2:誕生日プレゼント

南海なみ、これ」

 

 いつも通りの放課後の教室で荷物をまとめていると、目の前に不意に紙袋が差し出された。

 顔を上げると目の前には良く知っている男子生徒が立っていた。クラスは別々だが見慣れたその顔と差し出された紙袋を交互に見て首を傾げると、相手は呆れたようにため息を吐く。

「あのなぁ、今日お前誕生日だろうが」

 ああ、そう言われてみればそうだったような気もする。

 

「そういやそうだっけ? んじゃ誕生日プレゼント?」

 私の返事に盛大なため息を吐いたコイツは渡瀬光伸。

 私の家の三件隣に住むご近所さんで、幼稚園はおろか町内の産院で五日違いで生まれた時からの幼馴染だ。そのまま幼稚園、小、中、どういう訳か高校まで同じ学校を選んでしまった正真正銘の腐れ縁。単に私もコイツも面倒くさがりで家から一番近い高校を選んだだけという話もあるんだが。

 

「ありがと、ミツ。ってことはあんたのも五日後かぁ。今年は何かリクエストある?」

 紙袋を受け取りつつ逆に聞いてみると、光伸はひどく苦い顔を見せた。

「来週ずっと親父が出張なんだ……飯食わしてくれ! それ以外は望まんから、頼む!」

 その絶望に彩られた声音に私は思わず心の中で合掌した。光伸のお袋さんの料理は色々な意味でものすごいことをよく知っているからだ。

 光伸の母親である亜紀さんは優秀なキャリアウーマンであり、一部を除き家事その他の才能にも恵まれている良妻賢母なのだが、その除いた一部、料理に関してだけは何故か天性のアレンジャーとも言うべき奇才の持ち主だ。熱心に本を見ていても百二十パーセントの確率で全く違う物が出来上がるのだからすごい。もちろんその味に関しては言うまでもない。光伸にとってお袋の味とはトラウマを意味する言葉らしい。

 いつもは光伸の父親が食事を作っているのだが、その親父さんが出張ともなれば確かに死活問題だろう。

 深く同情しつつ、わかったと頷いて見せると、光伸はものすごくほっとした顔を浮かべた。

 

「助かった……!」

「ご愁傷様。朝はまぁ何とか乗り切れ」

「朝はコンビニにする。よし、これでお袋には何時もどおり残業して外で食って来いって言えるぜ」

 固い決意を浮かべる幼馴染に思わず笑いがこぼれた。そう言う事ならせめて来週は何か好物を作ってやろうとは思う。

 光伸の家とはまた違った事情で私は自炊生活をしているから料理は得意だ。と言ってもただ単に父と母は私が高校に入ると同時に仕事で他の街に行ってしまったのでもう一年ほど一人暮らしだというだけなんだけど。

 三つ上の兄も高校を卒業と同時にこの街を離れて一人暮らししながら働いているので家にはいない。両親には寮のある高校を勧められたが、隣近所の仲はいいしこの街は治安はいいので問題ないと私はここを離れなかった。せっかく徒歩十分のところに丁度いいランクの高校があるというのに冗談じゃない。自分にそこそこの生活能力と信用があって良かったと心底思ったもんだ。

 

 まぁそんな事は置いておいて、私は光伸から貰ったまま手に提げていた紙袋をチラリと覗いた。中には何か箱が入っているらしい。

「あ、それ開けてみろよ。俺のオススメだぜ」

「へぇ。どれ」

 簡単に閉じてあるテープを剥がして袋の中に手を入れる。手に当たった箱を取り出すと出てきたものは――

 

「……RoyalGardenOnline?」

「そ。略してRGO。 今流行ってんだよ、そのゲーム」

「へぇ。オンラインってことは、MMOって奴か」

 手にしたパッケージには剣や盾を手に持ち鎧に身を包んだ青年や、美しい女性の絵が描かれている。

 どうやら昔から定番の古めかしい中世風のファンタジー世界を舞台にしたゲームらしい。ベタではあるがそれ故にいつでも愛されるんだろう。

 そんな事を考えながらパッケージを裏返してみた。パソコン用のソフトかと思ったのだが、裏側にあったのはVRの文字。それはVRシステムを利用したゲームだということを示している。

