3:始まりの神殿

 プレゼントを受け取ったその日、私は家に帰るとすぐにカスタマイズソフトを使ってキャラメイキングを始めた。

 このソフトはさすがに公式のものだけあって、種族、性別、初期職業など、必要な項目を予め決めておけばそれが全て適用され、ゲームを最初に始める時でも余計な時間を取られずに済むらしい。それ以外の外見に関する項目も沢山あり、本当に事細かに設定できるようになっていた。

 確かにこれならばこのソフトが多少高くてもゲームソフト本体に迫るくらい売れているというのも判る気がする。

 きっとゲームの中は美男美女で溢れているのだろうと思うと少しばかり笑える気がした。

 

「髪の長さは……もう少し長くしようかな。背中の真ん中まではいらないけど……色は、やっぱり銀かな? うーん……」

 画面に映ったキャラクターの髪の毛を肩より少し長いくらいに微調整し、色を薄くする。背丈は現実の自分よりも少し高いくらいにしておいた。

 慣れない体格にして転んだり頭をぶつけたりしても困る。


 結局光伸と魔法職を選ぶ約束をしたので、種族は魔法系のステータスに補正のあるエルフだ。ファンタジー物では定番の種族だが、プレイしたらぜひ自分の耳に触ってみようと考えつつ、その尖り具合を調節する。

 頭の中に明確なイメージがある分、細部には色々と拘りたくなってしまって時間がかかる。

 だがあまりにも自分のイメージ通りだと気恥ずかしさも湧くので、少しは変えて……などとやっていると、時間はあっという間に過ぎていった。

 結局、私は約三日間をキャラメイキングに費やし、光伸とゲームで待ち合わせの約束をした週末を迎えた。

 

 

 

 

 

 パスワードを口頭で入力し終えると、その言葉に反応して小さな機械音が端末から響いた。

 うっすらと天井が見えていた視界が急に暗くなり、次いで暗闇の中にパチパチと白い光が弾ける。それを見ていると意識が一瞬遠のくような錯覚に襲われた。

 目を瞑る間もなく自分の体と意識がどこかに投げ出されたような軽い浮遊感を感じ、ハッと気がつくと私は白と青の空間に立っていた。

 仮想ショッピングモールや映像学習のコンテンツにログインした時とはまた違う雰囲気に軽く目を見開く。

 どこまでも続く平らな地面は白く、その白を切り取るように青い空が広がっている。色の境目がなければ空も地面も意識できないだろうと思うほど平面的な空間だった。そして、その空間にぽつんと佇む異物が一つ。

 私は自分の立っている場所から少し先に支えもなくたっている扉に目を留め、そこに歩み寄った。

 手を伸ばしてドアノブに触れると、ポーン、と可愛らしい音がして扉の前に半透明のウィンドウが開く。

 ウィンドウには簡単な一文とYes、Noの項目が書かれている。

 

『アカウントNo:XXX-XXX-XXXX  外部インストールのキャラクターデータが一件存在します。それを使用しますか?』

 

 Yesの項目に指で触れるとウィンドウが消えた。

 顔を上げると目の前でゆっくりと扉が開き、どこかから女性の声が響く。

 

『新たなる旅人よ、グランガーデンへようこそ』

 

 開いてゆく扉の向こうから眩しい光が差し込み、思わず目を細めた。広がる光に視界が白で埋め尽くされ何も見えなくなる。

 眩しさに片手で目を覆い、歩き出すこともできず扉の前に立ち尽くした私の視界を白が覆い隠してゆく。

 

 立ち尽くしていたのは一瞬の事だったらしい。気がつくと私の周りの景色はまた一変していた。

 細めたままだった目を見開けばそこに映るのは白ではない色彩。艶やかな石畳と巨大な石柱が作る広い空間。


 ここは全てのプレイヤーが初めに訪れる始まりの神殿だ。

 マニュアルでそう読み、写真も見たはずなのに私は高い天井を呆然と見上げた。

 ショッピングモールの可愛らしくコンパクトな店が並んだ空間や、学習ソフトの無機質さしか知らない私にはその光景は十分驚きに値するものだった。

 仮想の物だというのに、神殿という名に相応しい神々しさすら感じてしまう。


 気の済むまで天井を見上げた私はやがてゆっくりと視線を下げ、ふと腕を持ち上げて自分の両手をまじまじと見つめた。下を向いたことで横の髪がはさりと落ち、緩いウェーブのかかった長い髪が視界に入る。

 それを一房手にとっていじってみると、指先に柔らかい毛の感触が確かに伝わる。

 その色は確かに自分が設定した銀灰色で、思わず顔に笑みが浮かんだ。

 

「こんにちは」

 唐突にかけられた声に私はハッと顔を上げた。

 自分の髪を弄りながらにやけていた所を誰かに見られた事に一瞬狼狽したが、声をかけた相手に視線を向けてすぐにその心配が杞憂だったことに気がつく。

 いつの間にか横に立っていたのは栗色の髪を後ろで束ねた、穏やかな顔つきの女性だった。

 女性の頭の上にはNPCである事を示す緑色の逆三角の小さなマーカーが浮かんでいる。

 NPC相手なら多少にやけた顔を見られたところでどうという事もない。

 そう判断した私は彼女に向かって一応軽く会釈を返した。


「こんにちは」

「ようこそ、異界より来たりし新たな旅人様。この神殿では旅人にこの世界の説明をさせて頂いております。説明をお聞きになられますか?」

 

 女性は暖かな笑顔と共に決められたセリフを滑らかに紡いだ。

 NPCだと解っていてもそれに笑顔を返したくなるような姿に驚きつつ、首を横に振る。


「いえ、大丈夫です。マニュアルは読みましたし」

「そうですか。それでは身分証の発行だけさせて頂きます」

 女性は私の返答に頷き、細い両手を持ち上げて何かを持つような仕草をした。

 次の瞬間その手の間に黒い布張りの四角いお盆が現れた。上には幾つかの品物が乗っている。彼女はそれらを細い指で順に指し示した。


「身分証はこのようなアクセサリーの形態をとっています。ご自分の職業や好みに合ったものを一つお選び下さい」

 

 お盆に乗っていたのは指輪、腕輪、ブローチ、ピアス、ペンダントといったいくつかのアクセサリーだった。どれも精巧な彫りの入った美しい銀細工だ。

 これは身分証というより、要するにステータスやアイテムウィンドウを開くための個人端末である事をマニュアルで読んだので勿論知っている。


 私は迷わず腕輪の形態をしたものを手に取った。

 指輪や腕輪の形をしたものは、それを嵌めた手をサッと振るとウィンドウが開く仕様になっているらしい。

 他の形態のものは指で一回突付くとウィンドウが開く。あとは音声入力でもウィンドウは開くらしいが、手が使えない状況以外で使う人間は少ないらしい。

 予め目を通した情報サイトによれば魔法職には腕輪の形の端末がオススメとの話だった。

 魔法職はどうせ篭手などは装備できないので邪魔になる事はないし、魔力補正の効果のある装備には指輪の形をしたものが多いので指は空けておいた方がいいとのことらしい。

 

 情報サイトにも目を通しておいて良かった、と思いながら選んだ腕輪を右手に近づける。

 するとそのまま手につかえるかと思えた腕輪は一瞬光を放ち、次の瞬間にはキッチリと手首に収まっていた。

 便利なものだ、と思わず感心して頷く。

 それを見届けたNPCも明るい笑顔を浮かべて頷いた。


「こちらでの手続きは以上でお終いです。もし身分証の形態を変更したい時は、またこの神殿をお訪ね下さい」

「わかりました。どうもありがとう」

 NPCとは思えないほど自然な笑顔に、私も思わず微笑みを浮かべて礼を述べた。

 彼女はそれに応えるように大きく右手を挙げ、何本もの柱の向こうに見える大きな扉を指差す。

 

「それでは、始まりの街ファトスへ行ってらっしゃいませ。貴方の旅に始まりの王の導きがありますように!」

 

 

 ギギィ、と大きな音を立てて出口の扉が開く。

 出口に近づき扉が開くのを待っていた時、扉の脇の柱に鏡がついている事に気がついた。

 近寄ってその鏡を覗き込むとそこにはパソコンのモニターで見慣れた、けれど見慣れない自分の姿が映っていた。

 これが今の自分の姿だと解っているのに不思議な気がして右手を挙げる。

 鏡の中の人も同じ様に向かい合った手を挙げるのがどうしてかとても可笑しかった。


 そういえばさっき会話をした時も、発した声がいつもと全く違っていた事を思い出す。普段の自分とは全く違う姿が嬉しくて思わず微笑み、あげくに鏡に映ったその笑顔に見入りそうになってしまった。

 ガコン、と扉が開ききる音にハッと我に返り慌てて頭をブルブルと振る。

 これではまるで変態だ、と自分を叱咤し、私はゆっくりと開いた扉の向こうへ歩き出した。

 扉の向こうに見えるのは石畳と、青い空。

 今日のグランガーデン大陸、ファトス地方はどうやら快晴のようだった。

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R.G.O! ~女子高生、VRMMOで理想の魔法ジジイを目指します~ 星畑旭 @asahi15

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