聖女様ですか。どちらに!?
聖女とは何か?
神の恩寵を受け、人々を救う存在。それが、聖女――。
奇跡を起こし、人々に希望を与える象徴。歴史上、聖女と呼ばれた者たちは神に選ばれたとされ、多くの奇跡の記録が残されています。しかし、それは遠い昔の話。今では聖女は伝説のようなもので、実在すると信じる者は少なくなってしまいました。
それでも――。
「聖女が現れた」という噂が、再び人々の間で囁かれ始めたのです。
その噂を耳にしたとき、私は胸が高鳴るのを感じました。
聖女様が本当にいらっしゃるのなら、ぜひお会いしてみたい。その奇跡に触れ、その力を間近で見てみたい。
現在の聖女様は『戦場の聖女』という異名がついていらっしゃいます。
その名の通り戦場に現れると、傷ついた人々を癒して回っているそうです。ただ癒すだけではなく、ご自身も魔物と戦う姿からそう呼ばれるようになったそうです。
かっこいい…! なんてかっこいいのでしょうか聖女様…!
噂に聞く聖女様は治癒魔法で四肢を生やし、結界魔法は街を囲うそうです。その壮大な力の話を聞くだけで、ため息が出てしまいます。
私も治癒魔法を使えるので戦場に赴く事は少なくありません。負傷した方々を守るために魔物と戦うことだって当然あります。それがどれだけ……どれだけ大変な事か。しかし私とは規模が違います。
私の治癒魔法は傷口を塞ぎ、毒や病気を治し、痛みや苦しみを和らげる程度。結界魔法も人1人を囲うのがやっとで、とても街を囲う事なんてできません。
どうしても、お会いしたい…!
そう思った私は、聖女様の噂を聞きつけてはその場所へ向かう様になりました。
しかし、未だ聖女様とお会いする事は叶っていません。それでも聖女様のお話はよくお聞きします。
たとえば、とある地域で疫病が蔓延している。それを聖女様が次々と治していき、その病に効く薬草まで発見されたというお話。
ちなみにその話が広がる頃、私はまさにその病に侵された村にいました。
それは見た事のない症状の病でした。でも幸いにも発症から日の浅い方たちには、治癒魔法の効果がありました。しかし症状が重い方々には効果が薄く、完治させる事ができませんでした。
それでも優しい村の皆様は、
「この村はもう大丈夫です。どうか、他の村もお助けください」
と私を送り出してくださいました。
村を去る前にその地域で採れる小さな実を、「お茶にしてみてください」とお渡ししました。その実は渋く苦味が強いので食用には向かず、今では動物しか食べないとして知られていた実だったので、何故? という顔をされてしまいました。
昔は冒険者の方々が滋養のために時折飲んでいた、と言う話を聞いた事がある。その程度のものだったので詳細を言えないず、歯がゆいまま次の村へ向かったのをよく覚えています。
それから村を2つほど訪れた頃だったでしょうか。
「聖女様が次々と村をお救いくださっている」
という噂を耳にするようになりました。
聖女様の治癒魔法は重軽症に関わらず病を癒し、病の予防となる薬草も配られていたそうです。
〇〇村にいらっしゃったらしい。なんて話を聞いた時には不謹慎にも、惜しいと思ってしまいました。
だってその村は私が先日までいた村だったんですもの......。
今からでも戻って――なんて考えも浮かびましたがすぐに振り払いました。まだ病に侵された村は多く、その方々を放ってお会いしにいく時間はありませんでした。
それにそんな事をしたら私は、胸を張ることができないと思ったのです。
私は、村を巡り続けました。
完全に病を治すことはできなくても、治癒魔法で少しでも症状を軽くできればその間に聖女様が訪れて本当の治療をしてくださるはずだと信じて。
