24.23:45

「もちろんおぼえてる。僕と同じ二十歳で、漫画大好きで、菓子作りが趣味で、ちょっとドジで笑顔が可愛い人が好み。で、こちとら最後の一席をさらわれてるんだから」

 この女は、二日間の試験中、番号が二十四と二十五であるということもあり、たびたび話しかけてきていた。

 一気にまくし立てるような話し方と、掘り下げすぎるようなところがあって、嫌いではなくとも、会話する時、僕は一歩後ろに下がっていた。

「なんでこんなとこにいるの?」

「いや、こっちが訊きたいよ」

「私は、サンタとして明日の朝、よろこぶ子供たちの姿を夢見ながら、空を飛び回ってプレゼント配り。でも、付けひげ落としちゃって、姿が見えたら夢こわしちゃうから急いで拾いに着たら、レオくんがいた」

 カチン、と言葉の石ころが僕のおでこにぶつかった。

「へー、僕は変わらずのクリぼっちで、暇だったからコーヒーでも買いにコンビニに行ってた」

「ふうん、コーヒーなんか飲めるんだ。ホットミルクだけだと思ってた」

「うるさい」

 ケヘヘヘヘヘ、と皮肉めいた笑みを浮かべることも、半月前とは全く変わっていない。

「でさ、もうあと二軒配達したら、この夢のような時間も終わっちゃうんだよね。げ、リミットまで三十分だし」

「そっか、早く行かないとな」

 そろそろ、凍った全身の血液を温かいコーヒーで溶かしたい。

 僕は会話を終わらせるつもりでそう言った。


「ねえ、レオくん、興味ないの?」


 急に、ユミはニンマリ笑って上目遣いを決めてきた。

「なにに?」


「サンタのお仕事に」


 急に胸の深いところを疲れて、僕は一瞬、脳をあわてさせた。

「……そ、そりゃあ、興味があるから試験受けたんじゃんか。嫌味?」

「いや、ちょっと、興味あるんだったら一緒に空を飛び回ってあげてもいーかなって」

 緑と赤のチェックのマフラーで、彼女は口元を隠した。

「えっ……」

 いや、結構。と言おうとしたのに、舌が絡まって上手く話せない。

 あの時の声を思い出す。

 上空から見下ろす光の街を想うと、口の中に唾液が湧いてくる。

「いいよ、席は空いてるし、どーせ夜遅いんだから誰も見ないって」

「え、でも」

「いいよいいよ、遠慮しなくても」

 えくぼを深めたユミは、そっとそりから身を乗り出して、左腕で僕の右腕をがっしりホールドした。

「ちょ」

 っと待て、と言う前に、僕はそりの中に引きずり込まれていた。

「さあトナカイ諸君、大切なお客と一緒に、残り二軒、レッツゴォー!」

 彼女はダランダランの僕の腕を勢いよく突き上げた。

「あぶね、肩外れるって」

 隣を向いて文句を言うと、彼女の背後にあったはずのイルミネーションが消えていた。

「えっ……」

 ふわりと浮いたと思った時、眼下には、宝島の宝石箱のようにキラキラした、光の街が広がっていた。




「どんな夢、見てるのかな?」

「届いたもので遊んでる夢とかじゃない?」

 独り言のつもりでこそりと言ったことを大声でユミが反復するので、僕は慌てて窓から飛び出した。

「なんだよ、もうちょっとあの寝顔、見てたかったのに」

「なに、世にいうロリコン?」

 彼女は頬を膨らませていった。

「なんでキレてんの。んなわけないじゃん」

「ならいいけどー。じゃあ、どんな人がタイプなの?」

「えー、なんていうか……僕のことを生かしてくれる人、かな?」

「へー、カッコいいね!」

「本気で思ってる?」

 大げさに拍手をする彼女の頭を、僕は軽くたたいた。

「まあ、何はともあれ、十五分ちょっと残して、ミッションコンプリート! いやー、寂しくない? もう私と会えないかもしれないんだよぉ?」

「いや、別に?」

「そこはめちゃめちゃ寂しいっ! って言ってよぉ」

 ユミはまた、ハムスターみたいに頬を膨らませて、そっぽを向いてしまった。


 ――なんだろ、この恋人たちのクリスマスみたいな。


 どこかソワソワした気持ちに襲われながら、僕は「ごめん」と一言入れる。

「よし、許す」

「何様だよ」

 腕を組んでまたこちらを向いた彼女に、僕は素早く合いの手を入れていた。

 ――なんだ、この、なんか、フワフワ浮いてるみたいな変な感じ。まあ、実際空飛んでるから当然か。

「あーっ!」

 突然、ユミが頭を抱えて叫んだ。

「うわ、なに、ビックリした。声、めっちゃひびいてるよ?」


「一軒、誰か配ってない!」


 スマートフォンを、目と口をざっくり見開いてみる彼女は、何だか可笑しかった。

「て、え、配ってないの?」

「そう、ちょヤバいって、あと十五分しかないのに!」

「その子、どこらへん?」

「この近く! そうだ、ちょうどここに一個予備あるから、それ配ろ。ちょっと、レオくん後ろにあるやつ取って!」

 僕は慌てて、袋の中に一つ余っていた箱を手に取った。

 と――。


「ああああああああああああああああああああああああああああっ!」


 またも、ユミが叫んだ。

 この時ばかりは、僕も一緒になって叫んでしまった。

 そして、気づけば地上へ向かって目いっぱい右手を伸ばすという、同じポーズをしていた。

 それでも、落下してゆくプレゼントボックスは重力に逆らうことは出来ないようだった。

「また同じことしてんじゃねーよ!」

 奇遇だね、僕も同じことを思っていた。

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