好きになったらいけない恋

ゾンビカワウソ

第1話 第1印象は暗い奴

4月、後輩ができると浮足立っていたけれど初期費用の掛かる弓道部には、思うように新入部員は集まってこない。


それでも待望の後輩が2人、入部してきてくれた。


少なくとも、0よりはいいことは確かだ。


中学では部員100人超えの人数で、上下関係も厳しく後輩の面倒を見るという感覚もなく終わってしまった。

後輩に先輩風を拭かせたい。その欲をばれないようにと心に誓う。


1年生の部活動見学の期間入部予定の子が来たと話は聞いていたが、風邪をひいて休んでいた。今日が初顔合わせで少し心が躍りながら授業を受けていた。


同じクラス弓道部の仲間と練習場に向かいながら、舐められないようにしないと、などと話すのを聞いて恥ずかしくなった。練習場に着いて雑談に夢中になっていると、遅れて部長が入ってきた。知らない顔を2人後ろに連れながら。


『初めまして、1年3組の小橋 純哉(コバシ ジュンヤ)です。 これからよろしくお願いします!』


自己紹介が始まり、じゃあ次ともう1人に部長が振ると沈黙が流れる。


顔を見ると口をパクパクさせている。部長がパシッと背中をその子の背中を優しく叩くと、あっと声を漏らした後に続けた。


語尾に向けて力が弱まっていき静かな場なのに最後まで聞き取れない。

『1年3組、渋谷 大和(シブヤ ヤマト)です。お願いします』


細くて、暗くて、緊張しすぎている1年生。やっていけるかなと心配になる。

1人目の子より身長は高いけど、小動物のようなおびえた生き物ってのが第一印象。


自分たちの自己紹介も簡単に済ませて、今日は初日だからと見学だけしていてと部長が進行して練習を始めた。


練習しながらも1年生達に話しかけたりとしていると、、部長がみんなでご飯に行こうと話が進んでいた。


ファミレスに部員8人でと席に座りドリンクバーと軽食を注文する。早くも馴染んでみんなと楽しげにしているジュンヤに反して、向かいに座るヤマトは一人静かにストローに小さく息を拭いてブクブクと遊んでいる。


『ヤマト・・君 部活の雰囲気どう?』


『・・・・・ボソ』


呼びかけた瞬間下を向いてぼそぼそと、目も合わせてくれない。それとも聞こえなかったのか。聞こえたふりをして別の話題を振ってみる。


『そっか。 どこ中なん?』頬をこすって目線をキョロキョロと顔を赤らめる。緊張なのか、人と話すこと自体が苦手なのか。いや、先輩風が吹いてるのか。怖がられている可能性も捨てられない。


『一中です・・・』


『そうなんだ! なんで弓道部入ったの?」ダメだ。踏み込みすぎたのか。明るい感じで返してみたけど逆効果だったのか。


『学校どう?楽しい?』そう聞くと縦にうなずくヤマトの顔を見るもずっと目線は合わない。YES OR NO で返せる質問だけそのあとも少し繰り返して、ヤマトが首を縦か横に振るのだけをみていた。


『じゃあ今日は解散で気をつけてね。』遅くなる前にと解散して自転車を進めると、帰る方面がヤマトと一緒だった。沈黙も気まずく、1人先に帰るのも気が引けて話しかけながら帰ることに。


『家どの辺なの?』ボソッと帰ってきた場所は聞きなれたところだった。

「じゃあ、途中まで一緒だな」 と自転車に乗るとヤマトも続いては走ってくる。人通りの消えたあたりで、横に並走して話しかけてみる。


「なんで弓道やろうとしたの?」


『団体競技とか、球技とか苦手で。でもお母さんに運動部には入りなさいって」


2人きりだと話せるのかなとまだトーンは低いも、先ほどまでが嘘かのように話してくれた。


『じゃあ俺こっちだから気をつけてね』分かれ道でヤマトがコクリとうなずいた。


翌日からは練習にヤマトとジュンヤの二人も含めて行われたが、その場になるとヤマトは極端に静かに無口になる。

帰り道は少し話してくれるという、そんなやりとりを続けて梅雨時期に入り始めた。


『慧(サトシ)先輩?『君』つけなくていいですよ 呼び捨てで』


何となくの距離感がありながらも、一方的に話しかけていた関係が変わり始めた。

いつもの帰り道と違い、驚いて口をぽかんと開けていた。いったん頭を整理してから口を開いた。


『ヤマトって結構人見知り?』


『そーですね。あまり初対面でとか、大勢とかで、人と話すの得意じゃないかもです。自分は話してるつもりなんですけど、考えすぎてそこで止まっちゃってるみたいで。めんどうですよね。ごめんなさい。先輩もわざわざ僕の事なんか気にかけなくて大丈夫ですよ。」


ネガティブ?それか遠回しに話しかけるなっていうことか?

自分で考えすぎて勝手に完結して勝手に傷ついているだけなのか。


『まあ、後輩だしね。気にすんなよ』一瞬湧き出た面倒という感情を悟られないよう明るく返す。


『後輩ならジュンヤもいるじゃないですか。なんで僕ばっかり気にかけるんですか

先輩も僕を・・』


今までに聞いたことのないけど、普通の人からしたら普通の声量で声を荒げて止まる。


『僕を、なに?』気になるところで言葉が詰まり聞き返す。


『なんでもないです。』


『俺がこうしてるのは、ヤマトと一緒にいると楽しそうだなって思ったから。

友達作りだってそんなもんだろ。』笑ってみせるとヤマトも少しニヤッと笑う。


『僕と一緒にいて楽しいんですか?』


『 だからこうして帰ってるんだよ。』



いつもの分かれ道について『それじゃ、また明日』と別れて帰ろうとすると呼び止められた。


自転車を道端に止めて俺の正面によってきて、右手を握る。


『どーしたの?手なんか』


『いや、なんでもないです 。

ただ・・先輩の手は暖かくていい感じの人の手ですね』


『そうなの・・どーゆーこと?』


『こーゆーことです』


気が付けば、俺の右頬からヤマトの唇が離れていくところだった。


『また明日』小さく手を振るヤマトに戸惑いながらも返すとニコッとお辞儀をして去っていった。


翌日の帰り道からは明らかに違う様子で話しかけてくるようになった。練習中は相変わらずだけれど。


キスの理由の謎が深まる中、ヤマトとの仲も深まりつつある。


俺があんな感情に悩まされることがあるなんて、この時は考えられなかった。


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2024年12月20日 12:00

好きになったらいけない恋 ゾンビカワウソ @SACD28

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