ほどなくして疫病は終息を迎えましたが、最後まで聖女様にはお会いする事は叶いませんでした。
この時は仕方がありません。恐らく私は聖女様より先行していましたし、聖女様と薬草の話を聞いてからはより多くの村を回るために移動も早めていました。追って聞こえる村々の快方を聞くたびに、聖女様の行いの一端になっている気がして誇らしかったものです。
思えば近くにいたのにお会いできなかったのはこれだけではありません。
奇跡の泉と呼ばれる場所があります。
しかしそこは元々は干ばつに苦しみ、農作物も育たず、周辺の村人は飢えに耐えている様な場所でした。そんな中聖女様が現れ、枯れ果てた泉の前で祈りを捧げたといいます。その直後、泉から水が湧き出し、周囲の土地を潤しました。泉の水は清らかで、飲めば病も治ると噂されている程です。
私はちょうどその時、それより更に先にある洞窟にいました。なぜそんな場所にいたのかというと、近辺で小型の魔物が現れ人を襲っているという話を聞き、調査に訪れたからです。魔物を追う中で瘴気を感じ取り、その気配を辿った先がこの洞窟でした。
洞窟の中は暗く、湿気で息苦しい空間でした。中にはいくつもの巣穴があり、小型の魔物たちが次々と現れます。洞窟は既に魔物の巣窟となっていました。
次第に鼻を刺すような臭いが漂い始めました。それは奥に進むにつれ強くなっていきます。瘴気も次第に濃くなり、体を重く感じるほどでした。
最奥に辿り着いたとき、私は目を疑いました。そこには巨大な魔物――だったものが横たわっていたのです。魔物の身体はすでに腐敗し、周囲に強烈な臭気と瘴気を放っていました。この瘴気が洞窟全体を汚染し、周辺の土地にも広がっていたのです。
安らかにお眠りなさい――
私は静かに祈りを捧げながら、魔物の腐敗した身体を浄化するための魔法を放ちました。
光の魔法が洞窟全体を包み込み、腐った魔物の体から次第に瘴気が消え去っていきます。洞窟内の湿った空気が清らかな風に変わり、鼻を刺していた臭いも薄らいでいきました。
しかしまだ、洞窟内にはまだ多くの小型魔物が巣食っていました。
浄化を終えた後、私は洞窟内のすべての小型魔物を討伐するため、その日1日を費やしました。洞窟は複雑に入り組み、多くの巣穴がありましたが手を抜くわけにはいきません。すべての魔物を倒し、洞窟が安全になるまで動き続けました。
体は疲れ果てていましたが、すべての魔物を討伐し終えた時には、少しだけ達成感を覚えました。
翌朝、洞窟を出ると、驚くべき光景が広がっていました。昨日まで濃く漂っていた瘴気が跡形もなく消え去り、近辺の空気が清らかになっていたのです。さらに、枯れ果てていたはずの泉が湧き出し、きらめく水面が輝いて見えました。
こんなことができるのは――
私は驚きながらも、これが聖女様の奇跡だと確信しました。あの方が瘴気を浄化し、土地を潤してくださったのだと。
そういえばあの時、泉の水で顔を洗い、口をすすいでいると、偶然通りかかった村人が泉を見て驚いた声を上げたと思ったら、駆け去って行ってしまいました。驚くのも当然だったと思います。たった1日で近辺の空気が一変したうえに、泉まで湧き出ているのですから。
その後、訪れた村で耳にしたのは、「聖女様が泉を復活させた」という話でした。
当時私はもっと早く洞窟の浄化が終わっていればお会いできた。なんて悶えに悶えていましたが、今思えばあの時の私は、土埃や返り血でとにかく汚れた姿でした。とてもじゃありませんが、あの聖女様にお会いできるような状態ではなかったのです。
惜しくないです......まったく惜しくはありません......
