エピローグ
「座して待つ」
いつも通りの昼休み。おにぎりを齧りながら、愛澄は突然変なことを言い始めた。彼女はおにぎりのフィルムを剥がすのが絶望的に下手で、なぜか海苔の大半がフィルムに残ってしまっている。
私は見るに見かねて、もう一個のおにぎりのフィルムを綺麗に剥がしてあげた。
おにぎりを受け取ると、彼女は私と文華を交互に見た。
「最近はもうイケメン情報も出尽くしちゃったし、後はもう待つしかないかなって。ほら、来年の新入生に国宝級のイケメンがいるかもしれないじゃん?」
「そんな人と愛澄が付き合える確率は限りなくゼロに近いと思うけど……」
「うるさいな。そこは歳上の魅力でどうにかするから」
「できるかなぁ……」
文華は呆れたように言う。
「文華の方はどうなの? 新しい恋、見つかった?」
「私は……まあ。まだちょっとね」
「ふーん……ことりは?」
「私は恋人いるし」
「そっかー……。え?」
「ことりって恋人いるの!?」
愛澄と文華が反応する。
あれ、そういえばまだ言ってなかったっけ。凛梨と付き合い始めてから、早二ヶ月。三学期が始まり、バレンタインが過ぎ、春が目前まで迫ってきた今日この頃。私と凛梨は、これまでとそこまで変わらない生活を送っている。
お昼は週に一度二人きりで食べて、用事がない日は毎日一緒に帰る。そして、互いを甘やかし合うという遊びは未だ継続中だ。最近は凛梨も私と触れ合うことに慣れてきたのか、甘やかし方が板についてきている。
私たちは恋人同士ではあるものの、それ以上に付き合いの長い幼馴染だから、そこまで劇的な変化はなかった。
「誰!? めっちゃ気になる!」
思ったよりも文華の食いつきがすごい。
うーん。
別に付き合っていることを隠しているってわけではないんだけど。凛梨はそういうの、あんまり人に教えたがらないだろうしなぁ。一応黙っておいた方がよさそう——。
「私」
その時。
いつの間にか教室に帰ってきていたらしい凛梨が、私の頭に肘を置きながら言う。すみません、私の頭を肘置きにするのはやめてください。髪がぺちゃんこになってしまうので。
ていうか、待って。
「ちょっと、凛梨?」
「別に、言いふらしたりはしないでしょ」
「それはそうだけど……」
いいのかなぁ。文華はともかく、愛澄は割と口が軽そうな気がするけれど。
「え。ことりと凛梨が、付き合ってるってこと?」
文華は目を丸くして言う。
「そういうこと」
凛梨は私の髪をいじりだす。不器用なイメージが強いけど、最近の凛梨って結構ヘアアレンジもうまいし、器用なんだよなぁ。今度私の髪も凛梨にアレンジしてもらおうかな。
「……そっか。よかったね、凛梨」
「うん」
「てっきり他の誰かがことりに告白して、草葉の陰で凛梨が泣く未来がくるかと思ってたけど」
「それ、私死んじゃってるじゃん」
「ことりを取られたショックでかな?」
「いや、そんなんで死なんし」
「ほんとに?」
「……ショック死しかねないとは思うけど」
「だよねー」
さすがに大袈裟すぎると思うけど。
「二人って、そういう関係だったんだ……」
愛澄は驚いたように私たちを眺める。正直当事者である私も凛梨とこんな関係になるとは思っていなかったから、当然かもだけど。
「てことは、待って? まだ恋したことないの私だけってこと!?」
「焦らなくていいと思うけど……」
「うわ、勝者の余裕。やっぱ座して待つのはやめる! 運命は自分で切り開くものだから!」
「ちょ、ちょっと愛澄?」
「私、行ってくる! 恋探しの旅に!」
「えぇー……」
彼女はおにぎりを口に詰め込んで、走り去っていく。私は呆然とその背中を見送った。恋に対するあの貪欲さは、私も見習いたい。未だに愛だの恋だの、そういうのはそこまでよくわかっていない。
唯一確かなのは、凛梨とずっと一緒にいたいっていう気持ちだけで。
「行っちゃった」
文華は呆気に取られていた。
「あ、あはは……」
「元気だねー、愛澄は」
「ね。私も見習わないとなー」
「ことりはそのままでいいよ。あんまり元気になられても困るし」
「なんで?」
「ああやって元気に走り回ったら、絶対迷子になるじゃん」
「それはそうだけども」
知らない街ではナビが欠かせないもんなぁ。なんなら地元でも知らない道に入ったら間違いなく迷子になる。そう考えると、今のインドア派な私でちょうどいいのかもしれない。
「はー。私も新しい恋、探さないとなぁ」
文華はため息まじりに呟いて、立ち上がった。
「愛澄のこと追いかけてくるね。もしかしたら、お姉ちゃんみのある人と出会えるかもだし!」
「あ、うん。頑張って……?」
「ことりもね!」
彼女はそのまま走り去っていく。なんとも慌ただしいというか、なんというか。凛梨を見上げると、彼女は微妙な表情を浮かべた。多分私も同じ表情をしていると思う。
「凛梨、お昼は?」
「もう食べた」
「ふーん……私はまだだから、食べてるとこ見守ってて」
「猫じゃん」
猫って食べてるところを見てほしい生き物なんですか?
