第9話 鑑定魔法とお師匠さま3

前回のあらすじ・ネムは鑑定魔法を習得し、大賢者の弟子になった。

◇◇◇


「ハァ!? 虫のステータスが見えるって!?」


 『鑑定』魔法を習得した翌日、登城してお師匠さまの研究室に顔を出し、さっそくわたしの『鑑定』に関して報告すると、素っ頓狂な声が返ってきた。


 お師匠さまによると、『鑑定』魔法というもの自体は昔から存在した。けれど自分のレベルの三倍までの相手の種族とレベルが見えるだけの、使い勝手の悪い魔法だったらしい。

 ところが、ララ様の三女で魔道具士のミミという人が、『増幅の魔道具』というものを造り出した。

お師匠さまがわたしのステータスを見るときにかけていた、グルグル眼鏡がそれだ。

 つまりグルグル眼鏡を通すことで、相手のステータスや取得魔法、スキル、称号まで見ることが可能になって、『鑑定』魔法は誰にも見向きもされないクズ魔法から、誰もが取得したがる超優良魔法へとレベルアップしたのである。

 だからこそまだ新たな『鑑定』魔法に関して判明していることは少なく、今回のお師匠さまの『数打ちゃ当たる』検証実験が行われた。おかげで魔法知識のサッパリない子どものわたしにもチャンスが得られた。ウルトラスーパーラッキーだった。


 そんなこんなで、お師匠さまに弟子入りしたわたしも、グルグル眼鏡を貸してもらえることになった。

 ぱっと見、何の変哲もないガリ勉瓶底グルグル眼鏡に見えるけれど、実は家が一軒買えるほどのお高いシロモノなので、あくまで貸し出しだ。


「ちょいとお待ち。アンタ、昨日あれから何してた?」


 ララ様の言葉に、わたしは昨日の行動を振り返る。


「『鑑定』が使えるようになったのが嬉しくて、ディータも父さまもうちの人達も、王城や街ですれ違う人達も、動物も、見えるもの全部、片っ端から『鑑定』してみたのです!」


 ちなみにディータのレベルは見えたけれど、父さまのレベルは見えなかった。つまりわたしと三倍以上のレベル差。さすがは父さま。

 お師匠さまが額に手を当て。ララ様が頭に手をやり。

 ハァァっ、というため息がハモった。双子だけある。


「……あああ、何回思い知らされれば分かるんじゃろうね、わしゃは。子どもなんじゃよ、この子は! これ以上なく子ども! 注意されたって聞き流す、返事したって右から左、説明なんぞ聞く前に手を出して、楽しそうなことの前には危険だなんのっつぅ大人の助言なんか紙っぺらほどの壁にもなりゃあしない! それがこの年頃の子じゃったわ」


「いや、ちょっと流石に、他の子はもうちょっと聞き分けがあるんじゃないかね……?」


「わしゃらの周りにいたのが、ララの三人娘にあのアリス殿下なんじゃ、そもそもわしゃらの『普通』が世間一般の『普通』の外だったんじゃよ」


 心外な。

 他の子どもはともかく、前世の記憶の残るわたしは、まごうことなき確信犯である。あれ、この『確信犯』の使い方は誤用なんだっけ。まあいいや。

 

「ねぇネム? 何だかすっごい楽しそうにクルクル動き回ってて、めちゃくちゃ可愛いかったからって、ついつい見守っちゃってたアタシがバカだったわ。昨日アタシがアリス殿下に呼ばれて話してたとき、大賢者様に何て言われたのよ? キリキリ白状なさい」


 ディータがわたしの両肩に手を置き、据わった目を向けてくる。

 そんな顔だってこの上なく綺麗でかわいい。ジッと見つめられるなんてご褒美かな。

 

「んー? 『鑑定』を初めて使うと『鑑定酔い』しやすいから、気をつけろってことです?」


「初日は三回まで! 慣れても一日五回までにしろって言ったんじゃよ! 今まで『鑑定』を発現した奴らはね、みんな喜び勇んで飛んで帰って、試しに親兄弟の『鑑定』をしてみて、三回目で目を回して寝込んで次の日にゃ起きられもしない、ってのがパターンだったんじゃ。『鑑定』は脳に負荷がかかる。初心者が無闇矢鱈に連発していいもんじゃない」


「ネム!」


 怒られるっ、と咄嗟に目をつむってから、何も言われないのを不思議に思ってそーっと片目だけを開けると、目の前には泣きそうにへにょりと眉尻と三角耳を下げた推しの顔があった。レアな表情だ。麗しい。かわいそかわいい。

思わず見とれていると、切れ長な目尻に涙まで浮かんできた。涙まで綺麗とか。一滴でいいからもらって小瓶に入れて、部屋の棚のモフモフ毛虫の横に飾りたい。ドン引き案件間違いなしだから言わないけど。


