呪っておくれよ
臆病虚弱
読んだら呪われる眠れないときの話
……………
なぜ、呪われないのか。
天井を見つめながら、僕は思った。
なぜ、僕は呪われないのか。
なぜ、人は僕を恨まないのか。
時計を見る。2時25分。ベッドに入ってから二時間弱。また、今日も眠れない。
なぜ、眠れないのか。
理由は明々白々。
僕がクズだからだ。
「これも呪いか」
僕は気づく。そうだ、これも呪いだ。僕は僕が呪っている。僕は僕に呪われている。だが、それだけじゃ足りない。僕はもっと呪われなければならない。
「足りない、足りない、足りない足りない」
僕は太腿の青あざを殴りつけながら気持ちの悪い繰り言を呟く。なんてひどい声だ。他人はなぜこんな声に我慢できる? 我慢せず呪ってくれればいいのに。
僕は汚い一人用のベッドを抜けだし、パソコンの前に座る。ああ、そうだ、遂に眠るという義務を放棄した。これでまた一つ僕は己への罪を増やし、クズから抜け出せなくなった。素晴らしいことだ。このまま積み重ねていけばいつかは自分を呪い殺せるかもしれない。
いや、それでも足りない。足りない……。足りないのは脳ミソだけにしてほしい。死ね。
パソコンの光が目に入り痛みに似たものを覚える。深夜の暗い部屋はパソコンの煌々とした光に照らされ、ゴミと段ボールとコピー用紙に書かれたメモが散乱する僕の抜け殻のような部屋の輪郭を映す。これだけで、如何に僕が落伍者か証明が完了する。僕には能力が無いのだ。
『ガチャガチャガチャ』
部屋にキーボードの音が響く。馬鹿に大きく聞こえるのは僕の耳が壊れているから。あるいはキーボードが僕の呪いでうるさくなっているから? どのみち僕のせいだろう。
だがキーボードの音はすぐに止む。あれだけ切望していた『時間』が出来ているのに、僕の人生で最も行うべき『得意』なことである作品の執筆が進まないからだ。僕の唯一の取り柄であり、唯一の能力である筆の速さは失われた。そこにあるのは漫然と描かれ、構成も不出来で、単発アイディアさえもまとめられない、未完成の文章だ。人よりも劣っている事は評価の乏しさで十二分にわかる。
おまけに今までこの『得意』で表彰されたことも、公的な評価を受けた事もない。それ以外の能力? もちろん何も無い。
僕は不出来だ。
何一つ完ぺきにこなせない。
整頓されない部屋、構成用のメモ書きに塗れた部屋、読まれたことのほとんどない本、埃を被ったゲーム機、毎日同じ味のする料理、汚れたトイレ、溜まった洗濯物、放置された段ボールの山、先送りされ期限が迫る課題。
羅列の中から僕のウジ虫のたかる脳ミソは次々と昔のことを思い出していく。今まで一度でも自分の力で完璧に部屋を整理できたか? 否できない。いつもいつも注意されてきた。言われたこともできない、むしろ失敗しそれから学べない。何故学べない? それは僕が不出来だから。そう言っていつもお前は逃げ出す。そうだ、開き直って自分の腹を掻っ捌いていれば僕は楽だから。そうしていつもお前は自分を誹り嘲る快楽に溺れてやるべきことから目を逸らす。そして楽な道へと行って、それなのに一丁前に夢を持つ。そんなの許されるわけないだろう? そんなことは許されるはずがない。だからこそ。だからこそ。お前は呪われるべきだ。僕は呪われるべきだ。
明々と照らす画面は埃や傷で汚れ、本来白地であるはずの文書を黒く歪ませている。その汚れこそが僕だ。僕の中から僕を除けばきっと綺麗な僕が出来上がるのだろう。お前に綺麗な部分があるとでも? その通りだ、僕から汚れを取り払えば僕の全てはなくなる。つまりは、僕は一から十までゴミクズで織りなされているのだ。いや、こんなのは自己陶酔だ。自己を卑下することで自己愛を強める汚いやり方だ。僕は僕を厳正に愛無く、処断しなければならない。僕は僕をもっとしっかりと攻撃しなければならない。この自己弁護すらも自己愛が生み出す歪んだ表現だ。汚らわしい。
『ゴッ』
一発、僕は自分の顎を殴った。頭がくらくらする。このまま意識も飛んで、二度と目覚めなければいいのに。だが、それはいけない。何故だか僕は呪われていない。何故だか僕の周りの人は僕を呪わない。僕が僕の周りの人を呪ってはいけない。僕にそんな価値はない。
誰かが殺してくれればずっと楽なんだけどな。だがお前を殺した者が罪に問われるのはお前の呪いだ。僕を殺した人が罪に問われるなんてそんな事があってはいけない。だが現実は非情である。どんな人間であろうと僕のせいで罪を被るのはいけない。僕が許さない。
僕は視界が定まってくると、ゆっくりと起き上がる。どうやら倒れていたみたいだ。もう一発くらい行っておこうか。いや、ダメだ。臆病な僕はさっきと同じ力ではもうしばらくは殴れない。
そうだ、僕は臆病でなければもっと早くに僕を処分できていたはずだ。この世界で最も有害で卑猥で害悪でしかない僕をもっと早急に排除できていたはずだったのに。お前は恥ずかしい人間だ、自分をやさしい人間だとたまに勘違いしている恥知らずだ。お前の優しさは偽善だ。お前の心は穢れている。性欲と自己陶酔と自己欺瞞に塗れている。お前の心はこの世で最も汚い汚物だ。お前はそう思っている。そう信じ切っている。だが。だが、僕以外の人はそうは思っていない。お前は、僕は、そう思っている人を裏切っているのだ。
「ハッハァッ……ハァッハァッハアアッ……ハァッ……。ククククク」
笑えてくる。ああ、そうだ。お前は裏切り者だ。お前はお前を信じ、愛する者すべてを常に裏切っている。お前は期待外れの失敗作だ。お前はゴミだ。お前は自分で自分の与えられたすべてを台無しにする大馬鹿者だ。お前はお前が馬鹿にしてきた全ての人間よりも愚かしい。なんて恥ずかしい。お前はあらゆる人間の中で最低の。
「クズだァっ!!!! ははははははははは!!!!!!」
『ドンドンドンドンドンドンドン……』
僕は胸を殴る。殴る。殴る。ひとしきり殴る。笑いながら。
そして、僕はベッドに飛び込む。なるべく痛くなるように。
じんじんと全身の痛みが響いて来る。
頭の中はすっきりとしている。まだ、自分が死ぬべきであるということは変わらないが、痛みですべてがすっきりとしている。
なぜ、僕は呪われないのだろう。
もっと人が僕を呪ってくれたらな。
もっと人が僕を恨んでくれたらな。
そうすれば死ぬ理由も増えて、いつかは死ぬことが正しくなる。
なんて、他人に丸投げな、くだらない考えは止めよう。
こういうところが、『裏切者』たる所以。
自分の命は自分に責任がある。
自分の行動は自分に責任がある。
自分の思考は自分に責任がある。
僕は責任を取らなければならない。
僕が僕である責任を。
永久に。
ああ、ぼんやりとしてきた。
ああ、ようやく眠りに就ける。
ああ、いつものように眠りに就ける。
こうして僕はいつものように眠りについた。
眠る時はいつも幸せだ。
だってそこにはなにもないのだから。夢も、僕も、
呪っておくれよ 臆病虚弱 @okubyoukyojaku
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