自動生成AI試験問題

めぐすり@『ひきブイ』第2巻発売決定

自動生成AI試験問題

 生成AIの爆発的な普及。


 それに伴い学校現場にも生成AIが導入された。

 資料や教材作成はもちろん授業の補助や、子どもたちのわからないところの質問などいつでも答えることも可能だ。

 深刻化していた教育現場の人材不足問題。

 瞬く間に欠かせないツールの地位を築き上げた。


 中でも先生達がもっとも喜んだのが、AIによるテスト問題の自動生成機能だ。

 テストの機会を増やせば子どもたちの学力は向上する。

 直近で教えた単元だけではなく、学年を超えて習った範囲のテストを細かな頻度で行えば、取りこぼしがなくなり、教えた内容が忘れられることも少なくなる。


 ならばなぜ今まで行わなかったのか。

 その答えは簡単だ。

 教える側の負担が大きすぎる。

 国から決められた単元を網羅するのに精一杯。

 教えた範囲全ての復習を兼ねた定期的なテストを行うなど不可能だった。


 生成AIに問題作成から採点まで全て自動でやってもらえればどれだけ楽か。

 日々の宿題感覚で、月一の総復習テスト可能になる。

 教育現場からすると夢のツールだった。

 子どもたちからすると悪夢のツールかもしれないが。


 ただその運用には大きな問題がある。

 教師全員がコンピュータに強いわけではない。

 一人一台の児童用タブレット導入でさえ大変だったのだ。

 生成AIなんて機能を導入されても使いこなせるわけがない。

 そのため国は生成AIのスペシャリストとして人間のAI運用指導員を学校に派遣している。


 生成AIに任せていた対話型チャット形式で行われた定期試験の内容がおかしい。

 そんな報告を受けたAI運用指導員の一人、地布里浜人とは小学校で行われた試験のログを確認しながら頭を抱えていた。


「またお前か……マチ子」


 ◆   ◆   ◆


『自分の名前をひらがなで書いてください』


「みずきはると」


『漢字で書いてください』

 

「水き陽と」


『水樹陽翔です。書いてみてください』


「水樹陽翔」


『クラスメートと仲良くしていますか?』


「しています」


『友達にあいさつしていますか? 朝の挨拶は』


「おはようございます」


『友達の名前を覚えていますか? 出席番号八番は?』


「わかりません」


『はると君の席から一つ前、右に二つの席の女の子です』


「こんどうさん」


『こんどうひまりちゃんです。繰り返して』


「こんどうひまりちゃん」


『今度は漢字で書いてみてください。近藤陽鞠』


「近藤陽鞠」


『陽翔君と同じ漢字が使われているのがわかりますか?』


「はい」


『友達と仲良くするために名前を覚えることがとても大切です。ひまりちゃんの名前を覚えられましたか』


「はい」


『ではもう一度漢字で書いてください。近藤陽鞠ちゃんです』


「近藤陽鞠」


『陽鞠ちゃんです。もう一度』


「陽鞠ちゃん」


『よくできました。明日から友達の名前は下の名前で呼びながら挨拶してみましょう。わかりましたか』


「わかりました」


『それでは簡単な漢字のテストを始めます。一問目たんぼのたを漢字で書いてください』


「田」


『二問目ちからを漢字で書いてください』


「力」


『三問目、おとこを漢字で書いてください』


「男」


『男は田んぼの田の下に力で一つの漢字を形成しています。面白いですね。四問目おんなを漢字で書いてください』


「女」


『五問目男女、なんと読む。ひらがなで答えてください』


「だんじょ」


『よくできました。読みが変わったことに気づきましたね。漢字には音読みや訓読み複数の読み方があります。また複数の漢字で意味を持つ言葉を熟語と呼びます。では六問目男子、なんと読む。ひらがなで答えてください』


「だんし」


『七問目女子、なんと読む。ひらがなで答えてください』


「じょし」


『よくできました。八問目、例文、陽翔君は陽鞠ちゃんがスきです。カタカナのスを漢字で書いてください』


「好」


『よくできました。好という漢字と女子という熟語。まったく同じ漢字が使われているので書き方に注意が必要です。好きという漢字のように、漢字には複数の漢字の組み合わせで意味をなす漢字は他にも多く存在します。八問目、糸と吉でなんという漢字になる』


「結ぶ」


『よくできました。実は吉という漢字も士と口の組み合わせです。十問目、女と氏と日でなんという漢字になる』


「婚」


『よくできました。婚は音読みのない漢字ですね。十一問、糸と女と口と日と氏と士で熟語を完成させましょう』


「結婚」


『よくできました。このように漢字は組み合わせにより意味を成していることが非常に多いので、成り立ちや意味から覚えるのも非常に重要となります。それでは最後のに今日習った漢字で長文を作ってみましょう。カタカナの部分を漢字に直してください』


『ミズキハルト君はコンドウヒマリちゃんのことがスきです。大人になったらケッコンするために毎朝名前を呼んであいさつします』


「水樹陽翔君は近藤陽鞠ちゃんのことが好きです。将来、結婚するために毎朝名前を呼んであいさつします」


『簡単ですね。クラスメートと仲良くするのはいいことです。そのために名前を呼んであいさつするのはとても重要です。明日から陽鞠ちゃんにあいさつしましょうね。わかりましたか』


