大魔法使いです。杖が。

 僕は今、大魔法使いと呼ばれている。


 この肩書きは、周りの期待や尊敬を背負っているけれど、本当は僕の力じゃない。


 すべては――この杖のおかげだ。


 どんな強大な魔法も、この手に握る杖が勝手にやってくれる。僕はただ、それを握りしめているだけなんだ。


 「大魔法使い」という名に相応しい実力も、覚悟もない僕は、いつか真実がバレるんじゃないかと毎日びくびくしている。周囲から持ち上げられ、期待されるたびに、申し訳なさで胸が苦しくなる。


 でも、この杖を手放すことはできない。もう後には戻れない程、僕の人生は大きく変わってしまった。ただもし間に合うとしたら、杖を見つけてから学園を出るまでの短い期間だろう。



 大魔法使い、そう呼ばれ始める前までだ。



 魔法学園の入試に行けと言われた時、僕は心の底から嫌だった。だって僕には、魔力がない。ゼロだっんだ。


 それが分かったのは、幼い頃の魔力診断でのこと。診断士が驚いた顔で何度も検査を繰り返したけれど、結果は同じだった。「魔力がまったくない」。普通、生き物であれば植物でさえ微量の魔力を持っていると言われているのに、僕の体にはその痕跡すらなかった。


 その事実を知った瞬間、僕の未来は閉ざされたように感じた。魔法が生活の一部であるこの世界で、魔力のない人間は異質に思われる。周囲の目も変わり、僕は何となく、隅っこに追いやられるような日々を送ってきた。


 だから、魔法学園なんて柄じゃない。というか、行ける訳がない。


 それでも母さんはこう言った。


 「あなたにはきっと才能があるわ。血筋が証明してくれるものよ」


 母さんの言葉に根拠なんてなかった。ただ、その強い確信に僕は言い返せなかった。渋々ながら「分かった」と言った僕に、母さんは嬉しそうに笑い、こう続けた。


 「倉庫に杖があるわ。それを持っていきなさい」


 そんなものがあるなんて知らなかった。でも言われるままに家の倉庫を探してみると、埃まみれの木箱の中に、古びた杖があった。


 それは一見すると、ただの古道具だった。


 表面はひび割れていて、装飾はくすみ、手に取った瞬間にボロボロと崩れてしまいそうだった。でも、妙な感覚もあった。杖を握った時、手のひらからじんわりとした熱が伝わってきたんだ。それは体全体に広がり、今まで味わったことのない感覚を僕に与えたのを覚えている。だけどその熱はすぐに冷めてしまった。


 その現象を不思議に思ったけれど、僕にはそれ以上の知識もなければ、見極める力もなかった。ただ、この杖に惹かれるものがあった。


 試しに杖を振って魔法を出す真似なんてしてみたけど、当然何も起きなかった。


 足取りが重いまま魔法学園の入試に向かう事になった。


 入試会場は、僕にとって別世界だった。


 魔力を操る受験生たちが次々と魔法を披露していく。火を操る者、雷を落とす者、氷を作り出す者。彼らの姿は、僕にはただの奇跡のように見えた。


 そんな中、僕の順番がやってきた。心臓は張り裂けそうだったけれど、逃げるわけにもいかなかった。杖を持って前に出た。


 僕はとりあえず小さな火でも起こそうと考えた。正確には、そう思っただけだ。だって魔法の使い方なんて知らなかったから。だからまた何も起きないだろうと分かっていたし、周りの視線を想像するだけでいたたまれなかった。


 でも、その時――杖が眩い光を放った。


 光は練習台を包み込み、跡形もなく消し去った。


 周囲からどよめきが上がり、先生たちは目を丸くして僕を見ていた。


 僕も何が起こったのか理解できてなかった。杖からなんか出たけど僕の意思ではなかった。


 「……僕じゃない、今のは杖が……」


 口を開きかけたけれど、言葉は出なかった。先生たちは「素晴らしい才能だ」と絶賛し、他の受験生たちは尊敬の目で僕を見ていた。


 その場の圧に押され、僕はただ、頷くしかなかった


 こうして僕は、魔法学園に「逸材」として迎えられた。


 杖のおかげで入学する事はできた。でもその代償として、大きな秘密を抱えることになった。


 僕自身に魔力はない――それがいつか露見しないようにと、毎日ひやひやしながら生きる日々が始まったんだ。


 それに学園生活が始まってすぐ僕は思い知らされた。この場所で「普通」でいることが、どれだけ難しいかを。


 最初の授業は魔力制御の基本を学ぶ授業で、テーマは「手のひらに魔力を集中させ、小さな光を作る」というものだった。


 僕にとっては、どう頑張っても不可能な内容だった。


 何度も言うが僕には魔力がない。だからこそ、授業が始まる前から胃がキリキリしていた。周りの生徒たちは、目を輝かせながら楽しそうに話していた。きっと、みんなこの程度の課題なら簡単にこなせて当然だったのだろう。


