勇者です、嘘です。

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勇者です。嘘です。

俺は冒険者。いや、冒険者だった。


といっても、そんな立派なものじゃない。特別剣の腕前があるわけでもないし、どでかい魔法が使えるわけでもない。冒険者ギルドに登録しているのも「食べていくのに他の仕事がなかった」という理由からだ。


 簡単な荷物運びや、街の人からの雑用依頼をこなしているだけで、危険な依頼には極力近づかないようにしていた。派手な功績はいらない。日々の依頼を淡々とこなしていければそれでよかった。


 勇者、なんて呼ばれ始めたきっかけは、2年前の事だ。


 俺はある村を訪れていた。普段は静かで穏やかな村だったが、その日は異様な緊張感が漂っていた。村の人々が顔を曇らせ、子供たちは家の中に隠れている。


 聞けば、最近になって近くの森に現れた魔物が、夜な夜な村の周辺をうろついているのだという。まだ直接的な被害はないものの、家畜が数匹消え、畑も荒らされ始めていた。村人たちは怯え、これ以上の被害を防ぐためにギルドへ助けを求めることを決めたそうだ。


 俺はたまたま、その依頼を受けて村を訪れたのだ。仕事の内容は「村の警備」。本来なら、ただ村を見回るだけの簡単な仕事のはずだった。魔物が現れても1匹程度なら何の問題もなかった。


 だが、夜が更けた時、予想外の事態が起きた。


 その夜、静寂を破る咆哮が響き渡った。外を見ると、森の中から現れたのは、巨大なゴブリンの群れだった。その中心には、異様に大きな個体――ゴブリンキングがいた。


 村人たちは悲鳴を上げ、家の中に逃げ込もうとしている。俺は咄嗟に剣を抜き、村の入り口へ駆け出した。


 村の入り口でゴブリンたちの前に立ちはだかった。剣を振り回し、必死で魔物たちを足止めする。だが、数の多さに圧倒され、次第に追い詰められていく。


 村を見捨てて一人だけ逃げる算段を始めた時、村人たちが手に農具を持ち、次々と外に出てきたのだ。老人も若者も、皆が力を合わせて魔物に立ち向かっていった。


「俺たちも一緒に戦う!村を守るんだ!」


「勇者様、お願いします!俺たちに力を貸してください!」


 恐怖を紛らわすためか、逆に恐怖で気分が昂っていたせいか、彼らは俺を「勇者様」と呼んだ。だが、その時に反論している暇はなかった。


 村人たちの助けもあって、なんとかゴブリンの群れを撃退することができた。そして、最後に残ったゴブリンキングを倒した時、村全体が歓声に包まれた。


「ありがとう、勇者様!あなたがいなければ村は壊滅していました…!」


 俺は否定しようとしたが、正直気分がよかった。ゴブリンキングの討伐なんてそうそうできる事じゃないし、村民の尊敬するような眼差しは今まで受けたことのないものだった。


 その晩、村では宴が開かれた。村人たちは「勇者様」を囲んで感謝の言葉を繰り返し、次々と酒や食べ物を差し出してくる。


「さすが勇者様だ!」


「村を救うなんて、伝説に残りますよ!」


 その言葉を聞いているうちに、俺の心はさらに軽くなっていった。最初は謙虚に振る舞っていたが、次第に気が大きくなり、こんなことを言い始めてしまった。


「まぁ、これくらいは当然の仕事さ。これからも、困っている人がいれば、俺が助けに行くよ。だって、勇者だからな!」


 翌朝、村を出る準備をしている時、昨夜の自分の言動が頭をよぎった。宴の場で調子に乗って「勇者だ」などと言い切ってしまった自分が恥ずかしい。


 今更訂正できようもない。しかし村で多少語られるぐらいなら問題もないだろう。そう思った。


 こうして、村を救った「勇者」として、俺は初めてその名を知られることになった。


「たった一人でゴブリンキングを倒した冒険者がいるらしい」


「しかも一刀両断したらしい」


「なんでも“勇者”を名乗ったらしい」


 最初は村の人々の間だけの話だったが、それは瞬く間にギルドや街へと広がった。だが、噂が膨らみ始めたのは、それだけでは終わらなかった。


 山道でまた別の依頼に取り組んでいた。採取が目的の簡単な仕事だったが、途中で3匹の狼に襲われている老夫婦に遭遇したのだ。剣を抜き、狼たちを追い払った。それほど大きな戦いではなかったが、老夫婦にしてみれば九死に一生を得た思いだったのだろう。震えながら感謝の言葉を述べていた。


「助けてくれてありがとうございます。もしやあなたが噂の勇者様では...?」


 この時もすでに尾ひれが付いた噂に余計な誤解が増えるのを避けるため、逃げるようにその場を後にした。この行動が、新たな誤解を生む。翌日には、ギルドでこんな噂が流れた。


