聖女様ですか。どちらに!? ~聖女を見た者達~
聖女とは何か?
現代の聖女を目撃したという者達は口を揃えて言う。
絶望の中に現れ少しの勇気と奇跡を残していく、光そのものだ
――とある村の少年の見たもの――
村に異変が起きたのは、ある日突然のことでした。
最初に倒れたのは隣の家のおじさん。その後も次々と村人たちが高い熱を出して咳き込み、動けなくなっていきました。
「病だ……この村に恐ろしい病が来たんだ!」
誰かがそう叫ぶと、村中が不安と恐怖に包まれました。何をどうすればいいのか、誰もわからないまま、ただ祈るだけの日々が続きました。
そんな時、村に見慣れない女の人がやってきました。
薄汚れた旅の服を着た普通の女の人って感じだったけど、その女の人がやってきた時から村に溜まっていた何かが晴れるような気分でした。
「少しだけお力になれるかもしれません」
彼女は村のあちこちを回り、病気で苦しむ人たちを一人一人見て回っていました。
僕の母の額にも手を当て、少しの間じっと目を閉じていました。母は高い熱にうなされて苦しそうでしたが、彼女が何かをつぶやきながら額に手を当てていると、母の表情が少しだけ楽になったように見えました。
「この病は深く根を張っている……でも、症状を和らげることくらいならできるかもしれません」
そう言って、母をじっと見つめていました。その目には、不思議な優しさと決意が宿っているように感じました。
村長に呼ばれた彼女は、広場で何かを話していました。やがて村長が大きな声で村人たちに向かって言いました。
「この村はもう大丈夫だ。この子のおかげで、なんとかなりそうだ。だが、まだ他の村も苦しんでいる。どうか彼女を次の村へ送り出してくれ!」
彼女は何度も村人たちに頭を下げました。去り際に、彼女は小さな袋を村長に手渡しながら言いました。
「この実をお茶にして飲んでみてください。きっと何かお役に立つかもしれません」
その声は疲れているようでしたが、どこか真剣で温かみを感じるものでした。
村長は家に帰ると、僕たちにその小さな実を見せてくれました。
「彼女が置いていったものだ。これをお茶にして飲めと言われた」
父と僕は少し不安そうに顔を見合わせましたが、母の病のことを思うと試さないわけにはいきません。母は一口お茶をすすり、少し休みました。
それからしばらくすると――。
「これ……少し楽になった気がする」
母の言葉に僕は驚きました。母の咳が減り、顔色が少しずつ良くなっていくのを目の当たりにしたからです。
そのお茶は村中に分け与えられ、他の村人たちも少しずつ元気を取り戻していきました。
数日後、母の調子が良くなった頃、僕は村外れの草原で風に揺れる木々を見ながら彼女の姿を思い出していました。
「もしかして、あの人が聖女様だったのかな……」
もしまた会えたなら、今度はちゃんとお礼を言いたいな、と僕は心の中でそっと思いました。
――とある枯れた泉の男が見たもの――
この辺りで小型の魔物が現れるようになったのは、つい最近のことです。
村の畑に出た小型の魔物が作物を荒らしたり、家畜を襲ったりと、村人たちを困らせていました。そんな魔物を追い払うため村の男たちは昼も夜も武器を手に巡回をしていましたが、数が減るどころか次第に増えていくような気がしていました。
「魔物が巣食っている場所がどこかにあるのかもしれない……」
そんな噂が村で囁かれるようになったある日、私はいつものように水を探しに泉跡地へと向かいました。
泉はずっと枯れたままで、村人たちはもうそこに水を汲みに行くことはありませんでした。でも、私はなぜかそこを通らずにはいられなかったのです。泉が復活するのではないか――そんな根拠のない期待を胸に、何度も足を運んでいました。
そして、その日。
泉跡地に近づくと、ふと視界の隅に人影が見えました。最初は目の錯覚かと思いました。でも、その影がはっきりと動いているのを見て、思わず茂みの陰に身を隠しました。
そこにいたのは、一人の女性でした。
旅人のような装いでしたが、こんな場所で女性が一人だなんて珍しいものです。でも、どこか不思議な雰囲気を漂わせていました。彼女は泉の前に静かに屈み込み、両手で何かをすくうような仕草をしていました。
「何をしているんだろう……?」
私はその様子をじっと見つめました。彼女はしばらく泉の前に座り込み、静かに何かを呟いているようでした。その声は風にかき消されてよく聞こえませんでしたが、不思議と心を落ち着かせるような響きを持っていました。
しばらくすると――。
私は目を見張りました。
泉からはかすかに水音が聞こえ、空気がどこか清らかに変わったような気がしたのです。澄んだ空気が漂い風が吹き抜け、乾いていたはずの地面に湿り気が戻っていくのを感じました。
そして長年枯れていた泉が再び静かに水を湛えているのが見えました。
「……えっ?」
口をすすいだらしい彼女の手は間違いなく濡れていて、口元の雫を拭っていました。その時、一瞬だけ私と目が合ったような気がしました。
「……!」
その眼差しが神秘的過ぎて私は訳もわからず走り出してその場から去りました。
急いで村に戻り、家族にこのことを伝えました。嘘だなんだと言われましたが、村の皆も集め泉を確かめに行き、目の前の奇跡を見て口々に驚きの声を上げました。
「本当に……水だ!」
誰かが叫ぶと、一斉に人々が泉へ走り寄り、手で掬って口元へ運んだ。歓声と泣き声が入り交じり、その場はまるで祭りのようでした。
「ここに居たという女性は……聖女様だったのではないか?」
その呟きに、村人たちは一斉に頷きました。
彼女が何者だったのか、今でも分からない。ただ、あの日の眼差しだけは、今も私の目に焼きついている。
――とある戦場の兵の見たもの――
戦場に向かう馬車の中で、俺達の士気は高かった。
「聖女様が前線を率いている」
今回の徴兵はそう言う触れ込みで集められた。俺達はその話を信じていたからだ。
「聖女様がいるなら、どんな戦場でも安心だな」
「本当に魔物なんか蹴散らしてくれそうだ」
そんな会話が自然と弾む。誰もが期待に胸を膨らませていた。
だが、戦場に着いた瞬間、その期待は音を立てて崩れ去った。
――これが、聖女様がいる戦場だというのか?
