眠りの巫女は寝言姫

まさつき

寝言の神託はいつだって意味が分からない

 仄昏い王宮通路の片隅で、低く声を交える者たちがいた。

 高窓から僅かに差し込む青白の月光は、官吏たちの心を冷たく炙る。


「新しい神託が下されたとか」

「ですが、またしても意味が分からなくて」

「寝言姫の神託か……で、此度はなんと?」


 常しえに眠り続ける巫女がいた。

 彼女の神託は常に正しく、王国は幾度も危機を乗り越え、繫栄を極めた。

 だがその言葉は荒唐無稽、下された時はまるで意味が分からない。

「もうたべられない」と告げては豊作をもたらし、「そこはだめ」との思わせぶりは魔族の侵略を予見した。

 そうしていつしか、ついたあだ名が「寝言姫」。


「『けんくんだめ』だそうで……」

 ――長く深いため息が、袋小路を満たしてゆく。

「賢君駄目……まさか、王が乱心?」

「めったなことを……ケンと名の付く者に何かあるのやも」

「まずは内密に吉凶を調べねば……」


 だが、人の口に戸は立てられぬ。

 王宮は騒然とし、王を巡る陰謀が渦巻く。

 国中では人狩りが行なわれる始末。

 世は乱れ、王を挟んで親王派と王弟派が睨み合い、御前会議もままならない。

 無為に時だけが過ぎてゆく。

 そうしてとうとう、暗澹たる思いの賢王の元に、新たな神託が届いたのだった。


「『まだおねむなのに』とは、まさか伝承の邪悪が目覚めるとでもいうのか?」

 すぐさま探索の下知を王は飛ばした。

 だが今度は誰がどこへで臣下が揉めた。

 そんな愚行をあざ笑うように突如、大地が震えた。

 短いが大きく深い揺れに、朝議中の王宮は騒然となる。

 油を注いだのは、血相変えて飛び込んできた文官だった。

「今度は何事だ!? 騒々しい」と、王の親友たる宰相が怒声を放った。

「恐れながら、寝……いや眠り巫女様がお目覚めになったのです!」

「……!?」


 百年か、万年か。目覚めぬはずとばかり思われていた姫巫女が、目覚めた。

 目覚めとともに、大地が割れた。

 嵐が吹き、天が裂けた。

 すべての人の営みが、虚しく大地に呑まれ、嵐にまかれて消えてゆく。

 やがて世界は、白い光に包まれて――消えた。


   §


「いい加減起きてください、お嬢様!」

「ケン君、まだ眠いよう」

 朝の目覚めに気怠くする娘の寝所に押し入り、側付きのケンネスが手荒に上掛けを剥ぎ取った。

「ケン君のエッチ……」

「バカ言ってないで、早く支度を済ませてくださいよ、今日は大事な……っ??」

 きゃっと呻いて、娘は少年にしがみつく。

 大地が震えていた。

 窓の向こう、眼下に広がる街並みで、地鳴りが低く響きだし――。

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