忌書

芳賀村こうじ

第▓▓▓話


 百物語って知っとるか?

 まぁ知らんかもしれんから一応説明するんで。


 新月の夜に複数人が集まってやる怪談会やな。

 怖い話を話していくごとにろうそくを一本ずつ消していく──っていう感じや。

 もしろうそくが全部消えたら何かしらの怪談が起こるらしいねんけど──。


 まぁ、これだけなら特に怖くないわな。

 でもワイ思ったことがあるねん。


 怖い話には力が宿る。


 例えば実際に話さなくても、百本の怪談をその日に読んだら同じことが起きるんちゃうか?

 百本やなくて千本の怪談やったら、新月の夜でなくても大丈夫なんちゃうか?


 千本ではなく万本なら──。

 そう、


 で、や。

 これを本や例えばパソコンやSSDに数百万本の怪談を集めたらどうなると思う?

 そんなサーバーあるだけでやばいことが起こると思わへんか?


 そのサーバーをインターネットにつなげたらどうなると思う?

 怪異が伝播すると思わへんか?


 なに? ありえない?

 そんなことあらへん。呪術というのは伝染するもんや。


 百物語という儀礼が呪法の一つとすれば、数百万、数千万、数億の怪談を集めたら──。

 なんかとんでもないことがやがて起きると思わへんか?


 まぁ冗談や。

 インターネットには色々情報がある。

 そんなところに怪談を垂れ流してもどんどん薄まってしもて──。

 結局、何も起きひんと思うで。


 実際、何も起きとらんやろ?


 ただ、ワイ思うねん。

 記憶するだけならデジタルでもアナログでも一緒や。


 


 人の脳に多くの怪談を記憶させればさせるほど──。

 百物語の条件は緩くなっていくと思わへんか?


 そう、つまりやねん。

 怪異が近づいてくる、と言ってもええかもな。


 で、あんさん。

 これで何本目や──?




 ▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓▓

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 ▓▓▓▓▓




 僕にそんなおぞましい話を聞かせた大学先輩がいなくなった。

 あの人はとにかく怪談好きだった。

 僕に聞かせた話だけでも百は超えるだろう。


 いなくなった。いなくなったなら探さねばなるまい。

 問題はどうやって探すか、だ。


 人には縁がある。縁をたどれば大抵の人間は見つかる。

 生者であれ、死者であれ、だ。


 全く見つからない場合というのは──それはつまり。

 


 先輩は何に連れて行かれてしまったのだろう。

 警察、探偵、あらかたのまともな手段は使った。

 であるならば次はまともじゃない手段か。


 僕はとりあえず──名うての占い師を頼ることにした。


「あんた、もうこの人探すのはやめときな」


 まず占い師から聞かされたのは忠告だった。

 だろうな、と思う。これだけ探しても見つからないのならば、少なくとも無事じゃないはずだ。

 だけど僕は先輩を探すつもりだ。それは怖いもの見たさでもあった。


 老齢の占い師は溜息をつき、地図を用意してくれた。

 地図には赤い丸が一つ。山奥のようだ。


「気をつけな。あんたも同じようになるかもしれないよ」


 その言葉の真意はわからなかった。

 しかし──とにかく僕はバイクに乗って向かうことにしたのである。

 赤い丸のエリアに。


 そこは工場だった。

 工場、としか言いようがない。

 何の工場かなど僕が知る由もない。


 一応インターネットで調べたが、詳細は出てこなかった。

 看板には第三忌書加工所と書かれている。


 忌書……なんだろう。

 書物にこんな工場はいらなそうだが。


 ともあれ、ここに先輩がいるというのならば入ってみるしかない。

 僕は懐中電灯を片手に、工場へと入っていった。


 中に入っても、何が加工されているかはわからない。

 を通って、の中で何かが加工されているのはわかる。


 ぶちゅ、ぶちゅ、と気味の悪い音も聞こえる。


 しかし僕は先輩を探さなければならないと、恐怖を抑え込み必死に工場内を探索した。

 一通り回って、が地下に送られていることに気づいた。


 もしかしたら先輩はこの地下にいるんじゃないだろうか──?


 そう思った僕は階段を降り、地下に向かった。

 幸いにも鍵なんかはかかっておらず、スムーズに降りることが出来た。


 そこには水槽があった。


 中には脳。脳に繋がれた線。

 そんな物が無数にあった。


 僕は気持ち悪さを我慢しながらも、その水槽一つ一つを見て回った。

 水槽の一つに先輩の名前を見つけた。

 

 ああ、なるほど。

 忌書とは脳のことなのだ。


 怪談を詰め込んだ脳。それがにとっての忌書なのだ。


 そしてこの工場には──がいる。


 僕は急いで怪談を駆け上がろうとした。

 しかしもう、遅かった。


 階段のちょうど壁で見えないところから

 頭の半分が見えている。


 目だ。


 僕の頭ぐらいにはデカい目。

 それが二つ。


 口は僕を丸呑みできそうなほどデカい。

 そんな顔が、縦になって、こっちを見ていた。


 気がつくと僕は工場の外に倒れていた。

 もう二度と先輩を見つけようとは思わない。


 だって先輩は見つかったのだから。

 ずっとあそこにいるのだから。


 いずれ僕もあそこに連れて行かれるだろう。

 怪談を増やしていけば。


 記憶する怪談を増やしていくほど。






 あの水槽に近づいていくのだ。



                       あの怪物が近づいてくるのだ。

















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