最終話 南の楽園の五月
引っ越してきた四月はあっという間に過ぎて、五月になった。毎日、太陽が照りつける日々が続いてる。
五月のゴールデンウィークから一週間後の土曜日に、陸くんと航一くんと、自転車に乗って島の海めぐりをしたの。二人から、話には聞いてた。コンドイビーチというところ。
透明なガラスみたいな。生きたサファイアみたいな海。遠浅で、腰くらいの深さの海が見渡す限り、ずっと続いてる。
珊瑚礁が遠くには見えて、色とりどりの魚たちがすぐそこを泳いでる。わたしは、用意していたマリンシューズを履いた。今日は水陸両用の、膝上のショートパンツなので、ある程度深くまで行ける。
ひやりと冷たい海の水に息を呑む。でも、それも一瞬で。母なるものに確かに触れてる、という、温かな思いが湧く。
綺麗な色の貝殻を、海の中に見つけた。薄ピンクの貝殻。桜貝だ。袖が濡れちゃうけれど、波に乗ってきたのをキャッチできたの。
「陸くーん。航一くん!」
桜貝を掲げようとしたの。でも、次の瞬間、結構高い波が来て。はずみで、貝殻がさらわれてしまった。袖がびしょびしょだよー。
「あー。もったいない」
恨めしげに海を眺めてると。
男性陣も、服の下に着ていた水着一枚になって、海の中に入ってきた。
「桜貝なくなった? 多分、似たのあるよ」
陸くんが生き生きしてる。航一くんは、わたしに言うより先に海に潜って、「宝探しゲーム」をもう始めてた。
「貝殻は、見つかっても見つからなくてもいいよ。わたし、陸くんも、それから航一くんも、大好き!」
海の中にいるから、素直になれた? 真っ直ぐに、陸くんに気持ちを伝えてしまった。
陸くんへの「好き」は、厳密に言うと、航一くんへの「好き」(親愛の情)とは別物。だけれど、ね。
「優里も、水着着ればよかったのにな」
好き、という言葉には、陸くんはあえて答えない。わたしの頭をくしゃりと、陸くんはなでる。お父さんの深瀬さんが、いつかしたのに似た仕草だ。
陸くん。もう、ドキドキしちゃうんですけれど!
「次からは、ちゃんとした水着着るよ。わたしも、宝探し参加する!」
だって、男子くんたちが楽しそうなんだもん。
先に潜ってた航一くんが、巻貝を手に持って現れた。
「見てみ。生きとる」
航一くんはそっと、わたしの手に巻貝を渡す。巻貝の中には、小さな体が見えた。よちよちと、わたしの手の上で歩いてる。
「持って帰れないね、これじゃ」
わたしたちはクスクス笑い合う。
クラスメイトになった航一くんとは、最近、よく話してる。彼の方言にも馴染んできたし、航一くんも、わたしの東京の言葉に少しずつ馴染んできてる。
「ライバルが手強いからなー。でも、俺も、優里が好きさ」
片目を優しくつぶると、航一くんはまた海に潜ってく。南国の人たちは、とても温かいね。
陸くんが上がってきた。薄紫色の貝殻を手に持ってる。
「これかな。俺があげられるの」
くしゃりと笑ってる。陸くんの目を真っ直ぐに見ると、優しく見返されてる。
わたしたちは何も言わずに、お互いを見つめ合う。そして、やがて、くふふ、と笑って、どちらからともなく、平和な「にらめっこ」をやめた。
陸くんの手から、薄紫色の貝殻を受け取る。今度は、海にさらわれて、なくさないように。
南国の太陽が照りつける中、いつまでも遊べそう。海が宝物のように輝いて、東京から来たわたしを包み込んでくれてる。
はいむるぶしの見える島で〜義理のお兄ちゃんになる人との淡い恋〜 瑞葉 @mizuha1208mizu_iro
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