 僕は教室の隅の席に座り、なるべく目立たないように小さくなっていた。


 「自分の手のひらに集中して、魔力をイメージすること。それができたら、ほんの少しだけ外に出すように意識をしてみてください」


 先生の言葉に、生徒たちは一斉に手をかざし始めた。あちこちで、淡い光がちらちらと灯り始め、みんな順調に成功しているようだった。


 その中で僕はひとり、手をじっと見つめるだけだった。当然何も起きない。


 心の中では「どうにかごまかせないか」と焦り続けていた。


 その時もまた杖が勝手に動き出したのだった。


 膝の上に置いてあった杖が少し震えたかと思うと、手のひらから光の玉が浮かび上がった。その光は柔らかく、それでいて力強く教室全体を照らした。


 みんなの視線が僕に集まった。先生も驚いた顔でこちらを見ている。同様に僕も驚いていた。


 授業後、先生に呼び止められ、「見事でした」と肩を叩かれた意味はすぐ知る事になった。


 光を球状にするというのは魔力制御を完璧に行うのに必須な技術だったらしい。つまりそれを最初の授業で披露した僕は、飛び級する事になった。


 飛び級先のクラスは、雰囲気からして違った。廊下を歩く時点で、妙な緊張感が漂っている。


 扉を開けると、机に座る生徒たちの鋭い目つきが僕を迎えた。そこにいるのは皆、才能を認められた者たちばかりだ。



 僕とは違う。本物なんだと思った。


 授業はどれも高度だった。でも杖のおかげでなんとかなってしまった。


 「風の流れを操り、紙を宙に浮かせ続ける」授業では、わざわざ空中で紙を折りたたんで小鳥の形を作り、それを羽ばたかせる様な生徒もいた。それも含め教室の紙すべてに無数の風の糸を繋げ、奪う様に杖が操った。


 「魔法陣を描く練習」の授業では、杖の微振動が腕を動かし、僕が見てもそれは美しく洗練された魔方陣を書き上げた。


 それの応用の「魔法生物の召喚と制御」の授業では、演習場を埋める程のドラゴンの頭を召喚して大騒ぎとなった。


 実技は完全に杖頼りになっていたけど、理論の授業や魔法の仕組みを学ぶ時間は純粋に楽しかった。人生でどうせ使う事がないだろうと思って避けてきたものが、意外にも僕の性にあっていたらしい。日常生活に使う魔力石の知識は、僕が使えなくても役に立つし、召喚の原理や魔法生物の特性なんて知れば知るほど、魔法の奥深さに感動していた。


 この頃には学園にも少し慣れて、いつか杖頼りなのがバレて学園を追い出されるならそれまでは一生懸命勉強しよう。なんて思う様になっていた。



 学園生活でもっとも気が重かった事と言えば、模擬戦の授業だ。



 普通の授業なら杖が勝手に動いても、周囲に迷惑をかけることはほとんどなかった。けれど、模擬戦となれば話は別だ。対人で魔法を使う以上、僕が杖を制御できなければ、相手に怪我をさせてしまうかもしれなかった。


 想像するだけでぞっとする思いだった。杖がこれまで助けてくれたことには感謝しているけれど、杖の力は明らかに異質なものなのは僕にだってわかっていた。それがいつ暴走するかわからない恐怖は、常に心の隅にあった。


  相手はクラスでも特に優秀と噂される生徒だった。演習場の周囲から、興味と期待が入り混じった視線が集まってくるのがわかった。


 模擬戦が始まる合図の直後、相手は炎の弾丸を僕に向かって放った。それは空気を切り裂くように飛んできて、とっさに避けようとしたが、体が硬直して動けない。目を閉じて衝撃に備えたその時、杖が震えた。


 防御魔法が僕を包み込み、炎の弾丸を弾き返した。


 相手はすぐに氷の槍を作り出し、再び攻撃を仕掛けてきた。槍が向かって飛んでくるが、また杖が動く。光の壁が僕の前に現れ、槍を防ぐ。目の前で起きている現象に僕の心臓は早鐘のように鳴っていた。