そこには荒れ果てた地面、焼け焦げた草地、散乱する武器と鎧、そして呻き声を上げる負傷者たちがいるだけだった。
この光景を前に、最初に誰かが呟いた。
「……聖女様がいたのなら、こんなことにはなってないはずだ」
その言葉が、戦場のすさまじさを改めて突きつけてくる。
俺たちは騙されたのだ。戦場全体ではどうか知らないがここはもう駄目だ。
そう思っていたその時だ。
どこからともなく、女が一人ふらりと現れた。
小柄で、装備も何もなく、村娘のような平凡な服装。
「誰だ?」と兵士たちがざわつく中、彼女は迷いもなく負傷者たちの間へと歩いていく。
「お怪我を見せてください」
彼女の手が傷ついた兵士に触れると、淡い光が現れた。
その光が兵士を包み込み、苦しそうに呻いていた者たちの呼吸が、次第に落ち着いていく。
「なんだ……? 痛みが引いていく……」
誰もが驚きながら、女の手元の光を見つめていた。
「お、おい!お、俺達も負傷者を助けるぞ!」
隊長の一声で負傷者の救助が始まる。
この女、本当に何者なのだろうか。風貌からして教会の人間ではなさそうだが、治癒魔法のレベルが一介のシスターとは比べ物にならない。俺が見た事ある治癒魔法と言えば、血を止めたり軽い解毒や精神を落ち着かせられる程度だ。
しかしあの女の治癒魔法は血を止め、傷口を塞ぐだけじゃなく、完全に千切れた腕を繋げやがった。あんなのは貴族が受けるような治癒魔法だ。噂じゃ1度の治療で屋敷が建つとか言われる様な。
素性も目的もわからないが、その献身的な態度には裏があるようには思えず、全員が協力的だった。
次第に場が落ち着き始め、兵士たちの目にほんの少しだけ希望の光が戻っていた。
だが、その束の間の安堵もすぐに打ち消される。
森の奥から、低い唸り声とともに黒い影が次々と現れたのだ。
――魔物たちの群れだ。
「来るぞ! 構えろ!」
兵士たちが慌てて声を上げる。
魔物の群れは、血の匂いを嗅ぎつけたのか、負傷兵たちのいるこちらへ一直線に向かってくる。
「避難だ! 動ける者は負傷者を連れて後方へ!」
「残る者は援護しろ!」
隊長の指示が飛び、兵士たちは急いで行動を始めた。
避難する者、後方へと逃げる者。動ける兵士たちは武器を構え、魔物を迎え撃とうと前に出る。
だが、魔物たちの足は速く、あっという間に距離を詰めてくる。
逃げる負傷者たちの列のすぐ後ろに、黒い影が迫っていた。
「まずい……追いつかれる!」
魔物の一体が、避難する者たちに向かって飛びかかった。
その瞬間、誰もが息を飲んだ。
守りたまえ――
その一声と同時に光が俺を包み込んだ。俺だけじゃない。隣で戦っている者、あんなに離れた逃げていた者、目に見える範囲すべての人間が一人ずつ同じような光に包まれ、魔物の攻撃を受け止めていた。
なんて力だ。どんな爪や牙も、その光の前では傷一つつけることができなかった。それどころか、さっきまで感じていた疲労感すらなくなっている事に気づいた。
「なんだ、この力は……!痛みが消えていく……!」
「まだ戦えるぞ!」
「武器を取れ!まだやれる!」
誰かが叫ぶと、それに応えるように他の兵士たちが武器を取った。
「俺たちでやれる。ここを守るんだ!」
次々と魔物に立ち向かっていく兵士たち。
女はその場でしっかりと目を瞑り、祈りを続けていた。
喧騒がやがて静まり、兵士たちの歓声が響き渡った。
「魔物を退けたぞ!生き残った!」
「奇跡だ!」
その声に気づいた女がようやく祈りの構えを解き、目を開くと微笑みながら小さく頷いた。
俺ははあの場で確信した。いや、その場にいた全員が同じ事を考えていたのだろう。だからこそ、どこからともなく声が上がり始める。
「聖女様万歳!」
「聖女様万歳!」
「聖女様万歳!」
すると聖女様は兵士の一人に近づくと、
「聖女様ですか!? どちらに!?」
そう言うと辺りを見渡し走り去っていってしまった。あれはなんだったのだろう。
聖女様の名前も、その後の行方もわからない。
ただあの日、聖女様が救った命の一つに自分が含まれていることだけは、忘れることはないだろう。
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