「なんでそーいう無茶をするのよぉ。ネムが死んじゃったりしたら、今度こそアタシどうしたらいいの!? 考えるだけで、そんなの、そんなの……」


「いやだって面白そうだったし、三回以上やっても意外に大丈夫だったのです……」


「ネムぅ!」


 泣く子と推しには勝てない。いやむしろ推ししか勝たん。

 泣きそうな顔だってこの上なく好きだけれど、わたしが推しを泣かすなんてとんでもない。『アリスフォード戦記』公式展開なら前のめりに鑑賞するところだけど。

  

「ごめんなさいなのです」


 素直に謝ったはずなのに、なぜかディータはジト目を向けてきた。


「その心は?」


「限界値を求めたくなるのはリケジョのサガなのです」


 その言葉に、プハッと吹きだしたのはお師匠さまだった。


「分かる、分かるよ。じゃあ何かい? お前しゃんは、わしゃらの注意を分かった上で、一日に使える自分の『鑑定』の限界値を確かめるために、あえて使い続けたってわけじゃね? その上、『鑑定』の有効範囲を確かめるために、人間以外のものにもしらみつぶしに使ってみたと? なるほどねぇ、確かに研究者気質。『鑑定』に相応しい性根じゃわ」


 ディータの片眉が吊り上がったけれど、お師匠さまが『まぁまぁ』と手を振ってなだめた。


「『鑑定』に55もスキルポイントを振ったのは、後にも先にもお前しゃんだけじゃからね。わしゃらとしても興味がある。聞かせてもらおうか。お前しゃんの昨日一日の研究成果を」


「はいです。まず、『鑑定』レベル1で、対象のレベルと種族の読み取り可能、『鑑定』レベル5で固有読み取り解放、『鑑定』レベル15で、使用魔力マイナス20、『鑑定』レベル30で対象の複数指定上限解放、『鑑定』レベル45で使用数上限解除、『鑑定』レベル50で指定範囲内の対象全ての読み取り可能、『鑑定』レベル55で並列認識補助。わたしが読み取れるのは、魔道具なしで対象の種族とレベル。魔道具ありで、対象の状態異常。対象は、人、犬、猫、馬、カエル、ミミズ、ヒトスジシマカ、アカイエカ、チカイエカ、オカダンゴムシ、イエバエ、ショウジョウバエ、イエダニ、ハダニ、ニキビダニ、シバンムシ、アブラムシ、コノハチョウ、シジミチョウ、カマドウマ、クビキリギス……」


 幸いなことに、虫の種類や生態は前世と変わらない。

 名前もだいたい同じで、前世の地域名がついた虫の名前がこちらの地名に置き換わっているくらいの差だ。

  マダガスカル大ゴキブリが、ペレニアル大ゴキブリになっているくらいの差。


「まてまてまてまて……途中からやたら分類が細かくなったけど、おそらくは虫の種類なんじゃろうねぇ……いや、説明はしなくていいよ。わしゃにはその絵を見ても覚えてられるとは思えんし、そんなこんまい絵、とても見えやしないよ」


 急いで紙に描いた細密画を差し出そうとするものの、眉間を揉んでいるお師匠さまにやんわりと断られてしまう。

虫はやたらな魔獣よりずっとファンタジックでカッコイイし、捕まえるのはしっぽの付け根がウズウズするくらい楽しいのに。解せぬ。

知識欲の権化のような大賢者からして虫に興味がないとは……どこかに虫好き仲間オタクはいないものか。


「虫はさておき、レベルによって『鑑定』がそれほど変化しゅるとは新発見じゃわ。わしゃの『鑑定』レベルは15じゃからね。大抵の魔法では『使用魔力の減少』効果が出ると、『それ以上はスキルポイントを振っても無駄になる合図』だと言われているんじゃが……こりゃあ他の魔法も情報を集めて、検証し直さなくちゃならないね。まあ、何が出るかも分からん魔法に、55もスキルポイントを突っ込める規格外はお前しゃんくらいしかおらんじゃろうが」


「あの、ルル様。レベル1の『対象のレベルと種族の読み取り可能』というのは分かりましたが、それ以外の意味は……?」


 ディータの質問に、お師匠さまは研究室にあった黒板にカツカツとチョークを走らせた。

 お師匠さまは弟子がたくさんいて、よく質問されるので、世界中あちこちにある研究室すべてに黒板が常備されているらしい。

 身長120センチくらいなお師匠さまが大きな黒板の上まで届くのかと思ったけれど、お師匠さまの得意魔法は『鑑定』よりむしろ『重力魔法』らしく、座布団に座ったままふわりと浮いていた。


「まずはレベル5の『固有読み取り』じゃね。『鑑定』ってのは面白い魔法で、本人の興味のあるなしによって見えるデータが異なるんじゃわ。例えば、わしゃは眼鏡を通すと人と魔獣のステータス、つまり体力値や魔力値、攻撃力、防御力、速さなんかが数値で見える。さらに、取得スキル、魔法、称号なんかも見えるね。これが基本。わしゃはさらに、まだ開花していない、才能の片鱗も見えるんじゃよ。例えば」


