ヒロインの数だけ不憫がある!

じんむ

第1話 メスガキはガキだからこそ許される

「ほんとあんたって駄目駄目ね~」


 目の前で少女が口元に手をやり八重歯を見せる。人を馬鹿にしたような眼差しのいかにもメスガキと言ったような風貌のそいつには見覚えがある。


 名前は渡良瀬瑠子わたらせるこ。幼少期からの幼馴染かつ今の今までずっと同じクラスの腐れ縁。

 唯一の救いと言えば家が隣とか向かいとかではなく徒歩五分はかかる距離がある事だろうか。


 毎日のように目と鼻の先で顔を合わせこう馬鹿にされていては流石の俺でも辟易する事だろう。ただでさえうちには弟に対していちいちマウントを取り小うるさい姉がいるのにやってられるかという話だ。

 逆にその姉がいるからこそこのメスガキの小馬鹿にした言動を流すことができているのだと思う。まさに毒を以って毒を制するとはこの事だろう。


 だがしかし少し疑問がある。


 俺は今高校生で、すなわちこの幼馴染でかつ腐れ縁のメスガキがメスガキであるはずがないのだ。にも拘らず未だニヨニヨしながらこちらを見下す姿はそう、メスガキ。髪を二つに結うヘアゴムは高校生がつけるには少し可愛すぎるぷりちーできゅあーな仕様。タッパも当然低く、なんならご丁寧にランドセルまで背負っている。


「そんな事も分からないんだ? ほんとざぁこざぁこ」


 露骨なまでのメスガキボイス、ありがとう。いや流石に露骨すぎて文脈的に不自然な気もする。そもそもこれまで一度だってこいつにざぁこなどと言われた事は……いやあったかもしれん。ドッジボール大会でちょっと受け方ミスって女子に当てられた時に言われた気がする。なんならよわよわ十二郎じゅうじろう♡とかも言われたな。♡マークは盛ったが。


 いやそんな事はどうでもいい。要するに今の状況は現実ではありえないという事だ。そこから導き出される答えは夢。そう、これは夢である。故に偽りであり、こいつは本物じゃない。ある朝起きたら幼馴染が小学生のメスガキに戻っていた件、みたいなラノベ紛いの物語など存在しない。こいつはメインヒロインではないのだ。


「さっきから一人で何ぶつぶつ言ってるの? きも~♡」


 ほら見ろ、俺は一度だって口を開いていたないのに先ほどからモノローグに対応して話しかけてくるだろう。それこそが俺の意識内だけで行われている茶番劇である事の証明。


 あるいはこのメスガキが勝手に一人でメスガキごっこしているのであれば話は別だが、もしそうなら即刻夢から覚めてくれ。怖すぎる。ぶつぶつ言ってるのお前じゃん。はっきり言って異常者だよそれは。お化けより怖いの人間、人間より怖いのはメスガキである。


 ただ少し視点を変えてみよう。もしこれが夢であるのならば、俺の脳内の茶番劇であるのなら、少しくらい分からせたって罰は当たらないんじゃないだろうか? 


 現実世界で小生意気なメスガキを年上の男が分からせたならもうそれは限りなく犯罪に近いグレーだ。分からせ方によっては恐らく犯罪にもなり得るだろう。夢の中とは言え、流石に俺も倫理観を疑うような真似はしたくない。いかに逸脱した状況でも俺は人間のままでありたい。


 故に少しでいいのだ。例えばそうだな、ゲームで対戦して負かしてやるとかそんな感じの可愛げのあるものがいい。

 そうと決まれば善は急げ。夢から覚める前に俺はゲーム機を召喚――


× ×


「ふご……」


 意識が現実に引き戻される。鼻の先が暖かい。薄いベージュのカーテンの隙間から射す光がどうやら俺の鼻を照らしているらしい。


「ねぇ今聞いた? 山添やまぞえふごって! ふふっ、間抜けすぎない?」

「あぁ?」


 聞き慣れ過ぎてなんの感慨も抱かない声なのに、苗字を呼ばれれば自然と反応してしまうのは条件反射といっても差し支えない。まだ少し焦点が定まり切っていない中、目を向けた先には俺へ小馬鹿にするような視線を送るメスガキ……元メスガキがいた。


 渡良瀬瑠子(十五歳)、昔と比べやや髪は短めにまとめられ、編み込みで後ろ側を上げているスタイル。どうやら今日も今日とてクラスの友人の女子にまた俺を貶めるような発言をしているらしい。はいはい存分に侮ってくれ。そのほうが人生楽に生きる事ができるからな。


「はは、確かに笑う~」

「でしょー? ほんとみっともな~い」


 こちらを見下しながら友人と談笑に勤しむ渡良瀬だが、俺は先ほどの授業中は丸々寝ていたので身体が硬い。休憩時間が終わる前に少し体を動かそうと席を立たせてもらう事にする。

 これでまた俺の事など放っておいて友達との談笑に戻る事だろう。


「あれ? もしかして怒っちゃった?」


 渡良瀬も立ち上がると、口元に手を当て下から覗き込んできた。

 今日はいつにも増してしつこいな。あるいはこいつの夢を見てたせいでそう錯覚してるだけなのか……。


「怒ってねえよ。いつも通りの事にどうして怒る必要があるんだ?」

「ま、そうだよねぇ? あんたみたいなクソ雑魚が私に怒れるわけないよね~?」

「ええその通り。渡良瀬氏にはかないませんとも」


 いちいち相手にしてたら埒が明かない。


「うわーすごい喋り方~。おじさんぽくてきも~」

「……」


 ついつい胡乱な眼差しを送り付けてしまうと、渡良瀬は挑戦的な笑みを浮かべてくる。


「ていうか山添ってさ~、昔私の事瑠子って下の名前で呼んでたよねぇ? なんで呼ばなくなっちゃったんですかぁ~?」

「それを言ったらお前も俺の事苗字で呼んでるだろ」

「え~なにそれもしかして下の名前で呼んでほしい感じ?」

「いや別に」


 むしろ呼ばないでほしい。何を考えたのか両親は俺に十二郎じゅうじろうなどと名付けてきやがったからな。昔の農民かよって。あるいは戦国武将の荒木村重の幼名とも一致しているが絶妙に嬉しくない人選なんだよな。


「あれあれ~? なんか声ちっさくなぁい? もしかして図星かなぁ? やぁば~」

「はぁ……」


 徒労からついため気が漏らしてしまうが、渡良瀬は構わず続ける。


「そんなに呼んでほしいなら呼んであげよっか?」


 そう言うと渡良瀬はおもむろに俺の耳元に顔を近づけると、息のかかる距離で囁く。


「じゅ・う・じ・ろ・う・君」


 頬に軽く触れる渡良瀬の髪から甘い香りが漂ってくると、あくびが込み上げてきた。


「あーめっちゃ嬉しすぎて涙出るわ~それじゃあな」


 俺は体をほぐすという本来の目的に戻るべく、教室の外へと向かう。


「はい逃げた~」


 そんな声が聞こえてくるが、気にせず廊下へと繰り出した。

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