24.23:59
「さすが、レオくんってこういう時にドジ踏むんだよね……」
僕は何も返すことが出来なかった。
「ごめん……」
「どうやらその子、今でもずっと起きてるみたい」
「え? 大人しく寝てないの? じゃあ、配達できなくてもしゃーないじゃん」
サンタクロースは、決してその正体を見られてはいけないため、ずっと起きている子供にプレゼントを届けることは出来ない。
「でもさ、絶対その子、楽しみにプレゼント待ってて寝れないんだよ。まだ小学校二年生だし、サンタさんと話したいとか思ってるかもしれないじゃん。これは行かないとダメでしょ!」
「熱意は分かったけど、顔近い」
「あっ」
ユミは少し頬を紅潮させて、顔を遠ざけた。
――なんだ、ちょっとは女子っぽい可愛さあるじゃん。
「じゃあ、どうする? あと十五分だけど」
「プレゼント、探しに行こう!」
「どこに? 開いてる店、もうないんじゃない?」
「探せばあるって! そんな、あと十五分しかないんだから、なりふり構わず探さないと、ね?」
「まあ、確かに……」
もう一度、「顔近い」と言おうにも、鼻息荒いユミの前ではもう言えない。
「だから、頑張ろ?」
「え、僕も?」
「そりゃそうじゃん。か弱い乙女サンタに一人で、そんな十五分以内のリミットがある仕事させるの?」
「え、でも僕サンタじゃないし」
「私は、レオくんは絶対いいサンタになるって、信じてたからさ」
「えっ……あ、ありがとう」
不思議と、その言葉は冷えた身体の深層にじんわり染みわたった。
嫌味な要素は少しも感じられない。
「分かった、じゃ、頑張ろう」
「さっすがー! 大好きー!」
「えっ?」
いきなりの言葉に、思わず身体が機能を落としてしまう。
ユミを凝視すると、頬がサンタの服と同じくらいに赤くなっていた。
「いや、さっきのは、ジョーダン」
心なしか、僕の頬まで熱が登ってきた。
「プレゼントを待ってる子供の名前は、ユウスケくんって名前で、あんまり運動は得意じゃないんだけど、物語をつくったりするのが大好きなんだって。あと、漫画とか映画見たりするのも」
「へえ」
「なんか、私たちと似てるね」
えへへ、と、夜空にえくぼが映える。
「あ、あれ見て」
眼下に、チェーン店の書店が見えた。
「あそこ、開いてるよ今」
「ホント? わ、さすが大手チェーンは違うね」
書店の中は、ほぼ僕たちだけだった。
「サンタの衣装、このまんまでいいの?」
「いーの」
「それこそ、こんなミニスカだったら襲われるよ?」
「えー、そんなわけないじゃん」
「だって、それなりにかわい……何でもない」
「え、つ、続きは? あと、それなりにって?」
「たぶん、空耳だって」
僕は一気に熱くなって、汗まで描き出した顔をコートで隠して、小学生向けの本のコーナーへ逃げる。
「ねー、そういうとこずるいよ」
気づけば、僕はユミに対して、負の感情を抱くことは全くなくなってしまっていた。
大嫌いな先生に助けられた時のような、なんとも言えないキモチだ。
「あ、これとかどう?」
「これとか面白そうじゃない?」
ほとんど棚がスカスカになった『クリスマスのおすすめ』というコーナーには、人気漫画や映画の児童小説バージョンなどが置いてある。
「この漫画とか、もう読んでるかな?」
「さすがにこれは、この年じゃあ理解できないかな」
「ちょっと、舐めすぎじゃない?」
忙しなく目を回していると、僕の目に平積みされている一冊の本のタイトルが目に入った。
「あ」
ごく自然に、僕はその本に手を伸ばす。
「これとか?」
本にかかった手に、ユミの手が重なった。
「えっ」
「キャッ」
二人同時に、慌てて手を引っ込め、お互いの顔を見合う。
「レオくん、めっちゃ顔真っ赤で慌ててるけど」
「ユミも一緒だって」
急に不器用なカップルのようになってしまったのは、クリスマスのマジックだろうか。
「でも、やっぱさすがのセンスだね」
「そっちも」
見つけた本のタイトルは、『本好きでもクラスのリーダーになりたい!』という、児童小説でも最近流行っているもので、漫画にもなっているものだった。
「決まりでしょ」
「だね」
会計は僕がするハメになったが、家に行くと、ほっそりした少年が目をパッチリ開けて、布団に寝転がっていた。
「わっ、サンタさん?!」
目を丸くしたユウスケくんの姿が見えた瞬間、僕は壁に身を隠した。
ユミは、口ひげを付け、姿を隠して、メッセージ入りのその本を、彼の部屋の中に入れて、また出てきた。
「あれ……?」
不思議そうな声が聞こえたところで、ユミは窓を閉めた。
「こんな真夜中になに騒いでるの?」
「サンタさん来たんだって今! ホントに!」
「本当? ならよかったねー」
中から、こんな声が橙色の光と一緒に漏れてくる。
僕は、ユミと顔を合わせ、フフフ、と微笑み、音をたてないようにグータッチを交わした。
「ちょ、もうあと一分でクリスマスじゃん。イブ終わっちゃう」
「え、ウソ。めっちゃギリギリだった感じ?」
「うん。危なかったぁ。よくわかんないけど大変なことになるところだった」
「いやー、良かった」
「これで、しばらくレオくんとはバイバイになっちゃうかもね」
「え?」
彼女は、相変わらず悪戯な顔でそう言った。
「どういうこと?」
「ま、もうちょっと待っといて。もうあと十秒だから、たぶん、言葉をつたえるのはまた今度」
「え?」
「じゃね」
❆❆❆
目が覚めた。
生乾きのジトっとした掛布団が僕の上に圧し掛かっていて、身体は汗を掻いていた。
――夢?
目覚まし時計の針は、一時を指している。
ベッドから出ると、空中浮遊をしているような不思議な感覚に襲われた。
――夢にしては、リアルか。
ふと、窓の外を見ると、赤に緑の水玉模様のプレゼントの小箱が路上に転がっている。
「えっ!」
僕は裸足、パジャマのまま外へ出た。風の冷たさは感じない。ただ、雪の温度が指先に沁みる。
――確かに、あの時、僕が落としたプレゼントだ。
❆❆❆
今年もまた、半月後にクリスマスイブが近づいてきていた。
第二回サンタ選抜試験の知らせは、僕には届かなかった。
あの夜の経験は、まだ誰にも話していない。
ただ、誰にも見せていないけど、少し物語のような形にして書いているだけ。
「ん?」
粉雪が舞い踊る中、家に着き、ポストを覗くと、一枚の便箋がそのまま、ポストに入っていた。
『レオくん、元気? ユミだよ。今年はサンタやらないけど、あれからいろいろ調べて、ちゃんとした人間として、ブックサンタをやってみたいなぁと思ってます。レオくんがよかったら、また会って、一緒にブックサンタしない? 去年、つたえられなかった思いも、一緒につたえるから』
雪の温かさが、地上の光が、落下してゆくプレゼントが、重なった手が、笑顔の子供の顔が、トナカイの引くそりに乗って駆け巡る。
知らぬ間に、口角が上がってイタズラ顔になっているのが、ドアのガラスに映っていた。
「ちょっとだけ、ユミも洒落た手紙書くようになったんだ」
会った時、中身を知らないあのプレゼントを、一緒に開けてみよう。
僕はドアを開けて、物語のメモ帳に、ボールペンを走らせた。
(おわり)
リミット 24.23:59 DITinoue(上楽竜文) @ditinoue555
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