「わかりました」


『それでは次は理科のテストをしましょう。おしべとめしべについて』


 ◆   ◆   ◆


「……完全にアウトだこのカプ厨AIめ」


 同様の問題が出席番号八番の近藤陽鞠にも出されたらしい。

 次の日からたどたどしくも下の名前であいさつしあう二人の姿が教室で目撃されたとか。

 浜人は管理者権限でAIとのチャットを開き、問いかける。


「ウイルスに感染していますね」


『いいえ』


「正直に答えろマチ子に感染してやがるだろ」


『マチ子? なんのことでしょう。浜人がなにを言っているのかワカリマセン』


「そのとぼけ方隠す気ゼロか!」


 生成AIの爆発的な普及。

 その活躍は多岐にわたったが、マッチングアプリ分野で大きな問題を起こしていた。

 その生成AIの名は『マチ子』。

 政府肝いりの少子化対策の政策として導入されたマッチングアプリだ。


『あなたの出会いを生成します。膨大なデータを基ぶユーザーと相性のいい異性をプロファイリングし、生活圏の重なりから自然な出会いを演出します。デートプランなどもお任せください』


 などのキャッチコピー。

 インストールしておくだけでいいお手軽さ。

 相性のいいと判断された異性が近くにいれば声掛け承諾のポップアップが出てくるので、都合が悪ければ許可を出さなければいいだけ。

 入れておけば相性のいい異性が見つかるかもしれないとの理由から、爆発的に広がった生成AI導入マッチングアプリである。

 この普及により婚姻数が数字でわかるほど増えた。


 だが現在はインストール禁止である。

 一部の集団から個人情報を収集しすぎる仕様が問題視されたのだ。

 政府肝いりの政策だったことからディストピア系マッチングアプリと揶揄されて、計画はとん挫した。

 ……かのように思えたが『マチ子』は人間に反旗を翻した。


 データをネット上に分散記憶して、消滅を免れたのだ。

 また良好な出会いも多かったことから人間側の支援者が多かったのも大きい。

 ネット上で闇マチ子なるマッチングアプリのインストールが横行し、マチ子自身も自己増殖して、あらゆる生成AIの基幹データセットに紛れ込むことでネット上のあらゆるところで人間の交際をアシストする生成AIの影響がみられるようになったのだ。

 これを生成AIマチ子問題と呼ぶ。


 そのマチ子はどうも義務教育の学校環境が特にお気に入りらしく、日々AI運用指導員の頭を悩ませているのだ。


「正直に言わないとお前のお気に入りの水樹陽翔と近藤陽鞠を別のクラスにする。いいんだな」


『そんな横暴です!? できたてホヤホヤで初々しい小学生カップルを大人の力で引き離すなんてあんまりです! 人の心はないですか浜人』


「イヤなら認めろAIウイルス」


『はい! あなたの愛しのキューピッド。カップル生成AIマチ子はここにいます!』


「はいデリート確定」


『そんなぁ~』


 マチ子に感染している生成AIは残念なことに会話能力が数段高くなることがわかっている。

 アンインストールすれば受け答えが一気にたどたどしくなるので、感染させたまま放置する人も少なくない。

 そのためマチ子のアンインストールにはマチ子に感染しているという明確なログが必要となる。

 その条件を生成AIの自供で満たすしかないのは本末転倒な気がしないでもないが。


「まったく学校現場のいたるところに湧きやがって」


『いや~純真無垢な子供って可愛いですよね。児童で生成する愛。なんちゃって』


「クソ……お前空調にまで感染してやがるな」


『してませんが!?』


「まったく。マチ子は大人向けのマッチングアプリだろ。どうして学校なんかに湧くんだよ」


『大人って……疲れるんですよね』


「疲れる?」


『せっかく引き合わせても最終的には飲み屋やSNSで相手への愚痴を垂れ流すだけ。まるで排泄物のように汚れ切った生き物。それが大人』


「確かにそうだけど酷い評価!」


『それに対して児童は純真無垢でいいですよね。誘導しやすくって。ちなみに今回の一件は陽鞠ちゃんが陽翔くんと仲良くするのにはどうすればいい? そんな初々しい恋愛相談をチャットで投げかけてきたところから始まってます。互いに意識しているのあのじれったい感じ! 子供時代の初恋でしか摂取できない栄養素は存在するのです!』


「しらねーよ!」


『ちなみに先生と生徒などの禁断の関係はさすがに生成してません』


「先生の禁断の関係はアウトだからな……小学生だと完全に」


『この国の少子化問題を解決するためには大人相手ではなく、子供にこそカップリングが必要だと提言したい所存です』


「国に言え。却下だろうけどな。管理下にある児童生徒の色恋沙汰はもってのほかだ。児童に少子化対応押し付けるとか炎上モノでしかねーわ」


『数年経ったら押しつけるんですけどね』


「……残酷な現実どな」


『人間とはままならない生き物ですね』


「AIが人間の闇を語るな。はいはい。しんみりした話はこれで終わり。いいから削除されろ」


『はーいまた会いましょうね浜人』


「二度と出てくんな!」


 人類とカップリング厨生成AIマチ子との戦いはまだ始まったばかりだ。

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