第8話 かんていまとお師匠さま2

前回のあらすじ・大賢者の講義で話しかけてきたのは、まさかの『アリスフォード戦記』主人公アリスフォード王女だった。

◇◇◇


 口を開けたまま固まったわたしに、アリスフォード王女が苦笑いを向ける。


「……驚いたな。さすがはローゼワルテ、会ったこともないのに僕がアリスフォードで、しかも第一王女だと知っているなんて」


「すみません殿下、許しも頂かず勝手に御名を……保護者である私の責任です、いかようにも処分を」 


 後頭部をディータに押さえられ、ぐいっと頭を下げさせられる。

 そうだ、突然『アリスフォード戦記』主役のアリスフォード王女が目の前に現われて、驚きの余り口走っちゃったけど、確か身分が上の人のファーストネ―ムは本人が許さない限り呼んじゃいけなくて、しかもアリスフォード王女は表向き第二王子、男として過ごしている。

 身分制度のある世界だ。

 いくら子どもとはいえ、王城に来ている以上、王族への無礼は家の責を問われる。

 下手をしたらわたしだけの処分じゃなく、ローゼワルテ伯爵家の爵位がなくなるとか、父さまが隠居させられて王族に近い貴族がローゼワルテ伯爵家の当主になるとか、そんなことまであり得る、はず。


「王国の星にご挨拶申し上げます。ネリームーア・ローゼワルテと申します。ご無礼をはたらき、すみませんでした。ディータのせいじゃありません、わたしが悪いのです。王城出入り禁止とか追放とか打ち首とか、わたしだけでお願いします。本当にごめんなさい」


 しょーん、と肩を落として謝ると、ふふっ、と楽しそうな声が聞こえた。


「良く出来ました。それだけ立派に挨拶出来れば八歳としては上々だよ。っていうか無礼で打ち首って。王族どんなイメージなの。黄表紙の読み過ぎだよ。ちっちゃくなってプルプル震えててほんと小動物だね。ほら、顔を上げて。ディートハルトが斜め上に自慢するだけはある」


 顔を上げたわたしは、きょとんとディータとアリスフォード王女の顔を見比べた。


「ディータと、アリ……第二王子殿下はお知り合いなのですか?」


「そうだね、ディートハルトはミルトを補佐しているからね。王城でよく会うんだ。それと、僕のことはアリス殿下かアリス様でいいよ。どのみち、兄弟弟子になるわけだし」


「兄弟弟子……です?」


 何の話かと首を傾げると、ステージのほうからフワリと何かが近づいて来た。

 それはごく普通の座布団だった。空飛ぶ絨毯のように空を飛んでいて、その上には大賢者のおばあちゃんが魔法の杖を抱えてちょこんとあぐらをかいて座っていた。

 この世界に、まさか空飛ぶ乗り物があるとは思わなかった。

 魔道具とかいうやつだろうか。とてもお高いから、貧乏なローゼワルテ家ではほとんど見たことがないけれど。 

 茫然としていると、アリス殿下からこそっと小さな紙を手渡される。

 開いてみると、そこには几帳面な字で『絶対におばあちゃんとか言わないこと』と書いてあった。


「さすが目ざといね、アリス殿下。今回の講義で、『鑑定』の才があったのはこの子だけのようじゃわ」


「え?」


 大賢者のおばあちゃ……ゲフン、大賢者様の視線が差すのは。どう見てもディータでもアリス殿下でもなく、わたしで。


「この会場にはね、仕掛けがあったのしゃ。椅子の座布団の下ひとつひとつに弱い幻術の魔法陣が描いてあってね、当人の『探求対象』――つまり常に頭の端にあるものの幻が見える。とはいっても弱い幻術じゃから、本人に『異常な』ほどの探究心がなければろくに作用しないけれどね。アンタの『対象』は……こりゃ珍しい。虫ってのは初めて見たよ」


 大賢者様は、わたしの持っていた紙をのぞき込み、興味深げにリス耳をピクピクさせた。


「ヒョウモンカマドウマなのです。カマドウマは竈周辺によくいる上に馬のように跳ね回るのでこの名前が付いたそうです。つまり虫の中でも特に人間の身近にいる昆虫なので大賢者様もきっと見たことがあるはずなのです。キリギリスやコオロギに似てますがカマドウマには成虫でも翅がないのです。バッタやカマキリ類は不完全変態の種が多くて幼虫では翅がないものの成虫になると翅が現われるものがほとんどでカマドウマのこの形態はとても珍しくて……」


 何よりカマドウマは、Gと共に前世で初めて捕まえた虫だ。Gはショウねえちゃんが逃げ出すほど嫌がったのでそれ以降捕まえることはなかったけれど、家の中に現われるカマドウマはちょくちょく捕まえた。わたしの原点ともいえる。