 お師匠さまはグルグル眼鏡をかけてディータの方へ顔を向けた。


「アンタは狐に稀に発現しゅる『化かす』スキルの芽と……こりゃあ珍しいね、なんと『時魔法』の種があるよ。何とか花咲かせてやりたいところじゃけど、この種の発芽率はコンマ以下でね……何か変化があったら是非とも報告を頼むよ。珍しい魔法やスキルのデータ集めはわしゃの道楽なんじゃわ。道楽ついでに助言してたら、いつの間にか大賢者なんてもんに祭り上げられちまった。ま、気に入ってはいるんじゃけどね」


 グルグル眼鏡を外し、パチリと片目をつむってみせたお師匠さまは茶目っ気たっぷりに笑った。


「ルル様以上に『大賢者』に相応しい方は存在しないと思います」


「はは、ありがとよ。その子、ネリームーア……舌ぁ噛んじまいそうじゃね、わしゃもネムでいいかい?  ネムの固有読み取りは、状態異常じゃったか」


「はいです。たとえば……お師匠さまのステータスは見えないので、わたしのお母さまのステータスだと『白血病感染』『免疫力低下』『筋力低下』『虚弱』『腫瘍』『床ずれ(背中)』などが見えました」


 お師匠さまは虚を突かれたように口を一文字にし、そこから目線を伏せた。


「……そうかい。マリアベルは、そんなにかい。わしゃも何年か前にミルトに頼まれて診てたことがあったが……すまないね、何の力にもなれなかったよ」


「……そうでしたか。でも、大丈夫なのです。お母さまは、わたしがきっと治すのです」


 拳でグーを作り突き出すわたしに、お師匠さまは何とも言えない表情を向けた。

 大賢者であるお師匠さまが診て治療法がないなら、それはもうこの世界にはお母さまの病の治療法は存在しないということだ。それをまだ子どものわたしが治そうとするなんて、それこそ子どもの夢物語だと聞こえたんだろう。

 でも、希望はある。

 お母さまのステータスには、『白血病感染』とあった。罹患じゃない、感染。つまり、この世界の牛の獣人の『白血病』は感染症だということだ。

 ウイルスだったら体力と本人の免疫力にかけるしかないけれど、もし細菌なら。抗生物質はまだこの世界にないけれど、似たものを作り出してお母さまを助けられるかもしれない。

そして、虫には、抗生物質に似たもの――抗微生物タンパク質というものを作り出す種が存在する。

たとえば、カブトムシ。

 問題は、抗微生物タンパク質にも種類があって、効く細菌と効かない細菌がいることだ。よくあるファンタジーのように、ひと瓶で全ての病を癒やすような万能薬とは違う。


「きっと、きっと大丈夫なのです。虫には無限の可能性があるのです」


「はは、ネムは本当に虫が好きなんじゃね。わしゃらは隣国出身じゃから、いまいちピンとこんが、この国の地方では秋の虫の鳴き声を『虫の』『虫の声』と呼んで愛でる風習があるんじゃったか。虫の鳴き声を雑音ではなく言語野で聞く唯一の民族じゃと、何かの論文で読んだ記憶が……」


「ルル、話がずれてるよ。あたしゃも取得レベルによる『鑑定』の能力には興味があるんだ。解説の続きを頼むよ」


 ララ様の指摘に、お師匠さまはポンと手を打って黒板に戻った。

 お師匠さまの言う通り、ここデントコーン王国は日本と文化が似ている。今は残念ながら廃れてしまったけれど、鈴虫を飼って音の良さを競う大会があったくらい。

 ちなみに、鈴虫やコオロギは翅をすりあわせてバイオリンのように音を出しているので、厳密には『鳴き声』ではないと思う。セミは腹で響かせるから鳴き声。


「待たせたね、次のレベル15で、『使用魔力マイナス20』、レベル30で『対象の複数指定上限解放』レベル45で『使用数上限解除』らへんは言わずもがなじゃね。これがあったから、ネムは通りがかりの者をひたすら『鑑定』し続ける、なんて無茶をやらかせたわけじゃ。しゃて……レベル50で『指定範囲内の対象全ての読み取り可能』、レベル55で『並列認識補助』、こりゃあわしゃも欲しい能力じゃねぇ。わしゃだとあとスキルレベル40か……ちと厳しいね」


「『対象の複数指定上限解放』と何が違うんだい?」


 腕を組んで小首を傾げたララ様に、お師匠さまはにんまりと笑った。


「違わないよ。たとえば、この部屋の人間みんなを『鑑定』しゅるなんて場合はね。ただ……『指定範囲内』の場合、目視出来ない相手、つまり死角にいる魔獣だったり、自分の命を狙う暗殺者だったり、高い城壁の向こうで警護しゃれている他国の王族だったり、そんな相手も『鑑定』可能かつ位置の特定ができる……そうじゃないかね、ネム?」


 わたしは思わずパチパチと手を叩いた。


「さすがなのです、お師匠さま!」

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虫ケラ令嬢と悪役オネエ~最推しの義兄を助けるため前世の知識で無双します @yuki-terao

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