「VRゲームか。そういえば最近何かにハマってるって言ってたっけ」

「ああ、今これやってるんだ。結構楽しいからナミもどうかと思ってさ。お前結構ゲーム好きなくせにVRゲームはやってないだろ?」

 

 光伸の言葉に私は思わず眉を寄せた。

 確かに私はゲームを趣味の一つとしている。当然VRシステムを利用したゲームソフトが数多く存在し人気であることも良く知っているが、今まで私がそれらに手を出したことがないのも事実だ。

 その理由をこの幼馴染は良く知っているはずである。なのにその上でのこの言葉に多少むっとしても仕方ない。

 

「ミツ……」

 恨めしげな声を漏らすと、光伸はハッと顔を上げて慌てて両手をバタバタと横に振った。

「あ、いや、お前の事情はもちろんわかってるって! 運痴だからって気にすんなよ、このゲームなら大丈夫だからさ!」

 遠慮のない言葉が私の胸をぐさりと抉った。

 今自分にHP表示があったなら確実に半分は削られたに違いない。

 

 そう、実は私はいわゆる運動音痴だ。それも重度の。

 ボールを投げれば足元に落ちるかすぐ前にいるチームメイトに当たり、走り出せば三十メートルで力尽き、水に入れば沈んでしまう。

 周囲の人々からは、運動神経がそもそも存在していないに違いない、などと言われる始末だ。

 その運動音痴ぶりはゲームにも如何なく発揮され、シューティングを始めれば五秒で撃墜され、アクションや格闘に至っては技の一つも出せないという事態に陥る。

 それゆえ私がプレイするのは、運動神経が全く要らないRPGやシミュレーションRPGなどに限られていた。

 しかもより単純さを求めて、物持ちのいい父や歳の離れた兄から譲られた数世代前の古いゲームとソフトを愛用している事は家族以外では光伸しか知らない秘密だった。

 最先端のゲームはRPGでも入っているミニゲームが凝りすぎていたり、画面が精巧過ぎてプレイしているうちに酔ったりしてついていけない事が多いのだ。

 (ちなみにVRが普及している現在でも、それ以外のいわゆるテレビゲームや携帯ゲームは市場を小さくしたがちゃんと存続している。VRシステムは健康な一般人の場合使用に年齢制限があり小学生以下は利用できないし、人によってはVRは苦手という場合もあるからだろう)


 とにかく、私は運動以外の能力については普通なのが救いだが、それ一つがいっそ非凡なくらいのマイナス値を叩き出している。

 それ自体についてはもうとっくに諦めがついているが、それでもずばりと言われて悲しくない訳ではない。

 来週の夕飯はうんと質素にしてやろうかと考えていると、光伸は慌ててRGOの箱を引ったくり、そのパッケージの裏面の文章を指差した。

 

「待った、これを南海に薦めようと思った理由がちゃんとあるんだって。ほらここ、魔法職と多種多様な魔法があるって書いてあるだろ? このゲームは魔法職なら運動神経がなくても問題ないんだよ」

 魔法、と言う言葉に少しばかり興味をそそられた。

 光伸の指差す場所をさっと読むと、確かにそこには様々な魔法を実現した、と言うようなことが書かれている。

「そういえばVRゲームって魔法を使えるソフトが意外に少ないって聞いたことあるけど……これは使えるんだ?」

「そうそう。そういう意味でもこれは発売前から注目度が高かったんだぜ」

 

 VRゲームソフトは色々な物が次々に発売されているが意外にも魔法の概念があるものは少ないという話は私も聞いたことがある。

 シューティングやアクション、剣術や格闘のみが採用されたRPGなどは多く発売されているのだが、魔法は出てきてもあくまでそれらの補助的な道具と言う扱いの場合が多い。あるいはMMOのような形ではなく、一人プレイ用のゲームになら採用されていたりとか。

 魔法を全面に採用したMMOも過去に幾つかあったらしいが、あまり名を聞かないところを見ると良作とはいえなかったのだろう。

 理由としては魔法の概念を取り入れる際のゲームバランスの難しさと、起こせる現象の再現性の問題がどうこう、ということらしいが私には興味がなかったので良くわからない。

 様々な試行錯誤を経て、ようやく最近はそれらにある程度の解決の目処が立ちつつあると雑誌で読んだことがあるが、これはその先駆的な物なのかもしれない。

 そう考えると私の胸の内にもじわりと興味が湧いてくる。

 