「勇者が狼の大群を剣一本で追い払ったらしい!」


「やっぱりただ者じゃないよな」


 そして、噂は次第に大きく膨れ上がり、「勇者」という肩書きが、さらに定着していったのだった。


 それ以来、街での生活は一変した。どこへ行っても「勇者様」と呼ばれ、ギルドでは注目の的になる。次々と寄せられる過剰な期待に、俺は次第に嫌気がさしていった。


 俺は勇者なんかじゃない。ただの冒険者なんだよ…


 心の中で何度もそう呟きながら、素顔を隠すためのフードを手放せなくなった日々が始まった。


 街中を歩くのが、これほどまでに億劫になるとは思わなかった。フードを深くかぶり、人混みを避けるように路地を選びながら歩く日々。少しでも気を抜くと、すぐに「勇者様」と声をかけられる。


「勇者様、洞窟に巣食う魔物を退治してください!」


「勇者様、ぜひ剣の使い方を教えてください!」


「勇者様、このパンをどうぞ!」


 最初は気を遣って受け取っていたが、今では逃げる方が優先だ。それでも、どうしても断りきれずに立ち止まる時もある。


 ギルドでの状況も、以前とはまったく変わってしまった。とにかく仕事が受けにくい。掲示板を見ているだけで周囲の冒険者たちから注目され、低ランクの依頼を選ぼうとすると、嫌な空気が流れる。


「勇者様が、荷物運びなんて仕事を?」


「え、もしかして僕たちの仕事まで奪っちゃうんですか?」


 ……違う。俺はただ、普通に生きたいだけだ。だが、そんな気持ちは誰にも伝わらない。ギルドの受付嬢ですら、期待の目を向けてくる。


「次はどんな偉業を見せてくれるんですか?」


 そんな日々に疲れ果て、俺は次第にギルドにも足を運ばなくなり、街を出た。路銀に困ったら、人目につかない場所や小さな村を選ぶようになった。


 それでも勇者の肩書は後を追ってきた。


 森の中で偶然、苔むした岩に剣が刺さっているのを見つけた。どう見ても誰かの忘れ物だと思い、持ち帰ってギルドに届けるつもりで抜いてみたのだが――。


 たまたま近くにいた冒険者たちがそれを見て騒ぎ出し、ギルドに戻る頃には「伝説の剣を抜いた勇者が現れた」という噂が街全体に広がっていた。剣を届けるどころではなくなり、俺はそのまま剣を持ち逃げする羽目になった。


 酒場で気の合った男と飲んでいると、賭博に誘われた。興味本位で着いていったが、そこで行われていたのは違法賭博だった。賭けれる金もほとんどないから観戦していたのだが――。


 そこへ偶然押し寄せてきた警備隊。しかも俺を知っているやつがいたらしくいつの間にか、「勇者様が悪を暴いた」という話にまで発展していた。


 市場を歩いていると、子供たちが何やら俺の後をついてきていた。特に気にせず歩き続けていると、突然背中に何かが飛びついて来た感覚がした。


「仲間にしてください!」


 振り返ると、子供がしがみついてきていた。更にその後ろで子供達が大笑いしている。背中には「勇者パーティ募集中」と書かれた紙が貼られていた。それを剥がして軽く注意したが、その後すぐに「勇者様が仲間を募っている」として、紙が近辺の街中に貼られ始めたのを見た時、俺は呆れて何も言えなくなった。


 これが2年の間にあった出来事の一部だ。勇者の話は最早どこへ行っても聞こえてくる。幸いな事に顔を隠していたお陰ですぐにばれる事はないが、ふとした拍子に関連付けられる。


 厄介事に関わらなければいい話なのだが、厄介事が向こうからやってくるのだ。隅へ隅へ逃げてもなぜか巻き込まれるのだ。


 もはやこれは呪いなんじゃないかと思っている。勇者を自称してしまった故の呪いだ。


 だが、1つだけ希望はある。それは本物の勇者の存在だ。しかしそういった話は聞いたことはない。きっとどこかで怠けているんだろう。本物がちゃんとしていれば、俺がこんな目に遭う事はなかったはずだ。


 そんな愚痴を繰り返していると、少しだけ気が楽になる。だが結局、この生活から抜け出す方法は見つからないままだった。


 いや、余計な事を考えるのは止めよう。今日は久しぶりに森で簡単な採取の依頼を受けれた。恐ろしい魔物や山賊と戦う必要はないのだ。


 静かな森の中を歩き、依頼をこなしている最中、突然、遠くから悲鳴が聞こえてきた。


「助けて!誰か!」


 声のする方へ駆けつけると、そこには親子がいた。母親と思しき女性が子供を背後に庇い、巨大な熊型の魔物に立ち向かおうとしている。


 咄嗟に剣を抜き、石を投げて魔物の注意を引いた。魔物がこちらを向く。俺は全身を緊張させながら剣を構えた。


「あ、あなたは…?」


 彼女は震える手で子供を抱きしめ、言葉を詰まらせながら震える声で言った。


 ここは親子を安心させなければいけない。もしパニックになって走りだしでもしたら守り切る自信がない。

 

 だからこういう時は、とても便利だとは思っている。


「勇者です」


 嘘です。


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