疑問に思いながらも、私はパンを口に運んだ。凛梨は私の向かい側に座って、じっと見つめてくる。自分で言っといてなんだけど、ちょっと恥ずかしいかもしれない。食べてるところって、ここまで見られることないし。
結局あまりパンの味がわからないまま、食事を終えることになった。
今度から、食べているところを見てもらうのはやめよう。
「ことり」
「やだ」
「いいじゃん、一瞬だから」
「絶対、死んでもやだ」
「えー」
今日は凛梨の番だから、いつもみたいに甘えようと思ったのだけど。部屋に着いた途端、彼女は机の中からピアッサーを取り出してきたのである。かつて私に使われる予定だったピアッサーは、未開封のまま机の中に封印されていた。
「ピアスもお揃いだったら嬉しいのに」
「痛いのは無理だって言ってるでしょ」
「そうだけど……」
「この前お揃いの服買ったじゃん。それで満足して」
「……まあ、そうだね」
この二ヶ月で、お揃いのものは前よりも増えている。服もそうだし、アクセサリーとか爪の色とか。どんどん凛梨の趣味に染められていっているような気がするけれど、別に嫌ってわけではない。きっと、私とは違うからこそ、余計に彼女を愛おしく思うのだ。
そろそろ彼女にも、私の趣味を押し付けたいところだけど。
苦手なケーキを食べさせるのはかわいそうだし、服はこれ以上買うとお金がまずいし……。
意外と私が好きなものをお揃いにするのって、難しいかもしれない。
「それより、今日は凛梨の番でしょ? ちゃんと私のこと、甘やかして」
「はいはい」
凛梨はベッドに座る。私はそんな彼女の膝の上に乗った。そのまま軽く体重をかけて、背中を彼女の体にぴったりとくっつける。ハグするのも好きなんだけど、こうやって触れ合うのが一番好きかもしれない。
彼女は後ろから私の頭を撫でてくれる。
まるで子供に戻ったみたいだ、と思う。だいぶ恥ずかしいことをしている気がするけれど、私に甘えてくる時の凛梨も大概恥ずかしいことをしているからよしとする。私はくるりと体の向きを変えて、彼女の胸に頭を押しつけた。
彼女はまた、私の頭を撫でてくれる。
「めっちゃ甘えるじゃん」
「最近の凛梨は甘えさせるのが上手になったから。これは甘えないと損だと思って」
「なにそれ」
呆れたように言いながらも、ちゃんと私のことを甘やかしてくれる。
そういうところが——。
「好きだよ、凛梨」
「あ、っと、うん。私も、好きだけど。……なんでいきなり?」
「いきなり思っちゃったんだから、しょうがないじゃん」
「……ふふ。そうだね。しょうがないよね」
いつか私も、漫画の主人公みたいに恋をする日が来るのかな。
甘く切なくて、ドキドキして仕方ない、みたいな。
そんな感情がこの胸にやってくるなんて、想像もできないけれど。でも、こうして凛梨に甘えて、凛梨を甘えさせて、ずっと二人でいられたら。世間一般的な恋がわからないままでもいいのかな、と思う。
私は彼女の背中に腕を回して、ぎゅっと抱きしめた。
彼女もまた、私を抱きしめてくれる。
その感触が、今の私にとっては、恋そのものだった。
知り合い以上友達未満な幼馴染と互いを甘やかし合う話 犬甘あんず(ぽめぞーん) @mofuzo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます