろうが穏便に街を出られるとは思わないほうが良さそうだった。
やや狭くなった通りを歩き、道を横切る路地を数える。一本目、隠れ家カフェから漂うコーヒーの匂い。二本目、扉に板を打ち付けられた廃屋。三本目の路地は薄暗く、わずかに湿った土の匂いがした。突き当たりには何で出来ているのかわからない薄汚れた小屋があり、扉にはかろうじて読めるひび割れた文字で「OPEN」と書かれたプレートがかかっている。
「……ここ? ほんとに?」
アイラの心の内をそのままなぞるようにジェナがつぶやいた。オープンと書いてあるからには店で間違いないのだろうが、看板もディスプレイも何も無い。窓にはカーテンがかけられ、明かりがついていることしか分からない。
「……ザイロの案内だから、間違いないはず」
答えたアイラの声は、ジェナに向けてというよりむしろ自分自身に言い聞かせているように響いた。ポケットに手を入れ、クリスタルを一度ぎゅっと握りしめたアイラは大きく息を吸って扉を開ける。
チリン、と涼しげな音が響いた。扉は見かけによらずなめらかに動き、中からひんやりした空気が流れてくる。ほぼ同時にオルゴールの音と革の匂いがアイラを包みこんだ。
一歩足を踏み入れると、靴底が木の板を叩く音がする。室内は黄みがかった照明に照らされ、大きな木のテーブルに革製品が所狭しと並べられていた。丈夫そうな鞄や靴、手袋に飾り紐。その向こうには何に使うのかわからない四角い包みや丸い袋、貼り絵にしか見えない額装された革もある。
「いらっしゃい、迷子?」
「!」
立ち尽くしていたアイラは、不意にかけられた声にびくりと身体を震わせた。声のした方に視線を向けると、すみれ色の髪に革紐を編み込んだ細身の人物が立っている。作業着に身を包み顔の下半分をマスクで覆ったその人は、年齢も性別もよくわからないけれど不思議と落ち着く雰囲気を纏っていた。その雰囲気に背中を押されるように、アイラはゆっくりと口を開く。
「いえ、買い物がしたくて来ました」
「へえ。誰の紹介で?」
「ザ、……いえ、あの、えっと」
さらりと返された問いに普通に答えかけて、アイラは慌てて口を噤む。ジェナがドアににじり寄り、いつでも逃げられるように身構えるのがわかった。そんな二人を見て作業着の人物は愉快がるように目を細める。
「うん、その反応でだいたい分かるよ。あんた……あー、"龍"の関係者だな?」
告げられた言葉にアイラは思わず息を呑む。龍は確かにアイラに力を与えた邪神の姿で、けれどそれは知られてはならない事実のはずで――。
右手がポケットに滑り込む。そのままクリスタルを引っ張り出すより先に、作業着の人物は目を見開くと慌てたように両手を挙げた。
「ストップストップ! 悪かった、繊細な話だもんな。戦おうとか追い出そうとかこっちは考えちゃいないから、一旦それ止めてくれないか」
信じていいのだろうか。目の前の人物をじっと見つめ、頭にザイロの顔を思い浮かべて、アイラはゆっくりとクリスタルから手を離すと空の右手をポケットから出してみせた。作業着の人物はあからさまに安堵したようにため息をつき、それから空気を入れ替えるように声を張る。
「改めて、いらっしゃい。この際だからはっきり言うけどウチは"あの方"を信仰してるからね、関係者だっていうなら多少はサービスするよ」
「……そんな都合のいいことある?」
思わず、といったようにジェナが呟く。作業着の人物はひょいと肩をすくめると何ということもないように答えた。
「あるさ。モノづくりはアイデア勝負だぜ? "言葉の贈り物"なんて欲しいに決まってる」
「!」
信徒への言葉の贈り物――頭の中に直接単語という形でインスピレーションの種を送り込む祝福。それはまさにザイロが担当している仕事だ。この広い街の中で何故ザイロがわざわざこんな路地裏の小さな店へ案内してきたのか、アイラにもジェナにもわかってきた。
二人の顔を見て、作業着の人物はニンマリと笑みを浮かべる。
「納得は行ったみたいだね。じゃあお客様、何が欲しい?」
「えっと……さっきのお話聞いた後だと、ちょっと申し訳ないんですけど」
「ん?」
「新しい靴紐が欲しいんです」
そりゃ確かにアイデアも何もないな。浮かべた笑みを引っ込めてそう呟いた作業着の人物は、それでも引き出しからいくつかの紐を取り出すと滑らかな手つきで丁重に包んで差し出した。アイラは鞄から財布として使っている巾着を引っ張り出し、言われたままの金額をきっちり支払う。
こうして買い物は何事もなく終わった、かに思えたのだが。
「……まあそうはいかないよね」
そう広くもない路地を右へ左へと走りながら、ジェナがぽつりと呟いた。アイラはそれに苦笑いで答えつつそっとポケットに手を入れる。
『ごめん、囲まれた! トロンがそっち行く!』
ザイロの言葉にひらりと手を振ることで了解を示し、反対の手には今度こそクリスタルを持つ。巻き込まれないようにジェナがそっとその場を離れる。
二人が店を出た時には、通りですれ違った人たちの話を受けて自警団が動き出していた。ザイロの道案内でだいぶ店から離れることはできたものの、やはり土地勘では日々この街で生活している人々に敵うはずもなく。残された道は、結局強行突破ひとつになってしまった。
『――――』
鋭い警戒音を響かせながら、蛇と楽器が合わさったような金色の身体――トロンが姿を表す。ほぼ同時にアイラもクリスタルに魔力を込め、現れた銃を握りしめた。
「吹き飛ばして、逃げる。いい?」
『!』
手短に作戦を共有し、アイラはトロンと目を合わせて頷きあう。
次の瞬間。
「ピアニッシモ!」
『――――!』
アイラの銃から飛び出した風の弾丸が、トロンの口から放たれた音波砲が、一斉に周囲の人間へと襲いかかった。体勢を崩した人の間をジェナが迷わず駆け、アイラたちもそれに続く。
飛んでくる魔法を避けて、撃って撃って走って――。
街を飛び出した時には、太陽は西の地平線へと沈みかけていた。荒れた息を整えながら、アイラは仲間たちの姿を確認する。
「みんな、無事?」
「うん。……靴ひも一つ買うのに、大騒ぎだね」
『ほんとにね』
未だ消えない喧騒に、誰からともなく苦笑いが漏れる。おそらく数日中には、近くの街に怪しい子供二人連れの情報が回ってしまうのだろう。入れない街が、傷付けた人が、こうやってまた増えていく。
それでも、アイラはここにいるみんなと生きていきたいから。
「今度はもっとちゃんと考えて、上手くやるね」
不自由で罪深くて愛おしい、戦いの道は続く。
【博覧会Vol.2】はじめてのおつかい 紫吹明 @akarus
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