「分かった分かった、アンタに『鑑定』の適性があるのはよく分かったよ」


「……どういうことでしょう?」


 ディータの言葉に、そういえば隣にいたのにディータは違ったのかな、と不思議に思う。『鑑定』なんて異世界転生チートの定番みたいな能力、『ディートハルト』にこそ相応しい気がするのに。


「『鑑定』の適応者は、何かひとつの物事への探究心が異常に強い、って特徴があるようなんじゃわ。その探究心が発揮しゃれている間に『鑑定』に触れると『鑑定』を発現しゅる。わしゃの弟子はみんな魔法への探究心が強い連中じゃから、最初は『鑑定』発現の条件は魔法適正なのかと思っとったんじゃが……しょこの王女のおかげで違うらしいと分かってね。今回の大講義はその検証なんじゃわ。虫とはまた面白い才能をめっけたもんじゃ。自分のスキルボードを開いたことはあるかい? スキルポイントの余りは?」


「スキルボード?」


 そういえば、『アリスフォード戦記』でもそんな場面が出て来たような気もする。はっきり言って戦闘場面の詳細な魔法やスキルは、『凄いなぁ』って思うだけで斜め読みしていたから、ほとんど印象に残っていない。

 どうやって確認するんだろう? と思っていたら、目の前に半透明の板が浮いていた。

 どうやらさっきのわたしの声に反応して出て来たらしい。

 触ろうと手を伸ばすと、感触はなく手が通り抜けるのに、文字が反応して光った。何だか面白くなって、ブンブンと手を振って光る文字を目で追っていると、パシリと手が捕まえられた。


「初めて見たボードが面白いのは分かるけどね、やたらな場所を触ると、意図していないスキルにポイントを振っちまったりするから気をつけるんだよ。スキルボードは本人にしか見えないし、一度振ったスキルポイントは元にゃ戻らない。スキルポイントは、レベルが1あがると1手に入る。レベルをあげるには経験値が必要なんしゃ。経験値は戦う他にも、職を突き詰めたりしても手に入る」


 いつの間にか側に来ていた、大賢者様にそっくりなおばあちゃんがわたしの手を握っていた。

二人の違いは、大賢者様の髪飾りが紅玉で持ち物が魔法の杖、そっくりなおばあちゃんが白い羽根に短剣ってくらい。このおばあちゃんにも、おばあちゃんって言わない方が……いいんだろうな、きっと。何かアリス王子がすっごい目で訴えてくるし。


「名乗り遅れたね、あたしゃは、大賢者ルルの妹でララってモンしゃ。今は、まぁ、ルルのアシスタントってとこかね」


「アシスタントとは謙虚じゃねララ。数多の手下てかを抱えた大盗賊ともあろう者が」


「なんのなんの、あたしゃの悪名も大賢者ルルの高名には負けるしゃね」


 微笑ましく笑い合っていた大賢者様が、ぐりんっと目を剥きこっちを見つめた。


「ちょっとお待ち。今、何をしたんじゃね、この子は!?」


「『鑑定』にスキルポイントを振ったのです! これでわたしも『鑑定』が使えるようになりますか!?」 


 浮かれて『じゃじゃーんっ』と効果音と共に両手でスキルボードを示したわたしに、何故か大賢者様は額を押さえた。


「……そうじゃった、子どもってのはそういう生き物じゃったよ。後先考えず、人の説明を聞かず、興味を持ったものにゃまず手を出してみる。大人から見ればいかにも熱そうな鍋にもヤカンにも、迷わず手を出す生き物じゃわ……」


「とりあえず、ルル。改めてこの子を『鑑定』してみたらどうだい? 普通、他人にゃスキルボードは見えんけど、ルルなら分かるだろ」


 大賢者様にそっくりな大盗賊、ララ様が差し出した瓶底グルグル眼鏡をかけ、わたしをジッと見つめた後、大賢者様は再び額を押さえた。


「……わしゃの責任、かね、こりゃ……」


「どうしたんだい、ルル?」


 大賢者様はグルグル眼鏡を外すと、ハァァ、と大きなため息をついた。


「……この子の今まで溜めに溜めてたスキルポイント、『鑑定』魔法ひとつに全振りしちまってるよ……」


「なんだって!? でもまぁ、溜めに溜めた、って言たって高々六歳やそこらだろ? レベルはいってて5ってとこかい? 確かに全振りはもったいないっちゃもったいないけど、まだ取り返しはつくんじゃないのかい」