つい最近も聖女様がお近くにいた時がありました。それは戦場。魔物との戦争地域での事です。
戦場に足を踏み入れた時、まず感じたのは地面に染み付く瘴気の重さでした。
焼け焦げた草地には、兵士たちの武器や鎧が散乱し、あたりには未だ燻る炎の煙が漂っています。負傷者の呻き声があちこちから聞こえ、かすかな命の灯火が消えかけているようでした。
「聖女様が前線で戦っている」
そんな噂を耳にして、この戦場に来ました。
しかし、私が目にしたのは噂に聞いた聖女様の姿ではありませんでした。
聖女様がいらっしゃるのに、こんなに……
瘴気が立ち込め、負傷者たちはその場に横たわり苦しみ続けている戦場。聖女様がいるにもかかわらず収まらない被害の大きさに、今回の戦場のすさまじさを実感せざるを得ませんでした。
少しでも力になるため私は目の前の負傷者たちに手を差し伸べることから始めました。
負傷した兵士たちは、皆顔に疲労と絶望の色を浮かべていました。
治癒魔法を使って、血を止めたり痛みを和らげたりしていきました。傷が塞がり、呼吸を整えるたびに、兵士たちの目にほんの少しだけ希望の光が戻るのを感じました。
「ありがとう……あなたも聖女様のお仲間ですか?」
兵士のお一人がそう尋ねらられました。その言葉でここに聖女様がいらっしゃるのを確認できたのは嬉しかったのですが、お仲間という問いに私は微笑むしかありませんでした。おそらく彼は、聖女様の存在に縋りたい気持ちを抱いていたのでしょうから。
負傷者の治療を続けている中、戦場の外れから低い唸り声が聞こえました。振り向くと森の奥から魔物たちの群れが現れ、こちらに向かってくるのが見えました。
それは、この戦場の混乱に紛れて現れた魔物たちでした。辺りの兵士は負傷者、もしくは体力の尽き果てた方のみ。つまりこの群れを退けるためには私自身が立ち向かうしかありませんでした。
負傷者をこれ以上危険にさらすわけにはいきません。私は急いで彼らに避難を促しました。
魔物との距離はまだあるものの、その数の多さに戦慄が走ります。兵士たちは互いに声を掛け合いながら、懸命に移動を始めていました。ですが負傷者たちの動きは鈍く、魔物たちは着実にこちらとの距離を縮めていました。
辛うじて動ける兵士と私で防衛にあたっていたのも束の間、そこから抜け出た魔物が避難群に追い付き、今にも襲い掛かろうとしているのが目に入りました。
守りたまえ――
結界魔法を使いました。ただの結界魔法じゃありません。私の全力、とっておきの魔法です。これなら並大抵の衝撃は無効化されます。ドラゴンまでは実証済みです。これなら皆さん逃げれるはずでした。
当然これには欠点があります。まず、目を開けていられないのです。私の魔法は魔力より祈りによって効果が増減するため、全力で祈ると目を閉じてしまうのです。開けられない訳ではないのですが、神様に祈っているのに目を見開いていたら、なんだが怪しい気がするからです。
二つ目に、単純にすっっっごい疲れるんですこれ!魔法の発動中は常に全力疾走している感覚です。発動時間にもよりますが、大抵は半日動けなくなってしまいます。
「なんて眩しい光だ……!」
「魔物が結界に近づけないぞ!」
「まさか...癒しの魔法まで......?」
私は胸の中で安堵しました。この結界なら、負傷者たちが安全な場所まで逃げ延びる時間を稼げるはずです。
しかし、目を開けることはできません。ただ神様に心の中で何度も祈りました。
どうか、彼らをお守りください……
「なんだ、この力は……!痛みが消えていく……!」
「まだ戦えるぞ!」
「武器を取れ!まだやれる!」
そんな声が聞こえてきました。きっと負傷者の中でも軽傷だった方々のでしょう。正直な事を言うと私の魔法がある内に逃げてほしかったのですが、彼らは兵士、戦闘の本職です。そんな彼らが立ち向かうと決めたのであれば私のできる事はより長く、魔法を続かせる事ぐらいでした。その間に、負傷した方々が避難できるように。
しばらくの喧騒の後、兵士たちの雄たけびが上がりました。
「魔物を退けたぞ!生き残った!」
「奇跡だ!」
その言葉を聞いてようやく私は祈りの構えを解き、目を開きました。
目の前に広がったのは、予想以上に多くの兵士たちが肩を並べて立っている光景でした。先ほどまでここにいたのは負傷した兵士ばかりで、戦える人数は限られていたはずなのにです。それなのに、目の前の人数はとてもその範囲を超えていました。
いつの間にか、援軍が来ていたのですね......!
よかった。本当によかった。そう思いました。
戦場から少し離れたところで、遠くから兵士たちの声が聞こえてきました。
「聖女様万歳!」
その声に、私は足を止めてそっと振り返りました。兵士たちが勝利を喜びながら、その声を空高く響かせているのが分かります。
聖女様がすぐ近くに――
至る所から声が上がっていました。
「聖女様!あなた様が居られて本当に助かりました...!」
私は、叫ぶ兵士に近寄り問い詰めました。
「聖女様ですか!? どちらに!?」
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