廃墟の館と怪異
水の月 そらまめ
ぬいぐるみを探して
私は友達の三人を連れて、廃墟の館にやって来ていた。
見るからに何か出そうな佇まいに、三者三様の表情をしている。
「ここだよ。ごめんねついて来てもらって……ちょっと一人で入るのは怖くて」
私はそう言って扉に触れる。ギィと音を立てながら開けると、温かな空気を押し除け、中から冷たい空気が流れてきた。
その冷たさに、普段お調子者の
「本当にここなのか?」
「うん。写真と同じでしょ?」
写真を覗き込んだ
「
「は、早く探そうぜ。俺は怖いの苦手なんだよっ」
一太郎くんと斉藤くんが進んで行った。その後ろに、
三人が暗い廃墟の館にに入っていくのを、私は笑みを浮かべながら見つめていた。
「春橋さん、手分けして探しますか?」
「そうだね」
「い、嫌だっ」
「俺は春橋さんと一緒に行くよ。斉藤は野々村さんとな」
「俺の声聞こえてるか!?」
カチッと明かりをつける。
「斉藤くん、私とはイヤってことですか?」
「そんなこと言ってないじゃん。行くよ、行けばいいんだろ〜。くまちゃんどこぉ〜……!」
掠れた声で呼びかける斉藤くんに、私たちは苦笑した。
野々村ちゃん達は右の方を、私たちは左から攻めていくことにする。
建物は二階建て、そこそこ広い屋敷を調べていく。
「怖かったら俺を盾にしてもいいからな」
「うん、でも大丈夫だよ」
「そ、そう……」
何故か残念そうにした一太郎くんを見上げる。
トットットットッ。
「なんだ?」
「……いま何か通った?」
一太郎くんはすこし身体を強張らせていた。
野々村ちゃんと斉藤くんは右側に行ったし、あんなに軽やかな足取りでいるとも思えない。
拳を握りしめた彼は、おもむろに進み出す。
「早く探そう」
「そうだね」
くまちゃんは机の上に置いてあると事前に共有している。部屋を隈無く探すことはせず、中に入って、パッと見たらすぐに次へと向かう。
ガタッ。置き物を倒してしまった。
「あっ、ごめんね」
一太郎くんは、恐怖に強張った顔をしていた。
「い、いや、大丈夫だ」
強がっちゃって。
次の部屋を開ける。
「ないな……」
「もしかして、二階にあるのかも。…………大丈夫? 一太郎くん、顔色が悪いよ」
「大丈夫だ。明かりが悪いせいでそう見えてるだけだよ。春橋さんこそ、大丈夫?」
「……うん」
私は頷いて、次の部屋へ向かう。
扉に手をかけた瞬間、パリンッ!! 突然ガラスが割れる音が響き渡った。私は扉を開けることを躊躇する。
「春橋さん、俺が」
「……お願い」
ゾクリと身を震わせ、一太郎くんは音の聞こえた部屋を開ける。
「誰かいるのか!?」
声を上げて、自分を奮い立たせているようだった。
部屋はガラスなど割れておらず、奇妙にも音だけのようだ。くまの人形が置いてあって、一太郎くんが近づいていく。
「春橋さんのクマじゃないよな?」
「うん。違うみたい」
私たちは踵を返す。
ボトッ。
触れてもいないのに、くまの人形が地面に落ちた。その時、部屋と廊下の明かりが点滅する。
ゴクリと喉が鳴った。
ゆっくりと呼吸をした一太郎くんに、冷や汗が垂れる。
「行こう、次が最後だよな」
「そうかも」
次の部屋にも私のくまちゃんはいなかった。
私たちは斉藤くんと野々村ちゃんと合流すべく、明かりの点滅する廊下を歩く。
「うわぁぁああああ〜〜〜ッ!!!」
斉藤くんの悲鳴だ。
「今のは……?」
一太郎くんがごくりと喉を鳴らす。
その時、何かがこちらに近づいてくるのを感じた。ペタ。ペタ。と、濡れた素足のような足音が近づいてくる。
明かりの点滅する速度が早まっていた。彼の心臓の音が聞こえてくるようだ。
「春橋さん」
踵を返した一太郎くんに手を引かれる。
「向こうからも、行けたはずっ」
私たちは廊下を引き返し、曲がり角を曲がる。しかし、あったはずの道が、そこにはなかった。
「……こっちだ」
恐怖を顔に浮かべながらも、一太郎くんは私の手を絶対に離さないと、握りしめたまま走る。
入った部屋のドアを閉め、私たちは息を殺して、身を潜めた。
ぎゅっと握られる手が熱くて、私は冷たい息を吐く。
ペタ。ペタ。ペタ。ペタ。人影が通り過ぎていく。
足音が聞こえなくなるまでその部屋にいると、野々村ちゃんの声が聞こえてきた。
「一太郎くーん。春橋さーん。いないの〜?」
耳を澄ませて、私は立ち上がる。
「一太郎くん、手」
「うわぁっ、悪いっ!?」
彼は顔を赤くして、扉の方に小走りする。私も一太郎くんの後ろを追った。
「あっ、よかったです。二人とも」
外に出ると、野々村ちゃんが歩いていた。
「野々村さん一人?」
「斉藤くんは恐怖で飛び出して行っちゃいました。屋敷の前で待っているそうです」
「そうか……。右にはクマのぬいぐるみは、無かったってことでいいのかな?」
「ありませんでした」
私たちは階段のほうに向かうことにした。
明らかに怖がっている表情で、一太郎くんは一番前を進んでいく。その少し後ろを歩く野々村ちゃんは、全く怖がっているそぶりが見えなかった。
むしろ、どこかイキイキとしている気がする。
「野々村ちゃん、なんだか元気だね」
「実は私、オカルトとか心霊スポットとか、大好きなんです」
「……へ?」
「ふふ」
不気味に笑った彼女にすこし惚けて、私は一番後ろでついていく。
ギィー……。軋むボロボロの階段を上っていく。
その途中で、私は声をかけた。
「階段を登った先、右側に五部屋、左に二部屋だよ」
「春橋さん、この建物に妙に詳しくないですか?」
「………………。私ね、実はここに住んでたことがあるんだぁ。なんちゃって」
ニコリと笑うと、一太郎くんが引いたように顔を引き攣らせる。
階段の頂上にたどり着くと、そこには大きな古時計が置かれていた。
ゴーン。ゴーン。時計の針は動いていないのに、鐘が鳴る。
「ひっ」
「……古い時計のようですね」
「そうだね」
すると、古時計が奇妙な音を出し始める。カチカチ、カチコチ。ゴーン、ゴーン。何かの意思があるかのようだ。
その時、私たちの背後に誰かが駆けたような風が動いた。
「な、何かいるのか?」
「いるのでしょうね」
「私もそう思います」
音が止まった時計を見ると、急に時計の針がぐるぐると巻き戻り始めた。
刹那、ババババババッ!! と、血の手形が壁を埋め尽くしていく。
「うわぁぁああッ!? きょ、今日は帰らないか!? 春橋さんっ」
「え、でも……」
「俺がまも――」
言葉の途中で、一太郎くんが白目を剥いて倒れてしまった。彼の見ていた方へ視線を向けると、大きな影と目が合う。
ペタ、ペタ、ペタ、ペタ。と右から走ってくる足音。
「きゃぁあっ!!」
私がよしっ、とガッツポーズをやりかけたその時。
「すごいすごいですっ! 本物ですよねっ! 会いたかったです怪異さーん!」
ズコッ。
「どうしたの? 春橋さん」
「え、えぇ!? 普通怖がるところじゃないの!?」
「春橋さんだって怖がってないじゃないですか」
「そ、そうだけど。そうだけどっ!」
野々村ちゃんは手を合わせて、幸せそうな表情をした。
「私、オカルトとか、心霊スポットとか、怪異とか大っ好きなんです」
キラキラとした目で、ぬーちゃんを見つめている。
本当に好きなのだろう、声と視線は熱く、憧れのようなものが感じられた。その様子に、ぬーちゃんが動く。
「こりゃダメだ」
目の前に聳え立つ、ぬりかべのぬーちゃんが人化する。
「人化も出来るなんて……。やはり怪異は人間の知らないところで生き続けているっ……!」
「確かに。これは、どうしたって怖がらないね」
べとべとさんのぺとちゃんも人化した。
やってしまったと、綺麗な髪を払う。
「そんなぁ……。頑張って人間のお友達作ったのにぃ」
「大丈夫。今日のことを無かったことにすればいい」
「追試はイヤだもんね」
「そうは行きませんよ」
ポンッと、和服を着た女性が現れた。ふさふさの尻尾と耳を動かし、彼女は
「せ、先生……!?」
「貴方たちのグループは試験不合格。追試です」
ニコリと笑った先生に、脅かす側の私たちの方が顔面蒼白になる。
「いややぁぁああ! 休みがぁぁああっ……!」
「終わったぁ」
「野々村ちゃんさえいなければ……」
「なんか、ごめんなさいね?」
やってしまったぁ。不合格とか、妖怪検定2級恐るべしっ! もう一人前だぞって胸張れないよぉ……。
この先も野々村ちゃんみたいな強敵がいたら、私、もう……むり。
ガクッと膝をつく私たちの前に、野々村ちゃんが屈む。
「もしかして、春橋さんも怪異なんですか……?
「うんん、私はゆきんこ」
「可愛いやつだ♪」
「貴方……いい人材ですね。この後、あいてます?」
「へ?」
その後、野々村ちゃんは試験をする妖怪たちのことごとくを追試に追いやったらしい。
野々村ちゃん、怖い……。妖怪の敵だ。先生酷いッ。
試験が無茶苦茶なったって、先生も怒られてたらしいけど、追試は逃れられなかった。
そうそう。一太郎くんと斉藤くんは、あの日以降、ちょっとよそよそしくなってしまった。どうしてだろう?
そしてあの日以降、私はだいぶ距離の近くなった野々村ちゃんに付き纏われている……。
「春橋さん、次はどこに行きますか?」
「え、いや、もう行かないかなぁーなんて……」
「貴方怪異ですよね? 怖がってないで怖がらせてくださいよ」
「無理だよ。野々村ちゃん、絶対怖がらないじゃ……、あっ、バッタ」
「きゃぁぁああ〜〜〜ッ!!」
そんなに近くない場所で跳ねたのに、野々村ちゃんは全力疾走して行った。
「虫には弱いのか……」
ニヤリと笑って、私は彼女を追いかける。
「待ってよー、野々村ちゃーん」
廃墟の館と怪異 水の月 そらまめ @mizunotuki_soramame
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