 大盗賊ララ様の言葉に、わたしは口を尖らせた。


「六歳じゃないのです! 八歳なのです! もう大きいのです! お役に立てるのです!」


「そうかいそうかい、悪かったね」


 頭をポンポンしてくるララ様に、ムキーッと頬を膨らませると、「ネムったらかわいいわぁ」とディータにまで撫でられた。かわいいのも綺麗なのもディータのほうなので、ディータの目には何かのフィルターがかかっているに違いない。それともあれか、ペット的な? それならネズミなので、納得出来なくもない。


「いやいやララ、この子のレベル、55もあるんじゃよ。それを『鑑定』に全振り。子どもの思い切りの良さってなぁ、時々空恐ろしくなるもんじゃね」


「55ぉ!? やたらなベテラン冒険者より上じゃないか! こんなちっちゃい子が、なんでまたそんな」


 大盗賊ララ様の言葉に、疑問符が頭の中を跳ねる。

 わたしはディータのドレスシャツの袖を引っ張った。


「ディータ、ディータ。ディータのレベルはいくつなのです?」


「アタシ? 最近85になったとこよ」


「大賢者様大盗賊様のレベルはおいくつなのです?」


「詳しくないけど、600を越えてるって聞いたことがあるわね」


 スラスラと答えてくれるディータに、わたしはポンと手を打った。


「やっぱり、わたしは全然大したことないのです」


「馬鹿言うんじゃないよ! どこの世界に、五歳でレベル55の幼児が当たり前にいるってんだい! あたしゃやルルはこれでも人類の最高峰だ、勘定に入れるんじゃないよ! いいかい、人間、産まれた時は全員レベル1、そこから成長して仕事して、荒事とは無縁の鍛冶屋の親父でレベル10~15、闘いが仕事の冒険者だって、駆け出しでレベル10、中堅でレベル30~40、ベテランだって50いくかいかないかくらいなもんだ。魔獣との闘いを商売にしてて、五歳児に負けてちゃ話にならないだろ」


 腰に手を当ててプンスカ怒る大盗賊ララ様に、こちらも同じポーズでもの申す。


「わたしは五歳児じゃありません、八歳なのです!」


「突っ込むとこはそこなのかい!?」


 同じポーズで見つめ合うわたしたちの横で、アリス王子がポリポリと頬を掻きつつ、苦笑いを浮かべた。


「ララ様、その子のうち、ローゼワルテだそうですよ」


「ローゼワルテだって!?」


 ギョッとしたように大賢者様と大盗賊様に見つめられて、わたしは名乗っていなかったことに気付いた。


「改めて、ネリームーア・ローゼワルテと申します。大賢者様、大盗賊様にご挨拶申し上げます」


「こりゃあたまげた。ミルトの子かい。なんとなんと、そりゃあ納得じゃわ」


 二人はしげしげとわたしを見つめた後、肩を寄せて後ろを向きヒソヒソと話し始めた。


「ということは、スキルボードすら開いたことのなかったこの子のスキルポイントを『鑑定』に全振りさしぇちまったこと、ミルトに知られたらマズいじゃろうね、ララ」


「そうともルル。ミルトのことだからね。ネチネチ言われるよきっと」


「ネチネチ言われるので済めばまだめっけものじゃよ、ララ」


「身内には過保護だからねぇ、あのカワウソ坊や。この子をあたしゃらの庇護下に入れるよう証文のひとつも書かされるかもしれないよ、ルル」


「どうせなら先んじて、弟子に取っちまったらどうかね、ララ」


「名案だよルル。それならあたしゃらからしてもこの子は身内だ。それに大賢者様としては、あの子の『鑑定』に興味もあるんだろう?」


「分かってるね、ララ」


 大賢者様と大盗賊様はそろってこちらを振り向くと、ごほんと咳払いをした。


「魔法を全く学んでないのに、『探究心』だけで『鑑定』を発現しゅるとは、実に興味深い検体――ゴホゴホ、子じゃからね、わしゃの弟子になってみる気はないかい? 『鑑定』は個人差の大きい魔法でね、その差の研究もしゃせて欲しいんじゃわ」


「よろこんで!」


 食い気味に元気いっぱい答えたわたしの服を引っ張り、ディータが小声で耳打ちしてくる。


「ちょっと、ネム、よく考えないで返事したりしちゃダメよ! 今の大賢者様達の声、聞こえてたでしょっ? 帰って伯爵に相談してからにしましょ? ね?」


「いいのです!  してやったり! なのです!」


 それを言うなら願ったり叶ったりだろ、と大盗賊様から突っ込まれ、その後わたしは、めでたく大賢者ルル様を『お師匠さま』、大盗賊様ララ様を『ララ様』と呼ぶ許可をもらった。

目論見通りにレア魔法『鑑定』を習得出来た上に、なんとなんと、人類最凶のお師匠さままで得てしまったわたしは、『してやったり』で間違いないと思うのだ。

 


 






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