「……本当に運動神経いらない?」

「いらないって! それにそもそもVRゲームは自分の生身の体を使ってプレイするわけじゃないしな。運動が苦手でも、ゲームの腕にはあんまり関係がないらしいぜ」

 それは私にとっても大分希望が湧く話だ。もしそれが本当なら、私だってゲームの中でなら華麗な格闘なんかができてしまうかもしれない。

「む、それなら、もしかしたら私も格好よく剣を振り回したりできるかもしれないってこと?」

 期待を込めてそう問いかけると、光伸は一瞬顔を強張らせた。その反応が返答のような気がして、私は思わず肩を落とした。

 期待させるようなことを言わないで欲しかった。

 

「あっ、悪ぃ、違うって! んーと、その……多分南海にも剣とか使えるとは思うんだけど……でもできれば、南海には魔法職やって欲しいかな、なんて」

「へ? なんで?」

 妙に言い辛そうな態度で魔法職を薦められ、疑問を感じて問いを返す。

 光伸はその問いにしばらく言い辛そうに口ごもり、それからもごもごと口を開いた。

「えーと、その、俺が良く一緒にやってるメンバーの中に、今魔法が使える人があんまりいなくってさ。攻略の時とかたまに困ることがあったりするんだよな。だから、南海が今からゲーム始めるなら、良かったら魔法職選択してくれればバランス的にも助かって一緒に遊びやすいかなー、なんて……」

「はぁ……なるほど」

 なるほど、とは言ったものの、私はますます首を傾げた。

 

 光伸がいつもどんなメンバーで遊んでいるのかはわからないが、どうやら仲間のやっている職業に大分偏りが在るらしいことはわかった。しかしRGOは魔法の実装が売りの一つであるゲームらしいのに、魔法職と非魔法職の比率がそれほど偏るのも不思議な話だ。

 私も以前パソコンでできるオンラインゲームを少しだけ体験してみたことがあるが、街で周囲を見回した感じでは、職業的な偏りは少なかったように記憶している。

(もっとも、そのゲームはほんの少し体験しただけで、やはりついていけなかったのですぐに止めてしまったのだが)


 それに魔法職というのは大抵がソロでプレイするには向いていない職業だ。町では魔法職の人がパーティ募集をしているのも良く見かけた。普通なら仲間を探そうと思えば幾らでも見つかるように思える。

 このゲームの知識に乏しい私でも感じる違和感に、少しだけ嫌な予感を覚えた。

 

「このゲーム、魔法が期待されてたっていったよね? なのにミツの知り合いには魔法職の人が少ない? 街でパーティメンバー募集とかすれば、魔法職の人ってすぐ見つかるんじゃないの?」

「あ、う……うん、その」

 怪しい。どう見ても光伸の態度は怪しいとしか言いようがない。

「ミツ? 何隠してるのかな?」

「や、な、何も……」

 目を逸らしてなおもしらばっくれようとする光伸を睨みつけたがなかなか口を割りそうにない。

 私はハァ、と少々大げさにため息をついた。

「来週は煮込みハンバーグやオムライスを作ろうかと思ったけど……なんか急にメザシと味噌汁が食べたくなったなぁ」

「うえっ!? ちょっ、それを盾にするのか!?」

 胃袋から攻められた食べ盛りの男子高校生が陥落するのは早かった。

 私に促され、諦めた光伸はしぶしぶとRGOでの現在の事情を話し出した。

 

「……そのな、実はRGOは最初は当然魔法職は大人気で人口比率もかなり多かったんだけど、今ではその……大半の人がキャラの作り直しとかしちゃってて、あんまり魔法職を続けてる人がいないんだよ」

「キャラの作り直しって……普通相当悩むことじゃない? じゃあ、今は魔法職の人少なくなったの?」

「そりゃもう激減だよ。俺は最初から戦士系を選んだけど、仲間は何人も魔法職から方向転換したしな」

「魔法職ってそんなに弱いの?」


「うーん、弱いって言うか……火力は確かにすごいんだけど、魔法を使うのがとにかく面倒なんだよな。呪文を口で唱えないとなんだけど、その呪文を間違えると発動しないし、しかもどれもかなり長いし。

 簡単に唱えられると火力が強すぎるからバランスをとるためって言うことなんだけど、戦闘中ってどうしても焦るだろ? 大事な時にそれでうっかり噛んだりしたら周りから白い目で見られるし、運が悪けりゃ死んじまう。なんせ防御力は低いわけだしさ。

 敵がノンアクティブなフィールドで、一撃で倒せる奴を相手にしてる頃は強く感じられるらしいんだけど、そこを卒業する段階になると途端に相当辛くなるらしいんだ。そうなりゃ当然ソロは無理だろ?

