リミット 24.23:59
DITinoue(上楽竜文)
24.23:30
フォッフォッフォッフォッフォ、フォッフォッフォッフォッフォ
この声は、夜空から聞こえたものか、それとも僕の幻聴か。子供たちへの愛情か、それとも落ちこぼれへの嘲りか。
「すごい! めちゃめちゃ可愛いじゃん! さすが、センスありすぎ!」
「いやいや、ふんふんちゃんのセンスもすごいって! 俺の好み全部知ってんじゃん。さすが、一年付き合ってるだけあるよな」
「ねー」
ダンダン音と精神的圧力が差し迫る天井から、興奮気味な声が聞こえた。
僕は、一番息の詰まる推理シーンに差し掛かるタイミングで、その小説を閉じた。
そのまま、デスクに顔を突っ伏せる。
胸騒ぎは四散し、形のないむなしさだけが六畳半に立ち込めていた。
「今頃、地上のきらめきを見て感動してる奴らはいいよ」
ぼそり、吐き出すと、脳内は一気に半月前へワープした。
❆❆❆
「第一回選抜試験の結果を発表する」
もさもさの白髭を蓄えた割に、ダンディーな声な「キョウカン」が言った。
「首席、番号二十八、リン」
えっ、と僕の真後ろで高い声がした。
残り二十九人が、ごくりと唾を呑む音がそろった。
「次席、番号五、リク」
うおっ、とまた声がする。
そのまま、一人が歓喜の声を漏らし、他が緊張をたぎらせるというサイクルが数回つづいた。
僕はただ、「番号二十五、レオ」と呼ばれるその瞬間をシミュレーションして、身体の前で拳をにぎっていた。
「八番、番号十一、レイト」
来たっ、と端の方から声が聞こえた。
レ、と聞こえた瞬間、身体に入った力が、空気の抜かれた風船のように萎む。
「九番、番号二十三、ミキ」
やった! と甲高い声が“スノードーム”にひびいた。
「最後、十番」
会場が凝結したように固まる。拳をにぎる残り二十一人の音が聞こえるようだった。
「番号、二十五、ユミ」
やったあ! やった、やったやったやったやった、キタキタキタキタキタ!
どこか幼げな歓声が、新幹線みたいに耳を通り過ぎてゆく。フツフツと湧く怒りは、三分の一に入れなかった不合格者を労われないその声の主に向いていった。
「以上。合格者以外は十分以内に“スノードーム”を出ること。合格者は、これからの話があるので、ここに残れ」
誰も、動く者はいない。
目の前の男のような者が、自分が幼い頃にプレゼントを届けていたのかと思うと、急にサンタクロースという存在が遠くに感じられるような気がした。
❆❆❆
全く懐いてはくれなかったトナカイに追っ払われるように会場を出たその後からはよくおぼえていない。
トナカイをコントロールできず、プレゼントを落とし、そりを転ばせた。
幼い頃、知らぬ間に枕もとにプレゼントを残すサンタクロースになる資質は、僕にはなかったのだ。
しんしんと、また雪がふってくる。ニュースキャスターは、今年になっての積雪はやっとこさで二度目だと言っていた。
ミステリ小説に、しおりは挟まっていなかった。布団に触れると、じめっとした水分が手に移った。
僕は、ぺらぺらのサイフをポケットに突っ込み、コートを羽織った。
ドアを開けた瞬間、勢いよく風と雪が顔に吹き付けても、家にもどる気にはならなかった。
人気が消え、雪が主役として乱舞する街でも、イルミネーションは目を焼くような明るさで点滅し続ける。
見る人はもうほとんどいないのに、可哀想だね。
僕はスマホで一枚、写真を撮ったが、少し悩んで、すぐに消してしまった。
――上空からこれを楽しんでるやつもいるんじゃないか。
光のない夜空からは、粉雪がひらひら落ちてくるだけ……。
「てえっ?」
いきなり、異常に大きな雪がふってきたと思って、僕はとっさに目をつむった。
はらり、とその物体は閉じた目の上に舞い落ちる。
解けはせず、柔らかい感触がこそばゆい。
それを手に取って目を開けると、手に持っていたのは。
「これって……あの口ひげだし」
白い毛がまとまった口ひげ。
途端に、サンタ選抜試験で上手くそれを付けられず、姿を消すことが出来なかった記憶が、渋柿を食ったみたいによみがえる。
「じゃあ、なんでこれが……」
と、イルミネーションがあったところからいきなり、おもりが飛んできた。
「冷たっ」
気づけば、僕の首には大量の雪が積もっている。
「あ、ごめんごめーん」
幼さの残る、少しあざとい声が、雪解け水の詰まった耳に淀みながらひびいた。
「って、ひょっとしてレオくん?」
「え、なんで僕の……っ?」
止まった息が、白くなって漏れ出した。
もふもふの赤白コートに、同じカラーの帽子、ミニスカートを身に付け、黒いタイツで寒さ対策をしているつもりの、舌をペロリと出した女子。
「おぼえてる? ユミって名前」
夢を挫かれた不合格者たちが、その名前と声をおぼえていないわけがあるか。
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