私にはあまり時間が残されていない事は端から分かっていた。


 西崎が居なくなった今、私の馬脚はすぐに露われる。


 だから、今までとは打って変わって毎日毎晩、を欲した。


 カレが出張する時はどんなところへも付いて行き、どんなに遅くなってもカレを待った。


 でも、天の采配はお構いなしにやって来る。


 梅雨時の線状降水帯が八津槍岳中腹を襲い、ロッジの辺りが崩落し全てが露わとなってしまった。


 名家所収の土地だった為、事の詳細は報道されなかったがテレビで報道された範囲で私は全てを察知した。


 明らかに顔が曇った私を案じて“夫”はシルバーニードルズと言う紅茶を淹れて私を呼んだ。

「思い出のロッジが残念な事になったね」


 私は甘い香りと優しい夫から身を離し窓の外を見やる。


 遠くに見えていた赤色灯がこちらに向かって近付いて来る。


 私は夫に掛ける最後の言葉を探しあぐねていた。


 優しい夫の事だから支えてくれる人はたくさんいるだろう。真実のお嫁さんになってくれる人も……


 なら私は、夫の最初のお嫁さんでありたい!!


 礼華奥様が私を身代わりにした様に私も礼華奥様を身代わりにして……初めて夫の腕の中で泣き崩れた私のままで夫の胸の中で生き続けよう!

 それに一番の幸福は……夫に子供の産めない体の事を言わずに済む事が出来るのだから。


 私はオフホワイトの麦わら帽子を目深に被って夫の前に立ち、蓮っ葉はすっぱに吠えた。

「ああ、パコパコやってりゃ有閑マダムの地位が手に入ると思ったのによぉ!」


 驚く夫を尻目に庭に続く掃き出し窓を開け、置いてあったサンダルを突っ掛ける。


 それは粗末だけどずっと履き慣れていた“私の物”だった。




                               おしまい



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最初のお嫁さん 縞間かおる @kurosirokaede

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