 かといって、長い呪文を唱える間ずっと自分を守ってくれるパーティを全員が見つけられるかって言ったらそれも運だろうしな。色んな意味で茨なんだってよ」


 光伸の話に私はなるほどと頷いた。そういう事情なら人気がないのも納得できる。

 しかしそんな話を聞いてしまうと私だってあえて魔法職を選ぼうと言う気が薄れてしまう。


「事情はわかったけど、それを知ったうえで私に魔法職やれって、ちょっとひどくない?」

「う……それは謝る。ごめん。けど、魔法職がいてくれないと困ることがあるのは本当なんだよ。魔法じゃないと倒しにくい敵がいたりとか、進めないクエストがあったりとかもするし。それに、お前ならきっと魔法向いてると思うんだよな」

 

 光伸によると、苦労しつつも魔法職を続けている人も一応ある程度はいるらしいのだが、そういう人は大抵固定パーティを組んでいて外に出てこなかったり、フリーでも魔法職必須のクエストなどの助っ人を高額で請け負う業者めいたプレイヤーが多かったりで、色々と問題が多いのだと言う。

 最近では何も知らずにこのゲームを始めた初心者魔道士を囲い込もうと、始まりの街で交代で張っているパーティも出る始末らしい。


 超売り手市場なのにそれでもなり手の少ない魔法職。

 考えてるうちに私の中には何となく逆に興味が湧いてきた。

 うう、まずい。実は私はク○ゲーには逆に燃えるタイプなんだ。

 逆境だと思うと思わず立ち向かいたくなるじゃないか。

 

「な、どうだ南海? お前ならかなりいけるって! お前運動神経はそりゃアレだけど、記憶力はいいしさ。記憶力いい奴って魔法職向いてるんだってよ。それにお前むかつくほどマイペースで慌てたりしないし、呪文唱えるのも向いてるって!」

 

 運動神経その他はかなり余計なお世話だったが、確かに記憶力にはそこそこ自信がある。

 取り柄と言えるのかは実に微妙であるが、まぁ褒められて悪い気はしない。しかしそれ以外がどん底か普通のみである事を考えるとあまり喜べない。

 それでも、その取り柄が多少なりとも活きるかも、と思うとさらに気持ちが揺らぐ気がした。 

 私の気持ちが揺らいでいることを察したのだろう。光伸は急いで鞄を漁り、用意しておいた切り札らしきものを取り出した。


「な、頼むよ。あとこれ貸すから! RGO専用の外装カスタマイズソフト! 公式の奴で結構高いのをバイトして買ったんだぜ」

「外装カスタマイズ?」

「そそ。普通にキャラメイキングすると、プレイヤーの脳内から外見情報を取得して、それをベースにして外装が決定されるんだ。

 デフォルメされてっからリアルの外見そのままにはなんないんだけど、変更できる項目や使用出来るスキンってある程度幅が決まってるんだよ。

 けどコレを使えばそれより遥かに細かく、自分の思い通りの見かけに出来るわけ。どんな美形だって思いのままだし、性別も年齢も好きに変えられるから、ちょっと大人目のお姉さんだって、ロリっ娘だって好き放題!」

「それはあんたの趣味だろうが」


 まさかコイツネカマやってたりしないだろうな、と少々危惧しつつ、私はそのソフトを受け取ってパッケージを眺めた。

 公式がゲームソフトとは別売りでカスタマイズソフトを出し、しかもそれがゲームソフトよりも高額とは、なかなかあこぎな商売だ。

 

 けれど、性別も年齢も思いのままという光伸の言葉で、私の心は決まっていた。

 ひょっとしたらこのソフトを使えば昔から憧れていたあんな姿になれるかもしれない。もしそれが実現するなら、魔法職で多少の苦労をしようともメリットは十分だ。

 憧れのあの姿に一度でいいからなれるなら。

 それは私にとっては何よりの誕生日プレゼントだった。

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