 次に相手が放ったのは雷の魔法だ。魔法陣が輝き、放電が空気を裂くように響く。今度は杖から同じ様に雷の魔法が放たれ、相手の雷を弾くとそのまま相手の動きを封じた。


 「試合終了!」


 演習場は拍手と歓声で包まれていた。


  どうしてここまで鮮明に覚えているかって? そりゃ僕は一番近い観客席にいたのと変わらないからさ。


 残りの試合も結局僕が、いや杖が全戦全勝。新入生にして、魔法学園に新しい伝説を生んでしまった。


 その後も杖の秘密がばれそうになったり、学園の派閥のなんやかんやに巻き込まれたり、色々あったけど、なんとかうまくやっていた。


 だけどあの日、間違いなくあの日が、僕の分岐点だ。


 魔法学園が魔物に襲撃された。


 魔物が現れたという知らせは、誰もが耳を疑った。


 学園は周囲を結界魔法で覆われ、魔物が侵入することは不可能だとされていたからだ。それが破られたという事実は、学園全体に動揺を広げた。


 先生たちは速やかに対応に動き出し、上級生たちも召集されていた。僕たち低学年は校舎の中で待機を命じられたが、外の様子が気になって仕方がなかった。


 周囲の生徒たちも不安そうに囁き合っていたが、僕は心の中で別の疑問が渦巻いていた。なぜ今、結界を破ってまで魔物が侵入したのか。そして、なぜか杖が小さく震えているのを感じる。


 その震えが次第に強くなり、ついには僕を無理やり立ち上がらせた。


 待て!どこへ行くんだ……!


 そう心で叫んだが、体は杖に引っ張られるように校舎の外へと進んでいく。


 校舎の窓から見えたのは、数え切れないほどの魔物が学園の敷地を埋め尽くしている光景だった。牙をむき出しにした狼型の魔物、爪を振り回す獣型の魔物、空を飛びながら鋭い声を上げる鳥型の魔物が次々と学園に押し寄せていた。


 先生たちや上級生たちは必死に防御線を張っていたが、その数はあまりにも圧倒的だった。守り切れない建物がいくつか崩れ、籠城している生徒たちも限界に近づいているようだった。


 このままだと……全員やられる


 そんな考えが頭をよぎった時、


 お前ならこの状況もなんとかできるか......?


 杖を持ち始めてから初めて、自分の意思で杖の力を使おうとした瞬間だった。


 その時、手のひらからじんわりと熱くなりその熱は体全体に広がっていった。初めて杖を握った時と同じ感覚だった。


 それが何なのか、魔法学園に入学する事で理解する事が出来た。


 これが......魔力.......


 一瞬呆けていると、杖は僕を敷地の中心へと引っ張っていった。そこはまさに魔物の群れが最も密集している場所だった。


 なんでこんなところに……!


 連れてきた杖は、もううんともすんとも反応しなくなっていた。


 魔物たちが僕に気づき、一斉にこちらへと向かってきた。巨大な爪や鋭い牙が迫り来る中、慌てた僕が咄嗟に止まれと願いながら杖を振ると、眩い光を放った。


 その光が周囲に広がると、魔物たちが動きを止めていた。それは拘束魔法だった。


 またもやその状況に呆けていると、杖が早くしろと言わんばかりに振動していた。


 僕は、どうにかして魔物だけを排除できないかを考え、いくつかの授業を思い出していた。


 授業で聞いた通りなら、もっと準備が必要で、もっと複数の魔法を使わなければいけないはずの事だった。


 だけど僕はそうしたい、というイメージをして杖を振るった。すると放たれた魔法の波動が一帯を包み込み、魔物たちを次々と吹き飛ばしていった。


 魔物が次々と消え去る中、今度は杖が勝手に動きだすと地面に大きな魔法陣を描き始めた。その中心に立たされた僕は、漠然と何を作っているのか理解し、驚愕していた。


 魔法陣が完成すると、その力が一気に解放された。


 学園全体を覆うような光が広がると、結界が再び修復され、学園を包み込んでいった。


 気がつくと、あたりは静まり返っていた。


 しかし杖がまた強く震えると僕の体は杖に引っ張られるように宙に浮き上がり、周囲の景色が一気に遠のいていく。視線の先に、全身を黒いフードで覆った人影が浮かんでいた。


 その者はじっとこちらを見つめていた。顔はフードに隠れて見えないが、視線だけが鋭く突き刺さるようだった。


 杖が光を放ち、その影に向かって攻撃を仕掛けようとする。しかし、その瞬間、フードの者の姿が揺らぎ、空気に溶けるように消え去った。


 ……今のは?


 呆然としながらも、杖は何事もなかったかのように光を消した。胸の中に渦巻く不安が一気に膨れ上がったが、それ以上考える余裕はなかった。


 魔物の討伐、学園の結界魔法の修復、他にも色々勝手に付け加えられていたけど、こうして僕は「大魔法使い」として、学園を超えて大陸が知る存在になった。



 でも、これはほんの一部の出来事でしかない。そして始まりでしかない。


 まるで吸い寄せられるかのように、これからもっと色んな事を体験する事になる。



 「お、お待たせいたしました。えっ……失礼ですが、ほ、本当にあなたが……?」


 最初は自分で口にするのはものすごく抵抗があったけど、今じゃ慣れたものだ。



 「大魔法使いです」



 ――杖が

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勇者です、嘘です。 . @aisubou

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